美しき日本(11) / 続・富士山と桜 – 狩宿の下馬桜

美しき日本(9) / 富士山と桜」では、 どうしても赤富士が撮れなかったので、 再び行ってきました! 天気予報を参考に、選んだ場所は静岡県富士宮市。 どうせ撮るなら富士山だけでなく、桜も一緒に撮りたいということで、 (さらに言うならデジカメで撮りたい、、、) 地元の人にオススメポイントを教えてもらって、ここ↓ 狩宿の下馬桜へ行ってきました。 ここの桜は、なんでも天然記念物に指定されているとか!
美しき日本(11) / 続・富士山と桜 - 狩宿の下馬桜

狩宿の下馬ザクラ

<国指定特別天然記念物>

 井出家の邸宅前にあるヤマザクラの樹は「下馬ザクラ」と呼ばれています。このサクラのあるところは、頼朝が馬から下りた場所や、頼朝の元へ伺候(しこう)した御家人が馬から下りた場所だといわれています。  また、このサクラの樹には、頼朝が馬をつないだ「駒止めの桜」の伝説や、頼朝が山野を巡り歩いたときに使っていた桜の杖を地面に刺したところ根付いたものだという伝説もあります。
で、何で天然記念物に指定されているの? と思って説明を見ると、
美しき日本(11) / 続・富士山と桜 - 狩宿の下馬桜 美しき日本(11) / 続・富士山と桜 - 狩宿の下馬桜

狩宿の下馬桜

国 指 定  特別天然記念物

指定年月日 昭和27年3月29日

 この地は「狩宿」といわれ、建久4年(1193年)源頼朝が、富士の巻狩の際に陣屋を設けた所と伝えられる。頼朝の本陣(宿所)は井出館におかれ当時の館は、現在の出井家の北東側にあった。  「狩宿の下馬桜」は、別名「駒止めの桜」と呼ばれ、頼朝が桜の枝に馬をつないだと伝えられる。  この桜は赤芽のシロヤマザクラで、花序4.5センチメートル、花径3センチメートル。開花時期は4月10日から20日頃である。  かつては、目通り8.5メートル、枝張り東西22メートル、南北16メートルの巨木であったが、たびかさなる台風等により損傷し、往時の雄姿はしのばれない。しかし近年若芽の成長により樹勢を盛り返している。  あはれその    駒のみならず見る人の      心をつなぐ山桜かな
徳川15代将軍 慶喜詠
w(゚o゚)w 22メートル、南北16メートル とは何とも巨木! 現在はそこまで大きくなかったですが、なかなか見事な樹でした。 で、天然記念物ゆえ、ライトアップは出来ないそうで、 夜はこのようにかがり火で楽しめるようになっていました。
美しき日本(11) / 続・富士山と桜 - 狩宿の下馬桜 ↑ まだまだ明るい 美しき日本(11) / 続・富士山と桜 - 狩宿の下馬桜 ↑ このくらいが一番キレイ? 美しき日本(11) / 続・富士山と桜 - 狩宿の下馬桜 ↑ かなり厳しい? 美しき日本(11) / 続・富士山と桜 - 狩宿の下馬桜 ↑ フラッシュの焚けるデジカメが欲しいと、切実に思いました 富士山をバックにした下馬桜の写真などはこちらです。 (^^)ノシ ↓
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Filed under: ★芸術雑感  タグ: , , , , , , , , , , , ,   charlie432 13:00  Comments (0)

きょうはつとむと関連する(BlogPet)

きょうはつとむと関連する?
それとも解雇する?

*このエントリは、ブログペットの「つとむ」が書きました。

Filed under: ★Blog Pet  タグ: ,   charlie432 10:52  Comments (0)

美しき日本(10) / 続・六本木ヒルズ(毛利庭園)

美しき日本(8) / 六本木ヒルズ(毛利庭園)」の追加です。 最近、六本木ヒルズがお気に入りです。特に、毛利庭園。
明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは
(親鸞聖人)
の詠ではありませんが、 散りゆく桜の命のはかなさを感じつつ、 ほぼ毎夜、訪れてしまいました。 この毛利庭園とはどのようなものかというと、
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●ごあいさつ

