ミロ ~ アルルカンのカーニヴァル

f:id:charlie432:20071217034321j:image このジャケットに使われている絵は ミロ 「アルルカンのカーニヴァル」 と教えてくださった
tommyちゃんへ感謝状をおくります。
サティ ~ ピアノ作品集にて)
感謝状

Filed under: 未分類     11:59 PM  Comments (15)

CORRUPTED / El Mundo Frio

 スペイン語はできないのですが翻訳ソフトで英訳すると「El Mundo Frio」とは、「The Cold Worl」、すなわち「冷たい世界」のようです。
 限りなく静かで美しく、この上なく重い、そして時間の遅い流れが、1トラック71分のなかで再現されます。この中に描かれているのは、音楽とか芸術という範疇ではなく、哲学あるいは宗教として語られるべき内容かもしれません。気づけば、じっと手を止め、スピーカーの前で正座している自分がそこにいます。「自分の存在意義とは何ぞや?」「生と死とはこれ如何?」と否応なしに考えさせられます。
 CORRUPTED。この日本のバンドは最近まで知りませんでした。紹介している人たちは口をそろえて「ライヴを体験すべし」と言いますが、CDだけでも大変なインパクトを受けました。
「褪せた光に晒された人々よ 我々と同じ道を歩んではならない」
 感情を殺したヴォーカルのささやくような語りをはじめ、一つ一つの音が、人間の創り出す音楽というよりも、人格化された大宇宙の叫びのように思われます。そして10分過ぎの爆音は、心の中に原爆が投下されたような衝撃でした。  一切の雑音を排除してこの作品と向きあったとき、最後に感じるのは、人間存在の小ささ、脱力感、無力感、そして大地にひれ伏して懺悔したくなるような、えも言われぬ罪悪感ではないでしょうか。
 下に引用した歌詞(語り)はスペイン語と英語に翻訳されており、モノクロ写真と共にブックレットに記載されています。  詩、音、写真、どれもとてつもなく重く深いです。

 この作品を紹介してくださったtommyちゃん、有難うございました。

Links: With Latimer! Locust Star CD Review BLOG 酒と煙草と女と藝術 DIOS INJUSTO disk review 栗毛アコきゅんハァハァ 真夜中に鴉啼く この曲を聴け!
褪せた光に晒された人々よ 我々と同じ道を歩んではならない 二度の悲劇は終わり 時は流れ 薄れゆく人々の記憶 書き換えられた平和
旅の果てに待つのは どこまでも続く闇 そこには何も残らない 大地を照らす光もない 静寂の中 彼の流した涙は血の色 空の果ての希望 正義という名の絶望
躁鬱に支配された心 止めどなく溢れ出る虚栄 繰り返される破壊と混沌 射し込む希望の光は刃となって俺の肌を刺す 信じた筈の未来を黒く染める 許される事のない愚行 大地は永久に閉ざされる 黙して崩壊を恐怖するだけの時間
操作された現実 闇に支配された楽園 眼前の快楽を求め続けて 朽ち果てた栄光に縋り続ける 旅人は立ち止まり 不穏な色の空を仰ぐ 幾重にも覆われた枯れ果てた大地 取り戻す時を求めて再び旅立つ
愚か者が裁かれる時が来る 崩れ落ちた生命の均衡 奇形してゆく人々を見よ 最後の時は近いのだと悟る
感情さえコントロール出来ず 己の為のルールさえ見つからない 人々の視線の先にあるもの 時の終わりを知る
沈黙を守ろうとする影 希望に怯えるのなら すぐにここから立ち去るがいい 足跡さえ残さず 傷跡さえ残らず





