白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分(3)

 白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分(2)の続きです。
 昨日一昨日とお釈迦さまのお話が続きましたが、今日もお釈迦さまの名前が登場します。
 下に引用した文章に「万人共通の老・病・死」「老・病、死が万人にとってまぬがれがたい真実」とあるように、現在の幸福の一切を覆すものが万人共通のものだとすれば、真の幸福へ通じるみちもまた、万人共通なのではないでしょうか。
 それこそが「生きるということ」であり、生きる意味、生きる目的なのだと思います。
 午後になり、客足が途絶え、カメラマンがフィルムの整理を始めると、僕は大晦日から手をつけていた本を開いて毎日車の中で読みふけった。その本は、或る有徳の女性仏教者が晩年に著した随想集で、釈尊の教えをわかりやすく弁じたものだったが、幾度か読み返すに値する立派な文章だった。たとえば「生きるということ」と題された一文では、釈尊の有名な「四門遊観」の説話を紹介した上で、彼女は次のように記していた。

 ――若い日の私は、この伝説を実によそよそしい作りごととして聞いた。時には、大事なお釈迦さまをこんなひ弱な世間知らずに仕立ててよいものだろうかとさえ思って反発した。しかし70年近くを生きて来てみて、まさに老いが至り、その老いは必然として病を含み、その向こうに死が見えるようになった今、ここに語られている言葉の一つ一つの真実にほとほと驚嘆し、そうだ、そうだ、全くその通りだ、生きるということは、そういうことだったのだ、人間存在から、若さや、美しさや、愛や、情念や、富や、地位や、世間的能力など、うつろい行くものすべてを、ささらでも使って根こそぎかきだしてみれば、あとに残る骨組みは万人共通の老・病・死があるばかりだったのだ。自分をはじめ人は誰でも、老いに直面し、死に直面してみてはじめてそのことに気がつく、いやもしかしたら、気づくことさえなく死ぬのかも知れない。  それに対して釈尊は、漆黒の髪を持ち、人生の花開いた美しい青春の日に、生存のまごうかたなき骨組みを、老・病・死の「苦」とうけとめた。しかもそれを、生存するものすべて(一切衆生)の苦ととらえ、その苦を超える道を求めて出家された。何という宇宙大の感性、何という宇宙大の優しさ――更に私が喜悦するのは、若き日の釈尊は老・病、死が万人にとってまぬがれがたい真実であるにもかかわらず、人がそれをいとわしく思う底に、
 若さには 老いに対する  健康者には 病者に対する  生きているものには 死者に対する
 無意識の優越感、傲慢の思いがあるということに思い至ったと伝えられることである。ああ70年を生きてかかえこんだ私のこの腐ったはらわたをつかみ出して見せてくれるこんな言葉を、一体他の誰が私の耳もとで語ってくれるだろうか。これほどわかり易く、これほど理路整然と――。
 そして後段で彼女は、現在の自らの心境を以下のように書いているのだった。
 ――老・病・死をかかえこんだ髑髏(どくろ)にいのちの衣をきせたのが「生」というものであるならば、ひとときまとうその衣は、出来得れば美しくたおやかでありたい。  日々に生きゆく姿は、日々に死にゆく姿だと思えば、ものみな有り難い。  活き活きと生きゆくことが、活き活きと死にゆくことだと納得すれば、心やすらぐ。
 仏教で「生死一如」という言葉がありますが、生きるということは死に近づくこと、生と死は常に隣り合わせで切り離せることは出来ません。 「日々に生きゆく姿は、日々に死にゆく姿」であり、「活き活きと生きゆくことが、活き活きと死にゆくこと」という思いを持ち続けることが、美しく、たおやかな、いのちの衣を着ることが出来るのだと思いました。

Filed under: 未分類     12:00 AM
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