紅楳英顕 / 「現代における異義の研究 伝道院紀要24号 – 本願力回向」(2)

紅楳英顕 / 「現代における異義の研究 伝道院紀要24号 – 本願力回向」(1)の続きです。



目次
  1 はじめに
  2 第一章 宿善論について
    2.1 一 高森親鸞会の宿善論
↓↓今回はここから↓↓
    2.2 二 宗祖における宿善論
    2.3 三 蓮如上人の宿善論
↑↑今回はここまで↑↑
    2.4 四 高森親鸞会の宿善論の問題点
    2.5 五 真宗先哲の宿善論
    2.6 む す び
  3 第二章 二種深信についての問題
    3.1 一 高森親鸞会の問題点
    3.2 ニ 江州光常寺の主張との比較
    3.3 三 後生の一大事についての問題
    3.4 む す び




二 宗祖における宿善論

 宗祖における宿善に関する文としては、『教行信証』総序には
遇たま行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。(真聖全の二の一)
とあり、『浄土文類聚妙』には
遇たま信心を獲ば、遠く宿縁を慶べ(真聖全二の四四七)
等とある信をえたならば遠く宿縁を慶べとある文(a)、又『唯信鈔文意』には
過去久遠三恒河沙の善根を修せしめしによりて、今、大願業力にまふあふことをえたり、(真聖全二の六三四)
とあり、又『御消息集』には
世々生々に無量無辺の諸仏菩薩の利益によりて、よろずの善を修行せしかども、自力にては生死をいでずありしゆへに、曠劫多生のあいだ諸仏菩薩の御勧めにより、今まうあいがたき弥陀の御誓いにあいまひらせて候、御恩を知らずして、よろずの仏菩薩をあだにまふさんは深き御恩を知らず候うべし。(真聖全二の七〇〇)
とあり、又『正像末和讃』には
三恒河沙の諸仏の出世のみもとにありしとき 大菩提心おこせども 自力かなはで流転せり。(真聖全二の五一八)
等とある過去の善根について述べている文(b)。そして『浄土和讃』に
たとひ大千世界に みてらん火をもすぎゆきて 仏の御名をきくひとは ながく不退にかなふなり。(真聖全二の四八九)
とあり、又
定散自力の称名は 果遂のちかひに帰してこそ おしえざれども自然に 真如の門に転入する。(真聖全二の四九三)
等とある獲信のために聴聞(聞法)や称名にはげむべきことをすすめているのかとも思われる文(C)等を挙げることが出来よう[8]
 (a)においては、獲信したならば遠い過去から現在に至るまでの宿縁を慶ぶべきことが述べられているわけであるが、これに関連して取り挙げておかねばならないことは覚如と唯善(覚如の父覚恵の異父弟)の間で行われた宿善必要説と宿善不必要説である。
このことは、覚如の第二子従覚の『慕帰絵詞』や、覚如の弟子乗専の『最須敬重絵詞』に述べられている。即ち覚如が宿善開発の機が善知識に値って教えをきけば、信心歓喜して報土に往生するのであると宿善必要説を主張したのに対して唯善は本願に十方衆生とちかってあるのだから宿善の有無には関係なく往生することが出来るから不思議の大願なのであると述べて宿善不必要説を主張したのである。覚如はこれに対して『大経』の「若人無善本、不得聞此経、清浄有戒者、及獲聞正法(中略)宿世見諸仏、楽聴如是教」の文、更に善導の『礼讃』の「若人無善本、不得聞仏名、溝慢弊懈怠、難以信此法、宿世見諸仏、則能信此事」の文により、宿善が必要であることは経釈共に歴然であることを示す。唯善はこれに対し、それならば念仏往生ではなくて宿善往生ではないかと非難するのに対して、覚如は宿善によって往生するというのなら宿善往生というのであろうが、そうではなく宿善の故に善知識にあって信心歓喜する時に往生決定し定聚に住して不退に住するというのであるから宿善往生をいっているのではない[9]、と述べている。
『最須敬重絵詞』に
教法にあふことは宿善の縁にこたへ、往生をうくることは本願の力による、聖人まさしく遇獲信心遠慶宿縁と釈し給ふうへは、余流をくみながら、相論におよびがたきかと云々。(真聖全三の八四五)
とあるように、宿善必要説を主張する覚如がここで指摘しているように宗祖の言葉に「遇獲信心遠慶宿縁」、「遇獲行信遠宿縁」とあるのであるから、宗祖も宿善必要説の立場であったものと考えるのが妥当であろう。
 次に(b)についてであるが、これらは宗祖が自身の過去における善根について語っているものであり、『唯信鈔文意』の「過去久遠三恒河沙の善根を修せしめしによりて今、大願業力にまふあふことをえたり」とある文などは過去の善根によりて大願業力にあふことをえた、という宿善が自力によるものとすることを述べているようにみえるものである。
このことは、『教行信証』「信巻」至心釈に
一切群生海、無始より己来、乃至今日今時に至るまで機悪汚善にして清浄の心なく、虚仮諮偽にして真実の心无し、(真聖全二の六二)
とあるものや、信楽釈の
然るに无始より己来、一切群生海、无明海に流転し、諸有輪に沈迷し、衆苦論に繋縛せられて、清浄の信楽无し、法爾として真実の信楽无し、(真聖全二の六二)
とある文や、更には「信巻」引用の「散善義」の
自身は現に是れ罪悪生死の凡夫、曠劫より己来、常に没し常に流転して出離の縁あることなし。(真聖全二の五二)
等とある「曽無一善」「無有出縁」と語っている言葉と矛盾するように感じられる。しかしこの点については(b)の次の文である。『御消息集』に
