<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>徒然 &#187; 著者別（ロシア・ソ連）</title>
	<atom:link href="http://charlie432.fool.jp/category/book/book_russia/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://charlie432.fool.jp</link>
	<description>音楽鑑賞記録や読書メモ・感想文、パソコン関係、写真や動画の撮影あれこれなどを徒然なるままに綴ってゆきます。リンクは[Ctr]＋クリックにより、新規タブで開きます。コメントの返信がすごく遅くなる時もあるかと思いますが、半年以内には書きたいと思います。 m(_ _)mスミマセン</description>
	<lastBuildDate>Mon, 13 Feb 2012 15:00:00 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.3.1</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://charlie432.fool.jp/category/book/book_russia/feed" />
		<item>
		<title>ドストエフスキー / 死の家の記録</title>
		<link>http://charlie432.fool.jp/2009/08/14/00/00/00</link>
		<comments>http://charlie432.fool.jp/2009/08/14/00/00/00#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 13 Aug 2009 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie432</dc:creator>
				<category><![CDATA[ドストエフスキー]]></category>
		<category><![CDATA[LA]]></category>
		<category><![CDATA[WordPress]]></category>
		<category><![CDATA[その他]]></category>
		<category><![CDATA[どう]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ]]></category>
		<category><![CDATA[まい]]></category>
		<category><![CDATA[リスト]]></category>
		<category><![CDATA[人生]]></category>
		<category><![CDATA[仏]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[体験記]]></category>
		<category><![CDATA[元気]]></category>
		<category><![CDATA[影]]></category>
		<category><![CDATA[手段]]></category>
		<category><![CDATA[森]]></category>
		<category><![CDATA[歎異抄]]></category>
		<category><![CDATA[死]]></category>
		<category><![CDATA[法]]></category>
		<category><![CDATA[浄土]]></category>
		<category><![CDATA[生きる]]></category>
		<category><![CDATA[用語]]></category>
		<category><![CDATA[目的]]></category>
		<category><![CDATA[真実]]></category>
		<category><![CDATA[苦悩]]></category>
		<category><![CDATA[運命]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://charlie432.fool.jp/?p=1556</guid>
		<description><![CDATA[
ドストエフスキー
死の家の記録
久々の（ような気がする）読書感想文。

『死の家の記録』というタイトルから

連想されるイメージと、

ペトラシェフスキー事件で逮捕されて、

シベリア（オムスク）に４年間抑留された体験記、

ということから、

どんなにか過酷な労働状況が書かれているのか、

と思っていましたが、

意外と淡々とした、第三者的な記述に貫かれた人間観察日記でした。
中には、不衛生な病院の実態の描写は生々しいものがありましたが、

それ以外は、娑婆の世界とさほど変わらないと思いました。

（娑婆とは本来「堪忍土（堪忍しつつ生きる世界）」という意味だそうです）
巻末の解説にもありましたが、

ここでの人達が、後の『カラマーゾフの兄弟』の登場人物のモデルになったのだろう、

と想像させされます。
名誉や自尊の強い囚人が、何百、何千の笞（鞭：むち）打ちの刑に耐えるとか、

上官の目を盗んで酒やタバコ、博奕（博打：ばくち）を楽しんだり、

自分の過去物語を自慢げに語りあい、

言い争いが起きたり、友情や信頼関係が生まれるなど、

血の通った、生身の人間的なものを感じました。
そして、

冷酷なシベリアの地にあって、囚人たちの苦しみは、

肉体的な労働の厳しさにあるのかと思いきや、

そうでないことが知らされます。
生きる希望を剥奪され、
無目的な労働を強制的に課せられる事。
これは、囚人であろうがなかろうか、

人間なら共通に感じる苦痛だと思います。

そして、なぜ生きるかを知らず、生きるために生きている人生ならば、

どんな人であっても、意味の無い行為を余儀なくされている人と変わりが無いのでは、とも。

また、囚人たちの望むところは、共通して「自由」ではありますが、

完全なる自由を謳歌している人が世間にいるかといえば、

皆何かしらの不自由を感じている訳で、

本当の自由とは、仏教で説かれている「無碍の一道」であり、

それこそが人生の目的と言えるのだと思いました。
以下、長くなりますが、なるほど、と感銘を受けた箇所です。

最後の場面は、『歎異抄』第９章の

「苦悩の旧里はすてがたく、安養の浄土は恋しからず」

が思い出される、人間の心理ですね。

　監獄へ来て、私の第一印象は、全体としてじつにいやなものであった。ところが、それにもかかわらず――奇妙なことだが！――監獄の生活は、わたしが途々（みちみち）想像してきたよりも、はるかに楽なような気がした。囚人たちは、枷（かせ）をはめられてはいるが、監獄内を自由に歩きまわり、にくまれ口をきいたり、歌をうたったり、時分のしごとをしたり、煙草をふかしたりというふうで、酒を飲む者さえいたし（もっともこれはごく一部の者だが）、中には毎晩博奕（ばくち）をやっている者までいた。たとえば、労働そのものにしても、けっしてそれほど辛い苦役とは思われなかった。そしてこの労働の辛さと、苦役であることの特徴が、労働が苦しく、絶えまないものであるということよりは、むしろそれが強制された義務で、笞（むち）の下ではたらかなければならない、ということにあることをさとったのは、かなりあとになってからである。世間の百姓のほうが、おそらく比べものにならぬほど余計にはたらいているだろう、ときには、特に夏時分などは、夜なべまでしている。だが百姓は自分のために、筋道のとおった目的をもってはたらいているのであり、強制されて、自分のためにはまったく何の利益もない労働をしている囚人よりは、どれだけ楽かわからない。わたしはふとこんなことを思ったことがあった。つまり、もっとも凶悪な犯人でもふるえあがり、それを聞いただけでぞっとするような、恐ろしい刑罰を加えて、二度と立ち上がれぬようにおしつぶしてやろうと思ったら、労働を徹底的に無益で無意味なものにしさえすれば、それでよい。いまの監獄の苦役が囚人にとって興味がなく、退屈なものであるとしても、内容そのものは、しごととして、益も意味もある。囚人は煉瓦（れんが）を焼いたり、畑を耕したり、壁を塗ったり、家を建てたりさせられているが、この労働には意味と目的がある。苦役の囚人が、どうかするとそのしごとに熱中して、もっとうまく、もっとぐあいよく、もっとりっぱに仕上げようなどという気をさえ起す。ところが、たとえば、水を一つの桶（おけ）から他の桶へ移し、またそれをもとの桶にもどすとか、砂を搗（つ）くとか、土の山を一つの場所から他の場所へ移し、またそれをもとへもどすとかいう作業をさせられたら、囚人はおそらく、四、五日もしたら首をくくってしまうか、あるいはたとい死んでも、こんな屈辱と苦しみからのがれたほうがましだなどと考えて、やけになって悪事の限りを尽くすかもしれない。もちろん、このような刑罰は、何らかの合理的な目的を達しないから、拷問や復讐（ふくしゅう）と変るところがなくなり、無意味なものとなるであろう。ところが、わずかでもこうした拷問や、無意味や、屈辱の要素は、どんな強制労働にもかならずあるので、だから苦役は、強制されるというそのことによって、どんな自由な労働よりも、比較にならぬほど苦しいのである。
第一部　二　最初の印象

彼は陽気な男で、よく笑った。しかしその笑いは、囚人特有の野卑な皮肉なわらいではなく、しずかな明るい笑いで、その笑いには子供のような素直さがあふれていて、白髪の顔に特によく映った。あるいは、まちがっているかもしれないが、わたしは笑い方でその人間がわかるような気がする。ぜんぜん知らない人にはじめて会って、その笑いが気持ちよかったら、それはいい人間だと思って差支えないと思う。老人は監獄じゅうのすべての人々から尊敬されるようになったが、それをすこしも鼻にかけなかった。囚人たちは彼をおじいさんと呼んで、けっして彼を辱（はずか）しめるようなことはしなかった。
第一部　三　最初の印象

　金というものは――もうまえにも言ったように――監獄ではひじょうに大きな意味と力をもっていた。絶対的に断言できるが、獄内ですこしでも金をもっている囚人は、ぜんぜんもっていない囚人の十分の一も苦しまずにすんだ。もっとも、もっていない者でも全部官給品で保証されているから、何のために金が必要なのだ？――これが上司の考えではあった。ところがそうではないのである。もう一度言うが、もし囚人たちが自分の金をかせぐいっさいの可能性を奪われたとしたら、彼はあるいは発狂するか、あるいは蠅（はえ）のように死んでしまうか（何もかも保証されているといっても、それは別である）、あるいは、ついには、いまだかつてないような凶悪犯になってしまうかもしれない。ある者はさびしさのあまり、またある者はどうでもいいから早く罰を受けてこの世から消してもらうか、あるいは囚人用語をつかえば、何とかして『運命を変え』たい一心からである。囚人がほとんど血のにじむような汗をしぼってわずかばかりの金を得て、あるいはそれを得るために途方もないことを考え出し、よく盗みやだましというてまでつかっても、そのくせはいった金はまるで無分別に、子供としか思われないほど無意味に浪費してしまう、しかしこれは、ちょっと見にはそう思われるかもしれないが、けっして囚人が金を重んじないことを証明しているのではない。金に対して、囚人はふるえが来るほど、前後の見さかいがなくなるほど貪欲（どんよく）である、そして実際に、浮かれ騒ぐとき、金をまるでこっぱのようにばらまくとすれば、それは金よりももひとつ上と認めるものがあるためである。囚人にとって金よりもひとつ上のものとは、いったい何だろう？　自由、あるいは自由に対するせめてもの憧（あこが）れである。囚人は空想が好きである。これについてはあとですこしふれようと思うが、言葉ついでに、信じられないかもしれないが、わたしは、二十年の刑に服している囚人から、ひどく落着きはらって、「まあそのうち、ありがたいことに、刑期が満了したら、そのときこそ……」というような話を、直接に何度も聞かされたのである。『囚人』という言葉の意味は自由意志のない人間ということである。ところが、金をつかうことによって、彼はもう自分の意志で行動しているのである。どんな刻印を押されていようが、足枷（あしかせ）をつけられていようが、呪（のろ）わしい監獄の柵（さく）で神の世界からさえぎられ、檻（おり）の中の獣のようにとじこめられていようが――彼はやはり酒のような、かたく禁じられている楽しみを買うことができるし、女を抱くこともできるし、ときには（いつもうまくゆくとはかぎらないが）廃兵や下士官のような身近な役人を買収することさえできるのだ。彼らは、彼が法や規則を破っているのを、見て見ぬふりをしてくれる。そればかりか、それらの下っぱの役人たちに対していばることだってできるのだ。ところで囚人たちは、このいばるということ、つまり自分には他人（ひと）が思うよりも何倍も自由意志と権力があるのだということを仲間に見せて、せめて一時でも自分をそう思いこむことを、おそろしく好んだ――一口に言えば、豪遊することも、ばか騒ぎをすることも、他人をくそみそにこきおろすことも、おれは何でもできる、何でも『おれの思うまま』なのだということを他人（ひと）に思い知らせることもできるのだ、つまり哀れな者なら考えることもできないようなことが、自分はできるのだと思いこみたいのである。ついでだが、おそらくここから、素面（しらふ）のときでさえ囚人に見られる、いばったり、自慢したり、たとい見えすいていても、滑稽（こっけい）に無邪気に自分をえらく見せようとしたりする一般的な光景が生まれてくるのであろう。最後に、こうしたばか騒ぎにはそれ相応の危険がある――ということは、はかないものにせよ、生活の幻影、遠い自由の幻影があるということである。ところで、自由を得るためには、人間はどんな代償を惜しまぬものだ！　首に縄（なわ）をかけられた場合、一口の空気を吸うために、全財産を投げ出さないような百万長者があろうか？
　何年もおとなしく模範的な暮しをして、りっぱな行いのために囚人頭にさえ任命された囚人が、突然何のいわれもなく――まるで悪魔にとりつかれたみたいに――浮かれだして、酒を飲んだり、あばれたり、ときにはわけもなくいきなり刑法にふれるような犯罪を犯したり、あるいはあからさまに上司を侮辱するようなことをしたり、あるいはだれかを殺したり、暴力を振ったりなどして、役人たちをびっくりさせることがときどきある。みんなそれを見て、唖然（あぜん）とするが、しかし、だれよりもそんなことをしなさそうに思える人間に、突然こんな爆発が起る理由は、おそらく――個性のもだえるようなはげしい発現であり、自分自身に対する本能的な憂愁であり、自分を、自分の卑しめられた個性を示してやりたい願望であり、それが不意にあらわれて、憎悪、狂憤、個性の昏迷（こんめい）、発作、痙攣（けいれん）にまで高まったものであろう。それは、おそらく、生きながら埋葬されて、墓の中で意識をとりもどした亡者が、どんなにあがいてもむだだと、理性では知りながらも、夢中になって蓋（ふた）をたたき、押しのけようともがいているようなものかもしれない。だが、そこにはもう理性どころではない、狂おしい発作があるだけだというところに、問題があるのだ。さらに、およそ自由意志による自己表示というものが、囚人にあっては犯罪と見なされていることを考えてもらいたい。だから囚人にとっては表示が大きかろうが小さかろうが、まったくどうでもよいのである。酒を飲むなら――とことんまで飲めばいいし、危険をおかすなら――どんな危険でもおかし、人を殺そうとかまわない。要は、ただはじめさえすればいいので、そのうちに酔いがひどくなって、抑えがきかないようなことにもなる！　だから、何としてもそこまでは行かないようにすることである。そのほうがみんなが安心していられる。
　だが、それにはどうしたらよいのか？
第一部　五　最初の一月（ひとつき）

二十人ばかりの囚人班の中にわたしもまじっていた。要塞（ようさい）の裏手の氷結した河に、二隻（せき）の官有の艀（はしけ）が浮いていたが、もう役に立たなくなったのでとりこわすことになっていた。古材だけでも助けようというのである。しかし、その古い材料は全部あわせてみたところで、いくらの値打ちもなく、手をかけるだけむだなように見えた。薪（まき）は町で捨て値も同然に売られていたし、森はまわりにいやになるほどあった。ここへよこされたのは、囚人たちに何もさせずにおかないためだけで、囚人たちもそれをよく心得ていた。こんな作業には、いつもだらだらと気のない様子でとりかかるが、作業それ自体が、有益で価値があり、しかもノルマをきめてもらえそうだとなると、気の入れ方がまったく別だった。そうなると、彼らはまるで何かに気合を入れられたようになって、たといそれが何の得（とく）にならなくても、すこしでも早く、すこしでもよく仕上げようと、ありたけの力を振絞るのだ。これはわたしが何度となく見たことである。そこには彼らの意地も出てくるらしかった。ところが、いまのような作業だと、必要よりはむしろ体裁のためにやらされるのだから、ノルマをきめてもらうのもむずかしいし、朝の十一時の帰営を知らせる太鼓が鳴るまで、びっしりはたらかねばならなかった。
第一部　六　最初の一月（ひとつき）［つづき］

　監獄生活の第一日目から、わたしはもう自由を空想しはじめた。刑期の終わる日を数えて、あれやこれやと限りない空想にふけるのが、わたしの大好きなしごとになった。わたしはこれ以外のことは何も考えられないほどだった。そしてある期間自由を奪われた者なら、だれでもこう思うにちがいないと思った。囚人たちが、わたしと同じように考えていたかどうか、計算していたかどうかは、知らないが、彼らの希望のおどろくべき無思慮に、わたしはまず唖然（あぜん）とさせられた。牢獄（ろうごく）につながれ、自由を奪われた者の希望は――自由な外界に生活をしている者のそれとは、ぜんぜん別種である。自由な人間にも、もちろん、希望はある（たとえば、運命が変わればいいとか、事業がうまくいけばいいとか）、しかし彼は生活し、活動している。現在の生活がその回転ですっかり彼の心をとらえている。囚人の場合はそうではない。そこにも生活――監獄の生活、苦役の生活があるとしよう、しかし囚人がどんな人間で、刑期がどれだけであろうと、彼は、自分の運命が肯定できる決定的なもの、つまり真実の生活の一部であると考えることは、ぜったいに本能的にできないのである。どの囚人も、自分の家にいるとは感じていない、客に来ているような気持ちなのだ。彼は二十年という年月を、二年ぐらいにしか考えていない、だから五十五で監獄を出ても、三十五のいまの若さと少しも変らない、とすっかり信じこんでいるのだ。『生活はこれからさ！』――彼はこう思って、いっさいの疑惑や、その他の腹立たしい考えを、かたくなに追い払う。特別監房の無期徒刑囚たちでさえも、ときには日をつくってみたりして、なあにそのうち、思いがけなくピーテル（訳注　ペテルブルグ）から『ネルチンスクの鉱山へ移す、刑期はこれこれ』なんて許可が来るかもしれない、などと考える。そうなったらすてきだぞ、だいいち、ネルチンスクまでは半年かかるし、仲間といっしょだし、こんな監獄にいるよりはよっぽどましだ！　やがてネルチンスクで刑期を終えたら、そのときこそ……ときには白髪の老人までが、こんな空想にふけるのである。
　トポリスクでわたしは壁につながれている囚人を見た。鎖は二メートルほどの長さで、そばに寝台がおいてあた。シベリアから来てから侵したけたはずれの大罪のために、こうしてつながれているのだった。五年の者もいるし、十年の者もいある。たいていは野盗であるが、わたしは一人だけ貴族の出らしい囚人を見かけた。昔どこかに勤務していたということだった。彼はひどく柔和な、ささやくようなものの言い方で、じつにやさしい微笑を見せた。彼はわたしたちに鎖を示して、寝台にどんな風に寝たらぐあいがいいかを見せてくれた。これも、きっと、たいへんな大物らしかった！　彼らはみな概して態度が温順で、満足そうに見えるが、しかしどの一人をとってみても、早く刑期がみちるのを一日千秋の思いで待っているのである。何が望みで、とけげんに思われるかもしれない。その望みというのは、そのときこそこの煉瓦（れんが）の天井の低い、息苦しいじめじめした監房から出て、監獄の庭を思いきり歩きまわってやろうという、ただそれだけなのである。監獄を出されることはもうぜったいにない。鎖をとかれた者は、もう死ぬまで監獄に幽閉されて、足枷（あしかせ）をはずされることはないということを、彼らはしっているのである。彼らはそれを知っているが、それでもなお、一日も早く鎖の期間の終ることを一途にねがっている。さもあろう、この希望がなかったら、彼らは死にもせず、発狂もせずに、五年も六年もじっとしていることができるだろうか？　また、おとなしくこんなところへ来る者があるだろうか？
　作業がわたしを救い、わたしを健康にし、身体（からだ）を強くしてくれるかもしれないと、わたしは感じていた。たえまない精神の不安、神経のいらだち、獄舎のすえた空気は、わたしを完全に破壊してしまうにちがいない。『なるべくひんぱんに戸外へ出て、毎日身体を疲労させ、重いものを運ぶけいこをすることだ――そして自分をだめにしないようにだけはしよう』とわたしは思った。『自分を鍛えて、丈夫な、元気な、たくましい、若い身体で監獄を出るのだ』。わたしはまちがっていなかった。労働と運動はわたしに非常に有益だった。
第一部　七　新しい知人たち。ペトロフ

