遠藤周作~沈黙

遠藤周作 沈黙
 毎週、仏教の話を聞いているという友達に紹介されて読んだ本ですが、遠藤周作といえばクリスチャンです。彼女がなぜこの本を勧めたのか、聞いてみると「暗いの好きだから」と笑っていましたが、実際読んでみて、なるほどと納得しました。これは、遠藤周作自身の、キリスト教信仰の崩壊を告白した小説ではないか、と思います。ちょうど、国木田独歩「祈らずとても、助くる神なきや」と叫んだように、「神は存在するのか」という悲痛な叫びが聞こえてくるようです。
 キリスト教弾圧の激しかった日本に、果敢に布教に乗り込む宣教師ロドリゴが目にしたのは、過酷な弾圧の実態でした。文章で読むだけでも身震いするような、恐ろしい表現が続きます。日本人を救う為にやってきたロドリゴは、その光景を前になす術もなく、神の奇跡を願うのですが、神は終始「沈黙」を保ったまま。そして、自分が棄教しない限り信者は許されない状況に追い詰められ、彼の苦悩は深まってゆくのです。  踏み絵の中のキリストに、「踏むがよい。お前のその足の痛みを、私がいちばんよく知っている。その痛みを分かつために私はこの世に生まれ、十字架を背負ったのだから」と語りかけられ、彼は踏絵を踏むことを決意するのですが、なおも心の支えを以下のような結末で表現しています。
自分は彼等を裏切ってもあの人(イエス)を決して裏切ってはいない。今までとはもっと違った形であの人を愛している。私がその愛を知るためには、今日までのすべてが必要だったのだ。私はこの国で今でも最後の切支丹司祭なのだ。そしてあの人は沈黙していたのではなかった。たとえあの人は沈黙していたとしても、私の今日までの人生があの人について語っていた。
「信じる」とは、疑いの心を必死に押さえ込もうとしている姿に他ならないのではないか、と思いました。
 ひたすら暗く、重く、沈鬱な空気が終始充満している作品ですが、多くの人が読むべき傑作ではないかと思います。  信仰とは如何なるものか、考えさせられました。特に日本人は宗教的無知、無関心が指摘されていますので、私もこれから勉強してゆきたいと思います。次はドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』でも読んでみようかと考えています。
 ちなみに、仏教の信心について調べてみましたが、「平生業生」という言葉があって、生きているときに救われた自覚があると教えられているようです。詳しいことはこれから調べるとして、最後まで沈黙の神よりも、私には仏教があっているかも知れません。

(参考) 愛とまごころの書評 U田の感想文 「読書放浪」より ウィキペディア

森見登美彦~夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女
 会社の先輩に紹介されて読んだ本です。2007年本屋大賞にノミネートされました。
 結構面白かったです。頭を空っぽにして、笑い飛ばしながら読めました。  ストーリーは、黒髪の乙女を、先輩の私が追い求めるというものですが、登場人物の個性の濃さと、独特の文体が魅力です。乙女と私がほぼ交互に語る形式で、お互いの視点から楽しむことが出来ます。
 で、私は、彼女をいかにものにするのか? 名付けて「ナカメ作戦」、すなわち“なるべく彼女の目にとまるよう心がける”というものなのですが、天真爛漫な彼女はなかなかそれに気づかず、読者はやきもきするのです。「あ!先輩、奇遇ですねえ!」「ま、たまたま通りかかったもんだから」こんな会話が何度も繰り返されるのです。そしてことごとく作戦は失敗。しかし私はけなげにナカメ作戦を敢行してゆきます。
 その間、私の頭の中はどうなっているのかというと、ただひたすら妄想が渦巻くのです。そこら辺の描写が思いっきり笑えます。
 どこまでも暴走する己のロマンチック・エンジンをとどめようがなく、やがて私はあまりの恥ずかしさに鼻から血を噴いた。  恥を知れ。しかるのち死ね。  しかし私は、もはや内なる礼節の声に耳を傾けはしない。  なぜなら、堕落のきわみにある現今の大学において、ことあるごとに恥を知り、常住坐臥礼節を守ってきても、報われることは皆無だったからだ。

