【動画】Rose&Rosary @恵比寿 LIVE GATE TOKYO 2011.04.19

撮らせてもらった動画です。



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中西智海 / 親鸞教学入門(6)

(5)の続きです。

仏教でいわれる「救い」

 仏教では「救済」ということをどのように考えてきたのでしょうか。
 まず、原始仏教では、迷いから解放されること、すなわち「解脱」、永遠の平安に入ること、すなわち「涅槃」ということが強調されました。そういう意味では絶対の救い主によって救済されるという考え方ではありません。もちろん仏教には帰依というこころが説かれて、仏教やその他の長老僧に対する帰依によって安心の境地がもたらされるということがいわれています。
帰依は救済を義とす。彼を依とするによりて、能く永く一切の苦を解脱するが故なり(『倶舎論』)
とあります。更に、父王を殺した罪におののく阿闍世王が仏陀に向って
願わくは世尊よ、今日より後、命の終るまで三宝に帰依せる在家信者としてわたしを摂受したまはんことを。わたしは愚かなるまま、迷妄なるまま、不善なるままに罪に征服せられ、王権を得んためにかの正しい父王を殺した。世尊よ、私の罪を罪として摂受したまはんことを
と訴えたとき、仏陀は
大王よ、おんみは罪を罪と認め、法の如くそれを懺悔せらるる故に、おんみによってなされた懺悔をわれわれは摂受する
と答えられました。摂受はもともと「相手を受け入れる」「衆生を慈悲の手に摂め受けて育て護る」という意味があります。
 この「摂受」が仏陀の「救い」の最も古い形といわれ、やがて大乗仏教の展開の路線にそって阿弥陀仏による摂取という教えとなり、救いの対象も阿弥陀仏や三世の諸仏になったといわれています。
 『無量寿経』に説かれる四十八のこころなどはその典型であるといってもよいようであります。どのような悪人も罪業の人も、弥陀に摂取されて救われる。いやすでに救いは成就されているともいえるのであり、衆生はそれをまうけに領受する、うなずくひとつで、その救いにあずかるというのであります。

親鸞聖人と「救い」

弥陀の誓願不思議にたすけられまひらせて、往生をばとぐるなりと信じて、念仏まふさんとおもひたつ心のおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり
『歎異抄』冒頭の言葉であります。この言葉のうちに親鸞聖人の真宗での救いの特色が鮮やかに示されているといえます。
 すなわち、真宗での救いは、いつ成立するのかという問いに対して、「念仏まふさんとおもひたつ心のおこるとき、すなはち」と告げられてあります。弥陀の本願にほんとうにうなずいたとき、すなわち本願を信じたときもはや救いは成立しているというのであります。救いは平生の「今」であって臨終のときではありません。
  親鸞聖人は臨終の来迎(浄土を救い求める人の臨終に阿弥陀仏が菩薩とともに迎えに来ること)の期待を強く否定されております。
真実信心の行人は摂取不捨の故に正定聚の位に住す。この故に臨終まつことなし、来迎たのむことなし、信心のさだまるとき往生また定まるなり、来迎の儀則をまたず(『末灯鈔』)
とのべられています。さきの『歎異抄』では、「念仏まふさんとおもひたつ心のおこるとき」間髪をいれず「摂取不捨の利益にあづけしめたまふ」となっています。「おこるとき、すなはち」と即時であるというのであります。念仏してから、臨終を経て、救われるのではありません。弥陀の本願にうなずいたそのときもはや救いは成立しているのであります。ですから、信心が救いの手段であったり条件であったりするのではなくて、信心のほかに救いが別にあるのではないということであります。これを「平生業成」というのであります。平生のときに業事成弁するというのであります。信心に何ものかをプラスして救われるのではありません。信心そのものが救いであります。その信心も「たまはりたる信心」でありますから、私のはからいではありません。
 こうして親鸞聖人はどこまでも、「今」の救い、いや、救いへのうなずきを讃嘆し、慶喜されたのであります。
然るに今特(こと)に方便の真門(しんもん)を出て選択の願海に転入せり。願海に入って深く仏恩を知れり、至徳を報謝せんが為に真宗の簡要をひろ((てへん)+「庶」という漢字[引用者註])ふて恒常に不可思議の徳海を称念す。弥斯(いよいよ)を喜愛し、特(こと)に斯を頂戴するなり(『教行信証』)
 親鸞聖人にとっては本願へのうなずきとしての信心を窮むることが焦点であって、臨終を通しての往生はその信心による必然であるというのであります。
煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌往相廻向の心行を獲れば、即の時に大乗正定聚之数に入るなり。正定聚に住するが故に必ず滅度に至る(『教行信証』)
 信心決定のひとは、うたがひなければ正定聚に住することにて候なり。さればこそ愚ち(←「痴」-「知」+「疑」という漢字[引用者註])无智の人も、おはりもめでたく候へ。如来の御はからひにて往生するよし(『末灯鈔』)
 ところで、「念仏まふさんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にアづけしめはまふ」といわれるように、念仏をもうそうと思う心がおこるときもはや摂取不捨の利益の中にあるというのであります。すなわち、摂取不捨こそ「救い」ということだというのであります。「摂取」という教えは「摂受」という仏教の教えの展開であることをみましたが、「一一の光明遍くあまね(「彳」+「遍」-「之」という漢字[引用者註])く十方世界を照らし念仏の衆生を摂取して捨てたまはず」といわれ、「仏心とは大慈悲是れなり、無縁の慈を以って諸の衆生を摂す」(『観無量寿経』)とありますように「摂取不捨」ということが強調されています。
 それでは摂取不捨の体験といいますか、実感とは何なのでしょうか。すなわち、救われるとはどうなることなのでしょうか。
金剛心を獲(う)る者は、すなはち韋提(いだい)と等しく喜悟信(きごしん)の忍(にん)を獲得すべし。是れすなはち往相廻向の真心徹到(てっとう)するが故に不可思議の本誓に籍るが故なり(『教行信証』)
といわれています。信心の人は、あの『観無量寿経』に説かれている韋提希の仏見と同じく喜、悟、信の三忍を得るというのであります。『正信偈』に「慶喜一念相應の後、韋提と等しく三忍を獲(え)、即ち法性(ほっしょう)の常楽(じょうらく)を証せしむ」とのべられているのと同じであります。三忍とは無生忍(くわしくは「無生滅法忍」といい、真如の妙理を体忍すること)を三つに開いて説かれたもので、喜忍、悟忍、信忍といわれるものであります。これは次のことを示しています。他力の信心をうると心に大いなる歓喜が生れるので「喜忍」(大歓喜を無生忍)、無智の過去から疑情に閉じられて仏智にくらかった者が今、名号のはたらきを信じて仏智に明らかになるので「悟忍」(仏智を悟った無生忍)、深く信じて疑いがない忍であるから「信忍」(深信無疑の忍)をうるというのであります。「忍」は「認」と同じで「認知」で、その本質は「智」であるというのであります。
 ここで思いあわせられることばは
真実の行信を獲れば、心に歓喜多きが故に、これを歓喜地と名く、行信に帰命すれば、摂取して捨てたまはず、故に阿弥陀と名く。これを他力といふ。(『教行信証』)
であります。「摂取不捨」、すなわち「救い」の体験、実感、あかしは、まさにこの「忍」にあるといってもよいと思います。
 そのことは、真宗の「救い」は、救済事業の「救済」でもなければ、いわゆる宗教(religion)でいわれる神への「悔い改め」ではないということであり、また、単なる「来世」への幻想的期待感ではありません。そこには、ほんとうの現実の自己がいいあてられ、そのものをこそ救うという本願の大地に立つ、新しい人間が誕生することをいうのであります。その内容は、ほんとうのよろこびと、ぐちといいわけにおわる無智からの解放と、なにものにもさまたげられない金剛の信心の立場に立つということをさし示していると思われます。
 このように「忍」ということによってさし示される新人の行者であればこそ
念仏者は无碍(むげ:「げ」=「碍」-「石」という漢字[引用者註])の一道なり。そのいはれいかんとならば、信心の行者には、天神(てんじん)・地祇(ちぎ)も敬伏(きょうぶく)し魔界・外道も障碍(「げ」=「碍」-「石」という漢字[引用者註])することなし。罪悪も業報を感ずることあたはず、諸善もおよぶことなきゆへなり(『歎異抄』)
といいきることのできる世界がひらかれるのであります。そこにほんとうの深いよろこびが内から湧きおこるのであります。
慈光はるかにかふらしめ ひたりのいたる
ところには 法喜をうとぞのべたまふ
大安慰を帰命せよ
(『浄土和讃』)
尽十方の无碍(←「碍」-「石」という漢字[引用者註])光は 无明のやみをてらしつゝ
一念歓喜するひとを かならず滅度にいたらしむ
(『高僧和讃』)
弥陀智願の廻向の 信楽まことにうるひとは
摂取不捨の利益ゆへ 等正覚にいたるなり
(『正像末和讃』)
(『救われるとはどうなることか』より56~62頁)