　いったいに、人を見くだすようなぞんざいさや、気色わるそうな態度は、下級のものをいらいらさせるものだ。囚人たちには給与をよくし、設備をよくし、万事法律どおりにしていれば、それで文句はないと考えている者もいる。これもまちがいである。身分がどうであろうと、どんなに虐（しいた）げられた人間であろうと、だれでも、よしんば本能的にせよ、無意識にせよ、はやり自分の人格を尊重してもらいたいという気持ちがあるのである。囚人は言われなくても自分が囚人で、世間から見すてられた人間であることは知っているし、上官に対する自分の立場も知っている、しかしどんな刻印、どんな足枷（あしかせ）をもってしても、自分が人間であることを囚人に忘れさせることはできないのである。そして、囚人も実際に人間であるから、当然、人間なみに扱ってやらなければならない。おお、見よ！　人間らしい扱いは、いつか昔に神を忘れてしまったような者をさえ、人間にひきもどすことができるのである。こうした『不孝な人たち』にこそ、もっとも人間らしい扱いが必要なのだ。この救いこそ彼らの喜びなのである。わたしはこうしたりっぱな高潔な指揮官たちを見たことがある。わたしはこうした虐げられた人たちに対する彼らのあたたかい行為を見たことがある。ほんの二言三言のあたたかい言葉――もうそれで囚人たちはほとんど精神的によみがえったようになるのだ。彼らは、子供のように、喜び、子供のように、愛しはじめる。もう一つ奇妙なことを指摘しよう。それは囚人たちはあまりになれなれしく、親切すぎる態度をとられるのを好まないということである。囚人は上官を敬（うやま）いたいと思うが、そういうふうに出られると、どういうものか尊敬する気をなくしてしまうのだ。囚人が好むのは、たとえば、自分たちの上官が勲章をもっているとか、風采がりっぱで、長官におぼえがめでたいとか、いかめしく、堂々としていて、公正で、威厳を保っているというようなことなのである。囚人たちはむしろこういう上官のほうを好むのである。つまり、自分の威厳は守り、しかも彼らを辱（はずか）しめない、したがって、どっちもいいし、これにこしたことはないというわけである。
第一部　八　命知らずな人々。ルーチカ

いまはどうかは知らないが、つい何年かまえまでは、自分のいけにえを笞打つことに、サド侯爵やブレンヴィリエ侯爵夫人（訳注　マリア・マドレーヌ・プレンヴィリエ侯爵夫人。遺産横領の目的で父、二人の兄弟、その他数名の親戚を毒殺。一六七六年に死刑）を思わせるような、ある種の快感をおぼえた紳士たちがいた。この感じには、甘美と苦痛がないまぜになって、こうした紳士方の心をしびれさせる何ものかがあるのだと、わたしは思う。血に飢えた虎（とら）のような人人がいる。一たびこの魔力を経験した者は、キリストの法則によればひとしく神に創造された兄弟、自分と同じ人間の肉体と血と精神に対するこの無限の支配を経験した者は、ひとしく神をその身につけているほかの存在をもっとも残酷な方法で侮辱する権力と完全な可能性を一度経験した者は、もはや自分の意志とはかかわりなく感情を自制する力を失ってしまうのである。暴逆は習慣である。それは成長する性質をもち、しまいには、病気にまで成長する。わたしが言いたいのは、どんなりっぱな人間でも習慣によって鈍化されると、野獣におとらぬまで暴逆になれるものだということである。血と権力は人を酔わせる。粗暴と堕落は成長する。知と情は、ついには甘美のもっとも異常な現象をも受容（い）れるようになる。暴逆者の内部の個人と社会人は永久に亡び去り、人間の尊厳への復帰と、懺悔（ざんげ）による贖罪（しょくざい）と復活は、ほとんど不可能となる。加えて、このような暴逆の例と、それが可能だという考えは、社会全体にも伝染的な作用をする。このような権力は誘惑的である。このような現象を平気で見ている社会は、すでにその土台が感染しているのである。約言すれば、他の人間に対する体刑の権利がある人間にあたえられるということは、社会悪の一つであり、社会がその内部にもつ文明のいっさいの萌芽（ほうが）と、いっさいのこころみを根絶するもっとも強力な手段の一つであり、社会を絶対に避けることのできぬ崩壊へみちびく完全な要因である。
第二部　三　病院（つづき）　

まったく希望を失っては生きていくことができない、そこで彼は自分からすすんで、むしろつくりあげた殉難に出口を求めようとしたのだった。彼は、証左をおそったのは憎悪のためではなく、ただ苦しみを受けたかったからだ、と説明した。どのような心理のうごきがそのとき彼の心の中で行われたか、神のみぞ知るである！　何かの目的がなく、そしてその目的を目ざす意欲がなくては、人間は生きていられるものではない。目的と希望を失えば、人間はさびしさのあまりけだものと化してしまうことが珍しくない……わたしたち囚人全体の目的は自由であった、監獄から解放されることであった。
第二部　七　抗議

「ところで、なあみんな、ほんとにおれたちァここで生きているのだろうか？」と炊事場の窓際（まどぎわ）におとなしく腰かけていた四番目の囚人が、頬杖（ほおづえ）をついたまま、何となくしんみりと、しかし内心は自分に満足しているような様子で、すこし節をつけたような口調で沈黙をやぶった。「おれたちはいったい何だろう？　生きているとは言っても――人間じゃねえじ、死んでも――ほとけになれねえ。やれやれ！」
「靴じゃねえ。足からぽいとぬぐわけにゃいかねえさ。何がやれやれだ！」
第二部　九　逃亡

　こうしたいろいろなことが起こったのは、わたしの獄中生活の最後の年のことでった。この最後の一年は、入獄当初の一年とほぼ同程度に、わたしには忘れることができない。特に出獄を間近にひかえた最後の数日のことは、どうして忘れることができよう。しかし、詳細にとなると、何を語ったらよいのか。ただおぼえているのは、この一年は、一日も早く刑期を終えたいとねがうわたしの耐えがたい焦燥にもかかわらず、それまでの何年かの流刑生活に比べると、ずっと楽な気持ちで暮らすことができたということだけである。その第一の理由は、そのころはもう囚人たちの間に、わたしがよい人間だとはっきり認めてくれた親友たちが、たくさんできていたことである。その多くの人たちはわたしに信服して、心からわたしを愛していた。ある屯田兵（とんでんへい）などは、わたしと友人を監獄から送り出すとき、目をうるませていまにも泣きだしそうな顔をしていたし、その後、わたしは獄を出てからもこの町にとどまり、一月ほどある官舎に暮していたが、その間ほとんど毎日のように、べつに用もないのに、ただ顔を見に寄ってくれたのだった。

（中略）

　囚人たちが作業に出かけてから十分ほどして、わたしたちはもう二度ともどらぬことをひそかに誓いながら、監獄の門を出た。わたしと、それからわたしといっしょに監獄に来た仲間の、二人だった。まず鍛冶場（かじば）へ行って、足枷をはずしてもらわねばならなかった。だが、もう銃を持った警護兵はつかなかった。下士官がわたしたちを案内した。工兵隊のしごと場ではたらいている囚人たちが、わたしたちの足枷をはずしてくれた。わたしは、いっしょの友人がはずしてもらっているあいだで、待っていて、やがて、自分も鉄敷（かなしき）のまえへ歩みよった。鍛冶工たちはわたしをうしろ向きにして、足をうしろに上げさせ、それを鉄敷の上にのせた……彼らはせわしなく動きまわった。すこしでも手際（てぎわ）よく、上手（じょうず）にやってのけようと思ったのであろう。
「鋲（びょう）だ、鋲をまずねじるんだ！……」と班長が指図した。「それをちゃんとのせる、そう、それでよし……そこで、今度は金槌（かなづち）で打つ……」
　足枷が落ちた。わたしはそれをひろい上げた……わたしはそれを手に持って、見納めにじっくりながめたかったのである。これがいまのいままで足についていたのかと、まさにわたしは、いまさらながら驚きの目を見はった。
「じゃ、さようなら！　さようなら！」と囚人たちはとぎれとぎれに、荒っぽいが、何か満足そうな声々で言った。
　そうだ、さようなら！　自由、新しい生活、死よりの復活……なんというすばらしい瞬間であろう！
第二部　十　出獄

Similar Posts:

ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟
ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）
遠藤周作～沈黙


「このページを見た人は、他にこんな記事を見ています」というページはありません。No related posts.
	Related posts
	
	人生の目的は「無碍の一道」 / 『歎異抄』第七章 (0)
	【なぜ生きる】人生で最も大切なこと（少し長文） (0)
	色の心理学 (2)
	トルストイ / イワン・イリッチの死 (2)
	とどろき / 平成２０年７月 (0)



