白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分(4)

closeこの記事は 3 年 24 日 前に投稿されたものです。間違いに気づいたらその都度修正していますが、今読んだらおかしな点もあるかもしれません。ご了承ください。
白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分(3)の続きです。

アルバムジャケット展覧会(5) [地獄絵図]にも書きましたが、

殺生せずしては生きてはゆけない

のが人間の偽らざる姿で、
生きるということは、動物の命を殺すこと、すなわち、
生かされるということだと思います。

菜食主義といっても、野菜を育てるにはどれだけの虫が殺されているか分かりません。
草食動物の餌を、どれだけ奪っているか分かりません。
食べ物以外の場面でも、人間の安全を確かめるためには、動物実験が行われます。

無益な殺生はしたくない、というのはその通りですが、
生き物を殺さないというその思想全体が人間という存在の摂理に逆らっていると書かれている通りだと思います。
 ほのかは菜食主義で、肉や魚は一切口にしなかった。その分、たまにこうして作ってくれる惣菜の味付けは匠で、どれもなかなかに旨かった。
「動物の肉を食べることに嫌気がさしちゃったの。牛でも豚でも鳥でも魚でも、生き物を殺して食べるのは、とにかく私はもう厭なの」
 僕が知り合ったときから、彼女はそう言っていた。そんなほのかに影響されたのか、もともと魚は決して口にしない雷太が、最近は肉もあまり食べなくなってきているようだった。
 ほのかに勉強を教えている頃、一度、彼女の部屋に紛れ込んだ蚊を潰したらひどく辛そうな目をされたこともあった。
「私って無視も殺さないような女よ」
 中学生だった彼女は、しばらくするとそう言って照れ笑いを浮かべ、と思うと、
「だけど、こういう人間って、長く生きることできないよね」
 不意に冷めきった顔になってつけ加えたものだ。
 生き物を食べないという彼女のこころがけを僕は悪いことではないと思っている。だた、そういう人間は長く生きることができないという彼女の直感もまた正しいような気はしていた。生理的なことではなしに、生き物を殺さないというその思想全体が人間という存在の摂理に逆らっていると僕は思う。
「別に自分がやりたくないことをやり通してまで長生きする必要はないさ」
 あの時はそんなふうに言った覚えがある。

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  2. 白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分(5)
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  4. 白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分(1)
  5. 世界の光 親鸞聖人 第2部

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Filed under: し:白石一文  タグ: , , , , , , , , , ,   charlie432 00:00
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2件のコメント »
  1. SECRET: 0
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    本当に、その通りですね。
    植物にも、感情があると聞いたことあります。
    たぶん、あるでしょう。
    だとしたら、それも、殺してることになりますよね。
    生かされているんだと思います。
    たくさんの、犠牲の上に成り立つ命です。

    コメント by Tommy — 2009年1月19日 22:06

  2. SECRET: 0
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    確かに、植物もただの物質とは少し違いますよね。
    いずれにしても、人間は様々な非情、有情のものから生かされていると思います。
    食事の前に合掌(-人-)して「いただきます」と言って
    感謝の気持ちをくちにするのも、そういうところから来ているんですね。

    コメント by charlie432 — 2009年1月20日 12:53

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