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小林利延 / ゴッホは殺されたのか

 実はまだ読んでいないのですが、、、書評を見るかぎり、面白そうだと思います。『ゴッホは殺されたのか 伝説の情報操作』──不遇のうちに精神を病み、ピストル自殺したとされる「炎の画家」ゴッホですが、何と!他殺説が本書では提示されます。


 根拠として、


「遺体に残されたピストルの傷跡の入射角。左脇腹からほぼ垂直に内蔵を貫いていて、右利きのゴッホが撃つには無理があった」
「自殺に使われた凶器の入手先が不明であり、事件後も凶器は見つかっていない」



などが挙げられているようですが、さて真相やいかに。ちなみに私は右利きですが、ケータイや歯ブラシは左手で持ちます、、、。


 後世の人は、英雄や芸術家などに対して、その業績や作品以外に「死に様」まで問題にし、その偉業を讃えようとします。そしてそれが悲劇的であればあるほど、また謎に満ちていればいるほど多く語られる傾向があるようです。中には針小棒大に脚色されたものもあるに違いありません。


 個人的には自殺の方がゴッホらしい、と思えなくもありませんが、、、


ちょっと待った!\(゚Д ゚)


と思える一節を見つけました。


 ここから話題は変わります。別の本からの引用です。
【美化されている自殺がある】


 どうしたものか、美化されている自殺がある。
 一般人の自殺は愚行として止められ、高名人の自殺は素晴らしいと讃美される。
 こんなヒトの自殺は良いが、一般人の自殺はダメでは、子供も納得するまい。
 オカシナことばかりの世の中の一つにすぎないが。
 なるほど、言われてみれば確かにその通り、特に「子供も納得するまい」の一言が心に残ります。


 生徒の相次ぐ自殺に「どうか死なないで下さい」と朝礼で涙ながらに訴えた校長先生が、後日自宅で首を吊っていた、という話を聞いたことがあります。「死ぬな」と人には言ってはいますが、「なぜ死んではならないのか」が分からないところにこの問題の本質があると思います。


 目の前に自殺をしようとしている人がいれば、大抵の人は止めるでしょう。しかし自殺するには理由があります。その人は、今が苦しいのです。どこに「今、幸せの絶頂だから死にたい♪ o(^o^)o」という人がいるでしょうか。


「なぜ自殺はいけないのか」
「なぜ人を殺してはいけないのか」
これはそのまま「なぜ生きるのか」「なぜ人命は尊いと言えるのか」という問いにつながると思います。


 これに答えることが戦争、殺人、虐待、暴力、差別など、諸問題の解決の根本になるのではないでしょうか。


 人命軽視の背景に、「死んでもまた生まれ変われるから」と思っている人が多いと聞いたことがあります。
 確かに、死んで新たな人生がやり直せるなら「苦しいから死にます」はもっとらしい理由ですが、また人間に生まれてこれる保障はありません。次の生がゴキブリだったら、、、海底に棲むグロテスクな生物だったら、、、ちょっと考えたくありません。ましてや阿鼻叫喚地獄ならなおさらです。
「死んだら無だよ」といっても、本当にそうか、と念を押すと確信は持てません。


 やはり、与えられた命に感謝し、今の人生を悔いなく生きることが最も素晴らしいことだと思います。
 自殺であれ、他殺であれ、生命の灯火を人為的に絶つことは、悲劇であるに間違いないと言えないでしょうか。

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