No related posts.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="amazon"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/200908140001391c1.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/200908140001391c1s.jpg" alt="死の家の記録" border="0" width="83" height="120" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/410201019X?ie=UTF8&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=as2&#038;camp=247&#038;creative=7399&#038;creativeASIN=410201019X" target="_blank">ドストエフスキー<br />
死の家の記録</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&#038;l=as2&#038;o=9&#038;a=410201019X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<p>久々の（ような気がする）<strong>読書感想文</strong>。<br />
<br />
<b>『死の家の記録』</b>というタイトルから<br />
<br />
連想されるイメージと、<br />
<br />
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC" target="_blank">ペトラシェフスキー</a>事件で逮捕されて、<br />
<br />
シベリア（オムスク）に４年間抑留された体験記、<br />
<br />
ということから、<br />
<br />
どんなにか過酷な労働状況が書かれているのか、<br />
<br />
と思っていましたが、<br />
<br />
意外と淡々とした、第三者的な記述に貫かれた人間観察日記でした。</p>
<p>中には、不衛生な病院の実態の描写は生々しいものがありましたが、<br />
<br />
それ以外は、娑婆の世界とさほど変わらないと思いました。<br />
<br />
（娑婆とは本来「堪忍土（堪忍しつつ生きる世界）」という意味だそうです）</p>
<p>巻末の解説にもありましたが、<br />
<br />
ここでの人達が、後の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F" target="_blank">『カラマーゾフの兄弟』</a>の登場人物のモデルになったのだろう、<br />
<br />
と想像させされます。</p>
<p>名誉や自尊の強い囚人が、何百、何千の笞（鞭：むち）打ちの刑に耐えるとか、<br />
<br />
上官の目を盗んで酒やタバコ、博奕（博打：ばくち）を楽しんだり、<br />
<br />
自分の過去物語を自慢げに語りあい、<br />
<br />
言い争いが起きたり、友情や信頼関係が生まれるなど、<br />
<br />
血の通った、生身の人間的なものを感じました。</p>
<p>そして、<br />
<br />
冷酷なシベリアの地にあって、囚人たちの苦しみは、<br />
<br />
肉体的な労働の厳しさにあるのかと思いきや、<br />
<br />
そうでないことが知らされます。</p>
<p><span style="font-weight:bold;font-size:large;color:#FF0000;">生きる希望を剥奪され、<br />
無目的な労働を強制的に課せられる</span>事。</p>
<p>これは、囚人であろうがなかろうか、<br />
<br />
人間なら共通に感じる苦痛だと思います。<br />
<br />
そして、なぜ生きるかを知らず、生きるために生きている人生ならば、<br />
<br />
どんな人であっても、意味の無い行為を余儀なくされている人と変わりが無いのでは、とも。</p>
<p>
また、囚人たちの望むところは、共通して「自由」ではありますが、<br />
<br />
完全なる自由を謳歌している人が世間にいるかといえば、<br />
<br />
皆何かしらの不自由を感じている訳で、<br />
<br />
本当の自由とは、仏教で説かれている<strong>「無碍の一道」</strong>であり、<br />
<br />
それこそが人生の目的と言えるのだと思いました。</p>
<p>以下、長くなりますが、なるほど、と感銘を受けた箇所です。</p>
<p>
最後の場面は、『歎異抄』第９章の<br />
<br />
「苦悩の旧里はすてがたく、安養の浄土は恋しからず」<br />
<br />
が思い出される、人間の心理ですね。</p>
<p><span id="more-1556"></span></p>
<blockquote><p>　監獄へ来て、私の第一印象は、全体としてじつにいやなものであった。ところが、それにもかかわらず――奇妙なことだが！――監獄の生活は、わたしが途々（みちみち）想像してきたよりも、はるかに楽なような気がした。囚人たちは、枷（かせ）をはめられてはいるが、監獄内を自由に歩きまわり、にくまれ口をきいたり、歌をうたったり、時分のしごとをしたり、煙草をふかしたりというふうで、酒を飲む者さえいたし（もっともこれはごく一部の者だが）、中には毎晩博奕（ばくち）をやっている者までいた。たとえば、労働そのものにしても、けっしてそれほど辛い苦役とは思われなかった。そしてこの労働の辛さと、苦役であることの特徴が、労働が苦しく、絶えまないものであるということよりは、むしろそれが強制された義務で、笞（むち）の下ではたらかなければならない、ということにあることをさとったのは、かなりあとになってからである。世間の百姓のほうが、おそらく比べものにならぬほど余計にはたらいているだろう、ときには、特に夏時分などは、夜なべまでしている。だが百姓は自分のために、筋道のとおった目的をもってはたらいているのであり、強制されて、自分のためにはまったく何の利益もない労働をしている囚人よりは、どれだけ楽かわからない。わたしはふとこんなことを思ったことがあった。つまり、もっとも凶悪な犯人でもふるえあがり、それを聞いただけでぞっとするような、恐ろしい刑罰を加えて、二度と立ち上がれぬようにおしつぶしてやろうと思ったら、労働を徹底的に無益で無意味なものにしさえすれば、それでよい。いまの監獄の苦役が囚人にとって興味がなく、退屈なものであるとしても、内容そのものは、しごととして、益も意味もある。囚人は煉瓦（れんが）を焼いたり、畑を耕したり、壁を塗ったり、家を建てたりさせられているが、この労働には意味と目的がある。苦役の囚人が、どうかするとそのしごとに熱中して、もっとうまく、もっとぐあいよく、もっとりっぱに仕上げようなどという気をさえ起す。ところが、たとえば、水を一つの桶（おけ）から他の桶へ移し、またそれをもとの桶にもどすとか、砂を搗（つ）くとか、土の山を一つの場所から他の場所へ移し、またそれをもとへもどすとかいう作業をさせられたら、囚人はおそらく、四、五日もしたら首をくくってしまうか、あるいはたとい死んでも、こんな屈辱と苦しみからのがれたほうがましだなどと考えて、やけになって悪事の限りを尽くすかもしれない。もちろん、このような刑罰は、何らかの合理的な目的を達しないから、拷問や復讐（ふくしゅう）と変るところがなくなり、無意味なものとなるであろう。ところが、わずかでもこうした拷問や、無意味や、屈辱の要素は、どんな強制労働にもかならずあるので、だから苦役は、強制されるというそのことによって、どんな自由な労働よりも、比較にならぬほど苦しいのである。</p>
<div align=right><b>第一部　二　最初の印象</b></div>
</blockquote>
<blockquote><p>彼は陽気な男で、よく笑った。しかしその笑いは、囚人特有の野卑な皮肉なわらいではなく、しずかな明るい笑いで、その笑いには子供のような素直さがあふれていて、白髪の顔に特によく映った。あるいは、まちがっているかもしれないが、わたしは笑い方でその人間がわかるような気がする。ぜんぜん知らない人にはじめて会って、その笑いが気持ちよかったら、それはいい人間だと思って差支えないと思う。老人は監獄じゅうのすべての人々から尊敬されるようになったが、それをすこしも鼻にかけなかった。囚人たちは彼をおじいさんと呼んで、けっして彼を辱（はずか）しめるようなことはしなかった。</p>
<div align=right><b>第一部　三　最初の印象</b></div>
</blockquote>
<blockquote><p>　金というものは――もうまえにも言ったように――監獄ではひじょうに大きな意味と力をもっていた。絶対的に断言できるが、獄内ですこしでも金をもっている囚人は、ぜんぜんもっていない囚人の十分の一も苦しまずにすんだ。もっとも、もっていない者でも全部官給品で保証されているから、何のために金が必要なのだ？――これが上司の考えではあった。ところがそうではないのである。もう一度言うが、もし囚人たちが自分の金をかせぐいっさいの可能性を奪われたとしたら、彼はあるいは発狂するか、あるいは蠅（はえ）のように死んでしまうか（何もかも保証されているといっても、それは別である）、あるいは、ついには、いまだかつてないような凶悪犯になってしまうかもしれない。ある者はさびしさのあまり、またある者はどうでもいいから早く罰を受けてこの世から消してもらうか、あるいは囚人用語をつかえば、何とかして『運命を変え』たい一心からである。囚人がほとんど血のにじむような汗をしぼってわずかばかりの金を得て、あるいはそれを得るために途方もないことを考え出し、よく盗みやだましというてまでつかっても、そのくせはいった金はまるで無分別に、子供としか思われないほど無意味に浪費してしまう、しかしこれは、ちょっと見にはそう思われるかもしれないが、けっして囚人が金を重んじないことを証明しているのではない。金に対して、囚人はふるえが来るほど、前後の見さかいがなくなるほど貪欲（どんよく）である、そして実際に、浮かれ騒ぐとき、金をまるでこっぱのようにばらまくとすれば、それは金よりももひとつ上と認めるものがあるためである。囚人にとって金よりもひとつ上のものとは、いったい何だろう？　自由、あるいは自由に対するせめてもの憧（あこが）れである。囚人は空想が好きである。これについてはあとですこしふれようと思うが、言葉ついでに、信じられないかもしれないが、わたしは、二十年の刑に服している囚人から、ひどく落着きはらって、「まあそのうち、ありがたいことに、刑期が満了したら、そのときこそ……」というような話を、直接に何度も聞かされたのである。『囚人』という言葉の意味は自由意志のない人間ということである。ところが、金をつかうことによって、彼はもう自分の意志で行動しているのである。どんな刻印を押されていようが、足枷（あしかせ）をつけられていようが、呪（のろ）わしい監獄の柵（さく）で神の世界からさえぎられ、檻（おり）の中の獣のようにとじこめられていようが――彼はやはり酒のような、かたく禁じられている楽しみを買うことができるし、女を抱くこともできるし、ときには（いつもうまくゆくとはかぎらないが）廃兵や下士官のような身近な役人を買収することさえできるのだ。彼らは、彼が法や規則を破っているのを、見て見ぬふりをしてくれる。そればかりか、それらの下っぱの役人たちに対していばることだってできるのだ。ところで囚人たちは、このいばるということ、つまり自分には他人（ひと）が思うよりも何倍も自由意志と権力があるのだということを仲間に見せて、せめて一時でも自分をそう思いこむことを、おそろしく好んだ――一口に言えば、豪遊することも、ばか騒ぎをすることも、他人をくそみそにこきおろすことも、おれは何でもできる、何でも『おれの思うまま』なのだということを他人（ひと）に思い知らせることもできるのだ、つまり哀れな者なら考えることもできないようなことが、自分はできるのだと思いこみたいのである。ついでだが、おそらくここから、素面（しらふ）のときでさえ囚人に見られる、いばったり、自慢したり、たとい見えすいていても、滑稽（こっけい）に無邪気に自分をえらく見せようとしたりする一般的な光景が生まれてくるのであろう。最後に、こうしたばか騒ぎにはそれ相応の危険がある――ということは、はかないものにせよ、生活の幻影、遠い自由の幻影があるということである。ところで、自由を得るためには、人間はどんな代償を惜しまぬものだ！　首に縄（なわ）をかけられた場合、一口の空気を吸うために、全財産を投げ出さないような百万長者があろうか？<br />
　何年もおとなしく模範的な暮しをして、りっぱな行いのために囚人頭にさえ任命された囚人が、突然何のいわれもなく――まるで悪魔にとりつかれたみたいに――浮かれだして、酒を飲んだり、あばれたり、ときにはわけもなくいきなり刑法にふれるような犯罪を犯したり、あるいはあからさまに上司を侮辱するようなことをしたり、あるいはだれかを殺したり、暴力を振ったりなどして、役人たちをびっくりさせることがときどきある。みんなそれを見て、唖然（あぜん）とするが、しかし、だれよりもそんなことをしなさそうに思える人間に、突然こんな爆発が起る理由は、おそらく――個性のもだえるようなはげしい発現であり、自分自身に対する本能的な憂愁であり、自分を、自分の卑しめられた個性を示してやりたい願望であり、それが不意にあらわれて、憎悪、狂憤、個性の昏迷（こんめい）、発作、痙攣（けいれん）にまで高まったものであろう。それは、おそらく、生きながら埋葬されて、墓の中で意識をとりもどした亡者が、どんなにあがいてもむだだと、理性では知りながらも、夢中になって蓋（ふた）をたたき、押しのけようともがいているようなものかもしれない。だが、そこにはもう理性どころではない、狂おしい発作があるだけだというところに、問題があるのだ。さらに、およそ自由意志による自己表示というものが、囚人にあっては犯罪と見なされていることを考えてもらいたい。だから囚人にとっては表示が大きかろうが小さかろうが、まったくどうでもよいのである。酒を飲むなら――とことんまで飲めばいいし、危険をおかすなら――どんな危険でもおかし、人を殺そうとかまわない。要は、ただはじめさえすればいいので、そのうちに酔いがひどくなって、抑えがきかないようなことにもなる！　だから、何としてもそこまでは行かないようにすることである。そのほうがみんなが安心していられる。<br />
　だが、それにはどうしたらよいのか？</p>
<div align=right><b>第一部　五　最初の一月（ひとつき）</b></div>
</blockquote>
<blockquote><p>二十人ばかりの囚人班の中にわたしもまじっていた。要塞（ようさい）の裏手の氷結した河に、二隻（せき）の官有の艀（はしけ）が浮いていたが、もう役に立たなくなったのでとりこわすことになっていた。古材だけでも助けようというのである。しかし、その古い材料は全部あわせてみたところで、いくらの値打ちもなく、手をかけるだけむだなように見えた。薪（まき）は町で捨て値も同然に売られていたし、森はまわりにいやになるほどあった。ここへよこされたのは、囚人たちに何もさせずにおかないためだけで、囚人たちもそれをよく心得ていた。こんな作業には、いつもだらだらと気のない様子でとりかかるが、作業それ自体が、有益で価値があり、しかもノルマをきめてもらえそうだとなると、気の入れ方がまったく別だった。そうなると、彼らはまるで何かに気合を入れられたようになって、たといそれが何の得（とく）にならなくても、すこしでも早く、すこしでもよく仕上げようと、ありたけの力を振絞るのだ。これはわたしが何度となく見たことである。そこには彼らの意地も出てくるらしかった。ところが、いまのような作業だと、必要よりはむしろ体裁のためにやらされるのだから、ノルマをきめてもらうのもむずかしいし、朝の十一時の帰営を知らせる太鼓が鳴るまで、びっしりはたらかねばならなかった。</p>
<div align=right><b>第一部　六　最初の一月（ひとつき）［つづき］</b></div>
</blockquote>
<blockquote><p>　監獄生活の第一日目から、わたしはもう自由を空想しはじめた。刑期の終わる日を数えて、あれやこれやと限りない空想にふけるのが、わたしの大好きなしごとになった。わたしはこれ以外のことは何も考えられないほどだった。そしてある期間自由を奪われた者なら、だれでもこう思うにちがいないと思った。囚人たちが、わたしと同じように考えていたかどうか、計算していたかどうかは、知らないが、彼らの希望のおどろくべき無思慮に、わたしはまず唖然（あぜん）とさせられた。牢獄（ろうごく）につながれ、自由を奪われた者の希望は――自由な外界に生活をしている者のそれとは、ぜんぜん別種である。自由な人間にも、もちろん、希望はある（たとえば、運命が変わればいいとか、事業がうまくいけばいいとか）、しかし彼は生活し、活動している。現在の生活がその回転ですっかり彼の心をとらえている。囚人の場合はそうではない。そこにも生活――監獄の生活、苦役の生活があるとしよう、しかし囚人がどんな人間で、刑期がどれだけであろうと、彼は、自分の運命が肯定できる決定的なもの、つまり真実の生活の一部であると考えることは、ぜったいに本能的にできないのである。どの囚人も、自分の家にいるとは感じていない、客に来ているような気持ちなのだ。彼は二十年という年月を、二年ぐらいにしか考えていない、だから五十五で監獄を出ても、三十五のいまの若さと少しも変らない、とすっかり信じこんでいるのだ。『生活はこれからさ！』――彼はこう思って、いっさいの疑惑や、その他の腹立たしい考えを、かたくなに追い払う。特別監房の無期徒刑囚たちでさえも、ときには日をつくってみたりして、なあにそのうち、思いがけなくピーテル（訳注　ペテルブルグ）から『ネルチンスクの鉱山へ移す、刑期はこれこれ』なんて許可が来るかもしれない、などと考える。そうなったらすてきだぞ、だいいち、ネルチンスクまでは半年かかるし、仲間といっしょだし、こんな監獄にいるよりはよっぽどましだ！　やがてネルチンスクで刑期を終えたら、そのときこそ……ときには白髪の老人までが、こんな空想にふけるのである。<br />
　トポリスクでわたしは壁につながれている囚人を見た。鎖は二メートルほどの長さで、そばに寝台がおいてあた。シベリアから来てから侵したけたはずれの大罪のために、こうしてつながれているのだった。五年の者もいるし、十年の者もいある。たいていは野盗であるが、わたしは一人だけ貴族の出らしい囚人を見かけた。昔どこかに勤務していたということだった。彼はひどく柔和な、ささやくようなものの言い方で、じつにやさしい微笑を見せた。彼はわたしたちに鎖を示して、寝台にどんな風に寝たらぐあいがいいかを見せてくれた。これも、きっと、たいへんな大物らしかった！　彼らはみな概して態度が温順で、満足そうに見えるが、しかしどの一人をとってみても、早く刑期がみちるのを一日千秋の思いで待っているのである。何が望みで、とけげんに思われるかもしれない。その望みというのは、そのときこそこの煉瓦（れんが）の天井の低い、息苦しいじめじめした監房から出て、監獄の庭を思いきり歩きまわってやろうという、ただそれだけなのである。監獄を出されることはもうぜったいにない。鎖をとかれた者は、もう死ぬまで監獄に幽閉されて、足枷（あしかせ）をはずされることはないということを、彼らはしっているのである。彼らはそれを知っているが、それでもなお、一日も早く鎖の期間の終ることを一途にねがっている。さもあろう、この希望がなかったら、彼らは死にもせず、発狂もせずに、五年も六年もじっとしていることができるだろうか？　また、おとなしくこんなところへ来る者があるだろうか？<br />
　作業がわたしを救い、わたしを健康にし、身体（からだ）を強くしてくれるかもしれないと、わたしは感じていた。たえまない精神の不安、神経のいらだち、獄舎のすえた空気は、わたしを完全に破壊してしまうにちがいない。『なるべくひんぱんに戸外へ出て、毎日身体を疲労させ、重いものを運ぶけいこをすることだ――そして自分をだめにしないようにだけはしよう』とわたしは思った。『自分を鍛えて、丈夫な、元気な、たくましい、若い身体で監獄を出るのだ』。わたしはまちがっていなかった。労働と運動はわたしに非常に有益だった。</p>
<div align=right><b>第一部　七　新しい知人たち。ペトロフ</b></div>
</blockquote>
<blockquote><p>　いったいに、人を見くだすようなぞんざいさや、気色わるそうな態度は、下級のものをいらいらさせるものだ。囚人たちには給与をよくし、設備をよくし、万事法律どおりにしていれば、それで文句はないと考えている者もいる。これもまちがいである。身分がどうであろうと、どんなに虐（しいた）げられた人間であろうと、だれでも、よしんば本能的にせよ、無意識にせよ、はやり自分の人格を尊重してもらいたいという気持ちがあるのである。囚人は言われなくても自分が囚人で、世間から見すてられた人間であることは知っているし、上官に対する自分の立場も知っている、しかしどんな刻印、どんな足枷（あしかせ）をもってしても、自分が人間であることを囚人に忘れさせることはできないのである。そして、囚人も実際に人間であるから、当然、人間なみに扱ってやらなければならない。おお、見よ！　人間らしい扱いは、いつか昔に神を忘れてしまったような者をさえ、人間にひきもどすことができるのである。こうした『不孝な人たち』にこそ、もっとも人間らしい扱いが必要なのだ。この救いこそ彼らの喜びなのである。わたしはこうしたりっぱな高潔な指揮官たちを見たことがある。わたしはこうした虐げられた人たちに対する彼らのあたたかい行為を見たことがある。ほんの二言三言のあたたかい言葉――もうそれで囚人たちはほとんど精神的によみがえったようになるのだ。彼らは、子供のように、喜び、子供のように、愛しはじめる。もう一つ奇妙なことを指摘しよう。それは囚人たちはあまりになれなれしく、親切すぎる態度をとられるのを好まないということである。囚人は上官を敬（うやま）いたいと思うが、そういうふうに出られると、どういうものか尊敬する気をなくしてしまうのだ。囚人が好むのは、たとえば、自分たちの上官が勲章をもっているとか、風采がりっぱで、長官におぼえがめでたいとか、いかめしく、堂々としていて、公正で、威厳を保っているというようなことなのである。囚人たちはむしろこういう上官のほうを好むのである。つまり、自分の威厳は守り、しかも彼らを辱（はずか）しめない、したがって、どっちもいいし、これにこしたことはないというわけである。</p>
<div align=right><b>第一部　八　命知らずな人々。ルーチカ</b></div>
</blockquote>
<blockquote><p>いまはどうかは知らないが、つい何年かまえまでは、自分のいけにえを笞打つことに、サド侯爵やブレンヴィリエ侯爵夫人（訳注　マリア・マドレーヌ・プレンヴィリエ侯爵夫人。遺産横領の目的で父、二人の兄弟、その他数名の親戚を毒殺。一六七六年に死刑）を思わせるような、ある種の快感をおぼえた紳士たちがいた。この感じには、甘美と苦痛がないまぜになって、こうした紳士方の心をしびれさせる何ものかがあるのだと、わたしは思う。血に飢えた虎（とら）のような人人がいる。一たびこの魔力を経験した者は、キリストの法則によればひとしく神に創造された兄弟、自分と同じ人間の肉体と血と精神に対するこの無限の支配を経験した者は、ひとしく神をその身につけているほかの存在をもっとも残酷な方法で侮辱する権力と完全な可能性を一度経験した者は、もはや自分の意志とはかかわりなく感情を自制する力を失ってしまうのである。暴逆は習慣である。それは成長する性質をもち、しまいには、病気にまで成長する。わたしが言いたいのは、どんなりっぱな人間でも習慣によって鈍化されると、野獣におとらぬまで暴逆になれるものだということである。血と権力は人を酔わせる。粗暴と堕落は成長する。知と情は、ついには甘美のもっとも異常な現象をも受容（い）れるようになる。暴逆者の内部の個人と社会人は永久に亡び去り、人間の尊厳への復帰と、懺悔（ざんげ）による贖罪（しょくざい）と復活は、ほとんど不可能となる。加えて、このような暴逆の例と、それが可能だという考えは、社会全体にも伝染的な作用をする。このような権力は誘惑的である。このような現象を平気で見ている社会は、すでにその土台が感染しているのである。約言すれば、他の人間に対する体刑の権利がある人間にあたえられるということは、社会悪の一つであり、社会がその内部にもつ文明のいっさいの萌芽（ほうが）と、いっさいのこころみを根絶するもっとも強力な手段の一つであり、社会を絶対に避けることのできぬ崩壊へみちびく完全な要因である。</p>
<div align=right><b>第二部　三　病院（つづき）　</b></div>
</blockquote>
<blockquote><p>まったく希望を失っては生きていくことができない、そこで彼は自分からすすんで、むしろつくりあげた殉難に出口を求めようとしたのだった。彼は、証左をおそったのは憎悪のためではなく、ただ苦しみを受けたかったからだ、と説明した。どのような心理のうごきがそのとき彼の心の中で行われたか、神のみぞ知るである！　何かの目的がなく、そしてその目的を目ざす意欲がなくては、人間は生きていられるものではない。目的と希望を失えば、人間はさびしさのあまりけだものと化してしまうことが珍しくない……わたしたち囚人全体の目的は自由であった、監獄から解放されることであった。</p>
<div align=right><b>第二部　七　抗議</b></div>
</blockquote>
<blockquote><p>「ところで、なあみんな、ほんとにおれたちァここで生きているのだろうか？」と炊事場の窓際（まどぎわ）におとなしく腰かけていた四番目の囚人が、頬杖（ほおづえ）をついたまま、何となくしんみりと、しかし内心は自分に満足しているような様子で、すこし節をつけたような口調で沈黙をやぶった。「おれたちはいったい何だろう？　生きているとは言っても――人間じゃねえじ、死んでも――ほとけになれねえ。やれやれ！」<br />
「靴じゃねえ。足からぽいとぬぐわけにゃいかねえさ。何がやれやれだ！」</p>
<div align=right><b>第二部　九　逃亡</b></div>
</blockquote>
<blockquote><p>　こうしたいろいろなことが起こったのは、わたしの獄中生活の最後の年のことでった。この最後の一年は、入獄当初の一年とほぼ同程度に、わたしには忘れることができない。特に出獄を間近にひかえた最後の数日のことは、どうして忘れることができよう。しかし、詳細にとなると、何を語ったらよいのか。ただおぼえているのは、この一年は、一日も早く刑期を終えたいとねがうわたしの耐えがたい焦燥にもかかわらず、それまでの何年かの流刑生活に比べると、ずっと楽な気持ちで暮らすことができたということだけである。その第一の理由は、そのころはもう囚人たちの間に、わたしがよい人間だとはっきり認めてくれた親友たちが、たくさんできていたことである。その多くの人たちはわたしに信服して、心からわたしを愛していた。ある屯田兵（とんでんへい）などは、わたしと友人を監獄から送り出すとき、目をうるませていまにも泣きだしそうな顔をしていたし、その後、わたしは獄を出てからもこの町にとどまり、一月ほどある官舎に暮していたが、その間ほとんど毎日のように、べつに用もないのに、ただ顔を見に寄ってくれたのだった。<br />
<br />
（中略）<br />
<br />
　囚人たちが作業に出かけてから十分ほどして、わたしたちはもう二度ともどらぬことをひそかに誓いながら、監獄の門を出た。わたしと、それからわたしといっしょに監獄に来た仲間の、二人だった。まず鍛冶場（かじば）へ行って、足枷をはずしてもらわねばならなかった。だが、もう銃を持った警護兵はつかなかった。下士官がわたしたちを案内した。工兵隊のしごと場ではたらいている囚人たちが、わたしたちの足枷をはずしてくれた。わたしは、いっしょの友人がはずしてもらっているあいだで、待っていて、やがて、自分も鉄敷（かなしき）のまえへ歩みよった。鍛冶工たちはわたしをうしろ向きにして、足をうしろに上げさせ、それを鉄敷の上にのせた……彼らはせわしなく動きまわった。すこしでも手際（てぎわ）よく、上手（じょうず）にやってのけようと思ったのであろう。<br />
「鋲（びょう）だ、鋲をまずねじるんだ！……」と班長が指図した。「それをちゃんとのせる、そう、それでよし……そこで、今度は金槌（かなづち）で打つ……」<br />
　足枷が落ちた。わたしはそれをひろい上げた……わたしはそれを手に持って、見納めにじっくりながめたかったのである。これがいまのいままで足についていたのかと、まさにわたしは、いまさらながら驚きの目を見はった。<br />
「じゃ、さようなら！　さようなら！」と囚人たちはとぎれとぎれに、荒っぽいが、何か満足そうな声々で言った。<br />
　そうだ、さようなら！　自由、新しい生活、死よりの復活……なんというすばらしい瞬間であろう！</p>
<div align=right><b>第二部　十　出獄</b></div>
</blockquote>
<p><strong>Similar Posts:</strong>
<ol class="similar-posts">
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41" rel="bookmark" title="2007年10月14日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03" rel="bookmark" title="2007年4月16日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00" rel="bookmark" title="2008年5月8日">ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36" rel="bookmark" title="2007年6月23日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/03/07/12/59/06" rel="bookmark" title="2007年3月7日">遠藤周作～沈黙</a></li>
</ol>
<p><!-- Similar Posts took 33.333 ms --></p>
<div id="wherego_related"><p>「このページを見た人は、他にこんな記事を見ています」というページはありません。</p></div><p>No related posts.</p>
	<h4>Related posts</h4>
	<ul class="st-related-posts">
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/11/09/00/00/00" title="人生の目的は「無碍の一道」 / 『歎異抄』第七章 (2009年11月9日)">人生の目的は「無碍の一道」 / 『歎異抄』第七章</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2010/02/08/00/00/00" title="【なぜ生きる】人生で最も大切なこと（少し長文） (2010年2月8日)">【なぜ生きる】人生で最も大切なこと（少し長文）</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/07/15/00/00/00" title="色の心理学 (2008年7月15日)">色の心理学</a> (2)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/03/04/00/00/00" title="トルストイ / イワン・イリッチの死 (2008年3月4日)">トルストイ / イワン・イリッチの死</a> (2)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/07/31/00/00/00" title="とどろき / 平成２０年７月 (2008年7月31日)">とどろき / 平成２０年７月</a> (0)</li>
</ul>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://charlie432.fool.jp/2009/08/14/00/00/00/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://charlie432.fool.jp/2009/08/14/00/00/00" />
	</item>
		<item>
		<title>ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）</title>
		<link>http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00</link>
		<comments>http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 07 May 2008 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie432</dc:creator>
				<category><![CDATA[ドストエフスキー]]></category>
		<category><![CDATA[blog]]></category>
		<category><![CDATA[LA]]></category>
		<category><![CDATA[WordPress]]></category>
		<category><![CDATA[まい]]></category>
		<category><![CDATA[まんが]]></category>
		<category><![CDATA[女性]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[死]]></category>
		<category><![CDATA[背景]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://charlie432.fool.jp/?p=1104</guid>
		<description><![CDATA[
ドストエフスキー
カラマーゾフの兄弟
（まんがで読破）
　原作は光文社古典新訳文庫から出ている亀山郁夫さんの訳で読みました。昨年秋のことです。「読みやすい！」ということで評判でしたので。通勤電車の中で、読破するのに４～５ヶ月かかったと思います。

　そして、、、

　この度、マンガ版をたまたま見つけたので、興味本位で買って読んでみると、、、非常に分かりやすいのに驚きました。原作を一度読んだけでは、正直なところ消化不良のところもありましたが、普通のマンガ（たとえば「ＤＭＣ」など）を読むような感覚ですらすらと、１時間ほどで読了しました。各場面が、どのような必然性から描かれているのか、よく分かりました。実にすっきりまとめられています。

　読む前は、あの大部な『カラマーゾフの兄弟』を本当にこんな１冊にまとめられるのだろうかと思っていましたが、読み終えるとよくぞここまで簡潔に編集したものぞ、と感心させられます。中には「薄っぺらい」「中身がない」「原書に対する冒涜だ」と思われる方もありましょうし、圧巻の大審問官やゾシマ長老の死臭騒動などが端折られていますが、これはこれで良く出来た本だと思います。「分かりやすく読ませる」ことの難しさを克服していると思います。

　背景となる宗教的な知識がなくても充分理解でき、むしろテンポよく読めて爽快です。そもそもこの小説は、３日間の出来事ですし。これを読んで「へぇ～」と思って原作を読み始めるきっかけとなるなら、こういう本は大いにアリだと思います。　

　各キャラクターの絵はこんな雰囲気です↓　酒に溺れ、金銭、女性をめぐって争う父親ヒョードルと長男ミーチャ、無神論者の次男イワンと純真な三男アリョーシャ、カテリーナとグルーシェニカなど、イメージとピッタリでした。臆病者スメルジャコフも。