「世々生々に無量無辺の諸仏菩薩の利益によりて、よろずの善を修行せしかども、自力にては生死をいでずありしゆえに、曠劫多生のあいだ、諸仏菩薩の御勧めによりて、今まうあいがたき弥陀の御誓いにあいまひらせて候」
とあり、『正像末和讃』には
「三恒河沙の諸仏の、出世のみもとにありしとき、大菩提心おこせども、自力かなはで流転せり(真聖全二の五一八)
とあるように、過去に修した自力の善の功徳によって今大願業力にあったというのではなく、過去に修した自力の善はあくまでも捨てものとするのであり、その善根の功徳によって今大願業力にあうことが出来たとする宿善自力説を称えるものではないことが明らかである。
 次に(c)であるが『浄土和讃』に「たとひ大千世界にみてらん火をもすぎゆきて、仏の御名をきくひとはながく不退にかなふなり」とあるのは聴聞(聞法)をすすめているものである。又「定散自力の称名は果遂のちかひに帰してこそ、おしえざれども自然に、真如の門に転入する」「信心のひとにおとらじと、疑心自力の行者も、如来大悲の恩を知り、称名念仏はげむべし」であるが、この二首については、古来一部の学者によって獲信のための信前称名を策励するものとされて来たものであり、現在もそれを主張する人もいる[10]
 先ず「たとひ大干世界にみてらん火をもすぎゆきて仏のみなを聞く」の聞くであるが、宗祖において「聞」とは「信巻」には
聞といふは、衆生仏願の生起本末を聞きて疑心有ること無し、是れを聞と日ふ也(真聖全二の七二)
とあり、又『一念多念文意』には
きくといふは、本願をきゝてうたがふこゝろなきを聞といふなり。またきくといふは、信心をあらはす御のりなり。(真聖全二の六〇四)
等とあるように聞とは信心をあらわすものであり、信心とは「本願力回向之信心也(真聖全二の七二)とあるように他力回向の信心であるから、「たとひ大千世界にみてらん火をもすぎゆきて仏の御名を聞く」という表現ではあっても決して自力の意ではなく、他力の意に他ならないのである。
又、次の和讃の「定散自力の称名」とある真門(第二十願)の称名であるが、宗祖は「化巻」真門釈には
凡そ大小聖人、一切善人、本願の嘉号を以て己が善根とするが故に信を生ずること能はず、仏智を了らず。(真聖全二の一六五)
とあるように「本願の嘉号を以て己が善根とする」真門念仏を修していては信ずることは出来ないことを述べ、又『疑惑和讃』(真聖全二の五二三以下)では真門念仏を厳しくいましめている。このような点から真門念仏をすすめる意が宗祖にあったとは考えられない。更に、「化巻」三願転入の文には
然るに今、特に方便の真門を出でて選択の願海に転入せり、速に難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂之誓良に由へ有る哉。(真聖全二の一六六)
とあるが、ここでいわれている「果遂の誓良に由へ有る哉」とは、宗祖が願海(第十八願)に転入した後において、自己を第十八順に転入せしめた果遂の誓(第二十願)に対する感謝の意の表明である。従って「果遂のちかひに帰してこそ、おしへざれども自然に真如の門に転入する」とある文の意は未だ第十八願にはいりえず、定散自力の心を離れえないままで念仏しているような人でも、果遂の誓いによって自然に真如の門(第十八願)に転入せしめられるのであると述べて、果遂の誓の徳を讃えているのであり、決して定散自力の称名の称功を主張しているものではない。又「如来大悲の恩を知り、称名念仏はげむべし」という文であるが、宗祖においては如来大悲の恩は信を得ることによってはじめて知り得るものとされている。
即ち『教行信証』「総序」には
真宗の教行証を敬信して、特に如来の恩徳深きことを知んぬ。(真聖全二の一)
とあり、「化巻」三願転入の文には
爰に久しく願海に入りて深く仏思を知れり。(真聖全二の一六六)
とあり、『正像末和讃』には
釈迦弥陀の慈悲よりぞ 願作仏心はえしめたる 信心の智慧にいりてこそ 仏恩報ずる身とはなれ。(真聖全二の五二〇)
等とあるように「如来大悲の恩」とは、信によってこそ知られるものであると述べられており、又「化巻」真門釈には
真に知んぬ、専修にして雑心なる者は、大慶喜心を獲ず。故に宗師は彼の仏恩を念報することなし、業行を作すと雖も心に軽慢を生ず(中略)と云へり。(真聖全二の一六五)
と、未だ第十八願の信のない真門念仏の人には仏恩はわからないとあるように、獲信することによってこそ「如来大悲の恩」は知りうるとするのが宗祖の立場である。従って「如来大悲の恩を知り称名念仏はげむべし」ということは、信を得て如来大悲の恩を知り、そして報恩の念仏にはげむべきことをすすめているのであり、決して信前の信を得るための自力の念仏の称功をみとめそれをすすめているのではない。このように「定散自力の称名は……」の称名も「如来大悲の恩を知り称名念仏にはげむべし」の称名も、ともに獲信のための自力念仏をすすめているのではないことは明らかである。従ってこれらの文は宿善自力を意味しているのではないのである。
『高僧和讃』に
釈迦弥陀は慈悲の父母 種々に善巧方便しわれらが无上の信心を 発起せしめたまひけり(真聖全二の五一○)
とあるようにわれらの信心の発起は決して自力によるものではなくすべて釈迦弥陀の善巧方便によるものだとする宿善を他力とするが、宗祖の立場であったものと考えられる。