褪せた光に晒された人々よ 我々と同じ道を歩んではならない 二度の悲劇は終わり 時は流れ 薄れゆく人々の記憶 書き換えられた平和
旅の果てに待つのは どこまでも続く闇 そこには何も残らない 大地を照らす光もない 静寂の中 我々の流した涙は血の色 空の果ての希望 正義という名の絶望
狂気に満ちた表情 独裁者の恍惚の笑み 血塗られた歴史の闇に蠢く 勝者を名乗る影 策略、そして略奪 恐怖と盲信 偽善と情報操作 全てを握りしめた
冷酷な現実 失われた魂の輝き 眼前の子供達の表情を見よ その視線は硬く閉ざされたまま 残酷な現実に叛旗を翻せ 俺は再び立ち上がる 神々の鉄槌が振り降ろされ この光が失われようとも
沈黙を守ろうとする影 希望に怯えるのなら すぐにここから立ち去るがいい 足跡さえ残さず 傷跡さえ残らず
影の落ちた遥かな旅路 失った筈の自由の日々よ 俺はこの大地に横たわり 安らかなる時を待ちわびて…

Filed under: 未分類     8:46 PM  Comments (4)

今日も大掃除

 昨日は会社の大掃除でしたが、今日は自宅の掃除をしました。主に、窓拭き、草むしり、風呂・トイレ掃除、掃除機がけでしたが、一番やりがいがあったのが意外と掃除機がけでした。
 ところで、tommyちゃんに教えてもらった掃除にまつわる『法華経』の話、現代人向けに書かれているものが見つかったので以下に引用します。『光に向かって100の花束』という本で、小話が100載っています。どれも2~3ページの短いものばかりで、読みやすいのが特徴かと思います。
(97)上達よりも大切なこと
シュリハンドクのひたむきな精進
 釈尊の十大弟子の一人、シュリハンドクは、自分の名前も覚えられぬ生来のばかだった。  さすがの兄も愛想をつかし、家を追い出した。  門の外で泣いているシュリハンドクに、 「なぜ、そんなに悲しむのか」  釈尊は、親切におたずねになった。  正直に一切を告白し、 「どうして私は、こんなばかに生まれたのでしょうか」  さめざめとハンドクは泣いた。 「悲しむ必要はない。おまえは自分の愚かさを知っている。世の中には、賢いと思っている愚か者が多い。愚かさを知ることは、最もさとりに近いのだ」  釈尊は、やさしくなぐさめられて、一本のほうきと『ちりを払わん、あかを除かん』の言葉を授けられた。  シュリハンドクは清掃しながら、与えられた聖語を必死に覚えようとした。
『ちりを払わん』を覚えると『あかを除かん』を忘れ、『あかを除かん』を覚えると『ちりを払わん』を忘れる。
 しかし彼は、それを20年間続けた。その間、一度だけ、釈尊からほめられたことがあった。 「おまえは、何年掃除しても上達しないが、上達しないことにくさらず、よく同じことを続ける。上達することも大切だが、根気よく同じことを続けることは、もっと大事だ。これは他の弟子にみられぬ殊勝なことだ」  釈尊は彼の、ひたむきな精進を評価せられたのである。  やがて彼は、ちりやほこりは、あると思っているところばかりにあるのではなく、こんなところにあるものか、と思っているところに、意外にあるものだということを知った。  そして、 「オレは愚かだと思っていたが、オレの気づかないところに、どれだけオレの愚かなところがあるか、わかったものではない」 と驚いた。  ついに彼に、阿羅漢のさとりが開けたのである。
 よき師、よき法にあい、よく長期の努力精進に耐えた結実にほかならない。
 たまたま動かした食器棚の裏に、驚くほどのほこりがありましたが、さとりは開けませんでした、、、(笑) (^o^;ゝ

Filed under: 未分類     7:08 PM  Comments (2)

ただいま大掃除

の休憩中。
 午前中は、蛍光灯、窓のガラス・桟を雑巾でふきました。普段あまり気に留めていませんでしたが、かなり汚れていました。すぐに真っ黒になり、時間の大半が雑巾洗いでした。  以前読んだことのある、『光に向かって123のこころのタネ』の、
(39)そうじで一番大切なのは…
そうじで一番大切なのは雑巾洗い。
汚い布でいくらやっても、 血で血を洗っているようなものだ。
という言葉を思い出しました。
 また、けっこうこびりついた汚れも多く、「後でまとめて掃除した方が効率的」だと思っていましたが、普段からきれいにするよう心掛けていた方が良いのだと知らされました(と、去年も思いました^^;ゞ)。
 徹底的にやろうとすると、案外熱くなって、汗をかくものです。