つづく



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ロンドンの思い出(5) – 空港にて

ついにイギリスに到着しました!
といっても7月のことですが(^_^;)

前回の続きです。

ヒースロー空港に着いて、まずは入国審査。1時間くらい並ぶ長蛇の列でした。周囲には2割くらいのアジア人(のうちほとんどがたぶん日本人)と、それと同じくらいの肌の黒い人。カジュアルなTシャツ姿の人もいればスーツの人
、宗教的あるいは民族的衣装を身にまとっている人も多くいて、いかにも海外にきたという実感がわいてきました。

空港にて


でも、みんな携帯をいじっているのは日本と同じで、その中iPhoneを使っている人が2~3割くらいだったと思います。あとはハガキ大の紙に何やら記入している人が多く、きっと、アンケートか何かだろうと思いました。

と、思ったら、実はそれは入国手続きに必要な書類で、ようやく自分の番になったときに「あそこにシートがあるから記入してね」と言われ、並び直し。周囲の人は皆要領がよく分かっていて、自分だけが右往左往しているようにさえ思いました。書類自体は国籍や名前、年齢・性別、滞在目的や期間などを問われた簡単なもので、これだけのためにまた30分くらい並ぶというのも勿体ない時間でした。



ゲートをくぐってのボディチェックは一発で合格、そして、空港で預けた荷物を受け取るのですが、これが広くてどこに自分のカバンがあるのか分からず、ひたすら探しました。

空港にて


「あ!中継地のヘルシンキで取るの忘れた!」

ふと、この思いが頭によぎった瞬間は青ざめましたが、成田空港にて日本語で「お荷物はロンドンまでお預かり致します」と言われたのを思い出し、気を取り直して、大学生くらいに見える係のイケメンお兄さんに尋ねたら、パソコンで30秒ほど調べてもらった後「ナンバー・アイ」と爽やかに答えられたので一安心。ところが、「I」の文字を探して歩き出すも、Iがない。そもそもなんでIがナンバーなんだ?と思った時にやっと「No.8(number eight)」と言われたことに気づきました。うーん、water(水)を「ワラ(藁)」と聞き違うほどのショック(´Д`)

 [ei]を[ai]と発音するロンドン訛りはこの後何度も耳にすることになります。振り返れば、この期間に話した人は、スウェーデン人、ロシア人、イタリア人、フランス人、ドイツ人、フィリピン人、中国人、ロンドン出身のアラブ首長国連邦在住人など色々いましたが、地元ロンドン人の発音が一番独特だったように思います。あ、そういえば自分は何回か「北京から来たんですか?」と言われました。


そんなこんなで空港で2時間ほどオロオロしつつ、早くホテルへ移動して休まねば、と思ったのですが、この後も分からないことだらけ。興奮からか、疲れは全く感じず、むしろ楽しくて仕方ありませんでしたけど。


でも、書くのが疲れたのでここで休みます。

続きは次回(・ω・)ノ


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宮崎学 / 突破者 ― 戦後史の陰を駆け抜けた五十年 – (3)