三 蓮如上人の宿善論

 蓮如上人は宿善についての見解を諸処に述べているが、獲信の因縁を示して『御文章』に「五重の義」をたてている。即ち、
これによりて五重の義をたてたり。一には宿善、二には善知識、三には光明、四には信心、五には名号、この五重の義成就せずば往生はかなふべからずとみえたり(二の一一、真聖全三の四四二)
とあるように、第一に宿善を挙げ、我々の往生のために欠くべからざるものとしている。又、
この光明の縁にあひたてまつらずば、無始よりこのかたの無明業障のおそろしき病のなおるといふことは、さらにもてあるべからざるものなり、しかるに光明の縁にもよほされて、宿善の機ありて他力の信心といふこといますでにえたり。(御文章二の十三、真聖全三の四四五)
とあり、又
されば弥陀に帰命すといふも、信心獲得すといふも、宿善にあらずといふことなし。しかれば念仏往生の根機は宿因のもよほしにあらずば、われら今度の報土往生は不可なりとみえたり。(御文章四の一、真聖全三 の四七五)
等とあるように、獲信のための宿善が欠くべからざるものとして重視されている。
 宗祖においても聴聞(聞法)は勧められるところであったが、蓮如上人においても『蓮如上人御一代記聞書』には
仏法には世問のひまを闕きてきくべし。世間の隙をあけて法をきくべき様に思ふ事、浅間敷ことなり。仏法には明日といふ事はあるまじき由の仰せに候。「たとひ大千世界にみてらん火をもすぎゆきて、仏の御名を きく人は、ながく不退にかなふなり」と『和讃』にあそばされ候。(真聖全三の五六九)
とあり、又
いかに不信なりとも、聴聞を心にいれまうさば、御慈悲にて候間、信をうべきなり。只仏法は聴聞にきはまることなりと云云。(蓮如上人御一代記聞書一九三、真聖全三の五七八)
等とあるように聴聞にはげむことをすすめるのである。しかし乍ら、これも宗祖の場合と同様にはげむことによって、それが宿善となって信が得られるという宿善を自力によるとすることを意味しているのではない。即ち『御文章』に
おほよそ当流には一念発起平生業成と談じて、平生に弥陀如来の本願の我等をたすけたまふことはりをきゝひらくことは、宿善の開発によるがゆへなりとこゝろえてのちは、わがちからにてはなかりけり、仏智他力のさづけによりて、本願の由来を存知するものなりとこゝろうるが、すなはち平生業成の義なり。(一の四、 真聖全三の四〇六)
とあるように、宿善開発が自力によるところでなく、仏智他力によるところであると述べ、又
この光明の縁にもよほされて宿善の機ありて他力の信心といふことをばいますでにえたり。これしかしながら弥陀如来の御方によりさづけましましたる信心とはやがてあらはにしられたり。(御文章二の一三、真聖 全三の四四五)
とあるように、光明の縁にもよほされて宿善の機あり、という宿善を他力とする立場をとっていることが明らからである。又『蓮如上人御一代記聞書』には
宿善めでたしといふはわろし、御一流には宿善有難と申がよく候由仰られ候。(二三三、真聖全三の五九〇)
とあるように、宿善は有難いものであると述べていることも、決して宿善は自力によるものではなく、仏智他力によるものであるとする意が述べられているものと窺うことが出来よう。
 又、存覚上人も『浄土見聞集』に
聞よりおこる信心、思よりおこる信心といふは、きゝてうたがはず、たもちてうしなはざるといふ。思といふは信なり、きくも他力よりきゝ、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひのちりばかりもよりつかざるなり。(真聖全三の三八一)
と「きくも他力よりきゝ」と述べているように、聴聞することもすべて仏力願力によるものとし、自力によるところのものとはしないのである。



(脚注)

  1. (↑)『歎異抄』第十三章の宿善については、『歎異抄』が宗祖の直接の著述ではないことと、そこにでてくる宿善は獲信に関係ないものであるので取り挙げない。
  2. (↑)真聖全三の七八五。
  3. (↑)信楽峻麿氏「親鸞における信心と念仏」(真宗学45・46)





つづく





紅楳英顕 / 派外からの異説について(2)

一つ前の投稿の続きです。

タイトルの「派外」とは、浄土真宗ではない団体、「異説」とは、浄土真宗の教えとは義を異にする説、ということだと思います。

一、宿善論の問題



 『本願寺の体質を問う』の第二部(134頁以下)は「親鸞会かく反論する」となっており、宿善論の問題と後生の一大事の問題について、私の所論に対する反論非難がなされている。
 ここには、私の論文が部分的に引用されているが、第一部には私からの返信が全文のせられているのだから、むしろ初めに『伝道院紀要』に私が発表した論文も全文のせてもらった方が、よく解ってよかったのではなかろうか。論文を部分的に引いて反論されたのでは、私の主張の内容が読者に解りにくく、誤解を生ずる点もあろうと思われるからである。