Filed under: 未分類     12:36 PM  Comments (4)

さいとうたかを / ゴルゴ13

 床屋の待ち時間でパラパラめくる程度しか読んだことがありません(ちなみに、統計によると「理容店にもっともよく置かれている漫画」第一位のようです)。国際情勢とか政治的な内容が苦手なのと、冊数が多いので少し敬遠気味でしたが、以前から、読みたい読みたいとは思っていました。 (作品リスト
 な~んて思っていたら、来春からテレビアニメ化するそうで。『ゴルゴ13』です。  壁紙ダウンロードなどはこちら

 これを機に、少しずつ読んでみようかな、と思いました。


デューク・東郷
  • 性別:男性
  • 本名・生年月日・年齢(見た目は40歳代)・国籍・住居・経歴などは一切不明。
  • 自称:デューク・東郷(とうごう)と名乗ることが多く、エピソードによっては全く異なる偽名を名乗ることもある。
  • 身長180cm強、体重80kg前後。
  • 体格:無駄のない筋肉質の外見を持つが、全身に無数の傷跡(弾痕、切り傷など)がある。短髪、「カミソリの刃」と形容される鋭い目つき、猛禽類の翼のような眉毛が印象的な風貌。
  • 血液型:A型(『7号コテージ事件』より)。
  • 人種:不明。見た目は東洋系。日露混血など諸説あるが、定かでない。
  • 利き腕:右(ただし左手を使う場合でも、ほとんど右手同然の活躍ができる)

Filed under: 未分類     12:00 AM  Comments (2)

日本の形 / 折り紙

 日本の誇る伝統芸能は沢山ありますが、「折り紙」もその一つとは言えないでしょうか。欧米をはじめ多くの国で「origami」という言葉が通用するようです。
日本の形-折り紙
世界が絶賛!スゴイ折り紙BEST3 ↑ この作品はスゴイです(゚д゚;)


ちなみに、上の映像は日本の形(製作:Japan Culture Lab.)というDVDに収録されており、結構笑えます。たとえば、、、
日本の形
はし

土下座
謝罪

手締め おにぎり 夏休み
等々。呉々も100%信じないように……(^艸^)

交際1 交際2 交際3
も同シリーズでしょうか?

Filed under: 未分類     12:00 AM  Comments (1)

OBSESSION / Carnival of Lies

  覇次郎さん      ↓
からプレゼントされました。いつもありがとうございま~す。 \(^o^)ノ
マイク・ヴェセーラのソロアルバム……じゃなくて、OBSESSION 2006年の3rdアルバムです。
 これを聴いて、多くの人が同じことを思うのではないでしょうか。キーワードは「80年代」、そして覇次郎さんの言葉を借りれば、
期待せずに見た映画が案外おもしろかったみたいな。
 そう、期待しないで聴くとこれが非常に良い!のです。80年代に普通にあった、正統派HR/HM。実に懐かしい思いにさせられます。  イングヴェイラウドネス経験した人からすれば、ありがちでB級を脱し得ないというところでしょうが、それは「Seventh Sign」が良すぎたということで。何も考えず一切を忘れて聴くと、十分に楽しめる作品かと思います。マイク・ヴェセーラの持ち味が生きていますし、ギターもなかなか魅力的だと思います。下の Track List からのリンクの他に、ベストチューンと思われる(2)「Carnival of Lies」はMyspaceから聴けます。その他、(5)「Imagining」や (9)「Written in Blood」も好きですね。 「普通」であることに感謝!かもしれません。
Links: 鋼鉄龍の咆哮 Death and The Maiden Metal WarriorのまったりLife Good Mourning / Black Friday CARNIVAL OF LIES / OBSESSION このCDを買え!