(2)の続きです。

 14、5のガキの頃は、働くということがとてつもなく大人っぽいことに思え、妙な憧れのようなものを抱くものらしい。それにエネルギーに溢れ、自分の身体をもて余し気味であったから、日曜日や夏休みは父親の会社でアルバイトをすることにした。組員や鳶らと解体現場で働くのは楽しいことだったし、家計のやり繰りに苦労しているおふくろを思って小遣いくらいは自分で稼ごうという気持ちも少しはあった。
 当時の解体は、現在のようにショベルカーで闇雲にぶち壊すという味もそっ気もないものではなく、職人芸の世界だった。大工が建物を建てるのとまったく逆の工程、つまり屋根の瓦をはがすのに始まって最後は土台を撤去することで終えるのだが、柱や小さな木材はもちろん、釘に至るまですぐさま再利用できるように丁寧に壊していく。若衆がぞんざいに釘をねじ曲げて抜いたりすると大変だった。年配の組員がすっ飛んできて、「このドアホが! 半端しやがって!」と思い切りぶん殴る。釘を抜くようなささいなことにまで技量と精根を傾け、それを誇りにするような職人気質がまだ残っていた。
 こんな連中だから、身体や命に執着するのを嫌う気風があった。ことに高所で危険な作業に携わる鳶たちにはそれが顕著で、仲間が危険に瀕したときは命懸けで救うのを当たり前のことと考えていた。実際、仲間を救おうとして高所から転落して大怪我をしたのを何度か実見している。日頃はボロクソにいっていながら、目下の者の危難に年配者が身体を張ることもよくあった。これは江戸時代以来の鳶社会の伝統なのだろうが、その行為と心性はやはり感動的だった。
 身体の扱いもいい加減極まりなかった。解体現場では古釘がいっぱいあり、それを踏んで怪我するのは再々のことである。私も五寸釘が足の甲まで突き抜けたことがあった。古釘の傷は破傷風を誘発することが多いため治療が必要で実際手当てをするのだが、これがなんともいい加減なものだった。マッチ棒を短く切って、火をつける頭の部分が傷口からのぞくように傷口に突っ込み、それに火をつけて灼くだけ。
 これは実に痛い。だが、痛いなどといえば「それでも男か、ボケ!」と怒鳴られるし、灼いた途端に地下足袋を履きなおして仕事にかからなければ「いつまで遊んどるんじゃ、ボケ!」とどやしつけられる。解体現場では、私ら若い連中は殴られ怒鳴られの連続だった。
 それまで博打や喧嘩をしているヤクザな部分しか知らなかった寺村ファミリーの面々と仕事をして、私は連中を見直すようになった。一転して仕事場ではみんなキリッとしているし、父親にしても現場ではなかなかの職人で仕事ぶりも真剣だった。それになによりも連中には仲間や関係者との絆を自分の命より重くみたり、一身を顧みずに目下の者を助ける「侠」のごときものがあった。
 これはやはり、格好のいいものだった。「俺もこんな生き方をしたい」と、つい思い込ませられもした。それやこれやで土建の仕事が楽しくもあり、中学から高校にかけてずっと父親の会社のアルバイトを続けた。
 アルバイトを続けることで、私は次第に寺村ファミリーの一員として若衆たちから認知されるようになった。中学2年のときに、若衆の私に対する見方を変えるちょっとした出来事があった。大阪の高級料亭で開かれた解体工事の談合の席でのことである。父親は大阪造幣局などの大阪の工事もよく請け負っており、この談合も大阪の大きな工事をめぐってのものだった。
「談合に行くんで一緒に来いと、おやっさんがいうとるんやけど」
 見習いの若衆が学校に呼び出しにきた。それを聞いて、「今度は俺が少年鉄砲玉の番か」と思った。この役割はかつては兄貴がやっていたのだが、兄貴が立命館大を中退してヤクザになったために私にそのお鉢がまわってきたのである。
 この当時はヤクザも多い荒っぽい業界だったから、談合といっても穏やかな話し合いではなく、腕力勝負で請負業者が決まった。「こいつに逆らったら何をされるかわからん」という恐怖感を相手に与えて、入札を力でもぎ取るのである。ささいなことにいんねんをつけて「何をぬかしとんじゃ、こら!」といきなり殴りつけて競争相手を降ろすのが手っ取り早い常套手段になっていた。父親もこの手をよく使ったらしい。
 ただ、この手はヤクザ同士では通用するが、相手が堅気だと難点がある。ヤクザが堅気を公然と殴るのは格好のいい話ではないし、警察沙汰になることもあるからだ。そこで登場するのが、堅気でしかも未成年の私というわけである。
 立派な料亭の大広間に十数人の業者が集まっていた。全員土建屋の親方だけに、貫禄というか迫力があり、みんなどう見ても堅気とは思えない。身なりも立派な背広やニッカーボッカーなどで、土建屋の談合以外の何ものでもない雰囲気だった。私はニッカーボッカー姿の父親の横の席に、急遽着替えたニッカーボッカー姿で坐った。
 冒頭からひとしきり悶着があった。殴り合いこそなかったものの、脅しめいた文句や怒号が飛びかった。もちろん談合は初体験だったが、中学生相手のチャラチャラした喧嘩の啖呵とは別世界の言葉のやりとりは震えがくるほど迫力があった。しばらくしてヤクザらしい業者は全員降りた。父親との間で事前に話がついていたのである。父親の脅しやすかしで堅気の業者も降り、最後に四国からきた業者が一人残った。そして、
「わざわざ四国からきたんやから、手ぶらで帰るわけにはいかん」
 と執拗にいいつのる。うんざりした顔で聞いていた父親が私に向かって小声で「一発、どついてこい」といった。前もって父親からこんなことになるかもしれないと聞いていた私は、仕方なく立ち上がって四国の業者の席に向かった。大勢の注視を浴びていると思うと、気持ちが上ずって雲の上を歩いているような気分だった。それでも、なんとか気をふるい立たせて、
「おっさん! いつまでごじゃごじゃぬかしとんじゃ、こらっ!」
 と一丁前に怒鳴りつけ、頬をひとつ張り飛ばした。ひどく硬い頬だった。
「こッ、この、くそガキ! 何をするんぞ!」
 でっぷり太った赤ら顔を朱に染め、しばらく口をわなわな震わせた後で、おっさんが喚(わめ)いた。四国から大阪に乗り込んでくるくらいだから、堅気とはいえ海千山千に違いはない。だが、子供に叩かれた衝撃ですっかり調子が狂ってしまい、後は急に意気阻喪状態となった。
 相手が子供では本気で喧嘩するわけにもいかなかっただろうし、「こんなガキまでがどつきにくるのだから、これ以上突っ張ったら後で何をされるか知れたものではない」という恐怖もあったのだろう。他の業者はといえば、大半が笑い顔で事の推移を眺めていた。結局、父親の会社が談合を制した。父親は上機嫌で全業者に談合金をばらまき、私にもかなりの額の小遣いをよこした。
 その直後に恒例の博打が開帳された。びっくりしたことに、四国のおっさんも何事もなかったかのような顔で参加していた。あれだけの厳しい談合の後で一体これは何なのだと、わけがわからなかった。後で父親が「談合なんちゅうもんは出たとこ勝負で、一寸先は闇や。こっちがなんぼ命懸けで気張っても、もっと強いのが出てきたら、それでしまいや」というのを聞いて、要するに「やるだけやって、駄目なら仕方がない」という一発主義の世界なのだろうと思った。
 父親は「どうや、土建屋のことがちっとはわかったか?」ともいった。父親にすれば教育のつもりもあったのだろう。後日、談合のことは「ぼん、ようやってくれましたな」と寺村の若衆に大いに喜ばれた。「ぼん」ではなくファミリーの一員として初めて認知されたような気がして、内心はやはり嬉しかった。
 寺村ファミリーの論理は単純極まりないものであた。子供だろうが女だろうが、ファミリーに属する者にはそれぞれの役割があり、個々がその役割を果たしながら、どんなことをしてでも仕事を取ってくる。そして、その仕事で得た金を全員にばらまく。基本的にはこの論理だけで成り立っていた。いうなれば徹底した身内、あるいは身贔屓の論理であり、内側に閉ざされた論理でもある。それだけに身内内部の密度やボルテージはきわめて濃厚で高いものであった。その人と人との結びつきのなかで、負担をみんなで担い分けるという貧者の論理がまだ残っていた。
 中学時代の私は、そんなファミリーと学校の間を行ったり来たりしていた。
(「少年鉄砲玉」p.48~52)







