『大無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』『菩薩瓔珞経』

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「もともと時間と空間を超えているのです。」の続きで、『親鸞聖人と浄土真宗』(中西智海・著)という本から187~195ページのまとめです。

内容は
  • 仏説無量寿経
    (『大無量寿経』『大経』『双巻経』などともいう)
  • 仏説観無量寿経
    (『観無量寿経』『無量寿観経』『観経』などともいう)
  • 仏説阿弥陀経
    (『小経』『四紙阿弥陀経』などともいう)
  • 菩薩瓔珞本業経
    (『菩薩瓔珞経』『瓔珞本業経』『瓔珞経』などともいう)
について。





■ 仏説無量寿経 ■

上巻は弥陀成仏の因果を明らかにし、下巻は衆生往生の因果を説く。

[上巻]
まず、これから説かんとする教説こそ、自分がこの世に出現した本意(出世本懐)であることを述べ、次に弥陀成仏の因果、即ち、阿弥陀仏が法蔵菩薩であった時に、48の願を立て、その成就のために兆載永劫の修行をして(因)、阿弥陀仏となり極楽を建立した(果)ことを説く。
48の願の内容について古来、これを3つに分類している。
  1. 摂法身の願(仏身に関する願)……第十二・第十三・第十七の3願
  2. 摂浄土の願(浄土に関する願)……第三十一・第三十二の2願
  3. 摂衆生の願(衆生救済に関する願)……その他の43願
この48の願のうち、「衆生往生の因果」を誓った第十八願こそ48の願の根本であり、衆生の往生と法蔵菩薩自身の正覚とを一体に誓った大誓願である。


[下巻]
下巻では衆生往生の因果、即ち、衆生往生の因について、「諸仏によってほめ讃えられる阿弥陀仏の名号のいわれを聞いて、疑いなく信じ喜ぶものは、まちがいなく浄土に生まれて仏となる」(第十七・第十八・第十一願成就文)という念仏往生の者と、自力の諸善を修する上中下の三輩の諸行往生の者とがあることを説き、往生の果について、一生補処・供養諸仏・聞法供養・説法自在・自利利他円満の徳を述べる。
さらに続いて、「釈迦指勧分」があり、そこでは三毒・五悪を戒め、仏智疑惑によって化土に胎生するのを戒める。そして最後に、法滅の後もこの経だけは特に百年まで留める慈悲を示す。



■ 仏説観無量寿経 ■

王舎城の阿闍世太子が、悪友の提婆達多にそそのかされて、父の頻婆娑羅王を幽閉して死に至らしめ、さらに母の韋提希夫人をも軟禁した事件を契機として説かれたもので、釈尊は韋提希夫人のもとめに応じて諸仏の浄土をまのあたりに示し、夫人をして阿弥陀仏の浄土を選んで、そこに生まれたいと願わせ、往生の道として三福十六観法を説き、夫人はそれを聞いて無生忍を得、五百の侍女は無上道をおこしたと述べ、最後に、釈尊は無量寿仏のみ名をたもてと勧め本経は終る。

三福とは、三世諸仏の浄業の正因としての
・世福(孝養父母、奉事師長、慈心不殺、修十善業)
・戒福(受持三帰、具足衆戒、不犯威儀)
・行福(発菩提心、深信因果、読誦大乗、勧進行者)
の3つである。

十六観とは、
  1. 日想観
  2. 水想観
  3. 地想観
  4. 宝樹観
  5. 宝池観
  6. 宝楼観
  7. 華座観
  8. 像観
  9. 真身観
  10. 観音観
  11. 勢至観
  12. 普観
  13. 雑想観
  14. 上輩生想観
  15. 中輩生想観
  16. 下輩生想観
の16である。


★善導大師は従来の見方に対して、この十六観のうち、
 前13観察を定善、
 九品往生を説く後の3観を散善
とした。

  • 定善とは息慮凝心といい、精紳を統一して阿弥陀仏や浄土のすがたを観想すること。
  • 散善とは廃悪修善をいい、心が散乱した状態で悪を廃し善を修することで、
    三福(世間善である世福、小乗善である戒福、大乗善である行福)をさす。



(上輩生想観)
・上品上生
・上品中生
・上品下生 は行福を

(中輩生想観)
・中品上生
・中品中生 は戒福を

・中品下生 は世福をそれぞれ修して浄土に往生し、

一方、三福を修することのできない
(下輩生想観)
・下品上生
・下品中生
・下品下生 の凡夫は称名念仏によって往生ができると説く。


経の最後で釈尊が阿難に
「汝、よくこの語をたもて。この語をたもてというは、即ち無量寿仏の名をたもてとなり」
とすすめる文に対して、善導大師は、
「上来、定散両門の益を説くと雖も、仏の本願の意を望まんには、衆生をして一向に専ら弥陀仏の名を称せしむに在り」
と釈し、経の文面からすれば観仏三昧の経であるが、定散善を修しえない凡夫にとって、浄土往生の道は称名念仏以外にないことを説いたものがこの『観経』の本意であると解した。


★このような善導大師による念観廃立(観法を廃して称名念仏を立てる意)の釈意をうけて親鸞聖人は顕彰隠密という独自の『観経』観を打ち立てた。つまり、経文の顕われた面からは定散二善の自力の諸行往生(第十九願)を説くが、かくれた経の真意は他力の念仏往生(第十八願)を彰わしたものと解した。



■ 仏説阿弥陀経 ■

特色として、釈尊がつねに仏弟子の舎利弗によびかけて、自問自答の形で説法が終始しているので、「無問自説経」と呼ばれる。

まず阿弥陀仏の国土、並びに仏と聖衆について説かれる。つまり、西方十万億仏土をすぎた所にある極楽世界の様子が述べられ、また、阿弥陀仏は光明無量、寿命無量の仏であり、そこに生まれた人々もまたこの功徳をうると説かれる。

次に、この阿弥陀仏の浄土に往生するには、阿弥陀仏のみ名を聞き、一心不乱に七日間念仏すれば、臨終に仏・菩薩の来迎をうけて浄土に往生すると説く。

次の六方段とよばれるところでは、六方の諸仏が釈尊のすすめる念仏の教えを証護する部分であり、

そして本経の結びでは、この教えは五濁悪世のために説かれた難信の法であると示される。


★親鸞聖人は、『観経』と同様、本経についても顕彰隠密の経と解している。つまり、経文の顕われた面からは自力の念仏往生(第二十願)を説くが、かくれた経の真意は他力の念仏往生(第十八願)を彰わしたものと解した。



■ 菩薩瓔珞本業経 ■

本経は、菩薩の階位に「五十二位」を説き、さらに「十波羅蜜」を説く。明瞭に華厳の思想に立脚している。

又、大乗菩薩の戒法たる三聚浄戒を説く。

三聚浄戒とは
  1. 摂律儀戒  その内容は十波羅夷
  2. 摂善法戒  その内容は八万四千の法門
  3. 摂衆生戒  その内容は慈・悲・喜・捨
の3つ。

大乗戒は小乗戒のように止悪だけを説くのではなく、摂善法戒のように行善を、摂衆生戒のように利他行をも含む。

そして「一切の菩薩凡聖の戒は尽く心を体となす」と述べ、いわゆる「心法戒体」説を述べている。この思想は天台大師智にも大きな影響を与えたとされている。

中国大乗戒思想において本経は『梵網経』と並んで重要視された。




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