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ハイドンとベートーヴェン

Haydn_portrait_by_Thomas_Hardy_(small)
ハイドン
Beethoven
ベートーヴェン
 ハイドンって、何か「いい人」というイメージがあって好きですね。「巨匠」であると同時に「パパ」ハイドンです。


 音楽的には、同時代のモーツァルトやベートーヴェンに比べ地味な印象を受けますが、本当は良い曲はたくさんあります。モーツァルトはハイドンに弦楽四重奏曲を献呈しているほどですから、多大な影響を与えていたことが分かります。→ ハイドンセット


 そんなハイドン、村上春樹『海辺のカフカ』のベートーヴェンの記述の中で、このように描かれています。
 星野さんはうなずいて、またベートーヴェンの伝記に戻っていった。ベートーヴェンは誇りが高く、自分の才能に対して絶対的な自信を持ち、貴族階級には一切おもねらなかった。芸術こそが、情念の正しき発露こそが、この世界でもっとも崇高なものであり、敬意を払われるべきものであり、権力や財産はそれに奉仕するものだと考えていた。ハイドンは、貴族の家に寄宿しているときは(だいたいにおいて寄宿していた)、召使いたちと一緒に食事をとった。音楽家たちはハイドンの生きていた時代には、使用人の階層に属していたのだ(もっとも気さくで人の好(よ)いハイドンは、貴族と堅苦しい食事をするよりは、使用人たちと食事をともにする方を好んだが)。
 しかしベートーヴェンはそんな侮辱的な目にあわされると激怒し、ものを壁に投げつけ、貴族とともに対等にテーブルに就くことを主張した。ベートーヴェンは気が短く(ほとんど癇癪持ちだった)、いったん怒り出すと手がつけられなかった。政治的にもラディカルな考えを持っていたし、それを隠そうともしなかった。耳が遠くなると、そのような気性のきつさはますます強くなっていった。彼の音楽は歳をとるとともに、飛躍的に広がりを増し、それと同時に稠密(ちゅうみつ)に内部に集中していった。そんな背反的なことを同時にやれるのはベートーヴェンくらいだった。しかしそのような人並みではない作業は、彼の現実の人生をどんどん破壊していった。人の肉体や精神はあくまで限りのあるものであり、そんな激務に耐えられるように作られてはいないのだ。
(第40章より)
 芸術こそが、情念の正しき発露こそが、この世界でもっとも崇高なものであり、敬意を払われるべきものであり、権力や財産はそれに奉仕するものと考えたベートーヴェン。ロッカーみたいでかっこいいですが、貴族と堅苦しい食事をするよりは、使用人たちと食事をともにする方を好んだ人の好いハイドンも魅力的です。お茶目な人だったのでしょう。交響曲で、寝ている人を起こすイタズラを仕掛けているという逸話がありますが、曲そのものがほのぼのと、可愛らしいです(^o^)→ 交響曲第94番


交響曲第94番 第2楽章

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