 まず、宿善論の問題からふれていこう。私は「私の意見に対する反論であるなら、独断によらず、宗祖聖人や蓮如上人の上にみられる文証をはっきり示して反論されるように」といっていたのであるが、私が再三もとめたところの、「破邪顕正や財施を獲信のための宿善として修せよ」とある文証は、未だに何等示されていない。私が問題にしたのは、このことなのであり、高森親鸞会が自説の根拠となる文証を明示されない限り、私への反論になっていると認めることはできないのである。
 そもそも宿善ということについては、私の論文にも述べているように、宗祖聖人は、
遇、行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。(『教行信証』総序)
遇、信心を獲ば遠く宿縁を慶べ。(『浄土文類聚鈔』)
と仰せられてある。宗祖聖人が宿善とは宿因等といわず、宿縁といわれているのは、『教行信証』も『文類聚鈔』も同じであるが、これは、その直前にある「弘誓の強縁」(他力)の「縁」の語をうけているものと考えられる。だから、「遠く宿縁を慶べ」とは、ひとえに他力のお育てによるところであったと慶ばれているのである。蓮如上人も、
遇獲信心遠慶宿縁と聖人のあそばし置れたるは、たまたまといふは過去にあふと云心なり。又、とおく宿縁をよろこぶといふは、今始めてうる信心にあらず、過去遠々の昔より以来の御哀にて今うる信心なり。(『拾遺御一代記聞書』)
と述べられている。信心を得たところで過去を振り返り、すべて他力のお育てによるところであったと慶ばれたのが、宗祖聖人であり、蓮如上人である。
 この点高森親鸞会は、
宿善というのは過去世の仏縁のことであるが、過去に仏縁浅きものは現在において真剣に宿善を求めねばならない。でなければ宿善開発の時節到来ということはあり得ない。されば宿善は待つに非ず、求めるものである。(『白道もゆ』212頁)
まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ。イ、聴聞、ロ、破邪顕正。(『顕正新聞』第93号)
真実を知らない人に真実をおしえ、求めねばならぬわけを説いているうちに、いや他人に説くことによって自分の聞法心も深まって来るのです。即ち宿善が厚くなるのです。法施は最上の布施行だからです。(『こんなことが知りたい』②87頁)
真実の仏法のために浄財はすべて尊い宿善となります。この会費改正にあたって進んで宿善を求めさせて頂きましょう。(『顕正新聞』第175号)
等と主張している。「過去に仏縁浅きものは現代において真剣に宿善を求めねばならない」とか「まず信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ」等といって、これから信心を得るために自力で宿善を積むことを勧めているわけである。このような主張は、宗祖聖人や蓮如上人が信心を得たところから振り返って宿善を語られたのと、基本的に相違しているといわねばならないであろう。
 私が論文に引用したように、大原性実師も「我々が今日弥陀法に遇い之を信受奉行することを得し因縁となりしことを悉く宿善と称すべく……」と述べておられ、また『新・仏教辞典』(中村元監修)も「前世・過去世につくった善根功徳をいう、また、人の一代に限って、今まで作った善根を指すこともある」と出している。これらは、現在から過去を振り返っているのであって、これから獲信のために修することを宿善といっているのではない。
 ところが、高森親鸞会は、大原師や『新・仏教辞典』の所説を、これから獲信のために修する善のことであるかのように解釈して、「破邪顕正や財施が諸善万行にはいるか、はいらないか」と質問してきている。私は、それらが諸善万行にはいるかどうかは問題にしていないのであり、これから獲信のための宿善として「破邪顕正や財施をせよ」というようなことは、宗祖聖人や蓮如上人の上にはないと論じているのである。だから、私の意見に反論するのなら、宗祖聖人や蓮如上人の上で、その文証を出してほしいと求めたわけである。
 その上、同会は、私に対する四項目の質問に対して「何百日以上も経過するのに未だ返答がない」と盛んに宣伝しているが、私が返答を出してあることは、すでに述べた通りである。同会の質問に対して、逆に私の方から「破邪顕正や財施を修することが獲信のための宿善となる」という文証があれば示してもらいたいと求めたのが、一昨年(昭和五十五年)の六月二十一日(57頁)であるから、もう八百日以上が経過していることになるが、これについては何の返答もないままである。

 また「本願寺の稚気」(138頁)といって、われわれが同会の正式名称である浄土真宗親鸞会といわず、高森親鸞会と呼称していることについて、高森氏は「陰険な悪意を感ずる人も少なくなかろうと思うが、ただ保身の為、親鸞会憎しの怨念に燃え、あえて真実に立ち向かおうとするのであるから、彼らだって空しい闘志をかきたてねばならないことは容易に想像される」等と述べている。はじめから自らは真実、他は不真実と決めこんだ上の想像としかいいようがないが、これは、派内に東京親鸞会・金沢親鸞会など親鸞会と名のつく会があるので、そうした派内の親鸞会と区別するために、高森氏を会長とする宗教法人「浄土真宗親鸞会」のことを、われわれは便宜上、「高森親鸞会」というのであって、決して陰険な悪意からいうのではない。この点、誤解のないようにされたいと思う。

