白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分(1)

closeこの記事は 3 年 4 ヶ月 25 日 前に投稿されたものです。間違いに気づいたらその都度修正していますが、今読んだらおかしな点もあるかもしれません。ご了承ください。
 まだ読み始めたばかりで、50ページも読んでいないのですが、これは良い!と思える予感のする本です。そもそもタイトルからして良いと思います。
 主人公は出版社に勤務する29歳の「僕」、少しひねくれた人格として描かれているようにも思えますが、思考や発言には同調できる部分が多く、また深い示唆に富んでいると思います。
 普通なら、全部読み終えてから感想を書くところですが、後から振り返って書こうとしても忘れてしまいそうなので、この際、メモを取りながら読み進めて行こうと思いました。
 以下、枝里子という女性との旅の最中、彦根城での会話です。「生」と「死」について考えさせられます。
 彦根城の天守は、かの大隈重信が廃城撤去の寸前に視察に訪れ、その威容を惜しみ、わざわざ明治天皇に奏上して残したというだけはあって、さすがに立派なものだった。といってもこの天守は京極高次の居城・大津城から移築されたもので、それでいえばここの天秤櫓も、元は秀吉ゆかりの長浜城の櫓だという。  胸を突くような急な階段を上り、三層三階の天守の最上階にのぼって北西の眼下に広がる琵琶湖を間近に望みながら、僕がそんな話をすると、 「昔もそうやってちゃんとリサイクルしてたんだ」 と枝里子が言う。 「そりゃあそうだよ。城の造営というのは莫大な費用がかかる大事業だからね。合戦のたびに火をかけて燃やしたりもしたけど、焼け残った築材や石垣はちゃんと再利用してたんだよ。でなきゃ金も時間もかかって仕方ないからね」 「戦国の殿様たちも、経済観念は以外にしっかりしてたので」 「当たり前だよ。彼らはいまの人間よりはるかにちゃんと生きていたからね」 「だけど戦争ばっかりしてたわけでしょ」 「その分、彼らは死ぬことを知ってた。死ぬことを知らなくては人はきちんとは生きられないだろ」 「じゃあ、あなたは死ぬことを知ってるの」 「いや。僕はただ生まれてこなければよかったと毎日思って生きてるだけだけどね」 「また、変ちくりんなことばっかり」  枝里子は僕の手をとって一緒に晴れ渡った景色を見つめる。穏やかな湖面にはさざ波ひとつなかった。しばらく黙ったあと、彼女は、 「生まれてこなきゃよかったなんて言っちゃいけないわ。そんなこと言ったらきっと罰が当たるわよ。生きたくても生きられない人たちも沢山いるのに」 と言った。  僕はその言葉に、ふと、かあちゃんのことを思った。  あの人も、やはり生きつづけたいと念じながら、今日この時この瞬間を病院のベッドの上でやり過ごしているのだろうか」 「そういう人は、一体いつまで生きれば、もういいって思えるんだろうか……」  僕は小さな声で、別に枝里子に言うでもなく呟いてみた。 「そういう人って」  彼女が訊き返す。 「だから、生きたくても生きられない人たちだよ」  僕はちりちりと照り返す湖面から目を離さずに、枝里子の手を強く握り返した。 「どうしても生きたい人がいたら、こんな僕の命でよければいつでもあげていいような、そんな気がするよ。だけど、そうやって仮に僕の限りある命をその人に渡したとしたって、やがて何十年かすれば、再び生きたくても生きられなくなる時間がやってくる。そしたら、その人はまたきっと『どうしても生きたい』と言いだすんじゃないかな」 「でも、あと一年でもいいからって、死にそうな人はみなそう思ってるんじゃない?」 「じゃあ、一年たったら死んでもいいってこと」 「気持ちとしては、そうじゃないかな。そうやって自分の死を受け入れる準備をしたいんじゃないかな」 「そうだろうか……」  少し考えてみる。死ぬことに準備などあるのか? 準備というのなら生きていることそれ自体がまるまる死ぬための準備ではないのか?  そして僕は言った。 