★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2010年11月29日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
『教行信証』『正信偈』
一つ前の投稿の続きです。
本書は
・顕浄土真実教文類
・顕浄土真実行文類
・顕浄土真実信文類
・顕浄土真実証文類
・顕浄土真実真仏土文類
・顕浄土方便化身土文類
の6巻から成り、冒頭に総序、信文類の巻首に別序、化身土文類の終に後序を置く。
★前5巻は真実の法を明かしたものであり、浄土に往き生まれてさとりをひらくこと(往相)も、浄土からこの世に還って利他の活動をすること(還相)も、全て如来の本願のはたらきによって恵まれるものであること、すなわち如来の廻向によることを示し、往相に真実の教・行・信・証の4法があり、この4法によって無常涅槃を証すれば必然に還相することをのべ、真仏・真土は、この4法を根源から支えるものであることを明かしている。
一方、方便化身土巻は、方便と邪偽の法を示し、それらの法を批判するものである。つまり、それは真仏・真土という如来の光明に照らされた迷妄の現実界の実相を明かすものである。
偈は大無量寿経による依経分と七祖による依釈分とから構成され、
依経分は初めの二句に如来の尊号を挙げて帰敬を表わし、
3~10句に弥陀因位の本願、
11~20句に弥陀果上の摂化、
21~24句に釈尊出世の本懐、
25~40句に信順の功徳、
41~44句に信順の至難を示す。
依釈分は、
45~ 48句に七祖の総論、
49~116句に七祖の各説、
117~120句に七祖の説を結んで信を勧める。
★今日、正信偈は朝夕の勤行にもちいられているが、それは蓮如上人が文明5年(59歳)の時に『教行信証』の中から正信偈だけをぬきとって、和讃と組合せて刊行した時にはじまるものとみなされている。
■ 教行信証 ■
詳しくは『顕浄土真実教行証文類』という。「教行信証」「御本書」「御本典」「教行証文類」「広文類」等と略称。親鸞聖人が阿弥陀如来の本願を聞信して、広く仏恩を謝し、経論釈の重要な文を集め、これに私釈を加えて体系化したもので、浄土真宗立教開宗の根本聖典とされている。本書は
・顕浄土真実教文類
・顕浄土真実行文類
・顕浄土真実信文類
・顕浄土真実証文類
・顕浄土真実真仏土文類
・顕浄土方便化身土文類
の6巻から成り、冒頭に総序、信文類の巻首に別序、化身土文類の終に後序を置く。
★前5巻は真実の法を明かしたものであり、浄土に往き生まれてさとりをひらくこと(往相)も、浄土からこの世に還って利他の活動をすること(還相)も、全て如来の本願のはたらきによって恵まれるものであること、すなわち如来の廻向によることを示し、往相に真実の教・行・信・証の4法があり、この4法によって無常涅槃を証すれば必然に還相することをのべ、真仏・真土は、この4法を根源から支えるものであることを明かしている。
一方、方便化身土巻は、方便と邪偽の法を示し、それらの法を批判するものである。つまり、それは真仏・真土という如来の光明に照らされた迷妄の現実界の実相を明かすものである。
- 総序――全巻の要義とこの書を編述する意図についてのべる。
- 教文類――真実の教とは、阿弥陀仏の本願を説くのを本旨とし、阿弥陀仏の名を本体とするところの『大無量寿経』であり、この経典こそ釈尊出世本懐の経典であることを説く。
- 行文類――真実の行とは、第十七願。諸仏称名の願成就の名号(称名)であり、その行は如来廻向の行、つまり大行であることを顕し、これこそ大乗誓願一仏乗であると説く。
- 信文類――最初に別に序文をおいて、真実の信心が如来の願心よりおこることを明かし、本文では、真実の信心が第十八に誓われた仏の大悲廻向の大信であること、その第十八願の三心が信楽の一心に帰すこと、さらに信楽開発の一念に往生決定し、正定聚に住することをのべ、最後に、極悪人こそ救いの対象であることを明かす。
- 証文類――信一念の即時に正定聚不退転の位に住するゆえ、臨終の一念に浄土に往生すると同時に他力により無上の涅槃を得ることを明かし、それも、第十一願・必至滅度の願にもとずくことを説く。次に、その無上の涅槃(自利)のところに直ちに現ぜしめられる還相廻向(利他)についてのべる。この還相廻向は、如来の廻向によってなさしめられるところの往生者の利他のはたらきであることを第二十二願・必至補処の願によって明かす。
- 真仏土文類――光寿二無量を誓った第十二・第十三願にもとづく真仏・真土を示して、大悲の根本を顕わし、真実報土は念仏者が往生して成仏する世界であることを明かす。
- 化身土文類――以上の真実5巻に対して、ここでは方便と邪偽の法を説き、真実の法に帰すべきことをすすめる。まず初めに、化身土を示し、その化土に往生する第十九願に対応する観経・要門について詳述し、さらにまた化土に往生する第二十願に対応する小経・真門について詳述した後に「三願転入」を説く。さらに、聖道門の時機に適しないことを説き、外教邪教批判が行われる。
- 後序――承元の法難、法然上人との値遇を回想し、著作の因縁が示される。
■ 正信偈 ■
正信念仏偈の略称。親鸞聖人選述の『教行信証』の行巻末尾にある七言一二〇句の偈。前偈にその序文にあたるものをおき、そこでは真宗の大綱としての行信・機・往生・仏土が説かれ、まず最初に真実の行信がかかげられているところからみていくと、正信偈はその真実の行信を解き明かすのが主眼となっているのである。それ故に行巻と信巻との中間におかれたのであろう。次に、知恩報徳の為に偈を造る旨を述べる。偈は大無量寿経による依経分と七祖による依釈分とから構成され、
依経分は初めの二句に如来の尊号を挙げて帰敬を表わし、
3~10句に弥陀因位の本願、
11~20句に弥陀果上の摂化、
21~24句に釈尊出世の本懐、
25~40句に信順の功徳、
41~44句に信順の至難を示す。
依釈分は、
45~ 48句に七祖の総論、
49~116句に七祖の各説、
117~120句に七祖の説を結んで信を勧める。
★今日、正信偈は朝夕の勤行にもちいられているが、それは蓮如上人が文明5年(59歳)の時に『教行信証』の中から正信偈だけをぬきとって、和讃と組合せて刊行した時にはじまるものとみなされている。
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