毛利庭園

 六本木ヒルズの緑のシンボルとして、「空」と「緑」を感じられる日本庭園を作庭いたしました。この庭園では、古くからの地形を活かして池や流れを造るほか、クスノキ・サクラなど9本の既存樹木を残して、春はサクラ、秋はモミジと季節の変化を楽しめる回遊式庭園としました。 この庭園が、これからも開かれた庭園として、多くのみなさまに親しまれ愛されることを願っています。
平成15年4月 六本木六丁目地区市街地再開発組合

MOHRI GARDEN

The Japanese garden with an atmosphere of sky and green was created as a symbol of green at Roppongi Hills. In the course of landscaping, old land features were utilized to create the pond and water flow. Nine existing trees such as camphor tree and cherry tree have been preserved, which contributed to the birth of a so-called "stolling garden" with seasonal changes in the scenery like cherry blossoms in spring and maple leaves in autumn. We are wishing that this garden serves as an exhibited garden which is loved by many people.
April, 2003 Roppongi 6-chome Redevelopment Association
ということですから、桜が散った後も、四季折々の変化が楽しめそうですね。 植えられている木は、
<保存樹木>
クスノキ エノキ ソメイヨシノ イチョウ(堀内移植)
<主要な樹木>
高木:   ヤマモミジ   カエデカヤ   サクラ(シダレヨウコウ) 低木:   ツツジツゲアセビ   (ドウダンサツキヒラド他) 地被:   シャガセキショウ
花の名前を覚えるのは苦手ですが、、、(^^; 歴史的には、
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東京都指定旧跡

毛利甲斐守邸跡(もうりかいのかみていあと)

所在地 港区六本木六丁目九番 指定 昭和十八年三月十六日

 この地は、吉良邸討入りに加わった元赤穂藩士四十七人のうちの十人が預けられた長門長府藩毛利家麻布日ヶ窪(ながとちょうふはんもうりけあざぶひがくぼ)上屋敷の一部である。中国地方の戦国大名毛利元就の孫にあたる秀元(ひでもと)を初代とする毛利家は、現在の山口県下関市に藩庁を置いた外様大名(三万六千二百石)である。赤穂事件当時の三代藩主毛利綱元(つなもと:一六五〇~一七〇九)は、五十六年間の在任中に家臣団の整備や財政の建て直しを図り、藩政を確立させるとともに、歌集『七石集(しちせきしゅう)』を著すなど、和漢の学に長じた名君として知られている。  元禄十五年(一七〇二)十二月十五日、藩主毛利綱元は、家老田代(たしろ)要人を請取人(うけとりにん)として江戸詰藩士(えどつめはんし)三百余人を大目付仙石伯耆守邸(せんごくほうきのかみてい:現在の港区虎ノ門二丁目八)に遣わした。岡島八十右衛門常樹(おかじまやそうえもんつねき)、吉田沢右守衛兼貞(よしだざわうえもんかねさだ)、竹林唯七隆重(たけばやしただしちたかしげ)、倉橋伝助武幸(くらはしでんすけたかゆき)、間新六光風(はざましんろくみつかぜ)、村松喜兵衛秀直(むらまつきひょうえひでなが)、杉野十平次次房(すぎのじゅうへいじつぐふさ)、勝田新左衛門武尭(かつたしんざえもんたけたか)、前原伊助宗房(まえばらいすけむねふさ)、小野寺幸右衛門秀富(おのでらこうえもんひでとみ)の十人の日ヶ窪の江戸屋敷に収容された。  元禄十六年(一七〇三)二月四日、幕府の裁きにより十人は、使番斉藤次左衛門利常(つかいばんさいとうじざえもんとしつね:千七百石)、目付鈴木次郎左衛門福一(めつけすずきじろうざえもんよしかづ:五百石)の立会いのもとに、この屋敷で武士の本懐を遂げた。このとき、本藩である長州(萩)藩からも藩士が派遣されており、長府毛利家は、本来の保護を受ける立場であり、義士預りに慎重を期したことが伺える。
という説明文がありました。 歴史も苦手です(^^; 以下写真は、前回夜桜でしたので、昼間の風景を。 (続きを読む…)

Filed under: ★芸術雑感  タグ: , , , , , , , , , , , , , , , , , ,   charlie432 07:00  Comments (0)
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