DREAM THEATER / Live at Budokan (2008)

 2008年1月15日、Live at Budokan by DREAM THEATER
 武道館に行った人も行かなかった人も、、、
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谷川商事株式会社 / タニエバー4Fキャップレス (BlogPet)

チャーリー432の「谷川商事株式会社 / タニエバー4Fキャップレス 」のまねしてかいてみるね

こだわりの場合は、私の文具が、いると思いますが、いると思いますが、いると思いますがある人って、これです!

*このエントリは、ブログペットの「つとむ」が書きました。

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谷川商事株式会社 / タニエバー4Fキャップレス

こだわりの文具がある人って、いると思いますが、 私の場合は、これです。
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ANATHEMA / Eternity

 tommyちゃんのブログでジャケットの美しさに一目惚れ! 本文を読むと、、、「もうね、美しいピアノと、ギター~ウットリため息ものよ!!泣いてるの。ギターが!」の1行で、「これは聴かねば損!」と直感しました。
 で、早速音源入手!
 もう美しいどころの騒ぎではない!美しすぎ!です、これは。(1)「Sentient」からいきなり、まるで長編映画のクライマックスを観ているような感覚、、、え? これ、1曲目なの? と耳を疑いました。が、何度確認してもこれが1曲目。途中赤ちゃんの泣き声(?)のSEが切なくて、涙涙(;。;)哀しみの情景が目に浮かんできます。
 tommyちゃんおっしゃる通り、1~3曲目って、なんとなく繋がってるのよね。この流れは凄まじいものがあります。確かに CAMEL 的、特に(2)「Angelica」のギターは逸品です。この時点で完全に ANATHEMA の世界観にどっぷり引き込まれています。それはもうジャケットに描かれているような、宇宙に響く音楽……そう、SANEさんのレヴューにあるようにスペーシーな広がりを感じさせるのです。「時空を超越した」と言うのでしょうか、空間的にも時間的にも「無限」を感じずにおれません。
 と同時に、、、
 SANEさんの言葉を借りるなら人間の悲哀や苦悩を捉えた現実的な心の闇。決しておとぎ話にはならないダークネスが美しさと共存しているのです。
 そして、5曲目のイントロ!!このギターもヤヴァイね!!←tommyちゃんのこの意見にも激しく同意!+ 緊張感のあるベース音に心拍数が上がります。
 虚無的で熱い感情のこもった乾いたヴォーカル、繊細なリードギター、分厚く重い音圧のベースが構築する音の洪水、これを「耽美」と言わずして何というのでしょうか? そんな1枚。確かに「幽体離脱」しそうです。
 後半は MARILLION 的かもしれませんね。
Links: 改;Gothメタル魂! P.O.S ANATHEMA Anathema このCDを買え! Official Website
Track List: 1. Sentient試聴(音悪し) 2. Angelica試聴 3. Beloved 4. Eternity, Pt. 1 5. Eternity, Pt. 2 6. Hope → 試聴 7. Suicide Veil 8. Radiance 9. Far Away 10. Eternity, Pt. 3 → 試聴 11. Cries on the Wind 12. Ascension


Angelica (A Moment In Time)
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あああああ!

またネットの接続がおかしくなった!!!

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<(*o*)>うわああぁぁぁぁ!!

ネットのの接続があぁぁ、、、おかしい(*・*)
再起動すればしばらくは繋がるので、接触不良ではなさそうですが、
2~3分すると、繋がらなくなってしまいます(T。T)
とりあえず、携帯からアップ、、、
┐(;~・~、)┌

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とどろき / 平成20年5月

 1173年5月21日……浄土真宗の祖師親鸞聖人ご生誕の日です。
 およそ800年前、親鸞聖人が京都にお生まれになったこの季節、浄土真宗では毎年、ご生誕を祝う「降誕会(ごうたんえ)」の法話が開かれます。親鸞さまなかりせば、到底知りえぬ教えを、知りえた喜びから催されるものです。
 幼名「松若丸」と知られる親鸞聖人は、4歳で父君と悲しい別れを、8歳で母君と死別されました。  9歳となったある春の日、伯父の藤原範綱(のりつな)に手を引かれ京都東山の青蓮院を訪れた松若丸。天台宗の座主・慈鎮和尚に「明日、出家得度の式をあげよう」と言われたときに詠んだのが
明日ありと 思う心の 仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは
今を盛りと咲く花も、一陣の嵐で散ってしまいます。人の命は、桜の花よりもはかなきものと聞きます。明日といわず、どうか今日、得度の式をしていただけないでしょうか
 松若丸の深い無常観に、和尚も感銘し、すぐに儀式が行われたといいます。
「いつかは死なねばならぬ」と誰もが知ってはいますが、「明日、自分が死ぬかも知れない」と思う人は稀です。「明日あり」と思う心は、明日になっても変わらないでしょう。「今死ぬ」と思わない限り、明日になっても「明日あり」、明後日になっても「明日あり」、100日後も、1000日後も「明日あり」、、、死ぬまで「明日がある」と思っているのです。いつか必ず死なねばならない人間が、いつまでも生きておれると思っているのが全ての人の、矛盾に満ちた偽らざる姿です。本当に「今死ぬ」と思ったら大変です[emoji:v-11]
 そんな、無常に鈍感な私達に「明日ありと思う心が仇になるぞ」と警告を発しているのが9歳の少年・松若丸だったのです。
 仏教は「後生の一大事に驚き立つところから始まり、その解決で終わる」と言われます。降誕会のこの季節、自己の人生を静観し、無常を見つめるご縁としたいですね。