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梯 實圓 / 親鸞聖人の教え・問答集 (7)[四十八願の分類]

梯 實圓 / 親鸞聖人の教え・問答集 (6)[親鸞一人がため(2)]の続きです。

十一、四十八願の分類

法蔵菩薩の誓願(別願)とはどのようなものですか。

『無量寿経』(『大無量寿経』・『大経』)には、法蔵菩薩が切に願われている事柄を48種の誓願として説き示されていますから、法蔵菩薩(阿弥陀仏)の四十八願と呼ばれています。
 その一願一願は、「設我得仏(たとえわれ仏を得たらんに)」という言葉で始まり、「若不爾者、不取正覚(もししからずは、正覚を取らじ)」という言葉で終わっています。「たとえ私が仏陀になり得たとしても、このような事柄を実現できないようならば、私は仏陀にはなりません」と誓われているわけです。これによってその一願一願が仏陀としての「いのち」をかけた願いであるということがわかります。
 したがって「仏陀とは、どのような方ですか」と問われたら、「この四十八願を実現されている方を仏陀という」と答えればいいわけです。その意味で『大無量寿経』とは、仏陀の特性を四十八願として説き顕わされた経典であるということができましょう。そしてまた、衆生の救済に関する一切の事柄は、法蔵菩薩の本願によって成就し、阿弥陀如来の本願力によって私どもに与えられることを表しています。



その四十八の内容を簡単に説明してください。

内容は、実際に読んでいただかなければわかりませんが、あらかじめ、どのような事柄が誓われているかということを知っておくと便利でしょう。それについて、たとえば中国の隋代の高僧、浄影寺の慧遠大師(523~592)は、「このような仏陀としての徳を完成したいという願(摂法身(しょうほっしん)の願)」と「このような浄土を建立したいという願(摂浄土(しょうじょうど)の願)」と、「このような利益(りやく)を与えて衆生を救いたいという願(摂衆生(しょうしゅじょう)の願)」の三種類に分類できると言われています。
 また少し遅れて新羅に出られたきょう憬興(きょうごう)大師(7世紀)も、「仏身の完成を求める願」と、「仏土の完成を求める願」と、「衆生を利益する願」とに分類できると言われています。名称は変わりますが内容は同じように三種に分類されています。
 しかし、その「衆生を救いたいという願」の内容を分けますと、衆生が浄土へ往生することのできる因(種)となる行(ぎょう)と信(しん)について説かれた願と、それによって得る利益(此の土で得る利益と、浄土で得る利益)を示された願とに分けることができましょう。ですから四十八願の内容を大きく分けると、「仏身の完成を誓われた願」と、「浄土の完成を誓われた願」と、「往生の因を誓われた願」と「往生者の得る利益を誓われた願」という四種に分類することができましょう。

(「【二】阿弥陀仏の本願」より)



(つづく)




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リキッド・レイアウト 3種 (修正版)

前回作ったテンプレートは、IE以外では「リンクがクリックできない」という問題点を含んだものでした。
実際にソースをコピペして、コンテンツ内容にリンクを含ませると確認できます。

理由としては、
カラム間は一見重なりがないように見えて、実は余白を作って見せかけだけ調整しているためで、
透明な重なり部分がリンクを奥に隠してしまい、クリックが届かない、
というイメージだと思います。

そこで、z-index を使って、
.leftcontents_2columns_leftfix a,
.rightcontents_2columns_leftfix a,
.leftcontents_2columns_rightfix a,
.rightcontents_2columns_rightfix a,
.leftcontents_3columns a,
.rightcontents_3columns a,
.centercontents_3columns a{
	position:relative;
	z-index:666;
}
としてやれば解決できるのですが、
モーダル・ウィンドウを使ったり複雑な構造の場合は z-index を使いたくないし、
そもそも IE6 には z-index が効かないバグもあるので、できるだけ避けたい、、、

ということで、z-indexを 使わずに修正してみました。

考え方としては、


<2カラム左固定・右可変>

●問題点
左ナビ(幅190px)の後に、
可変の右(幅が100%-190px)、
すなわちwidth:100%;margin-left:-190pxのハコ、margin-left:190pxの中身を、
ハコをfloat:leftにして配置すると、
左ナビのリンクが奥に隠れてクリックできない(ただしIEはOK)。

●対策
左ナビの後は、
width:100%;margin-right:-190pxのハコ、margin-right:190pxの中身を、
ハコをfloat:leftにして配置
(float:rightで配置してもOK。ただしfloatにしないと、横幅が確保できない(回り込んでしまう))。

●問題点
右側に190pxの透明な余白ができ、横方向スクロールバーが出現する。

●対策
overflow:hiddenで消す(ただし、Firefoxではwindowをある幅以下にすると出現する。これに対しては未解決)。

●問題点
IEはスクロールバーが消えない。

●対策
IEのみ、最初に作った構造を適用させる。

●結果
全てのブラウザでOK、、、だと嬉しい。



<2カラム左可変・右固定>

●問題点なし
↓なぜならば、
可変左(幅が100%-300px)、
すなわち、width:100%;margin-right:-300pxのハコ、margin-right:300pxの中身の後に、
300pxの右ナビをfloat:right(leftでもOK)で配置しているので、重なりは記述のない部分なので。



<3カラム左右固定・中可変>

●問題点
左ナビ(幅190px)、右ナビ(幅300px)の後に、
width:100%;margin:0 -300px 0 -190pxのハコ、margin:0 300px 0 190pxの中身を配置しているので、
ナビ部分が重なってリンク部分がクリックできない(IEはOK)。

●対策
上の2カラムで対策を施した構造を応用して作成。
IE以外では、中央カラムに横幅を指定しなくても、右側に左右分のマージンを取るだけでOK。
IEは以前作ったものを使用。



ということで、以下のソースで大丈夫だと思います。

でも、なんでこんなことをやっているかというと、表示に時間がかかる場合の対策やSEO絡みで、記述する順番に制約があるためで、
単にリキッドレイアウトを作るためならもっと簡単に作れると思います。
<style type="text/css">
* {
	margin:0;
	padding:0;
}
h3 {
	clear:both;
	font-weight:bold;
	padding:3em 0 0;
}