Track List: 01 Smoking Gun → Video 02 Carnival of Lies 03 In for the Kill 04 Playing Dead 05 Imagining 06 The Offering 07 Pure Evil → Video 08 I Don’t Belong 09 Written in Blood 10 Guilty as Charged 11 Marshall Law → Video 12 Panic in the Street [Bonus Track]

Filed under: 未分類     12:00 AM  Comments (1)

告白 (///o///)ゞ

 恥ずかしながら、今まで誤解していたことを白状します。
 自宅にある三省堂大辞林(第18刷)を調べてみると、、、(以下、言い訳です ^^;ゝ)
つれづれぐさ【徒然草】随筆。二巻。吉田兼好著。一三三〇~三一年頃成立(異説あり)。随想・見聞などを、著者の感興のおもむくままに記したもの。無常観に基づく、著者の人生観・美意識などがうかがえ、「枕草子」と並ぶ随筆文学の傑作とされる。
とあるので、最近まで「徒然」とは「気のおもむくまま」という意味だと思っていました。
 このブログのタイトル、説明文も、そういう意味で使っていましたが、実際は「することがなくて退屈なこと。また、そのさま。手持ちぶさた」という言葉の意味と正反対で、毎日時間に追われながら更新しています。 o(+_+。)(。+_+)o
 ただ、「忙」=「心」+「亡」に比べれば、「徒然」の方が心に余裕があって良い言葉だと思うので、このままで続けたいと思います(「つくづくと物思いにふけること」「しんみりとして寂しいこと。また、そのさま」という意味もあり)。
 そんな訳で、今は忙しいので、今日の更新はこれにて終了。さいなら~[emoji:v-423]

Filed under: 未分類     12:00 AM  Comments (2)

もん(BlogPet)

きのう、なまけもんで特選するはずだった。

*このエントリは、ブログペットの「つとむ」が書きました。

Filed under: 未分類     8:14 AM  Comments (1)