カラマーゾフの兄弟　主な登場人物

　　
　俺は明日、君（カテリーナ）に３０００ルーブル返す。それで俺たちは終わりだ。確かなところから手に入る金だ。心配はいらない。しかし仮にその金が手に入らなくても親父の部屋に３０００ルーブルはある！　俺は親父を殺してでも金を手に入れて君に返す。必ずだ！！
ドミートリー・カラマーゾフ

　今この国は病んでいる！　国も人民も省みず、金と利権を貪る腐敗した貴族ども。そいつらに政治は支配され、貧困と差別は増長するばかり。それを野放しにする無能な皇帝！
（富めるものだけが富み、貧しい者は搾取され朽ちていく）
　こんな不平等な社会は間違っているとは思わないのか！？　この国を救うためだ…人民を救うためだ…。悪を滅ぼすんだ！
そのとおりだ！　正義は俺たちにある！　神にも裁けぬ悪を裁く！　正義の審問官だ！
　イヤ…ちょっと違うな…。真の正義に神など必要ない！　神に祈りを捧げたところで…誰も救われはしないのだ！
　俺たちは神をも裁く…いわば――…大審問官だ！
　人々に気づかせるんだ！　神の無力さに！　帝政の間違いに！　しかし人は信じるものを簡単には捨てられない…。だからこそ我々の手で救わなければならない！　あらゆる不幸と悪を廃絶し…すべての人民が平等に暮らす…新たな国を作るんだ！！
　革命だ　神を裁け！　皇帝を倒せ！　自由と幸福を手に入れるんだ！
イワン・カラマーゾフ

　兄さん（イワン）にも良心があるでしょう！　良心こそ心の中にある神の姿です。人はお互いを許し合えない生き物なのかもしれない。それでも…それでも人間は心の中の神に従い、正しくありたいと願っているのです。僕は人間を信じます。兄さんを信じます。
アレクセイ・カラマーゾフ


　出来れば、未完成の部分も有力な説をまとめて描きあげてもらいたい、と思ってしまいました。

　あと、イワンの見る悪魔は、まるでデス・ノートみたいだ、とも（笑）
Similar Posts:

ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）
おぉ　ｗ（ﾟoﾟ）ｗ
ドストエフスキー / 死の家の記録


「このページを見た人は、他にこんな記事を見ています」というページはありません。No related posts.
	Related posts
	
	村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (0)
	伊藤健太郎 / 男のための自分探し (3)
	ステファノ・フォン・ロー / 小さい“つ”が消えた日(Die Geschichte vom kleinen Tsu) (2)
	白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分（２） (0)
	梅田望夫 / ウェブ時代５つの定理 この言葉が未来を切り開く！ (0)



No related posts.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="amazon"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazov.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazovs.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟" border="0" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F-%25E3%2581%25BE%25E3%2582%2593%25E3%2581%258C%25E3%2581%25A7%25E8%25AA%25AD%25E7%25A0%25B4-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4872578899&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">ドストエフスキー<br />
カラマーゾフの兄弟<br />
（まんがで読破）</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<p>　<a href="http://charlie432.blog92.fc2.com/blog-entry-344.html" target="_blank">原作は光文社古典新訳文庫から出ている亀山郁夫さんの訳で読みました</a>。昨年秋のことです。「読みやすい！」ということで評判でしたので。通勤電車の中で、読破するのに４～５ヶ月かかったと思います。<br />
<br />
　そして、、、<br />
<br />
　この度、マンガ版をたまたま見つけたので、興味本位で買って読んでみると、、、<span style="font-size:20px;font-weight:bold;color:#FF0000;">非常に分かりやすい</span>のに驚きました。原作を一度読んだけでは、正直なところ消化不良のところもありましたが、普通のマンガ（たとえば<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3" target="_blank">「ＤＭＣ」</a>など）を読むような感覚ですらすらと、１時間ほどで読了しました。各場面が、どのような必然性から描かれているのか、よく分かりました。実にすっきりまとめられています。<br />
<br />
　読む前は、あの大部な<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F" target="_blank">『カラマーゾフの兄弟』</a>を本当にこんな１冊にまとめられるのだろうかと思っていましたが、読み終えるとよくぞここまで簡潔に編集したものぞ、と感心させられます。中には「薄っぺらい」「中身がない」「原書に対する冒涜だ」と思われる方もありましょうし、圧巻の大審問官やゾシマ長老の死臭騒動などが端折られていますが、これはこれで良く出来た本だと思います。「分かりやすく読ませる」ことの難しさを克服していると思います。<br />
<br />
　背景となる宗教的な知識がなくても充分理解でき、むしろテンポよく読めて爽快です。そもそもこの小説は、３日間の出来事ですし。これを読んで「へぇ～」と思って原作を読み始めるきっかけとなるなら、こういう本は大いにアリだと思います。　<br />
<br />
　各キャラクターの絵はこんな雰囲気です↓　酒に溺れ、金銭、女性をめぐって争う父親ヒョードルと長男ミーチャ、無神論者の次男イワンと純真な三男アリョーシャ、カテリーナとグルーシェニカなど、イメージとピッタリでした。臆病者スメルジャコフも。<br />
</p>
<div align=center><b><u>カラマーゾフの兄弟　主な登場人物</u></b><br />
<br />
<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/kara2.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/kara2s.jpg" alt="カラマーゾフ２" border="0" /></a>　　<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/kara1.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/kara1s.jpg" alt="カラマーゾフ１" border="0" /></a></div>
<div class="tracklist">　俺は明日、君（カテリーナ）に３０００ルーブル返す。それで俺たちは終わりだ。確かなところから手に入る金だ。心配はいらない。しかし仮にその金が手に入らなくても親父の部屋に３０００ルーブルはある！　俺は親父を殺してでも金を手に入れて君に返す。必ずだ！！
<div align=right><strong>ドミートリー・カラマーゾフ</strong></div>
</div>
<div class="tracklist">　今この国は病んでいる！　国も人民も省みず、金と利権を貪る腐敗した貴族ども。そいつらに政治は支配され、貧困と差別は増長するばかり。それを野放しにする無能な皇帝！<br />
<i>（富めるものだけが富み、貧しい者は搾取され朽ちていく）</i><br />
　こんな不平等な社会は間違っているとは思わないのか！？　この国を救うためだ…人民を救うためだ…。悪を滅ぼすんだ！<br />
<i>そのとおりだ！　正義は俺たちにある！　神にも裁けぬ悪を裁く！　正義の審問官だ！</i><br />
　イヤ…ちょっと違うな…。真の正義に神など必要ない！　神に祈りを捧げたところで…誰も救われはしないのだ！<br />
　俺たちは神をも裁く…いわば――…大審問官だ！<br />
　人々に気づかせるんだ！　神の無力さに！　帝政の間違いに！　しかし人は信じるものを簡単には捨てられない…。だからこそ我々の手で救わなければならない！　あらゆる不幸と悪を廃絶し…すべての人民が平等に暮らす…新たな国を作るんだ！！<br />
　革命だ　神を裁け！　皇帝を倒せ！　自由と幸福を手に入れるんだ！
<div align=right><strong>イワン・カラマーゾフ</strong></div>
</div>
<div class="tracklist">　兄さん（イワン）にも良心があるでしょう！　良心こそ心の中にある神の姿です。人はお互いを許し合えない生き物なのかもしれない。それでも…それでも人間は心の中の神に従い、正しくありたいと願っているのです。僕は人間を信じます。兄さんを信じます。
<div align=right><strong>アレクセイ・カラマーゾフ</strong></div>
</div>
<p>
　出来れば、未完成の部分も有力な説をまとめて描きあげてもらいたい、と思ってしまいました。<br />
<br />
　あと、イワンの見る悪魔は、まるで<a href="http://www.ntv.co.jp/deathnote/" target="_blank">デス・ノート</a>みたいだ、とも（笑）<br />
<strong>Similar Posts:</strong>
<ol class="similar-posts">
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03" rel="bookmark" title="2007年4月16日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36" rel="bookmark" title="2007年6月23日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41" rel="bookmark" title="2007年10月14日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/07/11/00/00/03" rel="bookmark" title="2007年7月11日">おぉ　ｗ（ﾟoﾟ）ｗ</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/08/14/00/00/00" rel="bookmark" title="2009年8月14日">ドストエフスキー / 死の家の記録</a></li>
</ol>
<p><!-- Similar Posts took 27.449 ms --></p>
<div id="wherego_related"><p>「このページを見た人は、他にこんな記事を見ています」というページはありません。</p></div><p>No related posts.</p>
	<h4>Related posts</h4>
	<ul class="st-related-posts">
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/06/26/00/00/00" title="村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (2009年6月26日)">村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2)</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/08/08/00/00/00" title="伊藤健太郎 / 男のための自分探し (2008年8月8日)">伊藤健太郎 / 男のための自分探し</a> (3)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/02/23/00/00/00" title="ステファノ・フォン・ロー / 小さい“つ”が消えた日(Die Geschichte vom kleinen Tsu) (2009年2月23日)">ステファノ・フォン・ロー / 小さい“つ”が消えた日(Die Geschichte vom kleinen Tsu)</a> (2)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/09/24/00/00/00" title="白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分（２） (2008年9月24日)">白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分（２）</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/04/07/15/15/15" title="梅田望夫 / ウェブ時代５つの定理 この言葉が未来を切り開く！ (2008年4月7日)">梅田望夫 / ウェブ時代５つの定理 この言葉が未来を切り開く！</a> (0)</li>
</ul>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>2</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00" />
	</item>
		<item>
		<title>ガルシン / 紅い花 他四篇 （四日間、信号、夢がたり、アッタレーア・プリンケプス）</title>
		<link>http://charlie432.fool.jp/2008/05/03/00/00/00</link>
		<comments>http://charlie432.fool.jp/2008/05/03/00/00/00#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 02 May 2008 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie432</dc:creator>
				<category><![CDATA[ガルシン]]></category>
		<category><![CDATA[801]]></category>
		<category><![CDATA[AC]]></category>
		<category><![CDATA[ALL]]></category>
		<category><![CDATA[blog]]></category>
		<category><![CDATA[IRON]]></category>
		<category><![CDATA[LA]]></category>
		<category><![CDATA[MAIDEN]]></category>
		<category><![CDATA[MANOWAR]]></category>
		<category><![CDATA[WordPress]]></category>
		<category><![CDATA[アルバム]]></category>
		<category><![CDATA[シフト]]></category>
		<category><![CDATA[シン]]></category>
		<category><![CDATA[ジャケット]]></category>
		<category><![CDATA[ヘン]]></category>
		<category><![CDATA[人生]]></category>
		<category><![CDATA[戦争]]></category>
		<category><![CDATA[絵本]]></category>
		<category><![CDATA[雑誌]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://charlie432.fool.jp/?p=1050</guid>
		<description><![CDATA[
ガルシン
紅い花
他四篇
　知人から沢山本を頂いて、少しずつ読んだ中の一冊、恥ずかしながら、ガルシンという作家は名前すら知りませんでした（汗）

「あとがき」によると、、、

　ガルシンは、１８５５年２月、南ロシアエカテリノスラーフ県なる母方の領地で生まれ、父方の家系は古くキプチャク汗国時代に発祥すると伝えられる小地主貴族です。
　ペテルブルグの中学卒業直前の１７歳のとき、最初の狂疾の発作に襲われて、しばらく精神病院に収容されます。
　１８７７年４月、一兵卒を志願、ブルガリヤの戦線へ向けての辛労多い行軍に加わり、８月、アヤスラルの激戦で左脚負傷、同月にハリコフの家に後送されます。この療養中に脱稿した作品が『四日間』で、１０月、人民派の雑誌として権威のあった「祖国時報」にかかげられ、異常なセンセイションを巻きおこします。
・
・
・
　１８８８年３月、コーカサスへ転地療養を決心しますが、その出発の朝、迫りくる発狂の恐怖におびやかされ、発作的に階段の上から飛び降り自殺を図ります。そして脚部に致命傷を負い、５日間の苦悶の後に息を引き取ります。
　臨終の床を見舞った友人の「痛むか」という問いに、彼は心臓を指さしながら、「ここの苦しみに比べれば、こんな痛みは何でもない」と答えたと伝えられます。
　その３３年の短い生涯を通じて完成された作品は２０篇に満たず、業績は決して大きくはないのであるが、しかも彼が長く愛慕されるゆえんは、その病弱の身をもってあの窒息せんばかりの空気のなかに、一点の弱々しくはあるが曇りない良心の灯をよく守り通したところにある。このささやかな灯はやがて、コロレンコの不撓（ふとう）の実践力や、チェーホフの魔のごとき現実直視の力によってうけ継がれることになったのを思えば、晩年の彼がこのニ作家にあつい信頼を置いていたのも決して偶然ではないのである。
（訳者・神西　清）

　そのガルシンの短編５話が収まっている、非常に薄い本を読んだのですが、意外にアタリ！結構面白かったです。

　善へのあこがれ、自己犠牲の精神、理不尽な社会への嘆き、人生とは？　労働とは？　などが比喩的に表現されているのですが、その描き方が良かったです。

　被害者妄想とも思える程、執拗なまでに善にこだわった『赤い花』、戦争体験に基づいて書かれた『四日間』、スリリングな趣も感じさせる『信号』は、読んでいて非常に濃い映像が思い起こさせられました。例えばこんな感じ。
『赤い花』

『四日間』

『信号』

『赤い花』は IRON MAIDEN、『信号』は MANOWAR のアルバムジャケットを起想させますが、音楽とは関係ありません。『四日間』から連想されるイメージは、他にもHalloween Props &#8211; Haunted House Props &#038; Accessories  &#8211; Dead &#038; Bloody Bodies / Heads  というサイトに沢山あります。キモチワルイです、、、。
　かと思えば、『夢がたり』『アッタレーア・プリンケプス』はメルヘンチックな童話のようで、小さな子供に読み聞かせる絵本のような印象を受けました。例えば、、、

　　　

のような雰囲気。

ガルシン、ステキです。ちょっとオススメ。

Links:
「赤い花」
薔薇十字制作室：Ａｍｅｂａ出張所
とんぼの目
古書・田井座
Andre&#8217;s Review
人間のクズより愛を込めて
POWER LUNCH
パラダイムシフトふぁくとりー資材置き場 
Similar Posts:

【動画】ペルシャムキック @新宿URGA 2011.02.12
アルバムジャケット展覧会（２）
【動画】ペルシャムキック @新宿 URGA 2011.04.02
アルバムジャケット展覧会（６．６６）
新渡戸稲造 / 武士道（まんがで読破）


「このページを見た人は、他にこんな記事を見ています」というページはありません。No related posts.
	Related posts
	
	陰陽座 ～ 夢幻泡影 (4)
	DREAM THEATER / Black Clouds &#038; Silver Linings (DISC 1, 2, 3) (5)
	ARGUMENT SOUL / Conflict of [...]
No related posts.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="amazon"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/20080320120707.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/20080320120707s.jpg" alt="red flower" border="0" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E8%25B5%25A4%25E3%2581%2584%25E8%258A%25B1%25E3%2583%25BB%25E4%25BF%25A1%25E5%258F%25B7-%25E4%25BB%2596-%25E3%2582%25AC%25E3%2583%25AB%25E3%2582%25B7%25E3%2583%25B3%2Fdp%2F4010620749&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">ガルシン<br />
紅い花<br />
他四篇</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<p>　知人から沢山本を頂いて、少しずつ読んだ中の一冊、恥ずかしながら、ガルシンという作家は名前すら知りませんでした（汗）<br />
<br />
「あとがき」によると、、、<br />
<br />
　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AD%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%B3" target="_blank">ガルシン</a>は、１８５５年２月、南ロシアエカテリノスラーフ県なる母方の領地で生まれ、父方の家系は古くキプチャク汗国時代に発祥すると伝えられる小地主貴族です。<br />
　ペテルブルグの中学卒業直前の１７歳のとき、最初の狂疾の発作に襲われて、しばらく精神病院に収容されます。<br />
　１８７７年４月、一兵卒を志願、ブルガリヤの戦線へ向けての辛労多い行軍に加わり、８月、アヤスラルの激戦で左脚負傷、同月にハリコフの家に後送されます。この療養中に脱稿した作品が『四日間』で、１０月、人民派の雑誌として権威のあった「祖国時報」にかかげられ、異常なセンセイションを巻きおこします。
<div align=center>・<br />
・<br />
・</div>
<p>　１８８８年３月、コーカサスへ転地療養を決心しますが、その出発の朝、迫りくる発狂の恐怖におびやかされ、発作的に階段の上から飛び降り自殺を図ります。そして脚部に致命傷を負い、５日間の苦悶の後に息を引き取ります。<br />
　臨終の床を見舞った友人の「痛むか」という問いに、彼は心臓を指さしながら、「ここの苦しみに比べれば、こんな痛みは何でもない」と答えたと伝えられます。
<div class="tracklist">　その３３年の短い生涯を通じて完成された作品は２０篇に満たず、業績は決して大きくはないのであるが、しかも彼が長く愛慕されるゆえんは、その病弱の身をもってあの窒息せんばかりの空気のなかに、一点の弱々しくはあるが曇りない良心の灯をよく守り通したところにある。このささやかな灯はやがて、<a href="http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person362.html" target="_blank">コロレンコ</a>の不撓（ふとう）の実践力や、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%9B%E3%83%95" target="_blank">チェーホフ</a>の魔のごとき現実直視の力によってうけ継がれることになったのを思えば、晩年の彼がこのニ作家にあつい信頼を置いていたのも決して偶然ではないのである。
<div align=right>（訳者・神西　清）</div>
</div>
<p>　そのガルシンの短編５話が収まっている、非常に薄い本を読んだのですが、意外にアタリ！結構面白かったです。<br />
<br />
　善へのあこがれ、自己犠牲の精神、理不尽な社会への嘆き、人生とは？　労働とは？　などが比喩的に表現されているのですが、その描き方が良かったです。<br />
<br />
　被害者妄想とも思える程、執拗なまでに善にこだわった『赤い花』、戦争体験に基づいて書かれた『四日間』、スリリングな趣も感じさせる『信号』は、読んでいて非常に濃い映像が思い起こさせられました。例えばこんな感じ。</p>
<div style="text-align:center;margin:1em;float:left;">『赤い花』<br />
<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Iron_Maiden_-_No_Prayer_For_The_Dying.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Iron_Maiden_-_No_Prayer_For_The_Dyings.jpg" alt="Iron Maiden - No Prayer For The Dying" border="0" /></a></div>
<div style="text-align:center;margin:1em;float:left;">『四日間』<br />
<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/mut.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/muts.jpg" alt="death" border="0" /></a></div>
<div style="text-align:center;margin:1em;float:left;">『信号』<br />
<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Manowar-Warriors_Of_The_World-Frontal.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Manowar-Warriors_Of_The_World-Frontals.jpg" alt="Manowar-Warriors Of The World" border="0" /></a></div>
<p><br clear=all>『赤い花』は <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%87%E3%83%B3" target="_blank">IRON MAIDEN</a>、『信号』は <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8E%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC" target="_blank">MANOWAR</a> のアルバムジャケットを起想させますが、音楽とは関係ありません。『四日間』から連想されるイメージは、他にも<a href="http://www.hauntedprops.com/index.asp?Category=112&#038;PageAction=VIEWCATS" target="_blank">Halloween Props &#8211; Haunted House Props &#038; Accessories  &#8211; Dead &#038; Bloody Bodies / Heads  </a>というサイトに沢山あります。キモチワルイです、、、。</p>
<p>　かと思えば、『夢がたり』『アッタレーア・プリンケプス』はメルヘンチックな童話のようで、小さな子供に読み聞かせる絵本のような印象を受けました。例えば、、、<br />
<br />
<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/mitsubachi.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/mitsubachis.jpg" alt="maya" border="1" /></a>　<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/jack.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/jacks.jpg" alt="jack" border="1" /></a>　<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/jack2.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/jack2s.jpg" alt="jack2" border="1" /></a>　<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/stage07_070723c.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/stage07_070723cs.jpg" alt="mario" border="1" /></a><br />
<br />
のような雰囲気。<br />
<br />
ガルシン、ステキです。ちょっとオススメ。</p>
<p>
<b>Links:</b><br />
<a href="http://www.gutenberg21.co.jp/akaihana.htm" target="_blank">「赤い花」</a><br />
<a href="http://ameblo.jp/le-corps-sans-organes/entry-10089066686.html" target="_blank">薔薇十字制作室：Ａｍｅｂａ出張所</a><br />
<a href="http://blog.goo.ne.jp/tonbonome/e/1cc3501eb8a03a2043de994720bce3a6" target="_blank">とんぼの目</a><br />
<a href="http://blog.livedoor.jp/koshotaiza/archives/50991251.html" target="_blank">古書・田井座</a><br />
<a href="http://andrekun.cocolog-nifty.com/andres_review/2006/12/post_c903.html" target="_blank">Andre&#8217;s Review</a><br />
<a href="http://kuzu.exblog.jp/5734549" target="_blank">人間のクズより愛を込めて</a><br />
<a href="http://wimblewood.jugem.jp/?eid=83" target="_blank">POWER LUNCH</a><br />
<a href="http://d.hatena.ne.jp/psfactory/20080131/1201767537" target="_blank">パラダイムシフトふぁくとりー資材置き場 </a><br />
<strong>Similar Posts:</strong>
<ol class="similar-posts">
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2011/05/16/21/39/06" rel="bookmark" title="2011年5月16日">【動画】ペルシャムキック @新宿URGA 2011.02.12</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/06/00/00/00" rel="bookmark" title="2008年5月6日">アルバムジャケット展覧会（２）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2011/09/25/18/53/19" rel="bookmark" title="2011年9月25日">【動画】ペルシャムキック @新宿 URGA 2011.04.02</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/03/04/12/34/56" rel="bookmark" title="2009年3月4日">アルバムジャケット展覧会（６．６６）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/16/00/00/00" rel="bookmark" title="2008年5月16日">新渡戸稲造 / 武士道（まんがで読破）</a></li>
</ol>
<p><!-- Similar Posts took 14.127 ms --></p>
<div id="wherego_related"><p>「このページを見た人は、他にこんな記事を見ています」というページはありません。</p></div><p>No related posts.</p>
	<h4>Related posts</h4>
	<ul class="st-related-posts">
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/12/02/23/59/59" title="陰陽座 ～ 夢幻泡影 (2007年12月2日)">陰陽座 ～ 夢幻泡影</a> (4)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/06/28/00/00/00" title="DREAM THEATER / Black Clouds &#038; Silver Linings (DISC 1, 2, 3) (2009年6月28日)">DREAM THEATER / Black Clouds &#038; Silver Linings (DISC 1, 2, 3)</a> (5)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/12/03/00/00/00" title="ARGUMENT SOUL / Conflict of Crisis (2008年12月3日)">ARGUMENT SOUL / Conflict of Crisis</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/04/07/15/15/15" title="梅田望夫 / ウェブ時代５つの定理 この言葉が未来を切り開く！ (2008年4月7日)">梅田望夫 / ウェブ時代５つの定理 この言葉が未来を切り開く！</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/09/09/00/00/53" title="ICED EARTH ～ Night of the Stormrider (2007年9月9日)">ICED EARTH ～ Night of the Stormrider</a> (0)</li>
</ul>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://charlie432.fool.jp/2008/05/03/00/00/00/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/03/00/00/00" />
	</item>
		<item>
		<title>トルストイ / イワン・イリッチの死</title>
		<link>http://charlie432.fool.jp/2008/03/04/00/00/00</link>
		<comments>http://charlie432.fool.jp/2008/03/04/00/00/00#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 03 Mar 2008 15:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie432</dc:creator>
				<category><![CDATA[トルストイ]]></category>
		<category><![CDATA[blog]]></category>
		<category><![CDATA[LA]]></category>
		<category><![CDATA[WordPress]]></category>
		<category><![CDATA[どう]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ]]></category>
		<category><![CDATA[まい]]></category>
		<category><![CDATA[一大事]]></category>
		<category><![CDATA[人生]]></category>
		<category><![CDATA[仏]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[元気]]></category>
		<category><![CDATA[大無量寿経]]></category>
		<category><![CDATA[映画]]></category>
		<category><![CDATA[死]]></category>
		<category><![CDATA[法]]></category>
		<category><![CDATA[生きる]]></category>
		<category><![CDATA[目的]]></category>
		<category><![CDATA[苦悩]]></category>
		<category><![CDATA[黒澤明]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://charlie432.fool.jp/?p=1028</guid>
		<description><![CDATA[
トルストイ
イワン・イリッチの死
　岩波文庫、米川正夫訳のを読みました。１００ページ程度の薄い本ですが、この中に、人生における最も大事なことが書かれている、大変な名作だと思わずにおれません。