 それから、本願寺は「真剣な聞法をすすめることを間違い」(140頁)というといって、あたかも私が聞法(聴聞)を否定しているように書いている。宗祖聖人は、
たとひ大千世界に みてらん火をもすぎゆきて 仏の御名をきく人は ながく不退にかなふなり(『浄土和讃』)
といわれ、蓮如上人は、
仏法は世間の隙を闕きてきくべし、世間の隙をあけて法をきくべきように思うこと、浅ましきことなり。(『御一代記聞書』)
いかに不信なりとも聴聞を心に入れ申さば、御慈悲にて候間、信を獲べきなり、只仏法は聴聞に極まることなりと云々。(『御一代記聞書』)
等と教示されている。このことは、論文にも述べたことであって、聞法(聴聞)を勧めることが間違いである等とは、私はどこにもいっていない。私の述べているところを故意にネジ曲げて非難していることは明らかである。
 そもそも、真宗の「聞」とは、第十八願成就文の「聞其名号信心歓喜」の如実の「聞」でなければならない。これは、第二十願の「聞我名号係念我国」の「聞」とも峻別される他力の「聞」なのである。高森親鸞会の主張のように、破邪顕正や財施等の自力の行と同列に扱うこと自体が、そもそも問題なのである。この意味から、存覚上人は、
聞よりおこる信心、思よりおこる信心といふは、ききてうたがはず、たもちてうしなはざるをいふ。思といふは信なり、きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひちりばかりもよりつかざるなり。(『浄土見聞集』)
と述べられているのである。
 次に『本願寺の体質を問う』(144頁)には、
所詮は、案ずるな、煩ろうな、計ろうな、心配するな、そのままじゃ、無条件じゃ、念仏さえ称えておれば死んだら極楽が本願寺の主張だと、従来より指摘し続けて来た親鸞会の批判が正しかったことを証明したにすぎない。
とある。これは、先年以来、本願寺の門前等で配付している同会のビラに、本願寺の主張として「死なねば助からぬ」とか「念仏さえ称えればよい」「念仏はみな同じものだ」というように書きたてて、平生業成もわからず、信心ぬきの念仏を説いているのが本願寺の主張であるかのように指摘し宣伝しているのであるが、その指摘が正しかったことを証明した、といっているようである。高森氏は、高岡仏教学院や竜谷大学で学ばれたそうであるが、平生業成や念仏の自力・他力について学ばれなかったのであろうか。
 高森親鸞会のビラに対して本願寺から出されたものの中、「いつ助かるか」について、
今、ここで救われます。「なもあみだぶつ」のいわれを聞いて、疑いの心がなくなるとともに、まことの信心にめぐまれて如来の光明の中に摂取されます。やがて、この人生が終われば、浄土に往生して仏のさとりを開せていただくのです。
とあり、「どうしたら助かるのか」について、
まことの信心ひとつであります。いちずに念仏を称えさえしたら助かるというのではありません。真実の教え(本願が名号に成就されたいわれ)を聞くことが大切であります。
と明示し、さらに「念仏について」には、
まことの信心から必ず念仏が流れて出て下さいます。これを他力の念仏といい、「なもあみだぶつ」を口に称えて如来の御恩を感謝します。疑いの心をもったまま唱える自力の念仏では真実の浄土に往生することはできないのです。
と、本願寺の正しい見解が述べられている。「死なねば助からぬ」とか「念仏さえ称えておればよい」とか「念仏はみな同じものだ」などと、本願寺の誰が説き、どこに書いているのだろうか。書物や話の一部分だけとらえて、悪意に解釈するならば、あるいはそのようにとれるところがあるかも知れないが、それは、あまりにも片寄った見方であって、故意に曲解して本願寺を非難しているとしかいいようがない。
 それから『同書』(148頁)には、宿善は他力によるのであるならば、なぜ聴聞にはげまねばならないのか、教えを勧めねばならないのかという問題が繰り返されている。
 これも、つまりは、宗祖聖人が「遇、行信を獲ば遠く宿縁を慶べ」と仰せられ、蓮如上人が「とをく宿縁をよろこぶといふは、今始めてうる信心にあらず、過去遠々の昔より以来の御哀にて今うる信心なり」と示され、存覚上人が「きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひのちりばかりもよりつかざるなり」と他力をよろこばれたお心が、理解できないところから生じたものと思わざるを得ない。
 また『同書』(150頁)では、宿善があくまでも他力によるというならば、すべての人の宿善が平等でなければならないといい、そして、
本願寺は宿善の相違を認めないのであろうか、若しそうなら紅楳氏のような熱心なものもあれば、仏とも法とも思っていない人もいるという厳然たる事実をどう説明するのか。
と述べている。
 私は宿善の厚薄(相違)を認めないなどといっているのではない。しかし、私がご法義を喜ぶ身にならせていただいたのは、自力の善を積んだからであるとは毛頭考えず、ひとえに仏のお導き、お育てによるものと味わっているのであ
る。この宿善の問題については、さらに『同書』(151頁以下)に『阿弥陀経』の
已発願、今発願、当発願。
若已生、若今生、若当生。
等の文をはじめ、覚如上人の
十方衆生のなかに浄土経を信受する機あり、信受せざる機あり。いかんとならば『大経』の中に説くが如し、過去の宿善厚き者は今生にこの教えに値うてまさに信楽す、宿福なき者はこの教えに遇うといえども念持せざればまた遇わざるが如し。(『口伝鈔』)
の文や、蓮如上人の
陽気・陰気とてあり、されば陽気をうくる花は早く開くなり、陰気とて日陰の花は遅く咲くなり。かように宿善も遅速あり、されば已今当の往生あり弥陀の光明に遇いて早く開くる人もあり、遅く開くる人もあり。(『御一代記聞書』)
の文等を引いて、往生に遅速があるのは宿善が平等でないからであり、宿善が平等でないことは他力ではないからであるという旨を述べている。
 この点については、すでに私の論文でもふれておいたが、本派の宗学上においても、宿善自力説・宿善他力説・当相自力体他力説等と、学的見解の別れるところである。私は、宿善は他力と味わっているが、宿善自力というも、当相自力体他力というも、それは獲信の立場から振り返って宿善の物体を論ずることであって、高森氏のように、これから獲信のために自力の宿善を修せよというような宿善論は、先哲の説にもなく、もちろん宗祖聖人をはじめ覚如上人、蓮如上人の上にも示されていないのである。
 高森親鸞会が引用している覚如上人の『口伝鈔』には、その文の次下に、
しかれば往生の信心のさだまることは、われらが智分にあらず、光明の縁にもよをしそだてられて名号信知の報土の因を得としるべしとなり。これを他力といふなり。
とあるように、覚如上人も、他力のお育てにより信を得ると仰せられてある。蓮如上人が他力を慶ばれたことについては、今さら論ずるまでもないことである。したがって、覚如上人・蓮如上人の所説に往生の遅速の問題があるからといって、宿善が他力のお育てによるとよろこぶことを否定する理由にはならないのである。
 さらに、破邪顕正や財施が諸善万行にはいるかどうかの問題が『同書』(153頁)に出ている。このことは、すでに述べたように、これが諸善万行にはいるかどうかを私は問題にしたのではなく、破邪顕正や財施を獲信のための宿善として修せよと主張する義に、疑義を呈したのである。もっとも、正しい意味の破邪顕正や財施が諸善万行の中にはいることは、いうまでもない。しかし、自らの主張だけを正しいものとし、他派の法座や法要の妨害をするようなことを破邪顕正と考え、そのような集団に献金することを財施というのであれば、それが果たして諸善といえるかどうかは疑問である。
