
I 影との戦い

II こわれた腕環

III さいはての島へ

IV 帰還

V アースシーの風
一般には児童文学とされている『ゲド戦記』ですが、大人でも相当の集中力をもって読まないと、読破できないのではないかと思いました。自分は、理解不足のところが多いので、読解力が小学生レベルなのでしょうか。巻末の対象年齢には小学5年生以上と書いてありましたので……
(-。-)
最初の3巻が、1巻目冒頭に「エアの創造」と記された、
Only in silence the word,
only in dark the light,
only in dying life :
bright the hawk’s flight
on the empty sky.
ことばは沈黙に
光は闇に
生は死の中にこそあるものなれ
飛翔せるタカの
虚空にこそ輝けるごとくに
を主題として書かれています。「アースシー」という、ファンタジーの世界にドップリはまれば、面白く読むことが出来ると思います。
邦題は『ゲド戦記』ですが、ゲドが実質的に主役として活躍するのは1巻目の「影との戦い」のみと言えるでしょう。それ以降は、アレンやテナー、テルーなどが中心となって話が進んでゆきます。ゲドは1巻目で、すでにひどく傷つき、話が進むにつれ、どんどん力を失ってゆきます。やがては、平穏に家庭を守る一人の平凡な人間のように描かれてゆきますが、これがフェミニストの
ル=グウィンさんの理想の男性像なのだろうか、とも思いました。
最初の4巻を
清水真砂子さんの訳で、「アースシーの風(The Other Wind)」を原文で読んだのですが、とても児童文学とは思えない、奥深さ、難解さを感じました。「生と死」「若と老」「男と女」「静と動」「均衡と不均衡」など様々に考えさせられました。
啓蒙的な色合いが強いと思います。たとえば、第1巻『影との戦い』では、ロークの学院で勉強中の少年ゲドは、自分の力を見せつけるために、学院で禁止されていた、死者を呼び戻す魔法を使ってしまいます。その結果、死者の霊と共に「影」なるものをも呼び出してしまい、その影に脅かされることとなります。やがて師匠オジオンの助言により、勇気をもってその影と対峙することになるのですが、「影」とは一体何か、「生と死」について考えさせられました。
生死といえば、5巻目「アースシーの風」で、先立たれた妻が毎晩夢の中で現れてくるまじない師の苦悩が描かれていたのも印象的でした。
また、全編通じて、この作品ではあまり魔法が使われていないように感じました。魔法とは(現実世界に譬えるなら、科学技術に当たるのでしょうか)、あくまでも公益に使うべきであり、私利私欲のためにつかうと大きなしっぺ返しがやってくるぞ、という暗示なのかもしれません。
宮崎吾朗さんの
映画は賛否あるようですが、観ていないのでよく分かりません。
ところで、「アースシーの風」の装丁は、まるで
YNGWIE MALMSTEEN と
STRATOVARIUS を合わせたようですね。
RHAPSODY でもよいですが、、、
(参考)
『ゲド戦記1 影との戦い』 ル=グウィン
『ゲド戦記2 こわれた腕環』 ル=グウィン
とにかく・・・笑っとけ!日記
晴読雨読ときどき韓国語
帰還─ゲド戦記4─ アーシュラ・K. ル・グウィン(清水 真砂子訳)
BLUEPIXY日記
「ゲド戦記 帰還」 ル=グウィン 清水真砂子訳
帰還 ゲド戦記 最後の書
『ゲド戦記5 アースシーの風』
ここから
アースシーの風─ゲド戦記5─ アーシュラ・K. ル・グウィン(清水 真砂子訳)
「ゲド戦記Ⅴ―アースシーの風―」
[本]ゲド戦記Ⅰ影との戦い・ゲド戦記Ⅱこわれた腕輪
[本]ゲド戦記(続き)
岩波書店児童書編集部だより
ゲド戦記Wiki