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モーツァルト Archive

モーツァルト / 交響曲第25、40番

「マルチェッロ 他 / オーボエ協奏曲」のところでも
チラッと書きましたが、
音楽を積極的に聴くきっかけとなったのは、
小学生の時に出会ったモーツァルトでした。
交響曲第40番がその曲です。
たぶん知らない人はいないのではないか
と思える第1楽章冒頭ですが、
演奏者によってかなり印象が変わりますよね。
自分が好きなのは、
アヒルの「刷り込み」現象ではありませんが、
初めて聴いたルドルフ・バルシャイ指揮によるモスクワ室内管弦楽団の演奏です。
と思って何気なく検索してみたら、ありました! これです!
世界大音楽全集
これ(→)が家にあったのですが、
小・中学生の時、これを何度も繰り返し聴いていました。
「河出書房 世界大音楽全集」
レコードに傷がついて、音が飛ぶこともあっても、
円周方向に溝を掘って針がぶれないようにし(^^;ゞ
何度も聴きました!
他にも
交響曲第41番『ジュピター』
ヴァイオリン協奏曲第5番
ピアノ協奏曲第13番の音源もあり、
ここから出発して、ひたすらモーツァルトを追求したのを思い出します。
40番の交響曲はCDを何枚か持っているのですが、
その中の1枚がブルーノ・ワルターの名演!
1950年代の、古さ故のノイズが逆に味わい深くて好きですねぇ。
25番とのカップリングというのもおいしい1枚です。
一般に、
40番をモーツァルトの「ト短調交響曲」、
25番を「小ト短調」と言っていますが、
25番はやや荒削りながらも早熟な印象を受け、
40番は30代にして円熟のモーツァルトを感じることが出来ます。
実際、
40番は亡くなる3年前の32歳、
25番はなんと17歳の時に作曲されたものなんですよね。
どちらも、モーツァルトの才能が余すところなく感じられる名曲だと思います。
よく、彫刻などの達人は、
石や木を彫って何かを創るのではなく、
中に埋まっている仏様や何かの魂を掘り起こすような感覚を口にしますが、
モーツァルトも同じではなかったかと思わされます。
あたかも、はじめから存在していた音色の調和を、
多くの人が演奏できるように具現化したかのような、
格調高く美しい2曲だと思います。
そういえば、
科学法則や人体の構造などを詳しく見てみると、
人間の作ったどんな精緻なものよりも、
自然界に存在する秩序の無駄のなさ、鮮やかさに驚かされることがあります。
「作曲」するのではなく、天から降りてきた音楽を五線譜に書き記すという作業。
それが天才といわれる人の仕事だったのかもしれません。
モーツァルト
MOZART
交響曲第40番ト短調K.550
SYMPHONIE Nr.40 G-moll K.550
I. Molto Allegro
II. Andante
III. Menuetto:Allegretto
IV. Allegro assai
交響曲第25番ト短調K.183
SYMPHONIE Nr.25 G-moll K.183
I. Allegro con brio
II.Andante
III.Menuetto
IV.Allegro
交響曲第40番 1952年5月18日、ウィーン ムジークフェラインザール
交響曲第25番 1956年7月26日、ザルツブルク祝祭劇場
ORF(オーストリア放送協会)放送用ライブ録音テープ使用(モノラル)
Symphonie Nr.40 Recorded on 5/18/’52 Musikvereinsaal, Vienna
Symphonie Nr.25 Recorded on 7/26/’56 Festspielhaus, Salzburg
IN ZUSAMMENARBEIT MIT DEM O.R.F.
演奏は違うけれど

Mozart Sympnony No.40 1st Mov.

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モーツァルト / 付随音楽『エジプト王タモス』 K.345

小学校4年生の時、交響曲第40番、41番で目覚めたモーツァルト。これが、積極的に音楽を聴くようになったきっかけです。


最初の数年間はモーツァルト一辺倒でした。他にもハイドンベートーヴェンも聴きましたが、とにかくモーツァルトでした。隔週で発行されるFMラジオの雑誌を買ってタイムテーブルを調べ、モーツァルトの曲が流れる番組は、ほぼ全てタイマー録音しました。120分テープ、2デッキで最大4時間の録音が可能でした。


今はカセットテープは使いませんが、小遣いをやりくりしてためた約1000本の恐らく4分の1ぐらいはモーツァルトではないでしょうか。


その中で、結構初期の頃にはまった曲が、T.F.v.ゲブラーおよびJ.テラソンの小説『セトス』のために作られた、付随音楽『エジプト王タモス』K.345です。


モーツァルトの、未完にして唯一の付随音楽です。ちなみに、歌劇付随音楽について、井上和男編著『クラシック音楽作品名辞典』(の古書)で調べてみると、

付随音楽

incidental music [英]:Gelegenheitsmusik・Inzidentalmusik [独]:musique de scne [仏]:musica di scena[伊]劇の間に挿入したり、台詞の背景に奏される目的で作曲された音楽。一般的には、前奏曲や間奏曲を含まない。