/* -- IE以外の横スクロールバー対策 -- */
.forNonIE{
	overflow:hidden;
}


/* --- 2カラム左固定・右可変 --- */
.leftcontents_2columns_leftfix{
	width:190px;
	float:left;
	background:#fee;
}
.rightwrapper_2columns_leftfix{
	width:100%;
	margin:0 -190px 0 0;
	margin:0 0 0 -190px\9;
	float:right;
}
.rightcontents_2columns_leftfix{
	margin:0 190px 0 0;
	margin:0 0 0 190px\9;
	background:#eef;
}


/* --- 2カラム左可変・右固定 --- */
.leftwrapper_2columns_rightfix{
	width:100%;
	margin:0 -300px 0 0;
	float:left;
}
.leftcontents_2columns_rightfix{
	margin:0 300px 0 0;
	background:#fee;
}
.rightcontents_2columns_rightfix{
	width:300px;
	float:right;
	background:#eef;
}


/* --- 3カラム左右固定・中可変 --- */
.leftcontents_3columns{
	width:190px;
	float:left;
	background:#fee;
}
.rightwrapper_3columns{
	width:100%;
	margin:0 -190px 0 0;
	margin:0 0 0 -190px\9;
	float:left;
}
.rightcontents_3columns{
	width:300px;
	margin-right:190px;
	margin-right:0\9; 
	float:right;
	background:#eef;
}

.centerwrapper_3columns{
	width:100%\9;
	margin:0 -300px 0 -190px\9;
	float:right\9;
}
.centercontents_3columns{
	margin:0 490px 0 0;
	margin:0 300px 0 190px\9;
	background:#ccc;
}
</style>


<h3>↓↓2カラム左固定・右可変↓↓</h3>
<div class="forNonIE">
	<div class="leftcontents_2columns_leftfix">
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	</div>
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<h3>↓↓3カラム左右固定・中可変↓↓</h3>
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リッキッドなテンションが上がるBGM

Liquid Tension Experiment
Acid Rain Live In L.A. 2008

http://www.youtube.com/watch?v=edqH0ofRQrM



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宮崎学 / 突破者 ― 戦後史の陰を駆け抜けた五十年 – (2)

(1)の続きです。

 喧嘩が問題になった最初は、小学5年のときのことだった。北海道から転校してきた中野という同級生を上級生が再三にわたっていじめた。中野は我慢強くずっと耐えていたが、ついに辛抱できなくなって私のところに相談にきた。「先生に告げ口するのは嫌だし、どうしたらいいんだろうか」と悩んでいた。
 この当時は学校や家庭とは別に子供たちだけの世界があり、そのなかでの揉め事は子供同士ではぼ決着をつけていた。今のように暴力を病的に忌避することもなく、男の子が喧嘩するのは仕方がないと考えられていたから、たいがいの揉め事は喧嘩で決着がついた。ひどいいじめなどが起っても上級生や喧嘩自慢の同級生などが登場して「弱い者いじめはするな」と、どやしつけて終りだった。乱暴ではあったけれども、風通しはよかったような気がする。そんな子供だけの世界では、喧嘩の強い奴は重宝がられ尊敬を受けもし、生意気に兄貴風を吹かしていた。私もその一人だった。
 おおっぴらな喧嘩ならともかく、陰でいじめるような奴は我慢ならなかった。しかも、初めての土地で心細がっている者を上級生がいじめたのでは話にもならない。さっそく、その上級生を引っ張り出して殴った。
 ちょどこの頃はガキの喧嘩から少年の喧嘩に脱皮しかかる時期で、見よう見真似のボクシングスタイルになっていた。パンチを繰り出すと、これが面白いようにヒットする。調子に乗って殴っていたら、相手の顔が赤たんだらけになってしまった。
 家に帰ると、おふくろが台所で晩飯の支度をしながらいった。
「お前、今日学校で喧嘩したんやてな、なんでや?」
「転校してきた奴をいじめよったからや」
「そうか、ふ~ん」包丁を使いながらそういって、後はうんでもすんでもなかった。
 後で女衆から聞いた話では、赤たんができた奴と母親が文句をいいに来たらしい。血相を変えて「これをどうしてくれる」と詰め寄る母親に、おふくろが「男の子同士喧嘩するのは、当たり前やないですか。いちいち親が出張ることもおませんやろ」というと、文句の継ぎ穂を失って帰っていったとのことだった。
(「少年鉄砲玉」p.37~39)





 小学校時代はこうして過ぎ、中学は京都の私立中学校に入った。高校との一貫教育を売り物にしたミッション系の学校で、京都では指折りの進学校だった。両親はわけのわからないまま、けっこう喜んでいた。ところが、早くも1年生の秋に退学になってしまった。原因は喧嘩だった。
 上級生5人と同級生4、5人がグラウンドで遊んでいるうちに悪ふざけが始まった。上級生の一人が同級生の金タマを握った。そのお返しに、今度は同級生が上級生の金タマを握り返した。進学校の優等生だけに、遊びも歳のわりには子供っぽいのである。こんなことをゲラゲラ笑いながら、二、三度繰り返しているうちに、同級生の一人が故意か本気か強く握りすぎたらしい。
 握られた上級生が顔をひきつらせて怒りだし、握った同級生を殴った。痛かったのだろうが、殴り方が尋常ではなかった。狂ったように顔や頭を殴る。それにつられたのか、他の上級生も暴行に加わったため、乱闘のようなことになった。かっとなった私は、近くにあった線引用の手押し車で一番派手に暴れている上級生の頭をどやしつけた。すると、派手にひっくり返ってのびてしまった。
 まったく馬鹿馬鹿しい限りの成り行きなのだが、どついた相手がPTA会長の息子だったこともあって、これが大問題になった。とり澄ました学校でなじめないものを感じていたし、大したこととも思えないことを大犯罪のごとくに大げさに騒ぐ教師たちにも嫌気がさしていたから、どうなってもいいやという気持ちになった。だが、すっかりしょげ返っている同級生まで一緒に処分されるのは可哀相でもある。そこで、教師の聴取に「全部自分がやった」と答えておいた。結局は私だけが退学処分になり、ほかの者は軽い処分ですんだ。
 処分が決まった夜、父親が境内町の家にやってきた。坐るなり、
「せっかく、ええ学校に入れたのに、もう放り出されたんか。これから、どないすんねん?」
 と渋い顔でいった。
「学校なら、なんぼでもあるがな」私がこう答えると、「お前がそういうんなら、それでええ。親子でも喧嘩するんやから、他人同士仕方がない。そやけど、他人相手の喧嘩は生半可にしたらいかんぞ。ところで、喧嘩のもとは何や?」
 今さら面倒くさいとは思ったが、簡単に説明すると、
「金タマの握り合い! なんとまあ、アホなことでクビになったもんやなあ」
 途中で父親が頓狂な声でいって笑い出した。横にいるおふくろも一緒になって笑い出した。そんなことは、こちらのほうが一番よくわかっている。馬鹿馬鹿しくなったので説明を止めると、父親が続けろという。仕方なくさらに話した。するとまた途中で、
「お前が友だちをかぼうたんか、それはええことや。それやったら、もう何もいうことない。もうええ、もうええ」
 と勝手に納得して、しきりに頷いていた。父親は学校のことはまるで無関心だったし、教育めいたことも一切口にはしなかった。ただ、「男らしくしろ」ということだけは馬鹿のひとつ覚えのように繰り返しいっていた。父親のいう男らしさとは、弱者・年少者や友だちが難儀な目にあったときは身体を張ってでもかばえ、強者から不当ないいがかりをつけられたときは絶対に引かずに徹底的に闘え、弁解はするな、といった類のことである。生意気盛りの私には父親のいう行動規範があまりにも単純すぎるように思えて、「わかっとるから、もうええがな」といつも聞き流していたが、この騒ぎもそんな調子でチャラになった。
(「少年鉄砲玉」p.39~41)





