母の命日

closeこの記事は 2 年 4 ヶ月 21 日 前に投稿されたものです。間違いに気づいたらその都度修正していますが、今読んだらおかしな点もあるかもしれません。ご了承ください。
が9月22日なので、
父と二人で墓参に行きました。 
自分は少し仏教の勉強をしているので、親鸞聖人の『正信偈』を読誦することが出来ます。
帰命無量寿如来 南無不可思議光
で始まるものです。 


関東では普通、墓には「○○家之墓」と書いてあるのが多いですが、 
浄土真宗が盛んな北陸などに行くと、「南無阿弥陀仏」と書かれたものがほとんどです。 


浄土真宗においては、葬式や墓参りの本来の意義は 
先祖供養にあるではなく、 
亡者の忌日をご縁として、報恩感謝し、仏法を聞く日にすること、 
とされているからです。 

そこで自分も、墓石の前に簡易的な仏壇を設置しました。 

浄土真宗では、ご本尊として阿弥陀如来をご安直しますが、
正しくは、木に彫られた「木像」や絵に描かれた「絵像」ではなく、
「南無阿弥陀仏」の六字の名号であることは、
『御一代記聞書』にて、蓮如上人がご教示になっておられます。
他流には「名号よりは絵像、絵像よりは木像」というなり。 当流には「木像よりは絵像、絵像よりは名号」というなり。
ご名号

写真は、粗末になるといけないので、ぼかしを入れておきました。 あまり教えに詳しくない父も、墓参りだけは熱心です。
墓前の父



母
享年65歳。
短く太い人生を送った人だと思います。
大腸がんとなり、
2年ほど闘って亡くなりました。 

最後「生んでくれて有難う」と言えたので、
まあ心残りはありません。 
でも思い出すと、
やはり淋しいものです(涙)
 

亡くなる数日前に
「あ、今、阿弥陀様にあうことが出来たよ」
と、繰り返し言って、 
衰弱した体とは思えないほど
力強く、腕を握ってきたのを
今でもはっきり覚えています。  
また、臨終の瞬間、
もの凄い暴風雨となり、 
やがて、しばらくして
快晴となって虹が綺麗にかかったのが 
なんとも不思議な思いでした。 

個人的気休めかもしれませんが、
極楽に往生したと信じたいです。 



俗名は佑子。
お世話になっている仏教の先生に、
「妙麗」という法名を付けてもらいました。 
麗しかったかどうかは別として、
妙ではありました。
「たえ」ではなく「みょう」という意味で(笑)  

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2件のコメント »
  1. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    昨日は LIVEコメントぁりがとぉございましたっ☆

    是非またお逢いできるのを楽しみにしています☆ミ

    沢山のHAPPYがあります様にぃ☆

    コメント by ☆KOZUE☆ — 2009年9月23日 23:40

  2. SECRET: 0
    PASS: 6691fc7e69b32d0879c93714a75e5e9c
    コメント有難うございます!

    10/7にたぶん行けると思いますので、そのときはよろしくお願いします!
    (^o^)ノシ

    コメント by charlie432 — 2009年9月24日 22:00

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