　時代や場所、人種や年齢、性格、また、能力や経験の有無などに関係なく、全ての人間が共通して直面しなければならない「死」……トルストイは、イワン・イリッチという一人の平凡な官僚の人生を通して、この一大事を読者に迫ってきます。誰もが死ぬまで、本当の死を体験することはありませんが、あたかも、既に死んだ人が、死ぬ間際の心理を克明に告白しているような、生々しい迫力があります。

　癌を告知された公務員の苦悩を描いた黒澤明・『生きる』と同質のテーマを読者は考えずにおれなくなります。

　必ず死んでゆかねばならないのに、なぜ生きるのか。

「欲を満たすため」「楽しむため」「真理探究のため」「達成感を得るため」「社会奉仕のため」「子や孫のため」「そんなこと考えず、今を一生懸命生きる」……。色々と考えられると思います。何を趣味、生き甲斐にし、価値を重きにするかは一人一人異なるものです。

　では、それら、趣味、生き甲斐、目標、価値観といったものは、「このために生まれてきた」という生きるの目的となり得るのでしょうか？　死を目前にしてもその思いは変わらないものなのか？と考えずにおれませんでした。

　逆にいえば、いつ死が来ても崩れることのない心の支え、究極的な人生の目的を知ることが、生きている目的なのかもしれません。

　平生元気な時は、死といっても他人事で遠い未来のこととしか思えませんが、この作品では、非常にリアルに死が描かれています。
イワン・イリッチは一人になるとうなりだしたが、それは痛みのためというより（痛みもずいぶん恐ろしかったが）、むしろ悩ましさのためであった。『いつもいつも同じことだ、いつまでたっても果てしのない昼と夜、いっそ早く……なにが早くだ？　死、闇……いやだ、いやだ。どんなことでも死ぬよりましだ！』

（中略）
「いったいお前は何が必要なのだ？　何がほしいというのだ？」と彼は自分で自分に言った。「何が？──苦しまないことだ。生きることだ」と彼は答えた。彼は再び全身注意に投入した。痛みによってさえまぎらわされぬ緊張した注意。
　「生きる？　どう生きるのだ？」と心の声がたずねた。
　「なに、今まで生きて来たのと同じように生きるのだ、気持ちよく、愉快に。」
　「今まで生きてきたように、気持ちよく愉快に？」と心の声がたずねた。で、彼は自分の想像のうちで、過去の愉快な生活の中でも、とりわけ幸福な瞬間を選り分けはじめた。しかし──不思議なことには──こうした愉快な生活の幸福な瞬間が、今になってみると、前とはまるで別なふうに感じられた。なにもかも──幼少時代の最初の追憶を除くほか──ことごとくそうであった。

（中略）
　幼年時代から遠ざかって、現在に近づけば近づくほど、喜びはますますつまらない、疑わしいものになってきた。（中略）美しいところはいっそうすくなくなった。それから先はまたさらに減じて行き、年をとればとるほど状態が悪くなる。

（中略）
　それでは、いったいどうしたというのか？　なんのためだろう？　そんな事があるはずはない！　人生がこんなに無意味で、こんなに穢らわしい、無意味なものであるにもせよ、いったいなぜ死ななければならないのだ？　なぜ苦しみながら死ななければならないのだ？　なにか間違ったところがあるに相違ない。
　事によったら、おれの生き方は道にはずれていたのかもしれない？　ふとこういう考えが彼の頭に浮かんだ。しかし、おれはなにもかも当然しなければならぬことをしたのに、どうしてそんな理屈があるのだ？

（中略）
　しかし、彼がどんなに考えてみても、答えをみつけることはできなかった。これはつまり、自分の暮らし方が間違っていたからだ、こういう想念が心に浮かんだ時（こんな事は前にもたびたびあった）、彼はとたんに自分の生活の正しさを思い起こし、この奇怪な想念を追いのけるのであった。

（中略）
自分の生活が正しく法にかなって、しかも、作法にはずれていなかったことを思いだしながら、彼はこう考えた。『そんな事はとても承認するわけにはゆかない。』彼は唇に微笑を浮かべながら口ばしった、誰か彼を見ているものがあって、この微笑に騙されでもするかのように。「説明のしようはない！　苦痛、死……いったいなんのためだ？」

（中略）
　イワン・イリッチの精神的な苦しみというのはほかでもない。（中略）『もしおれの生活が、意識的生活が、本当にすっかり間違っているとしたらどうだろう？』

（中略）
勤務も、生活の営みも、家庭も、社交や勤務上の興味も──すべて間違いだったかもしれない。（中略）
「もしそうだとすれば」と彼はひとりごちた。「自分に与えられたすべてのものを台なしにしたうえ、回復の見込みがないという意識をもちながら、この世を去ろうとしてるのだったら、その時はどうしたものだ？」彼はあおむけになって、すっかり新しい目で自分の全生涯を見直しはじめた。夜が明けてから下男を見、それに続いて妻、さらに続いて娘、そして最後に、医者を見た時──彼らの一挙手一投足、一言一句が、夜の間に啓示された恐ろしい真理をことごとに確かめていた。彼はその中に自分自身を見た、自分の生活を形づくっていたすべてのものを見た。そして、それがなにもかも間違っていて、生死を蔽う恐ろしい大がかりな欺瞞であることをはっきり見てとった。この意識が彼の肉体上の苦痛を十倍にした。彼はうめき悶えながら、かけている夜具をひきむしるのであった。

（中略）
『過去現在においてお前の生活を形づくっていたものは、なにもかもみんな虚偽だ、お前の目から生死を隠していた機関にほかならない。』こう考えるやいなや、憎悪の念がむらむらとこみ上げてきた。そして、憎悪の念とともに、悩ましい肉体の苦痛が襲い、苦痛とともに避け難い間近な終焉の意識が浮かんできた。なにかしら変わったことが始まった。──体じゅう締めあげられるような、鉄砲で撃たれるような気持ちがし、息がつまってきた。

（中略）
　この瞬間、なんとも言えないほど恐ろしい叫び声がはじまった。これが三日の間ひっきりなしに続いたのである。それは二間へだてた所で聞いても、ぞっとせずにいられないほどであった。妻に返事をしたその瞬間、彼はもうだめだと悟った。もうとり返しはつかない、最後がきたのだ、本当の最後がきたのだ。しかし、疑惑はいぜんとして解決されず、そのまま疑惑として残っている。
「うう！　ううう！　うう！」彼はさまざまな音調でわめいた。彼は『死のう』と叫びだしたのだけれど、そのままただ『う』の音を続けているばかりだったのである。
　その三日の間、彼にとっては時間というものが存在しなかった。かれはその間ひっきりなしに、打ち勝つことのできない、目に見えぬ力により押し込まれた、黒い袋の中でもがき続けた。ちょうど死刑囚が首斬人の手の中で暴れるように、しょせんたすからぬと知りながら、暴れまわった。どんなに一生懸命もがいても、しだいしだいに恐ろしいもののほうへ近よってゆく、彼はそれを各瞬間ごとに感じた。彼は感じた──自分の苦しみは、この黒い穴の中へ押し込まれることでもあるが、またそれと同時に、ひと思いにこの穴へ滑り込めない事に、より多くの苦痛が含まれている。ひと思いにすべり込むじゃまをしているのは、自分の生活が立派なものだったという意識である。こうした生の肯定が彼を捕らえて、先へ行かせまいとするために、それがなによりも彼を苦しめるのであった。
　作品では、主人公の最大の苦しみは肉体的なものではなく、眼前に死を控えた時に生ずる、自身の人生への疑惑と、それにもかかわらず捨てきれない生への執着として描かれています。そして「黒い穴」と表現される、暗黒の未知。仏教経典（『大無量寿経』）に、

大命将終　悔懼交至（大命まさに終わらんとして　悔懼交々至る）

と説かれている通りです。悔とは過去に対する後悔、懼とは未来に対する恐れを意味するそうです。「死んだらどうなるのか？」未来に対するこの不安は、それまで築き上げた経験や知識、学問で解決出来るものではないということでしょうか。

　考えてみれば、賢愚・美醜・貧富・善悪の隔てなく、全ての人に平等に残酷に降りかかる、人生において最も理不尽な終幕が「死」です。その死の恐怖のあまり、自殺まで考える人の矛盾した気持ちは、分からないでもありません。

　この「死」に対する心の準備が本当の生きる目的なのかもしれません。そしてそれを教えるものが本来の宗教、まさしく「宗（むね）となる教え」だと思います。

「生死一如」という言葉もあります。「死」を考えずして、本当の「生」を満喫することは出来ないのでしょう。

　ちなみにこの作品では、上述した通り、重い空気が支配していますが、最後、イワンが救われる（？）場面は実に感動的です。
『なんていい気持ちだ、そして、なんという造作のないことだ』と彼は考えた。『痛みは？』と自問した。『いったいどこへ行ったのだ？　おい、苦痛、お前はどこにいるのだ？』
　彼は耳を澄ましはじめた。
　『そうだ、ここにいるのだ。なに、かまやしない、勝手にするがいい。』
　『ところで死は？　どこにいるのだ？』
　古くから馴染みになっている死の恐怖をさがしたが、見つからなかった。いったいどこにいるのだ？　死とはなんだ？　恐怖はまるでなかった。なぜなら、死がなかったからである。
　死の代わりに光があった。
　「ああ、そうだったのか！」彼は声にたてて言った。「なんという喜びだろう！」
　これらはすべて彼にとって、ほんの一瞬の出来事であったが、この一瞬間の意味はもはや変わることがなかった。しかし、そばにいる人にとっては、彼の臨終の苦悶はなお二時間つづいた。彼の胸の中でなにかことこと鳴った。衰えきった体がぴくぴくとふるえた。やがて、そのことこと鳴る音もしわがれた呼吸も、しだいに間遠になって行った。
　「いよいよお終いだ！」誰かが頭の上で言った。
　彼はこの言葉を聞いて、それを心の中で繰り返した。『もう死はおしまいだ』と彼は自分で自分に言い聞かした。『もう死はなくなったのだ。』
　彼は息を吸いこんだが、それも途中で消えて、ぐっと身を伸ばしたかと思うと、そのまま死んでしまった。
　死に対する恐怖がなかったというのは、死に対して無知な人が「俺は死を恐れない」と言っているのとは異なる未来に対する揺らぎない確信、ある種の宗教的体験を果たした結果を示唆しているのだと思います。
　また、『もう死はおしまいだ』と言ってなくなった「死」は、肉体の死ではなく、「疑惑の心」の死ととらえるべきなのでしょう。

　人として生まれたからには、一度は読んでおきたい本だと思いました。
Links:
本と映画と、僕の日常。
颯々日記
Anima
クラシック音楽のある毎日
身体・病気・医療の社会史の研究者による研究日誌
電車に揺られて＠明大前駅行き
文の小屋
格言収集
Similar Posts:

黒澤明 ～ 生きる
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟
とどろき ～ 平成１９年３月号
世界の光　親鸞聖人　第２部
とどろき 平成２０年９月号 / お釈迦さま物語（１）


このページを見た人は、他にこんな記事を見ています↓ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟Powered by Where did they go from here?No related posts.
	Related posts
	
	ドストエフスキー / 死の家の記録 (0)
	黒澤明 ～ 生きる (5)
	人生の目的は「無碍の一道」 / 『歎異抄』第七章 (0)
	とどろき ～ 平成１９年３月号 (0)
	アシュリー・へギ他界、に追悼 (1)