 私の喧嘩が原因で組と組との抗争に発展したというのは、以下のような顛末であった。兄貴の息子、つまり甥の宮崎優と近くの銭湯に行ったときのことだ。
 伏見に、篠原会という京都のヤクザ組織の親分の自宅があって、その親分の中学生の息子とたまたま銭湯で鉢合わせた。これが意地の悪い奴で、まだ小学生にもならない優に水をかけたりしていじめる。我慢していた優が、たまらずに泣き出した。頭にきた私は、風呂桶でそ奴の頭を思いきりどついた。すると、頭から血を噴いてひっくり返ってしまった。
 家に帰ってしばらくたった頃、寺村組の組員がダッと集まってきた。手には猟銃、日本刀、竹槍などの武器をもち、まったくの喧嘩支度をしている。みんな黒の長袖シャツや黒のジャンパー、下半身も黒のニッカーボッカーなどに黒の地下足袋という全身黒ずくめで、頭には真っ白の鉢巻をしめている。なぜ黒装束かといえば、怪我をして血を流してもそれを相手に気取られないためである。一種の見栄でもあるのだが、血を見せて相手からかさにかかって攻撃されるのを避けるという実利的な効用も勘案されていたようだ。
 加藤鉄次郎という武闘派の組員などは、猟銃を手にし、弾帯を胸に十字にたすきのようにかけ、おまけに太った腹のまわりにダイナマイトを十数本巻きつけている。身長が160センチで、体重は100キロ近くある。真っ黒なサングラスを書け、指が何本もない。それがこんな目いっぱい武装してあれこれ指揮している様は滑稽でもあった。
 庭の何箇所かに置かれたドラム缶で火を焚き、まわりで若衆が樽酒を呑んだり日本刀の柄に包帯を巻いたりしている。家のなかでは、足元が滑らないように若衆や男衆が総出で畳を全部裏返しにしている。窓は銃弾を撃ち込まれないように目張りをしている。窓や障子のガラスも割れて飛び散らないように半紙を糊で貼りつけている。台所では、おふくろの指揮のもと、女衆が総出で炊き出しの用意でてんてこ舞いしていた。
「何が起こったんや?」と、びっくりして加藤鉄次郎に訊くと、
「ぼんがさっき、風呂屋で篠原のガキをいわしましたやろ。そしたら、あろうことか、篠原の代貸がおやっさんのとこへ、『おたくのぼんがうちのぼんをやってくれたらしいな、どないしてくれまんのや』といちゃもんをつけにきよったんや。おやっさんが鼻で笑うて、『やられて仕返しにくるんやったら、いつでも来い』と突っぱねたんで、これですわ」と加藤鉄次郎が大声で解説し、
「ぼん、ようやってくれましたな。後はわしらであんじょういわしたりまっさ」
 とつけ加えた。そのうち父親が別宅からやって来て、
「喧嘩のもとは何や?」と訊く。事情を説明すると、
「優をかぼうたんか、お前は偉い。ようやった」
 といった。まわりに集まっていた若衆も「ぼんは偉い」と同調した。
 普通の親なら、子供が喧嘩してきたら理由のいかんにもかかわらず叱りつけるものだろうが、わが家では問題はその理由であって、それがわが家の道理に合致してさえいれば大いに称賛された。喧嘩にまつわるわが家とその周辺の道理は、「身内がやられたときは、たとえこちらに非があろうとも、相手に復讐しろ。それをやらない者は人間のクズだ」という単純極まりないものだった。喧嘩をしたことだけで叱られたことは一度もなかった。
 このときの父親は強気一本槍だった。組員に対して「ええか、もろてくうなよ」と盛んに檄を飛ばしていた。「もろてくうな」とは「貰って食うな」のことだと思うのだが、もしかしたら「諸手食うな」のことかもしれない。いずれにしても、たえず優位で攻撃的であってやられるな、というほどの意味で、抗争や相手の組に掛け合いに行くときなどに使われる極道世界独特のいいまわしである。
 父親が強気だったのには理由がある。篠原会が寺村組より弱小の組織であったがために、甘く見ていたのである。父親には相手を見て喧嘩するところがあって、これはいけると判断した組相手にはイケイケドンドンだった。ところが、後に寺村組は山口組と大きな抗争になるのだが、このときなどはイケイケの面などまるでなかった。現金なものなのである。
 猟銃や日本刀をもった若衆が走りまわり、何回か小競り合いがあった。単独ないし少数のヒットマンが主体になる最近のヤクザの抗争と違って、この当時のヤクザの喧嘩は集団戦だった。集団同士が直接ぶつかって殴り合ったり、武器を使ったりして決着をつけた。このときの喧嘩はもともとが子供の喧嘩が発端だっただけに、2、3日後、篠原会が詫びを入れて抗争は終わった。実際には縄張りのいくつかを奪って話をつけたのだろう。
 ヤクザの喧嘩には、たかが子供の喧嘩にも大人が出張って面子の立てあいをするという独特の道理的な一面と、子供の喧嘩さえ利用して縄張り争いを演じるという現実政治的な一面がある。そして、ヤクザの抗争の面白いところは、その二面が混沌と混じり合っていて、当の本人さえどの面で動いているのかわかってないふうがあるところである。このときの喧嘩などはその典型だったように思う。
(「少年鉄砲玉」p.46~48)







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中西智海 / 親鸞教学入門(5)

