★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2008年06月04日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
高森顕徹 / 歎異抄をひらく(「善も要らない、悪も怖くない」あなた、こんなことが信じられますか? 『歎異抄』の言葉)
【2010.09.02 追記】
この本を読んだときは知りませんでしたが、最近、以下の投稿を読んで深く考えさせられました。当記事をお読みになる前に下記リンクを是非とも参照してください。
・異端か、正統か|『歎異抄をひらく』発刊から1年10カ月|浄土真宗親鸞会
・『歎異抄をひらく』畏敬から失笑へ: さよなら親鸞会
・親鸞会教義の誤り 一切衆生は必堕無間なのか11(化土往生について)
(注)「親鸞会」とは、この著者が会長をつとめる団体です。
善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや(歎異抄 第三章)
日本の古典の中でも美文として知られる『歎異抄』。最も有名なこの一節を読んで、「そうか、悪人で良いのか」と安心してしまうのは私だけでしょうか? いや実際、「浄土真宗は、悪人製造の宗教だ」という人もあるようです。
『歎異抄』には他にも
しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきがゆえに、悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえに
(歎異抄 第一章)
と、あたかも「他の善はしなくてもよい。どんな悪もおそれることはないのだ」と読めるところがあります。
『歎異抄』とは「世界の光」と言われる親鸞聖人のお言葉を弟子が書き記したもの。常識的に考えて、善を勧めこそすれ、悪を勧められたとは考えにくく、腑に落ちない人も多いと思います。
それについて本書では 「善も要らない、悪も怖くない」 あなた、こんなことが信じられますか? 『歎異抄』の言葉 という章で詳述されています。
まず、親鸞聖人のお言葉で、「放逸無慚(やりたい放題に悪をしながら、少しも恥じないこと)なるまじき」と、誤解を正されています。
われ往生すべければとて、為(す)まじきことをもし、思うまじきことをもおもい、言うまじきことをも言いなどすることは、あるべくも候わず
(末灯鈔)
「これで自分は、極楽へ往けるようになったのだから」と公言し、勝手気ままに、してはならないことをしたり、思うてはならぬことを思ったり、言ってはならぬことを言ったりするなど、決してあってはならないことだ。煩悩具足の身なればとて、心にまかせて、身にも為(す)まじきことをも許し、口にも言うまじきことをも許し、意にも思うまじきことをも許して、いかにも心の儘(まま)にてあるべしと申しおうて候らんこそ、返す返す不便におぼえ候え。
酔いもさめぬ先になお酒を勧め、毒も消えやらぬにいよいよ毒を勧めんがごとし。「薬あり、毒を好め」と候らんことは、あるべくも候わずとこそ覚え候
『末灯鈔』とは、親鸞聖人の書簡やお言葉を集めたものです。「悪を恐れない」どころか「悪など、とんでもない!」という気迫が伝わってきます。
(末灯鈔)
どうせ煩悩の塊だからと開き直って、思うにまかせて、やってはならぬ振る舞いをし、言ってはならぬことを言い、思ってはならぬことを思っても、これは仕方のないこと、慎む必要はないのだ、と話し合っているようだが、はなはだ情けない限りである。
泥酔者に、なお酒を勧め、毒で苦しんでいる者に「薬がある、どんどん毒を飲め」と言う愚者が、どこにあろうかでは、「他の善も要にあらず」「悪をもおそるべからず」とはどういうことか、、、 (続きを読む…)