梅田望夫 ~ ウェブ時代をゆく

『ウェブ進化論』と同様、ネット世界の現状が分かりやすい譬えで表現されています。
 今まで様々なデータを個人のPCの中に保存していたのを、ウェブ上、すなわち「あちら側の世界」に保存・公開して「知」の共有が可能となったのは、google が「検索」という手段で、あたかも神のようにその情報を司るようになったからです。
「あちら側の世界」に蓄えられた情報は「もうひとつの地球」と表現される膨大なものとなりましたが、google の進化は止まる事を知らず、一度その世界に足を踏み込めば、私達は大抵の事を知ることが出来ます。しかも、時間的にも金銭的にも、現実世界とは比較にならない効率なのです。この本の表現を借りて譬えるなら、流しそうめんで、麺が流れてくるのを待って確保するのではなく、いつでも目の前にそうめんが流れているのだから、気持ちさえあれば好きな時に好きなだけそうめんを食べることが出来るようなものです。
 本書では、羽生善治棋士の提示した「学習の高速道路と大渋滞」の概念を出発点として論旨が展開されてゆきます。
いったん言語化された知がネットを介して容易に共有されるこれからの時代は、ある分野を極めたいという意思さえ持てば、あたかも高速道路を疾走するかのようなスピードで、効率よく過去の叡智を吸収できる。そんな「学習の高速道路」があらゆる分野に敷かれようとしている。「学習の高速道路」自体はたとえば、リタイア後の生活に経済的不安がない団塊の世代の方々が大好きな趣味や専門を楽しみながら極めていきたいと考える場合など、すばらしいことこのうえない。  しかし「学習の高速道路」も高速道路を走りきったなと思ったあたり(「その道のプロ」寸前)で大渋滞が起こるのだと羽生は言う。同質の勉強の仕方でたどりつけるのはそこまで。誰にも機会が開かれるゆえ参入者も増え、しかも後の世代も次々に疾走してきては「その道のプロ」寸前で大渋滞にはまる。「その道のプロ」として飯を食い続けていけるかどうかは、大渋滞に差し掛かったあとにどう生きるかの創造性にかかる。これが羽生の問題提起であった。
(中略)
 大渋滞の先でサバイバルするには、大渋滞を抜けようと「高く険しい道」を目指すか、大渋滞に差し掛かったところで高速道路を降りて道標のない「けものみち」を歩いてゆくか、その二つの選択肢があると私は思う。そのどちらの道を目指すにせよ、自らの「向き不向き」と向き合い、自らの志向性を強く意識し(それが戦略性そのもの)、「好きを貫く」ことこそが競争力を生むと私は考える。
 本書を読んで感動したのは、この「好きを貫く」というところです。「できること」をするのではなく、「やりたいこと」をやる……一昔前にこのような考えを述べていたら「好きなことだけをして生きて行けるほど世の中甘くない」と一笑に付されてしまうところでしょうが、ウェブの進化により、その様相が大きく変わってきているのです。「ちょっと好き」という程度ではなく、「人生をうずめる」ほど没頭し「きわめて勤勉」といえるほどの熱意をもってすれば、「ありえない夢」が「簡単ではないけれど実現可能な夢(プロ野球選手になるよりは100倍簡単)」になっているようです。
 どうしてそのようなことが可能なのか?筆者はウェブの進化を「経済のゲーム」としてではなく「知と情報のゲーム」としてとらえています。
「経済のゲーム」の観点では、ウェブ2.0は思ったよりお金が回らないではないかという嘆息がこれから出てくるはずだ。「群衆の叡智」の周辺には大きなお金の匂いがしないではないかと。しかし逆に、そこが大きなお金とは切り離された空間だからこそ、悪があえて介入するだけのインセンティブが小さく、それにより善性が際立つ「知と情報のゲーム」の空間になっているともいえるのではないだろうか。
チープ革命、受益者非負担型インフラ、無償サービス、情報の共有……。ウェブ進化のキーワードをならべてみればまさに、「貨幣経済の外側で活動する能力」がパワーアップされて、広く誰にも開かれていく未来が見えてくる。お金をあまりかけずとも、「内面的報酬」を求めて、能動的で創造的な行為における「好き」を貫く自由が広がるのだ。
 そして、もうひとつの地球の住民に、新たなリーダーが生まれれば、現実社会とは異なる世界が広がってゆくと主張しています。
そういう営みを成功させるためには、まったく新しいリーダーシップが必要なことをこの10年は指し示しているのではなかろうか。自然状態のネットのパブリック空間は、善悪、清濁、可能性と危険といった社会的矛盾を含む混沌なのだが、その中核に「不特定多数を信頼する」心を持ち「人生をうずめる」ように「好き」な対象に没頭するリーダーが現れたときに、そのリーダーが作りだすコミュニティは公共性・利他性を帯び始めるのだ。
 このような、リアルの世界とは違う「もうひとつの地球」を生きるにはどうすればよいか、詳しく考察されていますが、なかでも心に残ったのが以下の内容です。
あらゆる面で徹底的にネットを活用すること。自分の志向性や専門性や人間関係を拠り所に「自分にしか生み出せない価値」(さまざまな要素からなる複合技)を定義して常に情報を発信していくこと(ブログが名刺になるくらいに。自分にとって大切ないくつかのキーワードの組み合わせで検索すると自分のエントリーが上位に並ぶようなイメージ)。自分の価値を理解して対価を支払ってくれる人が存在する状態を維持しようと心掛けること。