(4)の続きです。

仏教でいわれる「信」

 さて、この二つのつまずきと思われる信の状況をふまえたところで、更に明確にしておかねばならないことがらがあります。それは、いわゆる religion としての宗教といわれる場合での「信」ということと仏教でいわれる「信」とは異なっているという点であります。前者は一般に「信仰」といわれるのにふさわしく、後者は「信心」または「信」とうのに適切であるともいえましょう。
 religion としての宗教は、一般に神と人との結合、神と人との関係であるといわれます。神は人間を超えているものであり絶対者であります。人は相対者であります。神は全知全能であり、人は無智の罪人であります。神と人との間はまさに断絶であります。この間の「結合」「関係づけ」が「信ずる」ということによって成り立つのであります。それは「不合理なるが故に我れ信ず」というようなことばでさえあらわされるような性格を含んでいるといわねばなりません。
 これに対して、仏教の「信」は異質であるといわねばなりません。宗教(religion)は神と人間との「結合」というならば仏教は人が仏に「成る」教えであるといわねばなりません。従って、同じ「信」といっても宗教(religion)のそれと仏教のそれとは全く異質であるといわねばなりません。前者においては神とは何かということはわからない存在であります。それで、ただ「信ずる」ほかに「結合」はないということになります。それは「神に成る」ということがいわれないからである。それに対して、仏とは何かということは成ってみればわかるということになります。ただ信ずるほかに道がないというような立場ではありません。従って「成る」という考え方は「仏の存在の証明」が不必要であるということと深く結びついています。

 では、仏教で説かれる「信」とはどのような内容のことがらなのでしょうか。
 「信とは心を澄浄ならしむ」(『倶舎論』)「信心清純にして疑心を離るるが故に信と名く」(『大乗義章』)といわれるように「心澄浄の道」であります。現実の私たちの煩悩に汚染された心を本来の清浄心に至らせる精神作用として語られ、その意味において「信」はつねに仏法に入るための不可欠な第一歩とされてきました。
信は道の元、功徳の母と為す。一切の諸の善法を増長し、一切の諸の疑惑を除滅し、無上道を示現し開発す(『華厳経』)
仏法の大海には信を能入となし、智を能度となす如是の義は即ち是れ信なり。若し人、心中に信清浄なるものあらば是の人は能く仏法に入る。若しなければ是の人は仏法に入ること能はず(『大智度論』)
といわれるのはそのことをよくさし示していると思われます。
 さらに、信は信・精進・念・定・慧という五根として説かれていることからもうなずけるように仏を「信ずる」ということは仏に「成る」という意味をもっているということであります。「成る」ということには宗教的実践によって開かれてくる道程を歩むという意味があるといわねばなりません。
 もとより仏教の信は仏法(真実)への第一歩とか仏に成る過程の歩みというのみにとどまるものではありません。それは法(真実)の私への現成開示という意味があるのであります。法のあらわれ、開示ということによって仏の歩みが展開するというしくみであります。
 このように同じ「信」といっても宗教(religion)でいう「信」と仏教でいう「信」のそれとは異質であることを注意しなければなりません。
 ところで仏に成るとはどうなることかと問われるとき、それは自我中心の発想がくだかれ、エゴイズム的生き方がくつがえされ、自利、利他円満の人格に成ることであるということはいままでにものべてきました。従って「仏に成る」という道において、つまり「信ずる」ということのなかに自我中心的生き方、利己的発想の脱却ということがらが含まれているというべきでありましょう。

(中略)

「信ずる」とはどうなることか

 このことをしっかりみつめながら、真宗の「信」について整理しながら学んでみましょう。
 親鸞聖人において「信」とは自我の上に成り立つことがらではなくて如来の「真実心」が私に現成することがらをいうのであります。従って信心の本質は「清浄の信楽」であり「浄信」といわれるようにまさに「清浄」といわれるものであります。無漏清浄の名号を体とする信心であり、疑濁をはなれた信心であるから清浄であるといわれます。私にとってみずからの疑いがなくなるということと、真実心が現成することと同じであります。疑いがのこるということは「自我」と「利己心」がのこるということで十九願、二十願のように自力がのこるということになります。親鸞聖人は「自我」「利己心」の上に立つ信は「自力の信心」として捨てられました。それはまた十九、二十の願の「行」を捨てたということになるのであります。真実の他力の信心には「自我」「利己心」がみじんもまじることがないといわれます。「疑蓋間雑(ぎがいけんぞう)なきが故に是を信楽と名く」(『教行信証』)「信はうたがふこころなきなり」(『唯信鈔文意』)といわれるほうに「疑うこころ」がのこるということと「自我」「利己心」がのこるということとは同じであります。ほんとうに自我・利己心が破られるのは、弥陀のちかいに疑うこころがなくなるときであり「聞其名号信心歓喜」のときであるといわれるのであります。この意味で親鸞聖人の教えにおいては、信ずるとは阿弥陀仏のお慈悲が人間にとどいて自分勝手な思いやかたくなな心がうち砕かれるということ、仏にまかせきって損・得・善悪・宿業にしばられない自由なこころになるといってもよいでしょう。そこにほんとうのよろこびが生れるのであります。仏にまかせるということはすべての是非・善悪・美醜など人間の生のいとなみ全体を、仏の次元からみなおすことになるといってもよいのであります。仏とともに生きるといわれ、念仏の眼鏡をかけるといわれるのもその趣きをいいあてているようであります。その意味では真実の信心にめざめたものは人生観がかわるといえましょう。世界がかわるといえましょう。このように親鸞聖人の教えにおいての「信ずる」とは不合理なるが故に我れ信ずるというようなものではなく、仏を基準として生きる人間になるということであて、そこに宗教(religion)でいう「信」と区別される仏教の「信」、つまる「なる」という内容をもつということであります。
 そのことは「信心の智慧」といわれることによってもうなずけることであります。
 つぎに、親鸞聖人の求道の過程によって明らかなように、信ずるとはほんとうの自分を知るということになるといえましょう。もとよりこの場合の知るということがらは知性のはたらきのみによるいわば知識とか単なる認識ではありません。ほんとうのうなずきといってもよいでしょう。「存知と「信知」と異なるといわれるのもそのことをさし示そうとしているようであります。ほんとうの自分を知る――それは仏のこころを知るということと同じであります。み仏のお慈悲を知ることによってほんとうの自分が知らされるのであります。ほんとうの宿業の私が仏のお慈悲にうなずかされるのであります。このように「信ずる」とは「知る」という内容をもっているといえましょう。
 更に「信ずる」とはまさに「聞く」ことであります。「聞くといふは本願をききて、うたがふこゝろなきを聞(もん)といふなり。また聞くといふは信心をあらはす御のりなり」といわれるのはそれであります。信ずるとは聞くほかはないということでありましょう。「聞く」ということばは確かに人間にとって意味のあることばだといわねばなりません。「聞光」「聞味」「聞香」ということばがあるように単に耳で聞くということばかりではないのであります。光は見るものであり、味もみるものだと思いますが、光を聞く、味を聞くといわれるのは趣があります。見るというときは、見られるものは静止して見る心が動いてゆくものだと考え、聞くといわれるときは音は彼方からやってくるもので、それをすなおにうけとめる(これを「機の無作」といわれています)という感覚だというのであります。いずれにしましても親鸞聖人の教えにおいては弥陀のちかいをうたがわないということでありまして、本願のいわれのとおりにうなずけるまで聞くということのほかにないのであります。
 さて、このような「信」の立場に立つとき、どのようなこころがよびおこされるのでありましょうか。
 弥陀のこころとは自利(不取正覚)・利他のこころであり、それをまうけに領納した信もまた「利他深広の信楽」ととかれるものであります。また、真実の信心には必ず現世十種の益があるとも説かれます。
如来の二種の廻向によりて真実の信楽をうる(『三経往生文類』)
 二種の廻向とは往相(往生浄土の相状)の自利と還相(還来穢国の相状)の利他の廻向ということであります。
 このことによってもうなずけるように真実信心の立場に立つとき、まさに「世をいとふしるし」をもとめて生きる人間になるのであります。「世をいとう」ということは「この世」から逃避することではないのであります。仏智の立場、本願のこころで、この世を痛み、ひるがえしてゆこうとするいとなみであります。信心の人はこの世をいとうしるしを求めて生きるのであります。
(『信ずるとはどうなることか』より39~51頁)