 以上、私の批判に対して、高森親鸞会は種々に反論しているのであるが、宗祖聖人や蓮如上人の上で「未信の者は破邪顕正や財施を獲信のために宿善として修せよ」とある文証を挙げなければ、どれほどもっともらしいことをいったとしても、結局、それは私見に過ぎないのであって、正しい反論にはならないのである。また、実際、そのような文証があるはずはない。
 次に、他者に教えを説くことについては、論文にも書いたことであるが、宗祖聖人は、
仏慧功徳をほめしめて 十方の有縁に聞かしめん
信心すでに得んひとは つねに仏恩報ずべし。(『浄土和讃』)
自ら信じ、人を教えて信ぜしむること、難きが中に転たまた難し、大悲弘く普く化する、真に仏恩を報ずるになる。(『往生礼賛』=『教行信証』信巻に引用)
と教示されているように、他者に教えを説くことを勧めておられる。それは、獲信のための宿善として修せよと勧められているのではなく、信後の報恩行として勧めていられるのである。蓮如上人も、
信もなくして人に「信をとられよ」と申すは我れは物をもたずして人に物をとらすべきという心なり、人承引あるべからず。(『御一代記聞書』93)
等と仰せられるように、信を得てから他者に教えることの大切さを示されてはいるが、獲信のための宿善として他者に教えを説くことを勧めてはいられないのである。
 一方、財施については、宗祖聖人は、他者から志を受けたことに対して、
銭弐拾貫文慥に給候、穴賢、穴賢。(『末灯鈔』)
銭二百文御こころざしのものたまわりてそふらふ。(『御消息集』)
等と、謝念の意を表わしてはいられるが、それを獲信のための宿善として積めなどという仰せは、まったくないのである。『歎異抄』第18には、
仏法のかたに、施入物の多少にしたがひて大小仏になるべしといふことこの条、不可説なり不可説なり。比興のことなり。(中略)いかにたからものを仏前にもなげ、師匠にほどこすとも、信心かけなばその詮なし。一紙半銭も仏法のかたにいれずとも、他力にこころをなげて、信心ふかくば、それこそ願の本意にてさふらはめ。
とある。施入物の大小を云々することは誤りであり、たからものを仏前になげたり、師匠にものを施したりすることによって救いが決まるのではないことが述べられているのである。このように、献金等の財施を宿善として修せよという見解は、まったくないということができよう。蓮如上人も、
ちかごろはこの方の念仏者坊主達、仏法の次第もてのほか相違す。そのゆへは、門徒のかたよりものをとるをよき弟子といい、これを信心のひとといへり。これおおきなるあやまりなり。また弟子は坊主にものをだにおほくまいらせば、わがちからかなはずとも、坊主のちからにてたすかるべきようにおもえり。これもあやまりなり。かくのごとく坊主と門徒のあいだにをひて、さらに当流の信心のこころえの分はひとつもなし、まことにあさましや。(『御文章』1の11)
信心のとおりをば手がけもせずして、ただすすめといふて銭貨を、つなぐをもて一宗の本意とおもひ、これをして往生浄土のためとばかりおもへり、これおほきにあやまりなり。(『帖外御文章』37)
一すぢに弥陀をたのみまひらせて、もろもろの雑行、物のいまわしき心などをふりすてて、一心にふたごころなくたのみまひらせ候てこそほとけになり候はんずれ。さように人に物をまひらせ候て、そのちからにてなどうけ給候、なにともなき事にて候。よくよく御心え候べく候。(『帖外御文章』127)
等と示されるように、財施によって救いが定まるというような、いわゆる施物だのみを誡められている。財施を獲信のための宿善としてなすべき旨を勧めるなどということは、まったくあるはずはないのである。
 高森親鸞会は「真剣な聞法をすすめるのは間違い」とか「聞法は信心獲得することとは無関係」などと、私が聞法をも否定しているように書き立てているが、上述のように、私は聞法を否定するなどとは一言も書いてはいない。破邪顕正や財施(高森親鸞会への献金、財施)等が、獲信のための宿善となるのだから、これを修せねばならぬとする主張に、疑義を呈したのである。
 以上のように、高森親鸞会は、獲信のための宿善としての善根を自力で修すべきであると、盛んに勧めているのであるが、その一方で、こんどは『同書』(158頁)に、
これではまるで親鸞会が「自力の善根で信心獲得出来る」といっているといわんばかり。ひどい中傷である。
といい、また『同書』(165頁)には、
それでは自力の善根によって宿善開発(信心決定)させることが出来るのか、と間抜けは返難するかもしれない。事実『伝道院紀要』には「高森親鸞会は宿善開発(信心決定)が自力で出来ると言っている」と丁度鬼の首でもとったように繰り返す。その後の彼我の往復書簡にもそのことが顕著にでている。本願寺の親鸞会中傷の最も大きな点の一つである。
等と、まるで「獲信のために宿善を自力で積め」などいったことがないかのようないい方をしているのである。それならば、
過去に仏縁浅きものは現在において真剣に宿善を求められねばならない。でなければ信心開発の時節到来ということはあり得ない。されば宿善は待つに非ず、求むるものである。(『白道もゆ』212頁)
生まれた時から他力に摂取されているものは一人もいないのですから、みんな自力で求めていくのです。(「顕正新聞」第93号)
等と述べていることは、ウソだったのであろうか。
 また『本願寺の体質を問う』(171頁)には、
自力の善が獲信の資助になるどころか、自力無効、捨自帰他、弥勒菩薩も三世諸仏も化土往生人も、自力が廃らない限り絶対に弥陀の本願は判らず、報土往生は出来ないことを開顕し続けて来たのが、親鸞会の歴史である。
ともいっているが、それならば、
まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ。イ聴聞、ロ、破邪顕正。(「顕正新聞」第93号)
真実の仏法のために提供される浄財はすべて尊い宿善となります。(「顕正新聞」第175号)
と書いてあるのは、間違いであったというのだろうか。にもかかわらず、
命がけの聴聞も破邪顕正も、自力の一切は間に合わなかったと廃った一杯が、本願力に間に合ったことに驚き呆れ、すべてが他力であったなあーと不思議不思議と踊り上がったときを宿善開発というのだ(『本願寺の体質を問う』175頁)
と述べている。あれだけ自力で宿善をつめといい「破邪顕正こそ無上の宿善」とか「浄財はすべて尊い宿善」といって、それが誤りであると批判されると、繰り返し質問状を発し、さんざんな罵詈雑言を浴びせ、法要妨害までしておきながら、こんどは掌を返すように、自力の宿善は間に合わないというのである。
 そして『同書』(175頁)には、つづけて、
一切凡小、一切時の中に、貪愛の心常に能く法財を焼く、急作急修して頭燃を灸ふが如くすれども、衆て、雑毒雑修の善と名け、亦虚仮諂偽の行と名づく。真実の業と名づけざるなり。此の虚仮雑毒の善を以て無量光明土に生ぜんと欲す、此れ必ず不可なり。(『教行信証』信巻)
今の真宗においては専ら、自力をすてて他力に帰するをもって宗の極致とする。(『改邪鈔』)
もろもろの雑行雑修自力の心をふりすてて、一心に阿弥陀如来、我等が今度の一大事の後生、御たすけさふらへとたのみまうしてさふらう。(『領解文』)
等の文を引き、
かかる親鸞聖人や覚如上人・蓮如上人を一貫せる自他力廃立の御教化によって救われ、その真実を開顕せん為に死力を尽している親鸞会を「自力によって宿善開発(信心獲得)出来るといっている」という本願寺の非難は悪辣極まる中傷と断ぜざるを得ないのである。
と結んでいる。ここに示されてある通り、宗祖聖人・覚如上人・蓮如上人のご教示・ご教化が、一貫して徹底した自他力廃立のものなるが故に、私は「未信の者は獲信のために自力の善を積め」という高森親鸞会の宿善説に疑義を呈したのである。それを「悪辣極まる中傷」と、まるで事実無根であるかのように高森氏はいうのである。これでは、まったく議論にならないといわねばならぬ。