 シャイな私は、なかなかストレートにアタックしないところがこれまた愛すべきところです。
 それだけ人事を尽くしたなら、まずたいがいの目論見は叶うものだ。しかし、黒髪の乙女の城は難攻不落であった。  そもそも私が決定的な手を打つことから逃げている、不要な大迂回をしているという多数の異論はひとまず却下しておこう。それは後々考える。  まず何よりも分からないのは、彼女が私をどう思っているかだ。果てして私を、一人の男として、いや、せめて一人の対等な人間として彼女は認識しているのか。  それが私には分からないのであった。  それゆえに、私は決定的な一打をうてなかったのである。

「李白さん」や「パンツ総番長」などの個性派キャラも微笑ましく、ホノボノする作品ですね。  学園祭でのゲリラ演劇「偏屈王」も、騒々しく、いかにも「青春!」って感じでした。
 文学青年の書いたギャグマンガという雰囲気です。息抜きにどうぞ。
(参考) http://www.kadokawa.co.jp/sp/200611-07/ http://www.blog-headline.jp/book/archives/2007/01/post_11.html http://pumila.jugem.cc/?eid=577

Filed under: も:森見登美彦  タグ: , , , , , , ,   charlie432 21:16  Comments (0)

東野圭吾~手紙

手紙(原作)
東野圭吾さんの作品は、他には、ドラマ化された『白夜行』と、直木賞受賞作品『容疑者Xの献身』、そして『赤い指』を読んだことがあります。どれも秀作ですが、この『手紙』は、その中でも一番心に残りました。
 最初、兄弟愛を描いた作品かと思いながら読んでいましたが、テーマは「偏見と差別」といったところでしょうか。それを象徴するかのごとく、あの名曲が効果的なメタファーとして使われているのが印象的です。
 物語は、弟思いの剛志が、意図せず老婆を殺してしまう場面から始まります。実は『赤い指』を読んだとき、「『容疑者~』のパクリではないか」と思ってしまったので、正直、「またこのパターンか」とも思いましたが、さすがは東野圭吾。その後、読者に大いなる難問を投げかけるのです。
 兄への複雑な思いを抱きつつ、進学、就職、恋愛など、必死に生きる弟の直貴。しかし、成功まであともう一歩、というところで「犯罪者の弟」という動かし得ぬ事実に行く手を阻まれる。読者は、兄から届く「ほのぼの」とした手紙に、次第に怒りを覚え、直貴に感情移入してゆきます。そして彼は、一大決心を……。
 とにかくストーリーがリアルなんですよね。いつ自分が事件の被害者になるか分からないし、加害者にもなり得る。あるいは身近な人間になるかも知れない。「そんな時、君ならどうする?」と筆者から問いかけられているようです。誰もが差別を嫌い、偏見を醜いものだと思っていながら、果たして潔癖な人間など存在するのだろうか?自分ならどうするだろうか?と考えずにおれませんでした。  視線を内側に向ければ、否定しきれない偽善的な自己、そして理想と現実のギャップを見せつけらるようです。
 この作品の登場人物は、皆、一生懸命、幸せを求めて生きています。特に、直貴は人一倍強く、逞しく自分の道を切り開いて進んでいるのです。しかし兄の犯した罪が弟にも影響を及ぼしてしまうのは、理不尽とは思いつつも、これが現実なのかと認めざるを得ません。  誰もが幸福を求めて生きているのに、そうなれない人間が出てしまうのはなぜか?  人の幸・不幸は何によって決まるのか?  差別や偏見のない社会など、実現可能なのか?  そもそも幸福とは一体何なのか?
 色々考えさせられる『手紙』でした。東野圭吾も難しいテーマに果敢に取り組んでいるなあ、とその執筆意欲に頭が下がるばかりです。(作品の多さにも)
 ちなみに私はこちらの装丁の方が好きですが、兄貴の文章が見える方も捨てがたいですね。温かみのある文字が、怒りのやり場を見失わせてしまう……(涙)



(参考) パンドラさんのブログ よしさんのブログ 扉のむこう 沖縄日和 (続きを読む…)

Filed under: ひ:東野圭吾  タグ: , , , , , , , , , , , , , , ,   charlie432 23:06  Comments (8)
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