つづく



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iPhone 3GS の iOS5 を iOS4 へ戻す試み

iPhone 3GS に iOS5 を積んだら動作が遅くなってしまったので、iOS4 へのダウングレードを図りました(Windows XP にて)。

が、、、


元々パソコンが重い上に、思いのほか面倒なことが多く時間がかかってしまったため、最後の最後のステップまで行って、結局 iOS5 に戻してしまいました。明日(すでに今日、、、というかもう朝だ(汗))、知人と会う予定で、復元に間に合わなかったら連絡が取れなくなって大変なので。


たぶん、
[iOS] iOS 5をダウングレードする方法 & エラー対処法 | Tools 4 Hack
を参考にすればうまく行くのではないかと思います。

その他、役に立ったサイトはこれら。


あ、そういえば10/15ごろから、数日間、アクセス数が普段の3倍くらいになって何ごとかと調べてみたら、
iPhone バックアップ保存場所 (Windows & Mac)
が原因でした。備忘録として書いたので自分も見たんですが、iOS5 にアップグレードする前にバックアップ取る人が来たみたいですね。
要するに、バックアップデータは

Windows
マイフォルダ\Application Data\Apple Computer\MobileSync\Backup\

Mac
マイフォルダ \Library\Application Support\MobileSync\Backup\

に保存されているということです。



iOS5 に戻した iPhone 3GS は、また時間があったら iOS4 に戻そうかと思いますが、
その前に iPhone 4S を買ったらそのままにしておくかもしれません。


そして、せっかくだからダウングレードの方法を書きとめておくつもりでしたが、
今は疲れたので寝ます。

後日、気力があったら清書するかもしれません。
その時のために、以下、説明用スクリーンショット。

たぶん清書しないかと思いますが、、、


続きを読む...
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リキッド・レイアウト 3種

2カラム左ナビ
2カラム右ナビ
3カラム左右ナビ

の3パターン、

左ナビの幅=190px
右ナビの幅=300px

カラム間の空き10px

htmlは、
2カラムの場合、左から右に記述、
3カラムの場合、左右のナビの後に可変部分を記述、


というリキッドレイアウトを作る用事があったので、後でコピペして使いまわせるようにメモ。

ウィンドウ幅が固定値以下になったときでも崩れないようにするためには、
min-width を使えば良いが、IE6の対処は
スクリプトを使わずに、IE6でmin-width
cssだけでIE6でもmin-widthを
を参照。


<style type="text/css">
*{
	margin:0;
	padding:0;
}
h3{
	clear:both;
	font-weight:bold;
	padding:3em 0 0;
}


/* --- 2カラム左固定・右可変 --- */
.leftcontents_2columns_leftfix{
	width:190px;
	float:left;
	background:#fee;   /* 後で消す */
}
.rightwrapper_2columns_leftfix{
	width:100%;
	margin:0 0 0 -190px;
	float:left;
}
.rightcontents_2columns_leftfix{
	margin:0 0 0 190px;
	padding:0 0 0 10px;
	background:#eef;   /* 後で消す */
}


/* --- 2カラム左可変・右固定 --- */
.leftwrapper_2columns_rightfix{
	width:100%;
	margin:0 -300px 0 0;
	float:left;
}
.leftcontents_2columns_rightfix{
	margin:0 300px 0 0;
	padding:0 10px 0 0;
	background:#fee;   /* 後で消す */
}
.rightcontents_2columns_rightfix{
	width:300px;
	float:right;
	background:#eef;   /* 後で消す */
}


/* --- 3カラム左右固定・中可変 --- */
.leftcontents_3columns{
	width:190px;
	float:left;
	background:#fee;   /* 後で消す */
}
.rightwrapper_3columns{
	width:100%;
	margin:0 0 0 -190px;
	float:left;
}
.rightcontents_3columns{
	width:300px;
	float:right;
	background:#eef;   /* 後で消す */
}
.centerwrapper_3columns{
	width:100%;
	margin:0 -300px 0 -190px;
	float:right;
}
.centercontents_3columns{
	margin:0 300px 0 190px;
	padding:0 10px;
	background:#ccc;   /* 後で消す */
}
</style>


<h3>↓↓2カラム左固定・右可変↓↓</h3>
<div class="leftcontents_2columns_leftfix">
	【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】
</div>
<div class="rightwrapper_2columns_leftfix">
	<div class="rightcontents_2columns_leftfix">
		【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】
	</div>
</div>


<h3>↓↓2カラム左可変・右固定↓↓</h3>
<div class="leftwrapper_2columns_rightfix">
	<div class="leftcontents_2columns_rightfix">
		【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】
	</div>
</div>
<div class="rightcontents_2columns_rightfix">
	【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】
</div>


<h3>↓↓3カラム左右固定・中可変↓↓</h3>
<div class="leftcontents_3columns">
	【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】
</div>
<div class="rightwrapper_3columns">
	<div class="rightcontents_3columns">
		【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】【2】
	</div>
	<div class="centerwrapper_3columns">
		<div class="centercontents_3columns">
			【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】【3】
		</div>
	</div>
</div>






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