[emoji:v-35] 無常を観ずるは菩提心の一(はじめ)なり [emoji:v-35] 今死ぬと 思うにすぎし 宝なし 心にしめて 常に忘るな [emoji:v-35] 後の世と 聞けば遠きに 似たれども 知らずや今日も その日なるらん [emoji:v-35] 散る桜 残る桜も 散る桜 [emoji:v-35] 鳥辺山 昨日の煙 今日もたつ 眺めて通る 人も何時まで [emoji:v-35] 法の道 今開き聞け 明日はなし 出る息入る息 大無常 [emoji:v-35] 明日はなし 力を尽せ 今日限り [emoji:v-35] 死より確実なものはなく、死期より不確実なものはない。

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Illusions

過去に書いたのと重複するものは気にせずに、、、
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小泉純一郎 / 音楽遍歴

 政治のことは疎いし、特に好きな政治家がいるという訳ではないのですが、小泉元首相だけは、政策云々は抜きにして、一人の魅力ある人間として好きでした。  その小泉さんの本を書店で見たとき思わず衝動買いをしてしまいました。正直、「買ってまでしなくても」という後悔もありましたが、実際読んでみると、なかなかの好印象、マイミクさんの日記やブログを読んでいるような感覚で楽しめました。普通にクラシック音楽が好きな人なら、「そうそう、そうですよね!」などと言いながら読みたくなると思います。「元首相」ではなく、「音楽友達」という感覚です(失礼!)。
 中学校でヴァイオリンを手にしたのがきっかけでヴァイオリン協奏曲ばかり聴くところから入られたそうです。そして、それとは別にオペラへの傾倒。  私の場合は「協奏曲」とか「交響曲」などのジャンルではなく、ウィーン古典派を出発点とした、作曲者単位で好みを増やしていったので、その点異なりますが、指揮者、演奏者に対するこだわりが少ないところは聴き方が似てると思いました。あくまでも曲そのもの重視です。
 指揮者に対しても、あまりこだわりはない。同じ曲であっても、指揮者によってこうも違うかと感じることはある。でも、この指揮者でなければだめだということはない。カラヤンとフルトヴェングラー、トスカニーニ、こうも違うとわかっていても、どちらがいいというのではなく、両方ありだな、それぞれ違いがあっていいなと思う。
(p.51~52)
小泉純一郎「Ⅱ オペラは愛である」の章が特に面白かったです。  ワーグナー「ローエングリン」團伊玖磨「夕鶴」を結びつけて“言わぬが花、聞かぬが花”と、また、歌舞伎や映画の「勧進帳」「忠臣蔵」「砂の器」から、ウソと愛についての所見を述べている個所も興味深いです。  ある意味、政治家とは叩かれるのも、、、否、叩かれるのが仕事のようなものだと思います。日々、相当なプレッシャーがあったと思いますが、小泉さん特有のマスコミへの対応が、人生劇場の主人公を楽しんでいるかのような印象を受けるのは、オペラ好きの体質が表れたのかもしれません。
 終章は「Ⅲ エルヴィス、モリコーネ、そして遍歴の騎士」と題してプレスリーや演歌、ミュージカルなどの好みも書いておられますが、察するに、プログレやメタルもきっとお好き(になられるであろう)に違いないと感じました。個人的には DREAM THEATERSYMPHONY X についての感想を聞きたいところです。X JAPAN はバラードが好きだと書かれてありますが、それは全く同感です。
 音楽だけに限らず、芸術一般が好きで造詣が深いと思われる、小泉さんの、親しみやすく人間性あふれる魅力が引き立った1冊だと思いました。「短くてあっけない」という感じはありませんでした。“言わぬが花”で、ほんの一部を飾り気なく、さらりと披露された程度なのが良かったと思います。
 音楽は押しつけないのがいい。またはレコードを渡し、「好きなときに聴いてごらん」と勧めるのがいい。音楽は鑑賞している時点の精神状態にも左右される。  人によって感性は違う。 (中略)  音楽でも本でも、自分がいいと思えばそれでいい。それがまた楽しい。
(p.46~47)
 音楽だけだったら、政治、宗教、政党は関係ない。もともと音楽には宗教性があり、宗教曲というのも存在するけれど、よい音楽ならそれでいい。  聴く人は「この曲はキリスト教だから、イスラム教だから」とか、関係ない。同様に政治家がワーグナー好き、あるいはベートーヴェン、マーラー好きだからと言っても、政治とは本来、関係ない。  音楽はその人の感性の領域。自民党だろうが共産党だろうが、好きな曲は好き。それでいいはずだ。
(p.82~83)
 聴衆の中には歌や演奏が終わった後、「ブー」と行って不満を表現する人がいる。いわゆるブーイングである。  これは私は嫌いだ。不愉快でもある。  歌手に対してもっと敬意と、おおらかな、いたわりの気持ちをもってはどうかとよく思う。気にくわなかったり、不満だったら拍手しなければいいし、本当にひどかったら退場すればいい。
(p.88~89)