No related posts.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="amazon"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/ivan.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/ivans.jpg" alt="イワン・イリッチの死" border="0" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25AF%25E3%2583%25B3%25E3%2583%25BB%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25AA%25E3%2583%2583%25E3%2583%2581%25E3%2581%25AE%25E6%25AD%25BB-%25E5%25B2%25A9%25E6%25B3%25A2%25E6%2596%2587%25E5%25BA%25AB-%25E3%2583%2588%25E3%2583%25AB%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A4%2Fdp%2F4003261933&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">トルストイ<br />
イワン・イリッチの死</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<p>　岩波文庫、米川正夫訳のを読みました。１００ページ程度の薄い本ですが、この中に、人生における最も大事なことが書かれている、大変な名作だと思わずにおれません。<br />
<br />
　時代や場所、人種や年齢、性格、また、能力や経験の有無などに関係なく、全ての人間が共通して直面しなければならない「死」……トルストイは、イワン・イリッチという一人の平凡な官僚の人生を通して、この一大事を読者に迫ってきます。誰もが死ぬまで、本当の死を体験することはありませんが、あたかも、既に死んだ人が、死ぬ間際の心理を克明に告白しているような、生々しい迫力があります。<br />
<br />
　癌を告知された公務員の苦悩を描いた<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E6%BE%A4%E6%98%8E" target="_blank">黒澤明</a>・<a href="http://charlie432.blog92.fc2.com/blog-entry-341.html" target="_blank">『生きる』</a>と同質のテーマを読者は考えずにおれなくなります。<br />
<br />
　<span style="color:#880000;font-weight:bold;font-size:large;">必ず死んでゆかねばならないのに、<a href="http://charlie432.blog92.fc2.com/blog-entry-131.html" target="_blank"><strong>なぜ生きる</strong></a>のか。</span><br />
<br />
「欲を満たすため」「楽しむため」「真理探究のため」「達成感を得るため」「社会奉仕のため」「子や孫のため」「そんなこと考えず、今を一生懸命生きる」……。色々と考えられると思います。何を趣味、生き甲斐にし、価値を重きにするかは一人一人異なるものです。<br />
<br />
　では、それら、趣味、生き甲斐、目標、価値観といったものは、「このために生まれてきた」という生きるの目的となり得るのでしょうか？　死を目前にしてもその思いは変わらないものなのか？と考えずにおれませんでした。<br />
<br />
　逆にいえば、いつ死が来ても崩れることのない心の支え、究極的な人生の目的を知ることが、生きている目的なのかもしれません。<br />
<br />
　平生元気な時は、死といっても他人事で遠い未来のこととしか思えませんが、この作品では、非常にリアルに死が描かれています。
<div class="tracklist">イワン・イリッチは一人になるとうなりだしたが、それは痛みのためというより（痛みもずいぶん恐ろしかったが）、むしろ悩ましさのためであった。『いつもいつも同じことだ、いつまでたっても果てしのない昼と夜、いっそ早く……なにが早くだ？　死、闇……いやだ、いやだ。どんなことでも死ぬよりましだ！』<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>「いったいお前は何が必要なのだ？　何がほしいというのだ？」と彼は自分で自分に言った。「何が？──苦しまないことだ。生きることだ」と彼は答えた。彼は再び全身注意に投入した。痛みによってさえまぎらわされぬ緊張した注意。<br />
　「生きる？　どう生きるのだ？」と心の声がたずねた。<br />
　「なに、今まで生きて来たのと同じように生きるのだ、気持ちよく、愉快に。」<br />
　「今まで生きてきたように、気持ちよく愉快に？」と心の声がたずねた。で、彼は自分の想像のうちで、過去の愉快な生活の中でも、とりわけ幸福な瞬間を選り分けはじめた。しかし──不思議なことには──こうした愉快な生活の幸福な瞬間が、今になってみると、前とはまるで別なふうに感じられた。なにもかも──幼少時代の最初の追憶を除くほか──ことごとくそうであった。<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>　幼年時代から遠ざかって、現在に近づけば近づくほど、喜びはますますつまらない、疑わしいものになってきた。（中略）美しいところはいっそうすくなくなった。それから先はまたさらに減じて行き、年をとればとるほど状態が悪くなる。<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>　それでは、いったいどうしたというのか？　なんのためだろう？　そんな事があるはずはない！　人生がこんなに無意味で、こんなに穢らわしい、無意味なものであるにもせよ、いったいなぜ死ななければならないのだ？　なぜ苦しみながら死ななければならないのだ？　なにか間違ったところがあるに相違ない。<br />
　事によったら、おれの生き方は道にはずれていたのかもしれない？　ふとこういう考えが彼の頭に浮かんだ。しかし、おれはなにもかも当然しなければならぬことをしたのに、どうしてそんな理屈があるのだ？<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>　しかし、彼がどんなに考えてみても、答えをみつけることはできなかった。これはつまり、自分の暮らし方が間違っていたからだ、こういう想念が心に浮かんだ時（こんな事は前にもたびたびあった）、彼はとたんに自分の生活の正しさを思い起こし、この奇怪な想念を追いのけるのであった。<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>自分の生活が正しく法にかなって、しかも、作法にはずれていなかったことを思いだしながら、彼はこう考えた。『そんな事はとても承認するわけにはゆかない。』彼は唇に微笑を浮かべながら口ばしった、誰か彼を見ているものがあって、この微笑に騙されでもするかのように。「説明のしようはない！　苦痛、死……いったいなんのためだ？」<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>　イワン・イリッチの精神的な苦しみというのはほかでもない。（中略）『もしおれの生活が、意識的生活が、本当にすっかり間違っているとしたらどうだろう？』<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>勤務も、生活の営みも、家庭も、社交や勤務上の興味も──すべて間違いだったかもしれない。（中略）<br />
「もしそうだとすれば」と彼はひとりごちた。「自分に与えられたすべてのものを台なしにしたうえ、回復の見込みがないという意識をもちながら、この世を去ろうとしてるのだったら、その時はどうしたものだ？」彼はあおむけになって、すっかり新しい目で自分の全生涯を見直しはじめた。夜が明けてから下男を見、それに続いて妻、さらに続いて娘、そして最後に、医者を見た時──彼らの一挙手一投足、一言一句が、夜の間に啓示された恐ろしい真理をことごとに確かめていた。彼はその中に自分自身を見た、自分の生活を形づくっていたすべてのものを見た。そして、それがなにもかも間違っていて、生死を蔽う恐ろしい大がかりな欺瞞であることをはっきり見てとった。この意識が彼の肉体上の苦痛を十倍にした。彼はうめき悶えながら、かけている夜具をひきむしるのであった。<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>『過去現在においてお前の生活を形づくっていたものは、なにもかもみんな虚偽だ、お前の目から生死を隠していた機関にほかならない。』こう考えるやいなや、憎悪の念がむらむらとこみ上げてきた。そして、憎悪の念とともに、悩ましい肉体の苦痛が襲い、苦痛とともに避け難い間近な終焉の意識が浮かんできた。なにかしら変わったことが始まった。──体じゅう締めあげられるような、鉄砲で撃たれるような気持ちがし、息がつまってきた。<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>　この瞬間、なんとも言えないほど恐ろしい叫び声がはじまった。これが三日の間ひっきりなしに続いたのである。それは二間へだてた所で聞いても、ぞっとせずにいられないほどであった。妻に返事をしたその瞬間、彼はもうだめだと悟った。もうとり返しはつかない、最後がきたのだ、本当の最後がきたのだ。しかし、疑惑はいぜんとして解決されず、そのまま疑惑として残っている。<br />
「うう！　ううう！　うう！」彼はさまざまな音調でわめいた。彼は『死のう』と叫びだしたのだけれど、そのままただ『う』の音を続けているばかりだったのである。<br />
　その三日の間、彼にとっては時間というものが存在しなかった。かれはその間ひっきりなしに、打ち勝つことのできない、目に見えぬ力により押し込まれた、黒い袋の中でもがき続けた。ちょうど死刑囚が首斬人の手の中で暴れるように、しょせんたすからぬと知りながら、暴れまわった。どんなに一生懸命もがいても、しだいしだいに恐ろしいもののほうへ近よってゆく、彼はそれを各瞬間ごとに感じた。彼は感じた──自分の苦しみは、この黒い穴の中へ押し込まれることでもあるが、またそれと同時に、ひと思いにこの穴へ滑り込めない事に、より多くの苦痛が含まれている。ひと思いにすべり込むじゃまをしているのは、自分の生活が立派なものだったという意識である。こうした生の肯定が彼を捕らえて、先へ行かせまいとするために、それがなによりも彼を苦しめるのであった。</p></div>
<p>　作品では、主人公の最大の苦しみは肉体的なものではなく、眼前に死を控えた時に生ずる、自身の人生への疑惑と、それにもかかわらず捨てきれない生への執着として描かれています。そして「黒い穴」と表現される、暗黒の未知。仏教経典（『<a href="http://www.tulip-k.co.jp/yougo/21.htm" target="_blank" title="大無量寿経">大無量寿経</a>』）に、<br />
<br />
<strong><a href="http://homepage1.nifty.com/jinsaku/houwa/ankoku.html" target="_blank" title="大命将終　悔懼交至">大命将終　悔懼交至</a></strong>（大命まさに終わらんとして　悔懼交々至る）<br />
<br />
と説かれている通りです。悔とは過去に対する後悔、懼とは未来に対する恐れを意味するそうです。「死んだらどうなるのか？」未来に対するこの不安は、それまで築き上げた経験や知識、学問で解決出来るものではないということでしょうか。<br />
<br />
　考えてみれば、賢愚・美醜・貧富・善悪の隔てなく、全ての人に平等に残酷に降りかかる、人生において最も理不尽な終幕が「死」です。その死の恐怖のあまり、自殺まで考える人の矛盾した気持ちは、分からないでもありません。<br />
<br />
　この「死」に対する心の準備が本当の生きる目的なのかもしれません。そしてそれを教えるものが本来の宗教、まさしく「宗（むね）となる教え」だと思います。<br />
<br />
「生死一如」という言葉もあります。「死」を考えずして、本当の「生」を満喫することは出来ないのでしょう。<br />
<br />
　ちなみにこの作品では、上述した通り、重い空気が支配していますが、最後、イワンが救われる（？）場面は実に感動的です。
<div class="tracklist">『なんていい気持ちだ、そして、なんという造作のないことだ』と彼は考えた。『痛みは？』と自問した。『いったいどこへ行ったのだ？　おい、苦痛、お前はどこにいるのだ？』<br />
　彼は耳を澄ましはじめた。<br />
　『そうだ、ここにいるのだ。なに、かまやしない、勝手にするがいい。』<br />
　『ところで死は？　どこにいるのだ？』<br />
　古くから馴染みになっている死の恐怖をさがしたが、見つからなかった。いったいどこにいるのだ？　死とはなんだ？　恐怖はまるでなかった。なぜなら、死がなかったからである。<br />
　死の代わりに光があった。<br />
　「ああ、そうだったのか！」彼は声にたてて言った。「なんという喜びだろう！」<br />
　これらはすべて彼にとって、ほんの一瞬の出来事であったが、この一瞬間の意味はもはや変わることがなかった。しかし、そばにいる人にとっては、彼の臨終の苦悶はなお二時間つづいた。彼の胸の中でなにかことこと鳴った。衰えきった体がぴくぴくとふるえた。やがて、そのことこと鳴る音もしわがれた呼吸も、しだいに間遠になって行った。<br />
　「いよいよお終いだ！」誰かが頭の上で言った。<br />
　彼はこの言葉を聞いて、それを心の中で繰り返した。『もう死はおしまいだ』と彼は自分で自分に言い聞かした。『もう死はなくなったのだ。』<br />
　彼は息を吸いこんだが、それも途中で消えて、ぐっと身を伸ばしたかと思うと、そのまま死んでしまった。</div>
<p>　死に対する恐怖がなかったというのは、死に対して無知な人が「俺は死を恐れない」と言っているのとは異なる未来に対する揺らぎない確信、ある種の宗教的体験を果たした結果を示唆しているのだと思います。<br />
　また、『もう死はおしまいだ』と言ってなくなった「死」は、肉体の死ではなく、「疑惑の心」の死ととらえるべきなのでしょう。<br />
<br />
　人として生まれたからには、一度は読んでおきたい本だと思いました。</p>
<p><b>Links:</b><br />
<a href="http://ameblo.jp/tokunori-hikari/entry-10070863996.html" target="_blank">本と映画と、僕の日常。</a><br />
<a href="http://itsumohappy.blog87.fc2.com/blog-entry-251.html" target="_blank">颯々日記</a><br />
<a href="http://nihilisticbear.seesaa.net/article/87884047.html" target="_blank">Anima</a><br />
<a href="http://arturr.at.webry.info/200802/article_4.html" target="_blank">クラシック音楽のある毎日</a><br />
<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/akihito_suzuki2000/50074341.html" target="_blank">身体・病気・医療の社会史の研究者による研究日誌</a><br />
<a href="http://mimisuma070620.blog109.fc2.com/blog-entry-34.html" target="_blank">電車に揺られて＠明大前駅行き</a><br />
<a href="http://www.yamamoco.com/baro/possi/mimi_bun.htm" target="_blank">文の小屋</a><br />
<a href="http://aoisora.xxxxxxxx.jp/logic/word.html" target="_blank">格言収集</a><br />
<strong>Similar Posts:</strong>
<ol class="similar-posts">
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/10/12/00/00/04" rel="bookmark" title="2007年10月12日">黒澤明 ～ 生きる</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03" rel="bookmark" title="2007年4月16日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/03/19/15/10/25" rel="bookmark" title="2007年3月19日">とどろき ～ 平成１９年３月号</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/01/14/00/00/23" rel="bookmark" title="2008年1月14日">世界の光　親鸞聖人　第２部</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/10/12/00/00/00" rel="bookmark" title="2008年10月12日">とどろき 平成２０年９月号 / お釈迦さま物語（１）</a></li>
</ol>
<p><!-- Similar Posts took 19.950 ms --></p>
<div id="wherego_related"><h3>このページを見た人は、他にこんな記事を見ています↓</h3><ul><li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03" rel="bookmark" class="wherego_title">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟</a></li><li>Powered by <a href="http://ajaydsouza.com/wordpress/plugins/where-did-they-go-from-here/">Where did they go from here?</a></li></ul></div><p>No related posts.</p>
	<h4>Related posts</h4>
	<ul class="st-related-posts">
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/08/14/00/00/00" title="ドストエフスキー / 死の家の記録 (2009年8月14日)">ドストエフスキー / 死の家の記録</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/10/12/00/00/04" title="黒澤明 ～ 生きる (2007年10月12日)">黒澤明 ～ 生きる</a> (5)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/11/09/00/00/00" title="人生の目的は「無碍の一道」 / 『歎異抄』第七章 (2009年11月9日)">人生の目的は「無碍の一道」 / 『歎異抄』第七章</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/03/19/15/10/25" title="とどろき ～ 平成１９年３月号 (2007年3月19日)">とどろき ～ 平成１９年３月号</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/04/24/00/00/00" title="アシュリー・へギ他界、に追悼 (2009年4月24日)">アシュリー・へギ他界、に追悼</a> (1)</li>
</ul>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://charlie432.fool.jp/2008/03/04/00/00/00/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>2</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://charlie432.fool.jp/2008/03/04/00/00/00" />
	</item>
		<item>
		<title>ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）</title>
		<link>http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41</link>
		<comments>http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Oct 2007 15:00:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie432</dc:creator>
				<category><![CDATA[ドストエフスキー]]></category>
		<category><![CDATA[blog]]></category>
		<category><![CDATA[LA]]></category>
		<category><![CDATA[WordPress]]></category>
		<category><![CDATA[どう]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ]]></category>
		<category><![CDATA[マーラー]]></category>
		<category><![CDATA[モーツァルト]]></category>
		<category><![CDATA[リスト]]></category>
		<category><![CDATA[乱]]></category>
		<category><![CDATA[小林秀雄]]></category>
		<category><![CDATA[日本]]></category>
		<category><![CDATA[死]]></category>
		<category><![CDATA[背景]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://charlie432.fool.jp/?p=860</guid>
		<description><![CDATA[
【ドストエフスキー】

カラマーゾフの兄弟１

カラマーゾフの兄弟２


カラマーゾフの兄弟３

カラマーゾフの兄弟４


カラマーゾフの兄弟５
エピローグ別巻

ドストエフスキーの肖像

　哲学者ウィトゲンシュタインが「最低でも５０回は精読した」と言い、全文を諳（そら）んじるほど細部を読み込んだ（ﾟдﾟ;）とされる、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、亀山郁夫さんの訳が読みやすいということで通勤の行き帰りで挑戦しました。途中で挫折することなく、何とか読み終えるのに４～５ヶ月かかりました。
　確かに日本語としては読みやすいのですが、内容が奥深く、込められたメッセージも盛りだくさんで消化不良のところが多くあります。知人の解説によれば、この小説は「キリストはなぜ復活しなかったのか」「キリスト教の孕む矛盾点」「宗教と人間との関わり」などに明確な解答を与える世界文学の最高峰！だそうですが、そこまで理解するには背景となる当時のロシア情勢やキリスト教などの知識がないと無理だと思いました。また、癲癇（てんかん）を患い、シベリアで服役経験をもつ作者の自伝的要素も強いので、先に５巻目の「ドストエフスキーの生涯」や「解題」、また各巻末の「読書ガイド」を先に読んでから本文を読むと少しは理解の助けになるかと思います。

「父殺しの犯人は誰か？」「フョードル、ミーチャと、カテリーナ、グルーシェニカの恋の行方はいかに？」あるいは、「“わたしの主人公”アリョーシャと、彼との婚約を解消したリーザ、また、少年イリューシャやコーリャとその友達、との関わり」など、ストーリー的に読んでいて面白いところは沢山ありました。スメルジャコフとイワンとのやり取りなども引き込まれるものがあります。登場人物一人一人が個性的なのが、難解ながらも面白く読める魅力だと思います。他にもゾシマ長老やイッポリート検事、フェチュコーヴィチ弁護士など挙げればきりがありません。こちらにも書きましたが、それぞれの巻のしおりに、おもな登場人物の説明が書かれているので、光文社古典新訳文庫の良心に助けられました。

『カラマーゾフの兄弟』は、“エピローグ付、４部からなる長編小説”ですが、その前の「著者より」という序文にあるように、エピローグの後には更に“第二の小説”が書かれる予定でしたが未完で終わっています。小林秀雄はそれを「およそ続編というようなものがまったく考えられぬほど完璧な作品」と評していますが、訳者・亀山郁夫氏も以下のように「あとがき」で述べています。分からないなりに何となく共感できる気になるのは、それだけ氏の解説に説得力があるということでしょうか。
　わたしはいま、読者のすべてに代わって、この小説が未完に終わったことを惜しむ。未完の音楽は数知れずある。モーツァルトの『レクイエム』、マーラーの『第１０番』──。しかしドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』こそは、人類がついに手にできなかった、もっともまばゆい遺産のひとつであるにちがいない。ドストエフスキーの６０歳の死は、その意味であまりにも惜しまれる、あまりにも早すぎる死であった｡
　なお、同じく５巻目の解題から、この小説の構想メモが興味深かったので、少し長いですが引用させていただきます。
　知られるかぎり、『カラマーゾフの兄弟』の最初の稿が書きとめられたのは１８７８年４月のことだが、その構想のヒントを得たのははるかに古く、１８５０年代にさかのぼる。当時、オムスクの「死の家」に流刑中のドストエフスキーは、そこで出会った囚人仲間のドミートリー・イリインスキーから、次のような話を知らされることになった。
　かつてトボリスクの国境大隊に勤務していたこの男は、父殺しの罪を着せられて、懲役２０年の判決を言い渡され、オムスクの監獄ですでに何年間か徒刑の苦しみを嘗めていた。ところが、刑期半ばにして、実際の犯人はその弟であることが判明し、刑期を１０年つとめた段階で釈放された。

（中略）
　彼（ドストエフスキー）は、現実的な意味ではまだ『カラマーゾフの兄弟』への結晶を夢見ることなく、次のようなメモを書きとめることになった。（中略）

「悲劇。トボリスクで、約２０年間。イリ（イン）スキーの物語のようなもの。二人の兄弟、年老いた父親、一人には許婚（いいなずけ）がいて、その女に弟がひそかに横恋慕している。しかし、彼女は兄を愛している。にもかかわらず、兄の、若い少尉補は放蕩したり、愚行に走ったり、父親と喧嘩したりする。父親が消える。ニ、三日、なんの音沙汰もない。兄弟が遺産の話をしているときに、とつぜん、官憲が地下室から死体を探し出してくる。兄の犯行の証拠があがる（弟はいっしょに暮らしていなかった）。兄は裁判にかけられ、懲役を言い渡される……世間の連中には、犯人はだれかたしかなところはわからない。舞台は監獄。みんなが彼を殺そうとする。上官、彼は裏切らない。囚人たちは彼に兄弟の誓いを立てる。上官は父親を殺したことを責める。１２年が経って、弟が彼に会いにやってくる。沈黙のうちにたがいに理解しあう場面。それからさらに７年、弟は官職についているが、苦しんでいて、ヒポコンデリー患者。妻に自分が殺したと言明する。『どうしてわたしに言ったの？』彼は兄のところに行く。妻も駆けつける。妻は懲役囚に何もいわず、夫を救ってほしいと膝を折って頼む。懲役囚は『おれはもう慣れっこになってしまった』と言い、和解する。『おまえはそんなことしなくとも、もう罰せられている』と兄が答える。弟の誕生日。客が集まっている。外に出る。おれが殺したのだ。みんなは精神錯乱だと思う。ラスト。ひとりは家に帰され、ひとりは罪人護送所に送られる。彼は解雇される……弟は兄に、自分の子どもの父親になってくれと頼む。『正しい道に踏み出したのだ』」
　ちょうど、聴きなれた曲のデモテープを知ったときのような新鮮な味わいでした。
　この走り書きの内容は、シラーの戯曲『群盗』と驚くほど似ているそうですが、そう知ると『群盗』も読みたくなってきます。「はは～ん、このギターソロは、あの曲からヒントを得たな」と気づいて結構嬉しくなるときがありますが、果たして『群盗』から同質の発見が得られるかどうか、楽しみです。
Link:
読まずに死ねるかドストエフスキー～『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する』亀山郁夫著（評：山本貴光＋吉川浩満）
Similar Posts:

ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）
ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）
おぉ　ｗ（ﾟoﾟ）ｗ
実験（その１）の結果


このページを見た人は、他にこんな記事を見ています↓ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）Powered by Where did they go from here?No related posts.
	Related posts
	
	村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (0)
	薬丸岳 ～ 天使のナイフ (1)
	白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分（５） (0)
	小林秀雄 / 近代絵画 (0)
	伊藤健太郎 / 男のための自分探し (3)



