東日本大震災一周忌法要 築地本願寺 2012.03.11

東日本大震災から1年後の3月11日、東京築地本願寺で行われた東日本大震災一周忌法要へお参りしてきました。

14時46分の開始直前に着いた頃、会場の仮本堂は外まで人があふれるほどの人数で、入り口の階段付近からは聞き取りにくい所もありましたが、以下のような内容でした。



大慈大悲の阿弥陀如来の御前に申し上げます。
本日、本願寺築地別院に於いて、恭しく本殿を荘厳し、皆様と共に東日本大震災犠牲者の一周忌にあたり、懇ろに聖教を読誦して追悼の法要を厳修致します。
謹んで思いますに、阿弥陀如来は、無常の世に生きる私たちを済い遂げるため大悲の本願を成就されました。宗祖親鸞聖人は本願念仏のみ教えを苦難の人生を生きる私たちの前に明らかにして下さいました。
顧みますと、昨年3月11日午後2時46分、東日本大震災により未曾有の災害が発生し、15000有余人の尊い命が失われ、津波によって家を失い、さらには原子力発電所の被災により郷を離れての生活を余儀なくされた人々の姿は、痛恨の極みとしか表現できません。被災者の方々は、日本全国はもとより世界各地からの支援の活動が展開されていますが、一年が経過した今も計り知れない悲しみや苦しみと不安を抱えつつ、困難な生活を送られています。ここに命を失われた方々へ追悼の意を表すとともに、すべての被災された方々の悲しみに寄り添い、共に分かち合いたいとの願いをもって、これからも支援に努めて参ります。阿弥陀如来のみ光に照らされ、念仏申しつつ共に寄り添える御同朋・御同行として、残された者の責務を共に果たして参りたいと思います。

(阿弥陀経作法)


(法話)本願寺派布教使・小野線信師(愛知県教蓮寺)
慈悲に聖道・浄土の変わり目あり。聖道の慈悲というは、ものを哀れみ、悲しみ、育むなり。然れども、思うが如く助け遂ぐること、極めて有り難し。
浄土の慈悲というは、念仏して、急ぎ仏になりて、大慈大悲心を以て、思うが如く衆生を利益するをいうべきなり。
今生に、いかに、いとおし不便と思うとも、存知の如く助け難ければ、この慈悲始終なし。
然れば、念仏申すのみぞ、末徹りたる大慈悲心にて候べきと云々(歎異抄)



死者1万5854人、行方不明の方3155人、避難されておられます方は34万3000人と聞くところであります。現地の方はこの悲しみ・不安の中で一周忌を迎えられる姿を報道等で知らせていただいております。ご門徒の方々は、、、私も門徒でありますが、、、してあげたくてもしてあげられないもどかしさ、何かさせてもらわなければならないと思いながらどうすることも出来ない思い、そのことを親鸞様は『歎異抄』の第四条の中でお示しを下さっています。

親鸞様も戦乱の中、餓死される姿を年間に2万、3万人と目の当たりにされて、この苦しみをどう乗り越えて行こうかと悩まれました。また釈尊も2500年前に父・浄飯王、母・摩耶夫人のご縁の中で王子としてお生れになったのですが、苦悩に満ちた青春、そして人間の生老病死の辛さ、悲しさを、どう乗り越えて行くことが出来るのだろうかと、問いを抱えて立ち上がって下さいました。

そのことを頂きますと、私の命の行方また深さは、亡くなられた方のご縁を頂いてそのことに出遭わせて頂かなかったら、他人ごとになってゆくのだろうと思います。この震災の中で「こんなに災害が起きるということは、神や仏もあったものか」という声も聞いたことがあります。しかし、亡くなった方に供養してあげると往生してもらえるという心は、他人ごとであろうかと思います。

この厳しいご縁の中で親鸞様は、思いやり・慈悲に2通りありますよ、と言われています。一つは、自力を元にした思いやり。もう一つは、それを超えて行く、どうしてやることもできない限界の中から如来様の働きが届いて下さるのですよ、というもの。私が今、迷いの真っ只中にいて、せっかく命を賜りながら苦しみの中に生きていることを、共に涙し共に苦しんで下さる思いがありますよ、とお示し下さることです。

少し前に、京都に行った時に新聞を読んでいましたら、大津の方の投書がありました。題からして「これは普通とは違う」と読ませて頂いたのですが、「悲しい気持ちを全部もらってあげるよ」という題でした。大津市の32歳の若いお母さんの投書です。

些細なことではあるが納得できないことに、ふいに涙が出てしまった。そんな私を見た4歳の長男が「お母さんの悲しい気持ちを全部もらってあげるよ」と言った。”慰める”でも”励ます”でもない、ただ寄り添って、弱い私の心を小さな両手で受け止めようとするかのような言葉であった。嬉し涙はいつしか消えて感謝の涙に変わり、幾筋も頬を伝わっては落ち、そして思ったのだ。30年以上生きてきて私は、こんな風に他人の痛みを丸ごと受け入れようとしたことがあっただろうか、と。特に、自分の子供の幼さ故の小さな過ちに対して、まず、叱ることで正しさだけを押し付けてはいなかっただろうか。傷ついている子供の気持ちよりも自分の気持ちを優先させてはいなかっただろうか。「お母さんはあなたが悲しいとき、あなたの悲しい気持ちをもらっていないよ、ごめんね」と謝る私に「そんなことはないよ」と言ってニッコリ笑う息子。ただただ私を信じきっているその顔に、許されていたのは、甘えていたのは、実は私だったのだ、と初めて気がついた。この日のことを忘れないでおこう。


