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成毛眞 / 本は10冊同時に読め!―生き方に差がつく「超並列」読書術 本を読まない人はサルである!

 一度に10冊の本を読むなんて、出来るのだろうか、と思うかも知れません。しかし、例えば週刊誌や月刊誌、あるいは新聞などはいくつかの記事や連載作品がある訳で、異なる内容の文章を同時に読むのは、特別な能力がなくてもまあ出来ることだと思います。


 むしろ切実なのは「読む時間がない」ということでしょう。細切れの時間を如何に無駄にしないか、工夫が必要かと思われます。


 著者は、一冊の本を順番に読み進めるのではなく、家や職場に色々な本を置いていて、その時その場で手にしたものを読んでいるそうです。
 私の家のリビングには50冊以上の本が置いてあり、寝室には2、3冊、トイレにも3、4冊の本が置いてある。また、会社の机の上にも数十冊の本が積んであり、カバンの中には通勤用の本が常時2、3冊入っている。
 リビングにいるときはリビングに置いてある本を、トイレに入っているときはトイレに置いてある本を読む。1冊の本を持ち歩いて読むのではなく、それぞれの所定の場所でしか読まないのだ。
 どの場所ではどういう系統のものを、というようなこだわりはとくにない。(中略)
 この方法なら、朝出かける前にリビングで1冊、通勤時に電車の中で1冊、昼休み、休憩時間、帰りの電車の中、夕食後、夜眠る前、お風呂に入っているとき、トイレに入っているとき……と、1日に10冊ぐらいの本に目を通せる。速読のように技術もいらないので、誰にでもできる簡単な方法である。
 この本で勧められていることは、良質の本を多く、そして、なるべくジャンルの異なったものを読む、という並列型読書です。そうすることによって、一見つながりのないものを有機的に結びつけて新たな発想を生み出す訓練になります。多読乱読のススメ、とも言えるでしょう。集中力を高めるのにも効果的です。
「超並列」読書術で同時に読むのは、なるべくバラバラのジャンルの本がいい。しかも、極端な本がいいだろう(私は「ぶっ飛んでいる本」といっている)。
(中略)
 なぜなら、本のジャンルやテーマによって、刺激される脳の部位が異なるからだ。(中略)ベクトルの異なる本を同時に読めば、脳のさまざまな部位を活性化することができるのではないかと思う。(中略)あらゆる本を読んで脳のあらゆる部分を刺激させたほうが、仕事に必要な感性が磨けるのである。
 新しいアイデアは、そこから出てくる。(中略)まったく方向性の異なるアイデアが無限に出てくる。(中略)
 また、そうしてアイデアの「引き出し」を増やしていけば、街中を歩いているときにも他人が気づかないアイデアの種を拾えるようになる。アンテナの感度が高まるので、情報を集めやすくなるのである。
 そして何より、「超並列」読書術なら、そうして仕入れたさまざまな情報を自在に組み合わせて、今までにはないアイデアを生み出すこともできる。
 1冊の本を読み通す場合、たとえ途中で集中力が途切れても、ダラダラと義務感と惰性で読みつづけてしまう。その結果、読み終えるまで時間がかかり、その割には内容をほとんど覚えていないという状況になる。
 しかし、何冊もの本を並行して読むと、短い間にその本の趣旨や世界観をつかもうとするので、必然的に集中力が高まる。(中略)
 同時に1冊しか読んでいなければ、そうした(退屈な)箇所に差しかかった途端に飽きてしまい、読書自体をつまらないと感じてしまいかねない。だが、複数の本を並行して読んでいれば、ある1冊に飽きてきても、もう1冊は面白くなってきていたりする。
 つねにいずれかの本はクライマックスを迎えているようにすれば、読書習慣が途絶えることはないだろう。それはたとえば、漫画雑誌が連載中の作品のクライマックスをずらすことによって定期購読を促しているのと同じである。
 つまり、複数の本を並行して読むことによって、つねにモチベーションや集中力持続したまま読書ができるのだ。
 その結果、自然と重要な箇所が拾って読めるようになるし、本の内容も記憶に残るようになる。
「超並列」読書術とは、速読術であると同時に多読術でもあり、「速く・深く・多く」読めるという一石三鳥の読書術なのである。
「超並列」読書術では、幅広いジャンルの本を同時に読み、異なるベクトルの情報を組み合わせる作業をくりかえす。それによって、相手が話している話と自分がすでに知っている話を組み合わせて理解していくという作業が楽に自然に行えるようになっていくのだ。
 同時に、それをわかりやすい言葉に変換するための語彙力も高まってくるので、コミュニケーション力が格段に上がる。豊富な知識と語彙力、理解力とコミュニケーション力が身につけば、それはもう地頭がいいのと変わらないだろう。
 しかし、良い本を選べ、という条件つきです。良質な本とは、頭を使い、想像力を必要とするもの、だから「こうすれば成功する」といった、一方的な情報を受け身で読んで真似するだけのものは、読んでも時間の無駄と主張したいようです。「成功本」を捨てよ、とまで言い切っています。


 言わんとしていることはよく分かります、、、


が、、、しかし、、、


ちょっと極論すぎる、というか独善的な印象を受けます。「辛口」な文体のつもりかもしれませんが、どこか他人をを見下し、損得利害だけで物事を判断しているように感じさせる文章に不快を覚える人もいるのではないでしょうか。


 たとえば「本を読まない人はサルである」とか「どんなに偉い人でも、本を読まない人間を尊敬する必要はない」「その人が芸術家やスポーツ選手など、ある分野に秀でているのなら、本を読んでいなくてもつき合うメリットはあるだろうが、そうでないのならつき合うだけ時間のムダだ」とか。


 確かに、本を読むことは良いことだと思います。それによって、現実世界では得られない幅広い知識や想像力は身につくかも知れません。しかし、それはあくまでも疑似体験で、生きた経験とは異なりますし、それが全てではないと思います。本からだけでなく、人との交わりや芸術鑑賞、TVやネットなどからも知識や心の豊かさ、想像力などは育むことは出来るのではないでしょうか。


「本を読む・読まないという行為は、その人の品格に関わってくるのではないかと思う」とか「文章にはこだわるが、内容にはこだわらない」と書かれているだけに、品のない印象を受けるのが残念です。内容的にはすごく良いことが書かれていると思いますし、納得できるところも多いのですが。


「人より抜きん出るには庶民と同じことをやっていてはダメだ」という論法でしょうが、非庶民にはなれても超庶民になれるかどうか、疑問が残るところです(本書では、はじめに、にて「庶民」という言葉をネガティヴな意味として定義付けられています)。


 読む人の立場に立って、訴えたいことを分からせたいという気持ちより、書きたいことを書きたいように「勢い余って書いちゃった」というものが強く感じられます。


「本は最後まで読む必要はない」と書かれている通り、これも最初の1章と目次だけ読めば十分の本かと思います。

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