続く



【法話】「有難うございます。なんまんだぶつ」しか、浄土真宗にはありません。@覚証寺 2011.05.07

二つ前の投稿の続きです。そちらから続けて読まれることをお勧めします。

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アインシュタインの相対性理論はマクロな科学。ミクロの科学は量子力学です。ちょっと前まではこの2つが現代科学の最高峰と言われていました。ところが、今、量子力学と一般相対性理論では説明のつかないことが出てきています。それを説明するために最先端の理論を研究しているのがホーキングと言われています。ひも理論。時間と空間が多層構造をしているという理論です。

こういう風に、今まで分からなかったことが、こう説明したら解決した、ということがあります。それが真実です。

仏教もそう。

例えば。何で寿命が違うのか。不公平ではないかと思われるかもしれません。

そこで出てくるのが「前世」です。それを言われているのが『歎異抄』の宿業。前世、後世ということを語らないと説明のつかないことです。

『歎異抄』第十三条での、親鸞聖人と唯円のやり取り。「お前、私の言うことが聞けるか」「もちろんです」「じゃあ、人を1000人殺して来い。そうしたら往生出来る」。これは冗談っぽく言われていることですが、唯円は「1000人どころか1人も殺すことは出来ません」と答えています。すると、「お前、今、私の言うことは何でも聞くと言ったではないか」と親鸞聖人に一本取られています。

「これで分かっただろう。人を殺せないのは心が良いからではなく、人をを殺す宿業がないからなのだ。宿業があれば何をするかわ分からないのが私たちなのだよ」
さるべき業縁の催さばいかなる振舞をもすべし


過去にやった行いが宿業となり、その宿業によって何をしでかすか分からないのが我々である、と言われています。

過去世のことは分かりませんよね。でも、分からないから無いというのは傲慢というものです。分からないことは、「分からないこと」なのです。

何で日本に生まれてきたのか、なんであの母の子に生まれたのか。それは、過去世に原因があるのです。そうやって説くのが仏教です。それを自業自得と言います。これは親子夫婦と言っても代わることはできません。私たちは宿業の中に生きているのです。

善導大師は、
自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、昿劫よりこのかたつねに没し、常に流転して、出離の縁あることなしと信ず。
と言われています。

「信ず」とは、仏様のいうことをそのまま受け入れる、ということです。

「罪悪生死」とは、苦しみのことです。「四苦八苦」と言うでしょ。「四苦」とは、「生苦」「老苦」「病苦」です。

生まれたということは、死ななければならないということです。だから苦しまなければならない。それが生苦です。

そして老いねばなりません。この苦しみはどれだけ科学が発達しても無くなりません。

「苦」とは、「思うようにならない」ということです。「人生苦なり」と聞くと、「楽しいこともあるじゃないですか」と思うかもしれませんが、インドの元の言葉の「思うようにならない」という意味を知らないからそう思うのです。