「僕はそうならないと思うよ。あと一年余計に生きられたとしたら、きっとみんな必死に生きようとするばかりで、死ぬときはただ一年前よりはっきりと諦めがつくだけのことだと思う」 「その諦めがきっととても大切なのよ」  枝里子がすかさず言い返す。  だが、僕はそうは思わなかった。諦めるなんてことが大切なことであるはずがないし、大したことのはずもない。諦めとは所詮、一瞬の覚悟にすぎないのだから。それに、諦めることが「きっととても大切」というのなら、「生まれてこなきゃよかった」というのがどうして「きっと罰が当たる」ようなことなのか。  枝里子の言うことは、聞き流す分にはいかにももっともらしいが、ちょっと子細に検討してみると、いつだってこんな風にいい加減で整合性が薄い、と僕は感ずる。
(17ページ)
 これを読んで思い出したのが、良寛とある老人との逸話です。『光に向かって123のこころのタネ』(高森顕徹:著)という本で読みました。
(82) 死なぬ祈祷をお頼みします 本音を吐いた八十翁
「まだやりたい事があるので、今しばらく、長命の祈祷をお願いしたい」      80歳の人が高徳の噂を聞いて良寛の所へやって来た。 「長命と言っても一体、何歳くらいまでお望みかな。それが分からぬと祈祷のしようがない」 「90では10年しかない、100歳までお願いしましょうか」 「あとたった20年。101になれば死なねばならぬが、いいかな」 「もっと、お願い出来ましょうか」 「一体、何歳まで生きたいのか、言ってみなさい」 「それじゃ150歳までいかがでしょう」 「150歳でよろしいか」 「あんまり厚かましくても……」 「そんな遠慮は無用じゃ」  それでは200歳、300歳と、次第に寿命をせりあげてくる可笑しさに      耐えながら良寛、 「どうせお願いするついでだ。本心言ってみなされ」             と促すと、 「それじゃ、いっそのこと、死なぬ祈祷をお頼みします」。       とうとう本音を吐いたという。  ある人が、数人の友達にフグをご馳走したが、中毒を恐れてだれも食べない。 そこへ一人の旅人がやってきた。  試しに一皿すすめたがなんともなかったので、それなら大丈夫とみな安心して        食べる。  後で旅人に“うまかったか”とたずねると、 「もう、あなた方は食べられましたか。それでは私もこれから頂きましょう」 と言ったという。  一休の再来と騒がれた博多の禅僧。仙崖が臨終を迎えた。 「ぜひ最後の、ご教訓を」 と弟子たちが紙と筆を捧げてお願いすると、        「死にともない、死にともない」                    とだけ書かれている。  どんな尊い辞世が貰えるかと、固唾をのんでいた弟子たちは、あれほど大徳といわれた高僧の、これが辞世とあっては師匠の徳にキズがつく、なんとかせねばと協議の末、 「先ほどのお言葉も結構ではありますが、いま一つお言葉を……」 と再度お願いすると、快諾して、くれた書面を見て仰天した。  先ほどの言葉の上に“ほんまに、ほんまに”と             つけ加えられていただけだったという。

   誰しも究極の願いは変わらぬようだ。
 どこで読んだかは忘れましたが、人間の五願というのがあって、その最後が「死んでも命がありますように」というものだそうです。
「あと少しでいいから生きたい」と言って、あと少したっても、その心は変わらないのだと思います。死を迎えたとき「諦め」ることが肝要と聞けば、その通りと思いがちですが、そこには人間の究極の望みが忘れられているのかもしれません。
 枝里子の、もっともらしい考え方を、「いい加減で整合性が薄い」と感ずる僕の考察はにはなるほどと思いました。
 人間の生きる目的は、諦めとは異なる「死んでも悔い無し」と思えることがあるならば、長生きすることではないことが知らされます。長く生きることは、その目的にむかう「手段」だと思います。

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