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CHANGE(木村拓哉、深津絵里:主演)第1回

change フジテレビ CHANGE
木村拓哉 深津絵里 など出演
『ごくせん』に次いでの人気か? キムタク主演の『CHANGE』、第1回を見ました。
 木村拓哉さん扮するのは、政治に無関心なロマンティスト、子供からもからかわれる様な、質朴な小学校教師、朝倉啓太です。
 ところが、衆議院議員の父、誠の死より、補欠選挙に啓太が立候補することとなります。本来、政治は嫌いな啓太ですが、子供に「アウトになると分かっていても全力疾走しろ」と教えている手前、一生懸命選挙活動に取り組んで行きます。
 そして投票日直前、対立候補の陰謀により、父親の過去の不正をでっち上げられるのですが、その翌朝の、あさくら啓太候補の街頭演説がこれです。
 昨日、父である朝倉誠に関する記事が出ました。18年前、父が大同商事から不正な利益供与を受けたという内容です。  僕は、、、僕は、この疑惑を否定することはできません。父が金を受け取ったのは、本当だろうと思います。
(どよめき、野次)
 18年前、父の疑惑が報道された時のことを、僕はハッキリと覚えています。新聞に書かれている父の名前を見て、僕は尋ねました。「これは本当か?」と。でも、父は何も答えてくれませんでした。ただ一言、「政治には金がかかるんだ」と、僕の目を見ずに、、、。
 あの時から僕は政治が嫌いになったんです。だからここを、福岡を飛び出して、長野で小学校の教師を、、、。
 父には、応援してくれる人が沢山いました。そんな人達は、父の不正を許してくれるかもしれません。「キレイ事で政治なんか出来ない」「良いことをする為に、仕方なく不正に手を染めることだってあるじゃないか」と。「だから自分は朝倉誠を責めない」
 でも僕は、世の中に、必要な悪があるなんて、子供達に教えたくはありません!

「CHANGE(チェンジ) 第1話」 の50分過ぎあたり


 人間は、悪を造らずしては生きてゆけず、キレイ事だけでは政治はおろか、普通の生活もできないのが現状でしょう。そもそも、生きるためには食べねばならず、食べる為には生き物の命を殺さねばなりません。金を儲けるには他人のお金を手に入れなければなりません。その時点で、完璧な博愛主義者、善人などあり得ません。
 善と悪、正と邪については、たとえば METALLICA が『…AND JUSTICE FOR ALL』でも歌っているとおり、すべての人に、完璧な正義などない思います。あるとすれば、偽善のみ。
 しかし、ここで感動するのは「子供達に教えたくありません!」の一言です。
 子供はやがて、成長するにつれて社会の悪や不条理を知ることになるでしょう。しかし「どうせ汚い世の中だから」と、小さな頃から善悪に鈍感になってしまっては、本当に救いようのない世の中になってしまうと思います。
 この世の穢れ、自己の罪悪が本当に知らされるのは、本気で善に取り組んだ人ではないでしょうか。真剣に善に努めた人でなければ、「偽善以外の善行は出来難い自分」と自覚することはできないと思います。  善とか悪について、「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」という言葉が有名ですが、その真意をくみ取れるか否かの、ポイントになるかもしれません。
 キムタクの演説を聞いて、そのように思いました。


Links: 高森顕徹「なぜ生きる」を読む-「悪人正機」の「悪人」とは?

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