年老いたいと思う人いますか?アンチエイジングが流行っていますよね。皆んな、年取りたくないでしょ?でも、年をとらなければならない。それが老苦です。

病気になりたい人はいないでしょう。でも、病気になる。それが病苦です。

死苦。よく「死にたい」と言う人がいますが、あれは愚痴です。本当に死にたい人はいないでしょう。

善導大師が「罪悪生死」と言われている「罪悪」とは苦しみのことです。遥かなる昔から、常に没し、この流れが止まることがない。そして、そこから出られる因縁がどこにもない者である、と信ず、と言われているお言葉です。

私たちをそのように仏さまが見られたので、仏の願いがあるのです。喩えるなら「お医者さんとは病人が作っている」のです。

仏さまが、私たちの、迷いの世界から一歩も出られない姿を見られ、なんとか救ってやりたいと願われたのが仏さまの願いです。

私を抜きにして仏さまはいません。

仏様って本当にいるのですか?と聞く人がいます。でも、私っているんですか?という人はいませんよね。私がいるということは、そのまま仏さまがいるということです。

私と仏さまは縁起の関係です。母親と母親と子の関係のようなものです 。母がいなければ子はいません。これは分かるのですが、子がいなければ母はいない、と聞くと、え?っと思うかもしれません。でも、子がいるから、母になるのです。「私を母にしてくれて有難う」「生まれてきてくれて有難う」と。

私と仏さまは、そのような関係です。私に苦しみがなければ仏さまは本願を建てられなかったのです。私を離れて仏さまは存在しません。

ここがキリスト教と仏教の違いです。キリスト教は、まず神さまがいて、というところから始まります。仏教は、まず阿弥陀さまがいて、という話ではありません。苦しむ私たちがいるから、その苦しみを助けてやりたいと願われた。

それが法蔵菩薩です。「若しあなたが浄土に生まれることがてきなければ、私も仏にならない」と誓われたのが「若不生者 不取正覚」です。それが本願、仏さまの願いの根本です。あなたが救われることが、私が救われることなのだ、あなたが救われなければ私も救われません、と。

仏さまに上下序列があるわけではないけれど、このような願いは阿弥陀さまの本願にしかないので、これを親鸞聖人は「超世の悲願」といわれました。

その法蔵菩薩が仏さまになった、と説かれたのがお釈迦さまのご説法です。

ということは、すでに救いの道が開かれている、ということです。

だから「助けて下さい」とお願いする必要はないと言われたのが親鸞聖人です。

浄土宗と浄土真宗は「真」の字があるかないかの違いしかありませんが、「真」とは”混じりっけがない”ということです。阿弥陀さまの他力100%で仏になれるのだよ、というのが浄土真宗です。

浄土真宗では「助けてくれ」とお願いすることはありません。こちらから足すものは何もないのです。

弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまえり
法身の光輪きわもなく 世の盲冥をてらすなり


十劫の昔から弥陀はすでに成仏されている。私たちの救いの道は開かれているのです。

そのことを知らされたら、そこにあるのは、やれやれ、有難いしかないでしよ?

だから、
この上の称名念仏は、御恩報謝と存じよろこびまうし候ふ
なのです。「有難うございます。なんまんだぶつ」しか、浄土真宗にはありません。

あなたを仏にするから、安心しておけよ、というのが浄土真宗のご本願です。

その人生は、今晩、ただ今命が終わろうとも、仏様の世界が用意されている、という世界です。

私が安心するのではなく、与えていただいた安心だから「ご安心」というのです。「安心せよ」と呼びかけてくださっているのが、南無阿弥陀仏の呼び声なのです。

『春が来た』という歌がありますが、「春」というものを見たことがありますか?春が来たと何故分かるかというと、花が咲くからです。梅、桜、桃に花を咲かせる働きを春というのです。

春が来た



阿弥陀さまはどこにおられるのか。

南無阿弥陀仏と働きかけておられるのです。それは、隣の人の口から出ることもあれば、私の口から出ることもあります。

これが他力です。

「なんまんだぷつ」とお念仏させていただく身にさせていただいたのです。昔は、「そんな年ではない」「恥ずかしい」「縁起でもない」と言っていたのが、今こうして念仏の日暮らしにさせていただいたのは、阿弥陀さまの働きがあるからです。

なんまんだぶつのお働きの真っ只中でありました、というのを、親鸞聖人は「摂取不捨の利益」と仰いました。そして「摂取不捨」とは、逃げて逃げて行く者を追いかけて捕まえることだと解説されています。お寺参りする人は、捕まったということです。来ない人は逃げている人です。

お念仏させていただいているということは、分かりやすくいうと、阿弥陀さまに抱っこされているということです。母親に抱かれている子はニコニコ笑顔で安心して寝ておれます。

阿弥陀さまに救われ、安らかに日々を送らせていただく人は摂取不捨の利益です。救われていない人にはそれはありません。

そのために、寺があるのです。お念仏をいただいて良かったね、とお互い喜ばせていただくのがご法座です。そのお礼が、お給仕して念仏する日暮らし。そういうおじいちゃんおばあちゃんの姿を子供の頃から見て、伝わって、日本人の心を支えてきたのが浄土真宗です。

一言で750年といっても大変なことです。今年、親鸞聖人750回忌が行われました。阿弥陀さまのお働きがあってのことです。

それで、「たすけたまへとたのむ」というのはどういうことかというと、「助けてやるぞ」といわれる阿弥陀さまに対して「たすけたまへ(どうぞ助けなさいませ)」と言っているのであり、「たのむ」とは「お任せする」という意味です。決して「助けて下さいとお願いする」ということではありません。


(終了)

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この後、控え室にお邪魔して、阿部先生と直接お話しさせていただきました。そのとき聞かせていただいたことは、後日まとめます。



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