No related posts.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="amazon2" style="margin:0 50px;">
<div align=center><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC" target="_blank" style="font-size:larger;font-weight:bold;color:#663300;">【ドストエフスキー】</a></div>
<div style="float:left;margin:1em;text-align:center;"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof1.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof1s.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟１" border="0"></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F1-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4334751067%3Fie%3DUTF8%26s%3Dbooks%26qid%3D1182482221%26sr%3D8-1&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">カラマーゾフの兄弟１</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<div style="float:right;margin:1em;text-align:center;"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof2.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof2s.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟２" border="0"></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F2-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4334751172%3Fie%3DUTF8%26qid%3D1182482221%26sr%3D8-1&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">カラマーゾフの兄弟２</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<p><br clear="all">
<div style="float:left;margin:1em;text-align:center;"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof3.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof3s.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟３" border="0"></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F3-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4334751237%3Fie%3DUTF8%26qid%3D1182482221%26sr%3D8-1&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="blank">カラマーゾフの兄弟３</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<div style="float:right;margin:1em;text-align:center;"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof4.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof4s.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟４" border="0" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F-4-%25E5%2585%2589%25E6%2596%2587%25E7%25A4%25BE%25E5%258F%25A4%25E5%2585%25B8%25E6%2596%25B0%25E8%25A8%25B3%25E6%2596%2587%25E5%25BA%25AB-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4334751326%3Fie%3DUTF8%26s%3Dbooks%26qid%3D1192278837%26sr%3D8-3&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">カラマーゾフの兄弟４</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<p><br clear="all">
<div style="float:left;margin:1em;text-align:center;"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof5.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof5s.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟５" border="0" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F-5-%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2594%25E3%2583%25AD%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25B0%25E5%2588%25A5%25E5%25B7%25BB-%25E5%2585%2589%25E6%2596%2587%25E7%25A4%25BE%25E5%258F%25A4%25E5%2585%25B8%25E6%2596%25B0%25E8%25A8%25B3%25E6%2596%2587%25E5%25BA%25AB%2Fdp%2F4334751334%3Fie%3DUTF8%26s%3Dbooks%26qid%3D1192278837%26sr%3D8-8&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">カラマーゾフの兄弟５<br />
エピローグ別巻</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<div style="float:right;margin:1em;text-align:center;"><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Dostoevsky_1872.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Dostoevsky_1872s.jpg" alt="ドストエフスキーの肖像" border="0" /></a><br />
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Dostoevsky_1872.jpg">ドストエフスキーの肖像</a></div>
<p><br clear="all"></div>
<p>　哲学者<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%92%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%88%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3" target="_blank">ウィトゲンシュタイン</a>が「最低でも５０回は精読した」と言い、全文を諳（そら）んじるほど細部を読み込んだ（ﾟдﾟ;）とされる、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E5%B1%B1%E9%83%81%E5%A4%AB" target="_blank">亀山郁夫</a>さんの訳が読みやすいということで通勤の行き帰りで挑戦しました。途中で挫折することなく、何とか読み終えるのに４～５ヶ月かかりました。<br />
　確かに日本語としては読みやすいのですが、内容が奥深く、込められたメッセージも盛りだくさんで消化不良のところが多くあります。知人の解説によれば、この小説は「キリストはなぜ復活しなかったのか」「キリスト教の孕む矛盾点」「宗教と人間との関わり」などに明確な解答を与える世界文学の最高峰！だそうですが、そこまで理解するには背景となる当時のロシア情勢やキリスト教などの知識がないと無理だと思いました。また、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A6%E3%82%93%E3%81%8B%E3%82%93" target="_blank">癲癇（てんかん）</a>を患い、シベリアで服役経験をもつ作者の自伝的要素も強いので、先に５巻目の「ドストエフスキーの生涯」や「解題」、また各巻末の「読書ガイド」を先に読んでから本文を読むと少しは理解の助けになるかと思います。<br />
<br />
「父殺しの犯人は誰か？」「フョードル、ミーチャと、カテリーナ、グルーシェニカの恋の行方はいかに？」あるいは、「“わたしの主人公”アリョーシャと、彼との婚約を解消したリーザ、また、少年イリューシャやコーリャとその友達、との関わり」など、ストーリー的に読んでいて面白いところは沢山ありました。スメルジャコフとイワンとのやり取りなども引き込まれるものがあります。登場人物一人一人が個性的なのが、難解ながらも面白く読める魅力だと思います。他にもゾシマ長老やイッポリート検事、フェチュコーヴィチ弁護士など挙げればきりがありません。<a href="http://charlie432.blog92.fc2.com/blog-entry-52.html" target="_blank">こちら</a>にも書きましたが、それぞれの巻のしおりに、おもな登場人物の説明が書かれているので、<a href="http://www.kotensinyaku.jp/index.html" target="_blank">光文社古典新訳文庫</a>の良心に助けられました。<br />
<br />
『カラマーゾフの兄弟』は、“エピローグ付、４部からなる長編小説”ですが、その前の「著者より」という序文にあるように、エピローグの後には更に“第二の小説”が書かれる予定でしたが未完で終わっています。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E7%A7%80%E9%9B%84_%28%E6%89%B9%E8%A9%95%E5%AE%B6%29" target="_blank">小林秀雄</a>はそれを「およそ続編というようなものがまったく考えられぬほど完璧な作品」と評していますが、訳者・亀山郁夫氏も以下のように「あとがき」で述べています。分からないなりに何となく共感できる気になるのは、それだけ氏の解説に説得力があるということでしょうか。
<div style="margin:1em;padding:1em;background-color:#FFFFEE;color:#000000;">　わたしはいま、読者のすべてに代わって、この小説が未完に終わったことを惜しむ。未完の音楽は数知れずある。モーツァルトの『レクイエム』、マーラーの『第１０番』──。しかしドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』こそは、人類がついに手にできなかった、もっともまばゆい遺産のひとつであるにちがいない。ドストエフスキーの６０歳の死は、その意味であまりにも惜しまれる、あまりにも早すぎる死であった｡</div>
<p>　なお、同じく５巻目の解題から、この小説の構想メモが興味深かったので、少し長いですが引用させていただきます。
<div style="margin:1em;padding:1em;background-color:#FFFFEE;color:#000000;">　知られるかぎり、『カラマーゾフの兄弟』の最初の稿が書きとめられたのは１８７８年４月のことだが、その構想のヒントを得たのははるかに古く、１８５０年代にさかのぼる。当時、オムスクの「死の家」に流刑中のドストエフスキーは、そこで出会った囚人仲間のドミートリー・イリインスキーから、次のような話を知らされることになった。<br />
　かつてトボリスクの国境大隊に勤務していたこの男は、父殺しの罪を着せられて、懲役２０年の判決を言い渡され、オムスクの監獄ですでに何年間か徒刑の苦しみを嘗めていた。ところが、刑期半ばにして、実際の犯人はその弟であることが判明し、刑期を１０年つとめた段階で釈放された。<br />
</p>
<div align=center>（中略）</div>
<p>　彼（ドストエフスキー）は、現実的な意味ではまだ『カラマーゾフの兄弟』への結晶を夢見ることなく、次のようなメモを書きとめることになった。（中略）<br />
<br />
「悲劇。トボリスクで、約２０年間。イリ（イン）スキーの物語のようなもの。二人の兄弟、年老いた父親、一人には許婚（いいなずけ）がいて、その女に弟がひそかに横恋慕している。しかし、彼女は兄を愛している。にもかかわらず、兄の、若い少尉補は放蕩したり、愚行に走ったり、父親と喧嘩したりする。父親が消える。ニ、三日、なんの音沙汰もない。兄弟が遺産の話をしているときに、とつぜん、官憲が地下室から死体を探し出してくる。兄の犯行の証拠があがる（弟はいっしょに暮らしていなかった）。兄は裁判にかけられ、懲役を言い渡される……世間の連中には、犯人はだれかたしかなところはわからない。舞台は監獄。みんなが彼を殺そうとする。上官、彼は裏切らない。囚人たちは彼に兄弟の誓いを立てる。上官は父親を殺したことを責める。１２年が経って、弟が彼に会いにやってくる。沈黙のうちにたがいに理解しあう場面。それからさらに７年、弟は官職についているが、苦しんでいて、ヒポコンデリー患者。妻に自分が殺したと言明する。『どうしてわたしに言ったの？』彼は兄のところに行く。妻も駆けつける。妻は懲役囚に何もいわず、夫を救ってほしいと膝を折って頼む。懲役囚は『おれはもう慣れっこになってしまった』と言い、和解する。『おまえはそんなことしなくとも、もう罰せられている』と兄が答える。弟の誕生日。客が集まっている。外に出る。おれが殺したのだ。みんなは精神錯乱だと思う。ラスト。ひとりは家に帰され、ひとりは罪人護送所に送られる。彼は解雇される……弟は兄に、自分の子どもの父親になってくれと頼む。『正しい道に踏み出したのだ』」</div>
<p>　ちょうど、聴きなれた曲のデモテープを知ったときのような新鮮な味わいでした。<br />
　この走り書きの内容は、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A9%E3%83%BC" target="_blank">シラー</a>の戯曲<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&#038;keywords=%E3%82%B7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%80%80%E7%BE%A4%E7%9B%97&#038;tag=charlie432-22&#038;index=blended&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">『群盗』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />と驚くほど似ているそうですが、そう知ると『群盗』も読みたくなってきます。「はは～ん、このギターソロは、あの曲からヒントを得たな」と気づいて結構嬉しくなるときがありますが、果たして『群盗』から同質の発見が得られるかどうか、楽しみです。</p>
<p><strong>Link:</strong><br />
<a href="http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071009/137124/" target="_blank">読まずに死ねるかドストエフスキー～『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する』亀山郁夫著（評：山本貴光＋吉川浩満）</a><br />
<strong>Similar Posts:</strong>
<ol class="similar-posts">
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03" rel="bookmark" title="2007年4月16日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36" rel="bookmark" title="2007年6月23日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00" rel="bookmark" title="2008年5月8日">ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/07/11/00/00/03" rel="bookmark" title="2007年7月11日">おぉ　ｗ（ﾟoﾟ）ｗ</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/09/01/00/00/22" rel="bookmark" title="2007年9月1日">実験（その１）の結果</a></li>
</ol>
<p><!-- Similar Posts took 15.981 ms --></p>
<div id="wherego_related"><h3>このページを見た人は、他にこんな記事を見ています↓</h3><ul><li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36" rel="bookmark" class="wherego_title">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）</a></li><li>Powered by <a href="http://ajaydsouza.com/wordpress/plugins/where-did-they-go-from-here/">Where did they go from here?</a></li></ul></div><p>No related posts.</p>
	<h4>Related posts</h4>
	<ul class="st-related-posts">
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/06/26/00/00/00" title="村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (2009年6月26日)">村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2)</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/08/03/00/00/39" title="薬丸岳 ～ 天使のナイフ (2007年8月3日)">薬丸岳 ～ 天使のナイフ</a> (1)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/02/21/00/00/00" title="白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分（５） (2009年2月21日)">白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分（５）</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/12/10/00/00/00" title="小林秀雄 / 近代絵画 (2008年12月10日)">小林秀雄 / 近代絵画</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/08/08/00/00/00" title="伊藤健太郎 / 男のための自分探し (2008年8月8日)">伊藤健太郎 / 男のための自分探し</a> (3)</li>
</ul>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>6</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41" />
	</item>
		<item>
		<title>おぉ　ｗ（ﾟoﾟ）ｗ</title>
		<link>http://charlie432.fool.jp/2007/07/11/00/00/03</link>
		<comments>http://charlie432.fool.jp/2007/07/11/00/00/03#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 10 Jul 2007 15:00:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie432</dc:creator>
				<category><![CDATA[ドストエフスキー]]></category>
		<category><![CDATA[801]]></category>
		<category><![CDATA[blog]]></category>
		<category><![CDATA[el]]></category>
		<category><![CDATA[LA]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://charlie432.fool.jp/?p=694</guid>
		<description><![CDATA[翻訳者のブログによると、

『カラマーゾフの兄弟４・５』が１２日に出るそうな！

ちょうど読みかけの

『ドリアン・グレイの肖像』（オスカー＝ワイルド）

も、もうすぐ終わりそうなのでナイスなタイミングです。

３巻までをもう一度復習してみたいと思います。

それにしても、
　ドストエフスキーがすごいと思わせるのは、すべての登場人物が病んでいることだ。病人たちのドラマである。そして、私たちもみな病んでいる。現代の世界は、病人たちの巣窟だ。
の言葉に、妙に引き付けられます。
Similar Posts:

ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟
伊藤健太郎 / 男のための自分探し


「このページを見た人は、他にこんな記事を見ています」というページはありません。No related posts.
	Related posts
	
	陰陽座 ～ 夢幻泡影 (4)
	芥川龍之介 / 蜘蛛の糸 (1)
	美しき日本（２）後半 / 桜の名所１００選（日本さくらの会選定）より (0)
	村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (0)
	明橋大二・伊藤健太郎・高森顕徹 ～ なぜ生きる (0)



No related posts.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div align=center><a href="http://stavrovsky.blog.ocn.ne.jp/cafe_mayakovsky/2007/07/da78_dream_come.html" target="_blank">翻訳者のブログ</a>によると、<br />
<br />
『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F-4-%25E5%2585%2589%25E6%2596%2587%25E7%25A4%25BE%25E5%258F%25A4%25E5%2585%25B8%25E6%2596%25B0%25E8%25A8%25B3%25E6%2596%2587%25E5%25BA%25AB-KA%25E3%2583%25881-4-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4334751326%3Fie%3DUTF8%26s%3Dbooks%26qid%3D1184080105%26sr%3D8-4&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">カラマーゾフの兄弟４</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />・<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F5-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4334751334%3Fie%3DUTF8%26s%3Dbooks%26qid%3D1184080105%26sr%3D8-5&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">５</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』が１２日に出るそうな！<br />
<br />
ちょうど読みかけの<br />
<br />
<a href="http://www.hm.h555.net/~hajinoue/jinbutu/doriangureinoshouzoui.htm" target="_blank">『ドリアン・グレイの肖像』</a>（<a href="http://allabout.co.jp/relationship/homosexual/closeup/CU20060219A/" target="_blank">オスカー＝ワイルド</a>）<br />
<br />
も、もうすぐ終わりそうなのでナイスなタイミングです。<br />
<br />
３巻までをもう一度復習してみたいと思います。<br />
<br />
それにしても、</div>
<div class="tracklist">　ドストエフスキーがすごいと思わせるのは、すべての登場人物が病んでいることだ。病人たちのドラマである。そして、私たちもみな病んでいる。現代の世界は、病人たちの巣窟だ。</div>
<div align=center>の言葉に、妙に引き付けられます。</div>
<p><strong>Similar Posts:</strong>
<ol class="similar-posts">
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00" rel="bookmark" title="2008年5月8日">ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36" rel="bookmark" title="2007年6月23日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41" rel="bookmark" title="2007年10月14日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03" rel="bookmark" title="2007年4月16日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/08/08/00/00/00" rel="bookmark" title="2008年8月8日">伊藤健太郎 / 男のための自分探し</a></li>
</ol>
<p><!-- Similar Posts took 18.828 ms --></p>
<div id="wherego_related"><p>「このページを見た人は、他にこんな記事を見ています」というページはありません。</p></div><p>No related posts.</p>
	<h4>Related posts</h4>
	<ul class="st-related-posts">
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/12/02/23/59/59" title="陰陽座 ～ 夢幻泡影 (2007年12月2日)">陰陽座 ～ 夢幻泡影</a> (4)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/03/03/00/00/00" title="芥川龍之介 / 蜘蛛の糸 (2009年3月3日)">芥川龍之介 / 蜘蛛の糸</a> (1)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/02/13/00/00/00" title="美しき日本（２）後半 / 桜の名所１００選（日本さくらの会選定）より (2009年2月13日)">美しき日本（２）後半 / 桜の名所１００選（日本さくらの会選定）より</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/06/26/00/00/00" title="村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (2009年6月26日)">村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2)</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/22/00/00/36" title="明橋大二・伊藤健太郎・高森顕徹 ～ なぜ生きる (2007年6月22日)">明橋大二・伊藤健太郎・高森顕徹 ～ なぜ生きる</a> (0)</li>
</ul>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://charlie432.fool.jp/2007/07/11/00/00/03/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://charlie432.fool.jp/2007/07/11/00/00/03" />
	</item>
		<item>
		<title>ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）</title>
		<link>http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36</link>
		<comments>http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 22 Jun 2007 15:00:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie432</dc:creator>
				<category><![CDATA[ドストエフスキー]]></category>
		<category><![CDATA[blog]]></category>
		<category><![CDATA[LA]]></category>
		<category><![CDATA[WordPress]]></category>
		<category><![CDATA[まい]]></category>
		<category><![CDATA[コンピューター]]></category>
		<category><![CDATA[ベストセラー]]></category>
		<category><![CDATA[遠藤周作]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://charlie432.fool.jp/?p=663</guid>
		<description><![CDATA[【ドストエフスキー】


カラマーゾフの兄弟１

カラマーゾフの兄弟２

カラマーゾフの兄弟３
　６月２０日（水）１９時からＮＨＫ教育の『地球ドラマチック』という番組を、冒頭２分ほど（^_^;)見ました。うろ覚えですが、こんな内容でした。

　これまで出版された、あらゆる本を分析して、ベストセラーとなり得る条件を入力し、コンピューターに本を書かせてみた。その結果出て来た文章はこのように始まるものだった──女王様が言った。「神様！教えてください！私をレイプした本当の犯人を！」

　なるほど、文学と言っても、所詮は色と欲にまみれた、罪深い人間の本性を暴いたものがほとんどで、多くの読者が求めているものも、そういった類なのかと納得してしまいました。というのも、ちょうど今、通勤中に睡魔と闘いながら少しずつ読み進めている『カラマーゾフの兄弟』が、まさにそんな内容で、しかもそれが「世界文学の最高峰」と絶賛されているからです。宗教的、崇高な心を求め、少しでも神のような存在に近づきたいと願いながらも、実態は自分でも呆れるほど低俗で、愚かな存在が人間の偽らざる姿なのだろうと思いました。

　本書に出てくるヒョードル・カラマーゾフは、光文社新古典文庫のしおりによると“無一文から身を起こし、一財産を築いた。無類の悪党にして道化、女好き”、長男ドミートリー・カラマーゾフは“放蕩の限りをつくす激しい性格だが、高貴な心をあわせもつ”人間として描かれています。預かった金を一気に使い果たし、わが身の面目のために金集めに東奔西走、ようやく手にした３０００ルーブルも、またパーッと使ってしまう、そんなドミートリーはいわゆるダメ男の典型と思わずにおれません（あ、でも、学生時代、試験前なのに勉強せず、試験中に居眠りをして、終了直前に慌てふためいた経験のある者は、同類ですね）。そして、そんな男を次第に愛するようになるグルーシェニカ。まるでだめんず・うぉ～か～のようですが、これが、昔も今も変わらない人間の姿なのでしょう。

　一方、“誰からも愛される清純な青年”で主人公と思われるアリョーシャや“慈愛にみちた高徳の人物で信者の尊敬を一身に集める”ゾシマ長老が出てくる場面では、「人間の心にも美しいものがあるのではないか」と思わされますが、有名な大審問官や、長老の遺体が悪臭を放ち、信者の信仰が動揺する場面では、「信仰」とは一体何かと考えさせられました。遠藤周作の『沈黙』に通ずるものがあります。

　当初は１巻ずつ感想をアップしていこうと思ったのですが、何せ全体のストーリーを的確に理解するだけの読解力がない為に、何も書けないまま３巻目後半まで来てしまいました。ヒョードルが何者かに殺害され、怨恨関係にあったドミートリーが嫌疑にかけられるようになり、ようやく本格的に面白いと感じるようになりました。実は、あるきっかけで真犯人を知ってしまったのですが、それでも先を読みたい、いや、なおさら続きが読みたくなりました。
　恐らく、３巻を読み終える頃には亀山訳の第４巻が発売されるでしょう。

