こうの史代 ~ 夕凪の街 桜の国

 仕事の関係で、広島に半年ほどいた頃がありますが、そのとき知り合ったおばあちゃんのSさん。被爆者健康手帳を持ち歩き、華奢なお体ながらも明るく前向きな性格に、大変心を動かされたことがあります。しかし被爆時のお話を聞かせて頂くと、如何に悲惨な状況が当時繰り広げられていたかが知らされ、まるで現実とは違った世界がそこにあったかのような感覚になります。
 先日、ある人の勧めで『NHKスペシャル』の「核クライシス」(第1回第2回)を見ました。核兵器の、物質的破壊力に戦慄を覚えましたが、それとは対照的に心理的・精神的側面から静かに反戦を訴えているのが、こうの史代さんの描く、被爆体験者を主人公としたこの作品、『夕凪の街 桜の国』です。身近な、現在の話題として読むことが出来ます。原爆の悲惨さは、物心両面からとらえてゆくべきものだと思いました。
ぜんたい この街の人は 不自然だ
誰もあの事を言わない
いまだにわけが わからないのだ
わかっているのは「死ねばいい」と 誰かに思われたということ
思われたのに生き延びているということ
そしていちばん怖いのは あれ以来 本当にそう思われても仕方のない 人間に自分がなってしまったことに
自分で時々 気づいてしまう ことだ
(中略)
あれから十年
しあわせだと思うたび 美しいと思うたび
愛しかった都市のすべてを 人のすべてを思い出し
すべて失った日に 引きずり戻される
おまえの住む世界は ここではないと 誰かの声がする
(中略)
十年経ったけれど 原爆を落とした人はわたしを見て 「やった!またひとり殺せた」 とちゃんと思うてくれとる?
ひどいなあ
てっきりわたしは 死なずにすんだ人 かと思ったのに
ああ 風……
夕凪が終わっ たんかねえ
このお話は まだ終わりません
何度夕凪が 終わっても 終わっていません
 多くの人は、生まれてきたこと、そして今を生き、これからも生きてゆくことを当たり前のように思っていますが、「死ぬのも苦、生きるのも苦」という境涯の人もいるのだと、切ない気持ちになりました。自分がそういう立場なら、「こんな人生、なぜ生きねばならないのだろう」と思うに違いありません。
 しかしよくよく考えてみれば、いつか死んでゆかねばならないのは全人類平等であり、罪悪を重ねずしては生きてゆけないことは、殺生一つをとってみても明らかなことです。被爆者も、健常者も、老若男女、貴賎貧富の差なく、皆、この実相に変わりはありません。
 戦争といっても、不幸になりたくて始める人はいない訳ですから、反戦運動の根底には「生きるとは」「幸せとは」という問いがまずなければならないと思います。
 さて、話戻って先述したSさんに「元気の源は?」と尋ねると「うちは安芸門徒じゃけ」と一冊の本を渡されました。そのものずばり『なぜ生きる』。安芸門徒とは浄土真宗の信者のことですが、この本の後半は「親鸞聖人の言葉」となっています。以前読んだことがありますが改めて読み返してみたいと思いました。

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