オスカー・ワイルド ~ ドリアン・グレイの肖像

「面影の 変わらで年の つもれかし たとえ命に 限りあるとも」と詠んだのは小野小町ですが、男女を問わず、永遠の若さには誰もがあこがれるものです。しかし、それが叶わぬ願いと知れば、次に問題になるのは“どう歳をとるか”ということでしょう。「40歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任をもたねばならない」エイブラハム・リンカーン)という言葉もあるように、容姿の良し悪しではなく、顔にはその人の人生が刻まれると言われます。
 では、行為のすべてが、自分自身ではなく肖像画に影響を及ぼすとしたら……悪業の報いを受けるのも絵画ならば、老けゆくのも自分の分身……この『ドリアン・グレイの肖像』はあらすじ読むだけでも十分に面白い作品かと思います。[以下、ネタバレにご注意を]
 美青年ドリアンが、肖像画の変化に最初に気づいたのは、少女シビル・ヴェインを冷酷なまでに突き放し、傷つけた後でした。
この絵はひとつだけ自分のためになることをしてくれた、とかれは考える。自分がシビル・ヴェインにたいしていかに不当で残酷な仕打ちをしたかということを、この絵のお陰で知ることができたのだ。(中略)この肖像画はかれにとってはもっとも魔術的な鏡となるのだ。この絵はこれまでかれ自身の肉体をかれに開示したように、今後はかれ自身の魂を開示するであろう。(第8・9章)
 眼前の肖像画の残忍な表情と、彼女の自殺の知らせに戸惑うドリアンは、この絵を世人の眼から隠すことを図ります。
そうだ、あれならあの怖ろしい代物をくるむに丁度いい。おそらくあれは死者の棺を覆うのにたびたび使われたことだろう。こんどは、死の腐敗そのものよりもなお悪性な独自の腐敗を行うものを隠すことになったのだ――多くの恐怖を生み、しかもけっして死滅することのないものを隠すのだ。屍(しかばね)を蛆(うじ)が食い荒らすと同様に、画布に描かれたあの似姿をかれの罪業が食いつぶすのだ。罪業は肖像画の美をむしばみ、その優美さを食い破るのだ。肖像画を穢れさせ、恥辱のものと化せしめるのだ。しかも、それでもなお当の肖像画は生き続けることだろう。いつまでも生き続けることだろう。(第10章)
 その後、彼の美貌と若さは依然として保たれたままですが、穢れた魂を見せつけられてからというもの、苦悩から離れることはありませんでした。最終章(20章)で、彼の煩悶は最高潮に達します。
ああ、おれはなんという高慢と激情の衝動に駆られて、あのとき、肖像画がおれの日々の重荷を背負ってくれて、穢れることなき輝かしい永遠の若さをおれが保ち続けるようにと願をかけてしまったのか!おれの破滅はすべてそのためだ。おれが人生の罪を犯すたびに、かならず間髪をいれずに罰がやってきたほうが、おれのためによかったのだ。罰せられることには浄化がある。「われらの罪を赦し給え」の代わりに、「罪ゆえにわれを打ち給え」という言葉こそ、もっとも正しき神にたいする人間の祈りであるべきだ。
 この罪から開放されるには、善行を積むしかない、とドリアンは魂の浄化に努めるようになります。
そうだ、おれは善良になるのだ、そして、おれがひと眼を避けて隠しこんだあの呪わしい代物も、もはやおれにとって怖るべき戦慄の的ではなくなるのだ。なんだか、もう胸の重荷が取れて、身が軽くなったような気がする。
 ところが、
あっという苦痛と憤怒とに満ちた叫びがほとばしった。なにも変わってはいなかった――ただ、眼のうちに狡猾な表情が宿り、口には偽善者のねじけた皺が見られるだけだ。いやらしさはそのままだった――いや、以前にも増していやらしいかもしれぬ(中略)。かれはぞっと身を顫(ふる)わせた。おれのあの善行も、結局は虚栄にすぎなかったのか? あるいは、(中略)目先の変わった感覚を味わおうとする欲求にすぎなかったのか? それとも、あるがままの自分よりも立派な行為をしようと仕向ける演技にたいする情熱だったのか? いや、この三つの動機がすべてまじっていたのかもしれない。
 気休め程度の善行で、彼の積み重ねてきた罪悪は、清算されるものではなかったのです。
おれはいつまでも過去の重荷を背負わねばならぬのか? やはり白状すべきだろうか? とんでもない。おれに不利な物的証拠はただひとつしかない。まさしくこの絵こそ唯一の証拠なのだ。よし、これを抹殺してしまえ。いままで、なぜこんなに長い間取って置いたのだろう? かつては、これが変化し、老けてゆく様を見守るのが楽しみだった。いまでは、そんな快感を味わうどころか、この絵のため夜も睡れず、(中略)これを思いだすだけで、多くの歓喜の瞬間が損なわれたのだ。これはおれにとって良心と同じようなものだったのだ。そうだ、良心だったのだ。どうしても抹殺してやる。・・・
 そして衝撃的な結末で、この小説は幕を閉じます。
 フィクションにして、「無常」「罪悪」「業報因果」「偽善」「心の闇」などの人間の偽らざる姿をリアルに描いた名作と言わずにおれない作品でした。鎌倉時代の親鸞聖人が、自己の姿をこう表現したのを思い出します。
悪性さらにやめがたし 心は蛇蠍のごとくなり 修善も雑毒なるゆえに 虚仮の行とぞなづけたる
 心の中に潜むヘビやサソリのような恐ろしい心、これが、時代や国を超えて変わらぬ真実なのでしょうか。
 今回は福田恒存さんの訳(新潮文庫)で読みましたが、芸術至上主義的な思想は読んでいて消化不足のところがありました。機会があれば光文社古典新訳文庫(仁木めぐみさん訳)で読んでみたいと思います。
 なお、この作品を知ったのは、LIONSHEART「Portrait」という曲がきっかけでした。原作のイメージをよく表した名曲だと思います。

音質、画質悪いですが、、、
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