（関連）
古典 新訳
群衆
浮遊図書館（別館）
『カラマーゾフの兄弟』について
大審問官を読もう！
Similar Posts:

ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟
ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）
おぉ　ｗ（ﾟoﾟ）ｗ
遠藤周作～沈黙


このページを見た人は、他にこんな記事を見ています↓ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）Powered by Where did they go from here?No related posts.
	Related posts
	
	梅田望夫 / ウェブ時代５つの定理 この言葉が未来を切り開く！ (0)
	村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (0)
	伊藤健太郎 / 男のための自分探し (3)
	ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟 (4)
	ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破） (2)



No related posts.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="amazon"><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC" target="_blank" style="font-size:larger;font-weight:bold;color:#996633;">【ドストエフスキー】</a><br />
<br />
<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof1.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof1s.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟１" border="0"></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F1-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4334751067%3Fie%3DUTF8%26s%3Dbooks%26qid%3D1182482221%26sr%3D8-1&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">カラマーゾフの兄弟１</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></p>
<p><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof2.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof2s.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟２" border="0"></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F2-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4334751172%3Fie%3DUTF8%26qid%3D1182482221%26sr%3D8-1&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="_blank">カラマーゾフの兄弟２</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></p>
<p><a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof3.jpg" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/Karamazof3s.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟３" border="0"></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&#038;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25A9%25E3%2583%259E%25E3%2583%25BC%25E3%2582%25BE%25E3%2583%2595%25E3%2581%25AE%25E5%2585%2584%25E5%25BC%259F3-%25E3%2583%2589%25E3%2582%25B9%25E3%2583%2588%25E3%2582%25A8%25E3%2583%2595%25E3%2582%25B9%25E3%2582%25AD%25E3%2583%25BC%2Fdp%2F4334751237%3Fie%3DUTF8%26qid%3D1182482221%26sr%3D8-1&#038;tag=charlie432-22&#038;linkCode=ur2&#038;camp=247&#038;creative=1211" target="blank">カラマーゾフの兄弟３</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=charlie432-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></div>
<p>　６月２０日（水）１９時からＮＨＫ教育の<a href="http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/99.html" target="_blank">『地球ドラマチック』</a>という番組を、冒頭２分ほど（^_^;)見ました。うろ覚えですが、こんな内容でした。<br />
<br />
　<font color="#336600">これまで出版された、あらゆる本を分析して、ベストセラーとなり得る条件を入力し、コンピューターに本を書かせてみた。その結果出て来た文章はこのように始まるものだった──女王様が言った。「神様！教えてください！私をレイプした本当の犯人を！」</font><br />
<br />
　なるほど、文学と言っても、所詮は色と欲にまみれた、罪深い人間の本性を暴いたものがほとんどで、多くの読者が求めているものも、そういった類なのかと納得してしまいました。というのも、ちょうど今、通勤中に睡魔と闘いながら少しずつ読み進めている<strong>『カラマーゾフの兄弟』</strong>が、まさにそんな内容で、しかもそれが「世界文学の最高峰」と絶賛されているからです。宗教的、崇高な心を求め、少しでも神のような存在に近づきたいと願いながらも、実態は自分でも呆れるほど低俗で、愚かな存在が人間の偽らざる姿なのだろうと思いました。<br />
<br />
　本書に出てくる<strong>ヒョードル・カラマーゾフ</strong>は、光文社新古典文庫のしおりによると<font color="#660033">“無一文から身を起こし、一財産を築いた。無類の悪党にして道化、女好き”</font>、長男<strong>ドミートリー・カラマーゾフ</strong>は<font color="#660033">“放蕩の限りをつくす激しい性格だが、高貴な心をあわせもつ”</font>人間として描かれています。預かった金を一気に使い果たし、わが身の面目のために金集めに東奔西走、ようやく手にした３０００ルーブルも、またパーッと使ってしまう、そんなドミートリーはいわゆるダメ男の典型と思わずにおれません（あ、でも、学生時代、試験前なのに勉強せず、試験中に居眠りをして、終了直前に慌てふためいた経験のある者は、同類ですね）。そして、そんな男を次第に愛するようになる<strong>グルーシェニカ</strong>。まるで<a href="http://www.tv-asahi.co.jp/damens/" target="_blank">だめんず・うぉ～か～</a>のようですが、これが、昔も今も変わらない人間の姿なのでしょう。<br />
<br />
　一方、<font color="#660033">“誰からも愛される清純な青年”</font>で主人公と思われる<strong>アリョーシャ</strong>や<font color="#660033">“慈愛にみちた高徳の人物で信者の尊敬を一身に集める”</font><strong>ゾシマ長老</strong>が出てくる場面では、「人間の心にも美しいものがあるのではないか」と思わされますが、有名な<strong>大審問官</strong>や、長老の遺体が悪臭を放ち、信者の信仰が動揺する場面では、「信仰」とは一体何かと考えさせられました。<a href="http://charlie432.blog92.fc2.com/blog-entry-13.html" target="_blank">遠藤周作の『沈黙』</a>に通ずるものがあります。<br />
<br />
　当初は１巻ずつ感想をアップしていこうと思ったのですが、何せ全体のストーリーを的確に理解するだけの読解力がない為に、何も書けないまま３巻目後半まで来てしまいました。ヒョードルが何者かに殺害され、怨恨関係にあったドミートリーが嫌疑にかけられるようになり、ようやく本格的に面白いと感じるようになりました。実は、あるきっかけで真犯人を知ってしまったのですが、それでも先を読みたい、いや、なおさら続きが読みたくなりました。<br />
　恐らく、３巻を読み終える頃には<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E5%B1%B1%E9%83%81%E5%A4%AB" target="_blank">亀山</a>訳の第４巻が発売されるでしょう。<br />
<br clear="all"><br />
（関連）<br />
<a href="http://sinnyakukosho.blog102.fc2.com/blog-entry-6.html" target="_blank">古典 新訳</a><br />
<a href="http://blog.livedoor.jp/bb_000/archives/50515476.html" target="_blank">群衆</a><br />
<a href="http://hitsuji89.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/3_29d3.html" target="_blank">浮遊図書館（別館）</a><br />
<a href="http://www.coara.or.jp/~dost/25-1.htm" target="_blank">『カラマーゾフの兄弟』について</a><br />
<a href="http://www013.upp.so-net.ne.jp/hongirai-san/pro-t.html" target="_blank">大審問官を読もう！</a><br />
<strong>Similar Posts:</strong>
<ol class="similar-posts">
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03" rel="bookmark" title="2007年4月16日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00" rel="bookmark" title="2008年5月8日">ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41" rel="bookmark" title="2007年10月14日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/07/11/00/00/03" rel="bookmark" title="2007年7月11日">おぉ　ｗ（ﾟoﾟ）ｗ</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/03/07/12/59/06" rel="bookmark" title="2007年3月7日">遠藤周作～沈黙</a></li>
</ol>
<p><!-- Similar Posts took 16.160 ms --></p>
<div id="wherego_related"><h3>このページを見た人は、他にこんな記事を見ています↓</h3><ul><li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41" rel="bookmark" class="wherego_title">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）</a></li><li>Powered by <a href="http://ajaydsouza.com/wordpress/plugins/where-did-they-go-from-here/">Where did they go from here?</a></li></ul></div><p>No related posts.</p>
	<h4>Related posts</h4>
	<ul class="st-related-posts">
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/04/07/15/15/15" title="梅田望夫 / ウェブ時代５つの定理 この言葉が未来を切り開く！ (2008年4月7日)">梅田望夫 / ウェブ時代５つの定理 この言葉が未来を切り開く！</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/06/26/00/00/00" title="村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (2009年6月26日)">村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2)</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/08/08/00/00/00" title="伊藤健太郎 / 男のための自分探し (2008年8月8日)">伊藤健太郎 / 男のための自分探し</a> (3)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03" title="ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟 (2007年4月16日)">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟</a> (4)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00" title="ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破） (2008年5月8日)">ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）</a> (2)</li>
</ul>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36" />
	</item>
		<item>
		<title>ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟</title>
		<link>http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03</link>
		<comments>http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 16 Apr 2007 10:53:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie432</dc:creator>
				<category><![CDATA[ドストエフスキー]]></category>
		<category><![CDATA[blog]]></category>
		<category><![CDATA[LA]]></category>
		<category><![CDATA[WordPress]]></category>
		<category><![CDATA[まい]]></category>
		<category><![CDATA[トルストイ]]></category>
		<category><![CDATA[美人]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://charlie432.fool.jp/?p=584</guid>
		<description><![CDATA[
　随分前から読みたいと思っていた『カラマーゾフの兄弟』は、訳あってなかなか読むことが出来ませんでしたが、ようやく読み始めることが出来ました。
　ロシア文学は、そもそも固有名詞に馴染みがなく、難しいイメージがあるのですが、亀山郁夫さんの訳が分かりやすい、と評判だったので光文社の古典新訳文庫を買ってみました。

　まず表紙からして、これまでのとは違って明るくおしゃれな感じがします。これだけで、読み手のモチベーションを高めてくれます（前の方が良い、と思われる方も当然おられるとは思いますが……）。『カラマーゾフ～』に限らず、ゴーゴリ、トルストイ、トゥルゲーネフなどの古典も、パステルカラーの装丁に、書店でつい手が出てしまいます。人づてに聞いた、光文社編集者の話によると、最初は「いまさら古典なんて」と社内では反対の嵐だったようですが、結果は豈図らんや、といったところではないでしょうか。

　実際に買って感動したのは、以下のような「『カラマーゾフの兄弟』主な登場人物」が、しおりになっているところです。巻頭、巻末ではなく、しおりにするあたり、読者の立場に立った、光文社の良心的な姿勢がうかがえます。これなら、読解力のない自分でも、最後まで挫折せずに読み通せそうです。

◆　◇　◆　◇　◆　◇　◆　◇　

アリョーシャ（アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフ）
フョードルの三男。誰からも愛される清純な青年。町の修道院で暮らす。ゾシマ長老を心から尊敬する。
ミーチャ（ドミートリー・フョードロヴィチ・カラマーゾフ）
フョードルの長男。先妻アデライーダの子。退役将校で、放蕩のかぎりをつくす激しい性格だが、高貴な心をあわせもつ。
イワン（イワン・フョードロヴィチ・カラマーゾフ）
フョードルの次男。アリョーシャと同じく、後妻ソフィアの子。大学で工学を学んだインテリで、シニカルな無神論者。
フョードル（フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ）
カラマーゾフ家の父親。地主。無一文から身を起こし、一財産を築いた。無類の悪党にして道化、女好き。
スメルジャコフ
カラマーゾフ家の下男。同家の召使グリゴーリーとマルファの夫婦に育てられる。モスクワで料理を習い、同家で料理人を務める。
ゾシマ長老
町の修道院の長老。慈愛にみちた高徳の人物で、信者の尊敬を一身に集める。かつて決闘事件を起こした体験をもつ。
グルーシェニカ（アグラフェーナ）
町の老商人の囲われ者だった、妖艶な美人。カラマーゾフ家の父親、兄弟たちと深くかかわる。
カテリーナ（カテリーナ・イワーノヴナ、カーチャ）
ペテルブルグの女学校を出た知的な美人。中佐の父がある横領事件でミーチャに助けられたことで、彼に恩義を感じている。
リーズ（リーザ）
町の裕福な未亡人ホフラコーワ夫人の娘。十四歳。身体は弱いが茶目っ気があり、アリョーシャを愛している。

（参考）
ネット書店『文学館』
いい庭師は、シワにいい
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる
ＩＶＣ ＪＯＵＲＮＡＬ　(加藤ビル４Ｆ 宣伝日記）
「カラマーゾフの兄弟（１・２・３）」
『カラマーゾフの兄弟』について

Similar Posts:

ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）
ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）
ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）
おぉ　ｗ（ﾟoﾟ）ｗ
ドストエフスキー / 死の家の記録


このページを見た人は、他にこんな記事を見ています↓ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）Powered by Where did they go from here?No related posts.
	Related posts
	
	村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (0)
	古屋雄作 / R65 [DVD] (2)
	伊藤健太郎 / 男のための自分探し (3)
	ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部） (1)
	ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破） (2)



No related posts.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div style="float:left;margin:0 20px 20px 0;"><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F1-%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC/dp/4334751067" target="_blank"><img src="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/karamazofs.jpg" alt="カラマーゾフの兄弟（１）" border="0"></a></div>
<p>　随分前から読みたいと思っていた<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95%E3%81%AE%E5%85%84%E5%BC%9F" target="_blank">『カラマーゾフの兄弟』</a>は、訳あってなかなか読むことが出来ませんでしたが、ようやく読み始めることが出来ました。<br />
　ロシア文学は、そもそも固有名詞に馴染みがなく、難しいイメージがあるのですが、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E5%B1%B1%E9%83%81%E5%A4%AB" target="_blank">亀山郁夫</a>さんの訳が分かりやすい、と評判だったので<a href="http://www.kobunsha.com/top.html" target="_blank">光文社</a>の<a href="http://www.kotensinyaku.jp/index.html" target="_blank">古典新訳文庫</a>を買ってみました。<br />
<br />
　まず<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/karamazof.jpg" target="_blank">表紙</a>からして、<a href="http://charlie432.fool.jp/wordpress/wp-content/uploads/4102010106.jpg" target="_blank">これまでの</a>とは違って明るくおしゃれな感じがします。これだけで、読み手のモチベーションを高めてくれます（前の方が良い、と思われる方も当然おられるとは思いますが……）。『カラマーゾフ～』に限らず、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B4%E3%83%AA" target="_blank">ゴーゴリ</a>、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A4" target="_blank">トルストイ</a>、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%84%E3%83%AB%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%95" target="_blank">トゥルゲーネフ</a>などの古典も、パステルカラーの装丁に、書店でつい手が出てしまいます。人づてに聞いた、光文社編集者の話によると、最初は「いまさら古典なんて」と社内では反対の嵐だったようですが、結果は豈図らんや、といったところではないでしょうか。<br />
<br />
　実際に買って感動したのは、以下のような<strong><font color="#0000FF">「『カラマーゾフの兄弟』主な登場人物」</font></strong>が、しおりになっているところです。巻頭、巻末ではなく、しおりにするあたり、読者の立場に立った、光文社の良心的な姿勢がうかがえます。これなら、読解力のない自分でも、最後まで挫折せずに読み通せそうです。<br />
</p>
<div align=center>◆　◇　◆　◇　◆　◇　◆　◇　</div>
<p>
<strong>アリョーシャ（アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフ）</strong>
<div style="margin:0 0 0 2em;">フョードルの三男。誰からも愛される清純な青年。町の修道院で暮らす。ゾシマ長老を心から尊敬する。</div>
<p><strong>ミーチャ（ドミートリー・フョードロヴィチ・カラマーゾフ）</strong>
<div style="margin:0 0 0 2em;">フョードルの長男。先妻アデライーダの子。退役将校で、放蕩のかぎりをつくす激しい性格だが、高貴な心をあわせもつ。</div>
<p><strong>イワン（イワン・フョードロヴィチ・カラマーゾフ）</strong>
<div style="margin:0 0 0 2em;">フョードルの次男。アリョーシャと同じく、後妻ソフィアの子。大学で工学を学んだインテリで、シニカルな無神論者。</div>
<p><strong>フョードル（フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ）</strong>
<div style="margin:0 0 0 2em;">カラマーゾフ家の父親。地主。無一文から身を起こし、一財産を築いた。無類の悪党にして道化、女好き。</div>
<p><strong>スメルジャコフ</strong>
<div style="margin:0 0 0 2em;">カラマーゾフ家の下男。同家の召使グリゴーリーとマルファの夫婦に育てられる。モスクワで料理を習い、同家で料理人を務める。</div>
<p><strong>ゾシマ長老</strong>
<div style="margin:0 0 0 2em;">町の修道院の長老。慈愛にみちた高徳の人物で、信者の尊敬を一身に集める。かつて決闘事件を起こした体験をもつ。</div>
<p><strong>グルーシェニカ（アグラフェーナ）</strong>
<div style="margin:0 0 0 2em;">町の老商人の囲われ者だった、妖艶な美人。カラマーゾフ家の父親、兄弟たちと深くかかわる。</div>
<p><strong>カテリーナ（カテリーナ・イワーノヴナ、カーチャ）</strong>
<div style="margin:0 0 0 2em;">ペテルブルグの女学校を出た知的な美人。中佐の父がある横領事件でミーチャに助けられたことで、彼に恩義を感じている。</div>
<p><strong>リーズ（リーザ）</strong>
<div style="margin:0 0 0 2em;">町の裕福な未亡人ホフラコーワ夫人の娘。十四歳。身体は弱いが茶目っ気があり、アリョーシャを愛している。</div>
<p>
（参考）<br />
<a href="http://net-bookstore.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_5b18.html" target="_blank">ネット書店『文学館』</a><br />
<a href="http://siwaniii.jugem.jp/?eid=52" target="_blank">いい庭師は、シワにいい</a><br />
<a href="http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2007/04/100_d0c8.html" target="_blank">わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる</a><br />
<a href="http://ivctokyo.blog94.fc2.com/blog-entry-2.html" target="_blank">ＩＶＣ ＪＯＵＲＮＡＬ　(加藤ビル４Ｆ 宣伝日記）</a><br />
<a href="http://www.gutenberg21.co.jp/brothers_karamazov.htm" target="_blank">「カラマーゾフの兄弟（１・２・３）」</a><br />
<a href="http://www.coara.or.jp/~dost/25-1.htm" target="_blank">『カラマーゾフの兄弟』について</a><br />
<a href="" target="_blank"></a><br />
<strong>Similar Posts:</strong>
<ol class="similar-posts">
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36" rel="bookmark" title="2007年6月23日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00" rel="bookmark" title="2008年5月8日">ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/10/14/00/00/41" rel="bookmark" title="2007年10月14日">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（亀山郁夫・訳）</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/07/11/00/00/03" rel="bookmark" title="2007年7月11日">おぉ　ｗ（ﾟoﾟ）ｗ</a></li>
<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/08/14/00/00/00" rel="bookmark" title="2009年8月14日">ドストエフスキー / 死の家の記録</a></li>
</ol>
<p><!-- Similar Posts took 25.487 ms --></p>
<div id="wherego_related"><h3>このページを見た人は、他にこんな記事を見ています↓</h3><ul><li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36" rel="bookmark" class="wherego_title">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）</a></li><li>Powered by <a href="http://ajaydsouza.com/wordpress/plugins/where-did-they-go-from-here/">Where did they go from here?</a></li></ul></div><p>No related posts.</p>
	<h4>Related posts</h4>
	<ul class="st-related-posts">
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/06/26/00/00/00" title="村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2) (2009年6月26日)">村上春樹 / 1Q84 (BOOK 1、BOOK 2)</a> (0)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2009/05/01/00/00/00" title="古屋雄作 / R65 [DVD] (2009年5月1日)">古屋雄作 / R65 [DVD]</a> (2)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/08/08/00/00/00" title="伊藤健太郎 / 男のための自分探し (2008年8月8日)">伊藤健太郎 / 男のための自分探し</a> (3)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2007/06/23/00/00/36" title="ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部） (2007年6月23日)">ドストエフスキー ～ カラマーゾフの兄弟（第１部～第３部）</a> (1)</li>
	<li><a href="http://charlie432.fool.jp/2008/05/08/00/00/00" title="ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破） (2008年5月8日)">ドストエフスキー / カラマーゾフの兄弟（まんがで読破）</a> (2)</li>
</ul>

]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>4</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://charlie432.fool.jp/2007/04/16/19/53/03" />
	</item>
	</channel>
</rss>

