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  • 高森顕徹 / 歎異抄をひらく(朗読DVD)

    【2010.09.02 追記】
    これを書いていたときは知りませんでしたが、最近、以下の投稿を読んで深く考えさせられました。当記事をお読みになる前に下記リンクを是非とも参照してください。

    異端か、正統か|『歎異抄をひらく』発刊から1年10カ月|浄土真宗親鸞会
    『歎異抄をひらく』畏敬から失笑へ: さよなら親鸞会



    (注)「親鸞会」とは、この著者が会長をつとめる団体です。


    朗読DVD『歎異抄をひらく』
    『歎異抄をひらく』

    「朗読DVDブック 歎異抄をひらく:高森顕徹(1万年堂出版)」というサイトを見ていたら、
    以前取り上げた『歎異抄をひらく』(高森顕徹)の朗読DVDが出るそうです。


    しかも1月1日発売というのは、何とも"「開けまして」おめでとう"なタイミングの『歎異抄をひらく』です。


    朗読者の鈴木弘子さんは「赤毛のアン」「クレヨンしんちゃん」「名探偵コナン」「ルパン三世」といった人気アニメや「ゴッドファーザー」「タイタニック」「ベン・ハー」などの洋画吹き替えなど、幅広い活動をしており、確かにどこかで聞き覚えがあるような、、、


    歎異抄 第3章/有名な悪人正機を言われたもの:原文と現代語訳の朗読

    NHK児童劇団第1期生。子役時代からNHKを中心に活躍するが、大学在学中外国映画の吹き替えに起用されたのを機に、卒業後声優活動を本格化させる。


    アニメのほかにも、海外ドラマの吹き替えを務めるなど、幅広い活動をしている。特にテレビで放映された吹き替えの数は多く、ジャクリーン・ビセットの吹き替えの大半をつとめている。池田昌子、小原乃梨子と並んで美女の吹き替えの数が多く、70年代以降のパニック映画ではその声が必ず聞こえてくるほど出演が多い。


    本人自身も美女の評判が高く、60年代には実写ドラマのヒロイン役の出演実績があり、バラエティー番組等の司会も少なくない。

    Wikipediaより)

    なるほど美女の声です!(^o^)




    『光に向かって花いっぱいの散歩道』はじめ、他の高森顕徹さんの著書でも朗読をしてます。著者のファンなのかも知れませんね。


    この『歎異抄をひらく』の朗読は、すでにラジオ放送がなされているとのこと。ラジオを聞き逃した人や、朝の時間帯は忙しくて聞けない人には有り難い、今回の発売と言えるでしょう。



    それにしても、この本、丸ごと1冊全部朗読されているのでしょうか? とすれば、相当の時間になるのでは、、、(゚д゚;;


    と思って調べてみたら、

    第1部『歎異抄』の意訳(約75分) 第1部 『歎異抄』の意訳(約75分)


    第2部『歎異抄』の解説(約160分) 第2部 『歎異抄』の解説(約160分)


    第3部『歎異抄』の原文(約60分) 第3部 『歎異抄』の原文(約60分)

    ということですから、本当に全部朗読されているみたいですw(゚o゚)w


    合計、約300分!……ご、5時間です(^^;


    収録、ご苦労様でした<(_ _)>


    以下、歎異抄の魅力についてまとめられているブログより↓


    もし十年前に東洋の聖者・親鸞を知っていたら、日本語を学び聖者の話を聞いて、世界中にひろめることを生きがいにしたであろう

     また外国では戦後、一世を風靡した老哲学者ハイデッガーが老後の日記にて「今日、英訳を通じてはじめて東洋の聖者親鸞歎異抄を読んだ。弥陀の五劫思惟の願を案ずるにひとえに親鸞一人がためなりけり──とは、何んと透徹した態度だろう。もし10年前にこんな素晴らしい聖者が東洋にあったことを知ったら、自分はギリシャラテン語の勉強もしなかった。日本語を学び聖者の話しを聞いて、世界中に拡めることを生きがいにしたであろう。遅かった」と書いている。

    (出典)松野尾潮音「生活の中の信仰」4(『中外日報』昭和38年8月6日)

    立派な建物も美術品もいらない。なんにも要らないから親鸞聖人の教えの匂いのある人間になって欲しい

     更に「自分の側には日本の哲学者、思想家だという人が30名近くも留学して弟子になった。ほかのことではない。思想・哲学の問題を随分話し合ってきたがそれらの接触を通じて、日本にこんな素晴らしい思想があろうなどという匂いすらなかった。日本の人達は何をしているのだろう。日本は戦いに敗けて、今後は文化国家として、世界文化に貢献するといっているが私をして云わしむれば、立派な建物も美術品もいらない。なんにも要らないから聖人のみ教えの匂いのある人間になって欲しい。商売、観光、政治家であっても日本人に触れたら何かそこに深い教えがあるという匂いのある人間になって欲しい。そしたら世界中の人々が、この教えの存在を知り、フランス人はフランス語を、デンマーク人はデンマーク語を通じてそれぞれこの聖者のみ教えをわがものとするであろう。そのとき世界の平和の問題に対する見通しがはじめてつく。21世紀文明の基礎が置かれる」と述べている。

    (出典)同上

    歎異抄は敬虔な態度で、襟を正して読むべき書であり、燈下に親しむべき心の友

     歎異鈔からは我々は何処までも至純な、内心の声を聴かねばならぬ。じくじくと山陰の苔から沁み出で来る泉のように、心をうるおすものをすすらねばならぬ。柔かな触手が我々の心にふれ、力強い腕が我々のたましいを掴むであろう。

     余程精神的に生きて居ると思っているような人でも、此の書を読めば、まだまだ自分が無雑にして、苟合的なことを感じるであろう。此の意味でこの書は心の鏡として向って見るのがいい。

