★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2007年12月30日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
今日も大掃除
昨日は会社の大掃除でしたが、今日は自宅の掃除をしました。主に、窓拭き、草むしり、風呂・トイレ掃除、掃除機がけでしたが、一番やりがいがあったのが意外と掃除機がけでした。
ところで、tommyちゃんに教えてもらった掃除にまつわる『法華経』の話、現代人向けに書かれているものが見つかったので以下に引用します。『光に向かって100の花束』という本で、小話が100載っています。どれも2~3ページの短いものばかりで、読みやすいのが特徴かと思います。
ところで、tommyちゃんに教えてもらった掃除にまつわる『法華経』の話、現代人向けに書かれているものが見つかったので以下に引用します。『光に向かって100の花束』という本で、小話が100載っています。どれも2~3ページの短いものばかりで、読みやすいのが特徴かと思います。
(97)上達よりも大切なこと
『ちりを払わん』を覚えると『あかを除かん』を忘れ、『あかを除かん』を覚えると『ちりを払わん』を忘れる。
しかし彼は、それを20年間続けた。その間、一度だけ、釈尊からほめられたことがあった。 「おまえは、何年掃除しても上達しないが、上達しないことにくさらず、よく同じことを続ける。上達することも大切だが、根気よく同じことを続けることは、もっと大事だ。これは他の弟子にみられぬ殊勝なことだ」 釈尊は彼の、ひたむきな精進を評価せられたのである。 やがて彼は、ちりやほこりは、あると思っているところばかりにあるのではなく、こんなところにあるものか、と思っているところに、意外にあるものだということを知った。 そして、 「オレは愚かだと思っていたが、オレの気づかないところに、どれだけオレの愚かなところがあるか、わかったものではない」 と驚いた。 ついに彼に、阿羅漢のさとりが開けたのである。
よき師、よき法にあい、よく長期の努力精進に耐えた結実にほかならない。
たまたま動かした食器棚の裏に、驚くほどのほこりがありましたが、さとりは開けませんでした、、、(笑)
(^o^;ゝ
シュリハンドクのひたむきな精進
釈尊の十大弟子の一人、シュリハンドクは、自分の名前も覚えられぬ生来のばかだった。
さすがの兄も愛想をつかし、家を追い出した。
門の外で泣いているシュリハンドクに、
「なぜ、そんなに悲しむのか」
釈尊は、親切におたずねになった。
正直に一切を告白し、
「どうして私は、こんなばかに生まれたのでしょうか」
さめざめとハンドクは泣いた。
「悲しむ必要はない。おまえは自分の愚かさを知っている。世の中には、賢いと思っている愚か者が多い。愚かさを知ることは、最もさとりに近いのだ」
釈尊は、やさしくなぐさめられて、一本のほうきと『ちりを払わん、あかを除かん』の言葉を授けられた。
シュリハンドクは清掃しながら、与えられた聖語を必死に覚えようとした。
『ちりを払わん』を覚えると『あかを除かん』を忘れ、『あかを除かん』を覚えると『ちりを払わん』を忘れる。
しかし彼は、それを20年間続けた。その間、一度だけ、釈尊からほめられたことがあった。 「おまえは、何年掃除しても上達しないが、上達しないことにくさらず、よく同じことを続ける。上達することも大切だが、根気よく同じことを続けることは、もっと大事だ。これは他の弟子にみられぬ殊勝なことだ」 釈尊は彼の、ひたむきな精進を評価せられたのである。 やがて彼は、ちりやほこりは、あると思っているところばかりにあるのではなく、こんなところにあるものか、と思っているところに、意外にあるものだということを知った。 そして、 「オレは愚かだと思っていたが、オレの気づかないところに、どれだけオレの愚かなところがあるか、わかったものではない」 と驚いた。 ついに彼に、阿羅漢のさとりが開けたのである。
よき師、よき法にあい、よく長期の努力精進に耐えた結実にほかならない。