ネット空間から即座に反応が返ってくることに興奮したり、ミクシィで友だちをたくさん作りそこから生まれる新しい関係を積極的に面白がっている「働き者」タイプの人たちは、「そんなことなにが面白いの」と言っている「面倒くさがりや」タイプの「怠け者」よりも、あきらかに「けものみち」向きである。これまでの日本社会は「頭のいい人」対「悪い人」、「記憶力のいい人」対「悪い人」という軸で社会が動いてきた面が強いが、「けものみち」では「働き者」対「怠け者」が軸となる。「けものみち」で「頭がよければいいだろう」というのは通用しない。何かを知っている、何かを記憶しているというタイプの頭のよさは、あまり重要ではなくなるからだ。
 英語で「in the right place at the right time」という言葉がある。「正しいときに正しい場所にいる」。 (中略)  新進の気性に富む、積極性、自己表現欲求、広い問題意識、高速道路の外の世界への関心、情報収集力、行動力、積極性、勇気、スピード感、常識、明るさ、素直さ、人に好かれる性格、コミュニティ・リーダーシップ、段取り力、コミュニケーション能力、気遣い、やさしさ、柔軟性、反射神経的に判断して物事を決める力。 「けものみち」の要素をこう列挙していけば、とてもこれらを兼ね備えるのは至難の業のようにも見えるが、人間としてごく常識的で、少し積極的に日常を丁寧に生きることに他ならない(あんがい、男性よりも女性のほうがごく自然に「けものみち」を歩いていけるのかもしれない)。そういう日常を大切に繰り返していけば、「正しいときに正しい場所にいる」幸運にめぐり合うチャンスも大きくなるし、「けものみち」に恐ろしい「けもの」は出てこないものだ。仮にちょっとした「けもの」が現れたって、仲間の誰かがすぐに助けに来てくれるだろう。
日本の若い人たちのブログを読んで思うのは、「人を褒める」のが下手だなということである。つまらないことで人の揚げ足を取ったり粗探しばかりしている人を見ると、よくそんな暇があるなと思う。もっと褒めろよ、心の中でいいなと思ったら口に出せよ、と思うことも多い。「人を褒める能力」とは「ある対象の良いところを探す能力」である。(中略)「ある対象の悪いところを探す能力」を持った大人が日本社会では幅を利かせすぎていて、知らず知らずのうちにその影響を受けた若い人たちの思考回路がネガティブになっているのだろうか。  問題は、そういう思考を続けていると、自然に批判対象を自分に向け「自分の悪いところ」ばかりを探す能力が長けていき、ひいては自己評価が低くなり、何事につけ新しいことに踏み出す第一歩の勇気が出てこなくなることである。(中略)そんな悪循環を断ち切ってほしい。 「人を褒める」ために、歯の浮くような紋切り型のお世辞を言う必要はない。「なぜかわからないけれど、あなたの(この本の、この情報の)ここの部分は、自分ととても波長が合ったと思う」ということを表明するだけでいいのである。前向きに真摯に相手と向き合っていることさえ伝われば、それが褒めたことになる。(中略)そのプロセスをブログで記録することは、自然に「褒める思考法」を身につけることになる。自分の志向性を探索することは、膨大な雑音を払いのけて、自分と波長の合う信号をさがすことだ。けなす対象は自分にとっての雑音にすぎない。それに関わり批判したり粗探ししている時間はもったいない。
 その他、
・生きるために水を飲むような読書 ・これからの知的生活には資産より時間 ・ネットは知恵を預けると利子をつけて返す銀行 ・群衆の叡智を味方につける勉強法
など気に入った表現はあげればきりがありません。
 要は、賛否あるネットの未来は、使う側の意識如何により、無限の可能性を提示するものになり得るということではないでしょうか。この本は、読めば読むほど前向きな考えになり、ワクワクする感動が得られると思います。
あとがき
(前略)  ウェブは、「志」を持って能動的に対峙した時に、まったく異なる相貌を私達に見せるものである。「志」さえ持てば、ウェブは「人生のインフラ」として「個」を大いに助けてくれる。私はそのことを、できるだけ多くの人たちに伝えたいと思い、適切な言葉を探し続けた。 (中略)  本書は、まじめで一生懸命な若者たちの、そして昔そういう若者だった大人たちの心の中に、未知の世界を楽しむエネルギーが生まれてほしいと思いながら書いた。  未知を楽しむエネルギーが心に宿り、「志」を立て、「はじめの一歩」を踏み出す力が出さえすれば、私たちの前にはさまざまな可能性が次々と訪れる。一生懸命何かをやりたいと思う人たちを、これまでの日本社会は、レールの上を走らせよう走らせようとしてきたが、そうではない道もあるのだ。(中略)自由を享受するためには、自発的で能動的な「新しい強さ」を身にまとわなければならない。その強さが身につけば、世の中に対する見方は大きく変わってくる。 「時代の大きな変わり目」を生き抜く「新しい強さ」について考え続けた本書が、ひとりでも多くの読者の心にさざ波を立てることになれば、私にとっては望外の喜びである。






Links: My Life Between Silicon Valley and Japan ← 著者ブログ 茂木健一郎 クオリア日記 小粋空間 読書メモ帳

Filed under: 未分類     12:00 AM  Comments (9)