とどろき / 平成20年6月

 仏教では、私たちの犯す色々の罪悪をまとめて、「十悪」と教えられています。貪欲、瞋恚、愚痴、綺語、両舌、悪口(あっこう)、妄語、殺生、偸盗、邪淫の10の罪です。
 そして、その「十悪」よりも重いと教えられているのが「五逆罪」、5つの恐ろしい罪です。
 中でも、最初に挙げられているのが親を殺す罪です。
 16歳の少年が金属バットでお母さんを殴り殺したとか、50代の男が年老いた母親を刺し殺したなどという事件が、時々耳に入ってきます。赤ん坊のころは、お乳を飲ませてもらったり、おむつを取り替えてもらったのではありませんか。病気になれば寝ずに看病してもらったり、離れていれば、いつも心配してもらって成長してきたのです。そんな大恩ある親を自らの手で殺すなど、人間の心を持たぬ鬼の仕業ではないかとさえ思われます。  仏教では、このような親殺しの大罪は、最も苦しみの激しい「無間業」であると教えられています。
 こう聞くと、自分には関係ないと思う人が多いと思いますが、
 ところが親鸞聖人は、このように手にかけて殺すばかりが親殺しではないのだよと、
 親をそしる者をば五逆の者と申すなり
(末灯鈔)
と言われています。親をそしるのも五逆の罪なのです。「早く死んでしまえ」などと言うのは無論ですが、「うるさい」「あっちへ行け」などとののしるのも、親を殺しているのです。  また仏教では、心を最も重くみられます。一つ屋根の下に暮らしておりながら、ろくに口もきかず、食事も別々に取り、呼ばれても聞こえないふりして親を邪魔者扱いしているのは、心で親を殺しています。世話を嫌って、「邪魔だなあ」「いい加減に死んでくれたら」という、とても他人には言えない心が噴き上がってこないでしょうか。  数年前、女手一つで、4人の男の子を大学まで出させ、一流企業に入社、結婚させたお母さんの悲劇が紹介されていました。その4人の兄弟夫婦が集まり、年老いた母の面倒を誰が見るか、ということで深夜まで激論したが、誰一人として面倒を見ると言う者がいなかった。その一部始終を隣の部屋で聞いていた母親は、翌朝、電車に飛び込み、自殺したのです。手にかけて殺さずとも、私たちは心でどれだけ親を殺しているか分かりません。
(『言葉の宝石 正信偈』p.71~より)

 体だけで考えれば、親を殺した経験のある人はごくごく稀でしょう。しかし、口や心で、生まれてから一度も親を犯したことがない、と胸を張って言える人はどれだけいるでしょうか? 残念ながら私は数え切れないほど心で「うるさいなあ」と思ってきました。今思えば恐ろしい罪を犯してきたなぁ、、、いや、今でも縁がきたら、、、と反省です。
 反対に
 中国の蒋介石は、母の死後、自分の誕生日には朝食を取ろうとしなかったといいます。 「子の誕生日は、母親にとっては、産みの苦しみを経験した日でもある。子としては、ただ、誕生を喜ぶだけでなく、母の苦痛をもしのばなくてはならない。そのために食を絶ち、母のことを思っているのだ*
(『親のご恩の話』p.36より)

と紹介されていますが、確かに自分の誕生日は母の苦痛を偲ぶ日とさせていただきたいと思います。
*サンケイ新聞社『改訂特装版 蒋介石秘録』上 サンケイ出版

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