歌劇

opera[伊・英]:Oper[独]:opra[仏]16世紀末にフィレンツェのカメラータがギリシア演劇の復興として開発した形式で、初期バロック時代まではヴェネツィア楽派が主流であったが、後期バロックではナポリ楽派が興り、またフランスには宮廷バレエと結合した独自の様式も生れた。以来各国、各民族でさまざまな発展をとげ、楽劇という形も生まれ、現在でも西洋音楽の主要なジャンルとして生命を保ちつづけている。

とあります。何せ、ともかく劇につけた音楽です(^^;ゞ


この『エジプト王タモス』は1779年の作曲のようですから、モーツァルト20代前半の作品となります。「d-score モーツァルト 年譜」によると、同時期の作品としては

があり、中でも協奏交響曲変ホ長調 KV 364は大好きで、過去にも取り上げました。

モーツァルト~協奏交響曲変ホ長調 K364
この時期のモーツァルトは晩年とは違った魅力があると思います。


『エジプト王タモス』ですが、あまりメジャーではないのでしょうか? 調べてもあまり資料が見つかりませんでした。


でも非常に良い曲です!


声楽曲としては、レクイエムや歌劇『魔笛』『ドン・ジョヴァンニ』、器楽曲ではピアノ協奏曲第2024番、交響曲第2540番、弦楽五重奏曲第4番ト短調を思わせる充実ぶり、迫力は、若きモーツァルトの相当の意欲作ではないかと思わずにおれません。


これがその冒頭ですが、


Mozart – Thamos Ko”nig in A”gypten
以下のリンクで全曲試聴できます。2曲目や最後の曲は実に良いです!初期 CHILDREN OF BODOM がやっていてもおかしくない、かっこよさですe(゚д゚ )9!!

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モーツァルト / ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219 『トルコ風』

 モーツァルトの番号つきヴァイオリン協奏曲は7曲までありますが、第6、7番はモーツァルトの作品かどうか疑問視されていますので、一般には5曲とされています。その5曲は1975年、19歳の時にまとめて書き上げられており、どれも非常に素晴らしいのですが、中でもこの第5番は、他の4曲と比べ、特に完成度が高い作品だと思います。第3楽章で突然表れるイ短調の曲調が軍楽風なので「トルコ風」というあだ名でも知られています。


 いかにもモーツァルトらしい、明るく華やかで、堂々とした協奏曲ですが、どことなく陰りというか悲しみのようなものを感じてしまうのは私だけでしょうか? モーツァルトは、天才ゆえに他人から理解されない苦悩を抱えていた人なのではないか、と思ってしまいます。


 顔で笑って心で泣いているような、不思議な感覚の多いモーツァルトの中でも、とくに好きな1曲です。


Janine Jansen violin
European Union Youth Orchestra
Vladimir Ashkenazy conductor


第1楽章(冒頭)

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モーツァルト ~ フルートとハープのための協奏曲

「黄金のフルート●パトリック・ガロワV(来日記念盤)」というCDを持っています。「V」というからには少なくとも「I」~「IV」まではあるようですが、このシリーズが幾つあるかは分かりません。パトリック・ガロワのフルートによる演奏です。帯には、


「真の才能に彩られた超名盤。卓越した芸術感覚。ため息が出るほどだ。これは僕にとって無くてはならぬCDになった。
音楽評論家 宇野功芳

とありますが、このCDを購入した目的は、ガロワ目的ではなく、むしろハープの音色に惹かれてのことです。


 大抵は、ハープといったらオーケストラの中に埋もれて、たまに目立つぐらいですが、モーツァルトは、そのハープを独奏楽器として協奏曲を書いています。当時、ハープは楽器としてまだ不完全なものだったようで、しかもフルートとの組み合わせは珍しいのですが、彼は大変な名曲に仕上げています。第2楽章はとりわけ有名です。


フルートとハープのための協奏曲 K.299 第2楽章
 優雅で癒されます。フルートの音色を鳥のさえずりにたとえると、ハープはよどみなく流れる清水のようで、爽やかな朝、ゆったりとした気持ちで聴きたい曲です。








 フルート協奏曲第2番はニ長調の曲ですが、原曲はオーボエ協奏曲ハ長調です。共にK.314なので、それを知るまでは戸惑いました。


フルート協奏曲ニ長調(第1楽章)
オーボエ協奏曲ハ長調(一部編曲)




Links:
just beside you
フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K.299
フルートとハープのための協奏曲 ハ長調K.299 (297c)




Track List:
フルート協奏曲第2番ニ長調K.314
(1)第1楽章 アレグロ・アペルト
(2)第2楽章 アンダンテ・マ・ノン・トロッポ
(3)第3楽章 アレグロ


フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299
(4)第1楽章 アレグロ
(5)第2楽章 アンダンティーノ
(6)第3楽章 ロンド・アレグロ