     歎異鈔より本質的に、内面的な書物を世界に求めてもありはしない。これは敬虔な態度で、襟を正して読むべき書であり、又燈下に親しむべき心の友である。

    (出典)倉田百三著『一枚起請文・歎異鈔 法然親鸞信仰』大東出版社、1954年

    歎異抄は、世界第一の求心的な文書

     歎異鈔という著作は反之、その志向が内界完成にあるので、徹頭徹尾求心的なものである。その方面での、典型的なものとして、世界第一の文書である。信仰の本質問題から決して遊離せず、人間の心理の実相を凝視し、痕づけて、寸毫も虚偽をゆるさず、生死の一大事と驀直に取り組んで、ひたすら救済の心証へと究め迫っている。道草を食わず、顧みて他を言わず、目ざす目的に向って、誠実に、ひとすじに、全生命を打ち込んで、傍目もふれない。

     飾りもなく、けれんもなく、コケ威しもなく、功徳をならべ立てもせず、仏教の教典の欠点とも云うべき荘厳の過剰もなく、飽くまで敬虔な、素順な、しかも人心を堀り穿つ侵徹力を備えた文章である。

    (出典)倉田百三著『一枚起請文・歎異鈔 法然親鸞信仰』大東出版社、1954年

    こういう文書(歎異抄)の存在することは世界に誇るべき事

     日本にこういう文書の存在することは世界に誇るべき事であり、意を強くするに足る。そして日本語と文章との表現力の如何にすぐれたものであるかを立証しているものである。

    (出典)同上

    文章も日本文として実に名文だ。国宝と云っていい

     一枚起請文と歎異鈔とは、人間のたましいの中に灯をともすような書きものだ。深い深いたましいの海の底に錘をおろすような文章だ。これを読むと我々はいつの間にか、仏智の不思議と、見えない手とが人間の生活を支えているのを感じるようになる。

     歎異鈔よりも求心的な書物は恐らく世界にあるまい。

     此の書には、又、物柔らかな調子ではあるが、恐しい、大胆な、真剣な思想が盛ってある。見方では毒薬とも阿片とも、利刃ともとれる。がそれは宗教の密意を取り扱ってあるからだ。そして何処までも敬虔な、謙虚な、しかし真理のためには何ものをも恐れない態度で書かれているのである。文章も日本文として実に名文だ。国宝と云っていい。

    ※「著者の言葉」より

    (出典)倉田百三著『一枚起請文・歎異鈔 法然親鸞信仰』大東出版社、1954年

    歎異鈔は、宗教の中でも最も内面的な仏教、その中でも最も求心的な浄土真宗の、一番本質的な精髄ばかりを取り扱ったもの

    歎異鈔は、私の知って居る限り、世界のあらゆる文書の中で、一番内面的な、求心的な、そして本質的なものである。文学や、宗教の領域の中、宗教の中でも最も内面的な仏教、その中でも最も求心的な浄土真宗の一番本質的な精髄ばかりを取り扱ったものである。コーランや、聖書もこれに比べれば外面的である。日蓮や、道元の文章も、この歎異鈔の文章に比べれば、猶お外面世界の、騒がしいひびきがするのである。

    (出典)倉田百三著『一枚起請文・歎異鈔 法然親鸞信仰』大東出版社、1954年

    『歎異抄』は、日本を代表する世界的な名著

    歎異抄』は、日本を代表する世界的な名著であり、その思想性は高く評価されている。

     小説家倉田百三が『歎異抄』を読み、深く感動し、一九一七年(大正六)『出家とその弟子』という名作を残し、世に広く『歎異抄』を普及させたことはあまりにも有名である。倉田の『出家とその弟子』の翻訳本を読み、深く感動したフランスの文豪ロマン・ロランは、青年倉田自身に直接手紙を送り、絶賛したといわれている。

    (出典)谷川理宣・土井順一・林智康・林信康編著『歎異抄事典』柏書房、1992年

    一切の書物を焼失しても『歎異抄』が残れば我慢できる(西田幾多郎)

     また、哲学者西田幾多郎第二次世界大戦の末期、「いっさいの書物を焼失しても『臨済録』と『歎異抄』が残れば我慢できる」と語ったと伝えられ、敗戦直後に獄死した三木清「万巻の書の中から、たった一冊を選ぶとしたら、『歎異抄』をとる」と言ったといわれる。

     このように、文学・哲学界のみならず、思想・倫理・歴史・経済・科学などあらゆる分野で『歎異抄』の思想的意義を認める人達は多い。

     高等学校日本史の教科書に第三章が取りあつかわれ、倫理のテキストに第一章が、新倫理資料集に第二章、第三章がそれぞれ紹介されている。また国語の日本文学史のテキストにも『歎異抄』の名前が登場してくる。教科書等の中でこれだけ『歎異抄』が数多く取りあげられているという事実は、この書がいかに世間で認められ、高く評価されているかを示している。

    (出典)同上

    『歎異鈔』には名刀をつきつけたようなところがある

    先生は禅だけに止まっていられたわけではなく、それ以外でも例えば『歎異鈔』を非常に尊重されていた。友人達も記していることだが、かつて、他の書物が一切なくなったと仮定しても『臨済録』と『歎異鈔』さえあれば、と言われたこともあり、『歎異鈔』には名刀をつきつけたようなところがあると言われたこともある。

    西田幾多郎 その人と思想 ──わが師西田幾多郎
    生を語る」

    (出典)西谷啓治著『西谷啓治著作集』9、創文社、1987年

    門外不出の秘本であった歎異抄

    「右この聖教は、当流大事の聖教たるなり。無宿善の機に於ては左右無く之を許すべからざるものなり」

    歎異抄・奥書)



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