パトリック・ガロワ(フルート)
フレディリック・カンブレラン(ハープ)
エマニュエル・クリヴィン(指揮)
フランス室内合奏団

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モーツァルト/ブラームス ~ クラリネット五重奏曲

 クラリネットの音色は、人間の声に最も近いと聞いたことがあります。確かにそう言われてみればそんな気がしないこともありません。木管楽器の中では、哀愁を帯びたオーボエと、やわらかく空間を包み込むような音色のクラリネットが好きなのですが、特にクラリネットは聴いていて心地の良いものです。でも、中には気持ちよくてついウトウトしてしまうものも○o。.(-。-)子守歌には最適な楽器だと思います。
 そんな訳で、もともと弦楽四重奏曲が好きな上に、クラリネットが加わったクラリネット五重奏曲は非常に好きな形式の一つです。といってもモーツァルト、ブラームス、ウェーバー以外にはあまり聴いたことがないのですが。


●モーツァルト クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581
 数あるモーツァルトの名曲の中で1、2を争うほど好きな曲です。クラシック音楽には「交響曲」「協奏曲」「声楽」「歌劇」など、様々なジャンルがありますが、この曲を聴くと、モーツァルトほど、そのジャンルにふさわしい曲作りをした人はいないのではないか、と思わずにおれません。形の上からすれば「弦楽四重奏曲+クラリネット」ですが、それぞれの楽器が見事に調和して、「4+1>5」という化学反応を起こしているような感銘を受けます。極めて上品で、優雅な思いにさせてくれる、天才の作り出した音楽だと思います。


●ブラームス クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115
 いかにもブラームスらしい美しい旋律に満ちあふれています。彼の交響曲を髣髴とさせる雰囲気も感じさせられます。ただ、モーツァルトの曲が余りに好きなため、このブラームスはさほど聴き込んでいません(>_<)。また新たな感動を得られたら取り上げたいと思います。


(関連)
ピースうさぎの音楽ブログ
気まぐれ音楽日記帳
コンサートホール – 日々是々然々
一年365枚 ver.2.0

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モーツァルト~協奏交響曲変ホ長調 K364

モーツァルト協奏交響曲
 モーツァルトに名曲は数多くありますが、私は、中でもこれが非常に好きです。表面的には明るい曲調なのに、全体的にどこか寂寥に満ちた感じがするところに魅力を覚えます。寂しく、悲しい、暗い曲といえば、交響曲の25番40番ト短調の弦楽五重奏曲などが秀逸ですが、この協奏交響曲もなかなかの名曲だと思います。


 彼は天才なるが故に、凡人に認められない憂苦を抱えていたのではないでしょうか。映画『アマデウス』は、凡人の苦しみが描かれていますが、同時に天才の苦悩も感じずにおれません。そのフラストレーションを曲にぶつけた結果が、上記のような名曲となったのかも知れません。


 さて、この協奏交響曲ですが、独奏楽器はヴァイオリンヴィオラ。日頃ヴィオラを好んで弾いていたモーツァルトはこの曲にある仕掛けをします。その仕掛けとは……


  1. 独奏ヴァイオリンとヴィオラはほとんど同じ旋律を、まるで競い合うように弾き合う
  2. ヴィオラの調性を上げ(つまり半音上げチューニング)、ヴァイオリンに劣らぬ響きを出し、存在感を持たせる


 これにより、どんな効果が生まれたのか?これこそモーツァルトによる無言の上司批判!だったのです。


 当時、ザルツブルクコンサートマスターを努めていたモーツァルトは、雇い主である大司教コロレドと犬猿の仲でした。というのも、自由に、新しい発想で音楽をやりたいと思っていた天才モーツァルトにとって、彼の深い芸術性を理解してくれないコロレドは、目の上のたんこぶでしかなかったのです。しかも彼は、ブルネッティというヴァイオリニストが大変お気に入りで、ことある毎に彼を誉め、モーツァルトの芸術には目もくれないのです。


 息子を案ずる父レオポルドの手前、表だってケンカをすることも出来ず、モーツァルトは、ブルネッティのヴァイオリンと自分のヴィオラを比較させることによって、歴然とした実力の差を見せ付け、コロレドの鼻を明かそうとこの曲を書いた、という訳なのです。


 人は「天才」を羨み、あこがれますが、「変人と紙一重」と言われるように、一般人に理解されない宿命を背負わねばならないのも現実のようです。


 作家であれ、芸術家であれ、どんなに自信があっても自分の作品が認められないと、悲しいものですよね。下手すると創作意欲の低下につながりかねません。
「私の時代が来る」と言って、死後評価が高まったマーラー然り、天才とは悲しき存在なんですね。


 その点、他人の批評をひどく気にして何度も加筆修正したブルックナーは、可愛らしく愛着を感じてしまいます。








(参考)
Mozart con grazia
ウィキペディア
うっちいの音楽箱!
コロレド大司教はホントに悪者?
少年少女のためのモーツァルト物語

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