「犠牲」という字を辞書で引きましたら、「物事の達成のために身命を投げ打って顧みないこと」と出ていました。私の命の深さ・尊さ、ましてや命終わったら必ず仏にせしめるのだという誓いの成就された如来様。そのことを忘れたら、ずっと迷い・苦しみの世界を歩んで行かなければならないのだ、と、今このお母さんが4歳の息子さんから、如来様の慈悲の心との出遭いをして下さいました。

他人の痛みを丸ごと受け入れようとする言葉、「お母さんの悲しい気持ち、全部もらってあげるよ」という心持ち、亡くなった方々も生きている私も必ず浄土に往生せしめると願って止まない働きを、「南無阿弥陀仏」と申し上げるのだと聞かせて頂きます。

出来ることからお手伝いをさせて頂き、それと同時に私の命を手がかりに、あなたの命の深さに出遭って下さいよ、という願いと受け止めさせて頂いて、本日のご縁と致したいと思います。

ようこそのお参りでございました。





【法話】慈悲ある側が変わるのです。慈悲は片道です。望まれて、請求されて、行動を起こすのではありません 2011.11.03 柏市西方寺

前回の続きです。

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親鸞聖人は、如来大悲の恩徳は、往相廻向、還相廻向という功徳だとおっしゃいます。往相とは、さとりに往き着くこと、還相とは、おさとりからたちかえって慈悲行動に従事すること。この二つのものが念仏成仏という法の内容だと親鸞聖人が説かれたのが、あの三首のご和讃の初めの二首です。

親鸞聖人は、世間一般に庶民が歌を歌う節にのせて歌える歌を「弥陀成仏の~」以下、353首ご制作に成られました。その中に特に際立っておりますのが「如来大悲の恩徳は~」です。浄土真宗のご化導の風土がある一帯の人たちは誰でも口ずさんだことがあるのが「如来大悲の恩徳は~」です。

恩徳讃


http://www.youtube.com/watch?v=SKdnHt1Ybzo
(↑今回のご縁とは関係ありませんが、見つけて気に入ったので貼付けてみました)

にもかかわらず、如来大悲の恩といい、徳といい、功徳といい恵みと認じているはずの如来大悲は、この「如来大悲の恩徳は~」のご和讃だけではみえないのです。それを、蓮如上人さまが「親鸞聖人のご和讃353首ご作成になった中に、恩徳を歌われた歌が前二首ある」と選び出されたのです。蓮如上人はよくお読みになったお方ですね。

『正像末和讃』に
  • 無始流転の苦をすてて 無上涅槃を期すること
    如来二種の廻向の 恩徳まことに謝しがたし
  • 南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて
    往相回向の利益には 還相回向に回入せり
  • 如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
    師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし
とあります。

お聖教をお持ちでない方は、「その程度のものはうちの仏壇にあるのだが」と思って聞いておられたら良いです。御法の心というのは的をあてがうようにして伺って聞く方がうまみがあります。別にそれを知らないからといって、どうということはありません。あなた方はその程度で終わる命ですから(笑)。それ以上向上なさる必要はありません(笑)。ただ、お説教で使われたお言葉がどこにあるのか承知しておられれば、ままごとでも面白みがあるようなものです。ままごとみたいなものです、お説教は。阿弥陀様は、教育して皆さんを仕立ててから救うというのは断念されました。阿弥陀様の智慧の眼差しの中に見てとられた私どもは、仕立ててから救うという法は絶望だとご覧になられました。それが法蔵覩見ということです。「覩見諸仏浄土因」とありますでしょ。つくづくとご覧になったということです。垣間みられたというのではないのです。つくづくと凝視してご覧になってみられたら、教育の手法はもうこの命どもには間に合わないと見てとられたのです。冗談みたいですが、それが法蔵覩見なのです。どの方法があるかと五劫思惟された結論として声、「重誓名声聞十方」です。名声とは「めいせい」(評判)ではありません。「みょうしょう」。名乗りの声です。阿弥陀様は声に成られたのです。

地球上最北限の猿を見に行ったことがあります。なぜ猿の話をするのかというと、慈悲の話をするためです。北国の猿は、9月から10月の初めにかけて受胎します。そして3月から4月上旬にかけて出産します。そうでないと、ぼつぼつ雪が始まるからです。春生まれた小猿が、歯が生え揃ってお母さん等と一緒に上って、冬場をしのぐ木の枝をかじれるようになるまで成長していないと、食べ物の少ない北国、お母さん猿の乳の出るほどに食物が無いから、お母さんの乳に吸い付いたまま飢えて死んでしまうのです。3年~5年ではない、数百年ではない、地球上文化圏に唯一暮らすニホンザル、その猿の何千年の歴史の中で、3月から4月初めの出産だけで終わるような子しか産まないお母さんになった。出産期が限定されるのです。猿の妊娠期間は半年です。出産してから半年後に、木の枝がかじれるまで歯が成長するには4月初めの出産が限度なのです。だからニホンザルのお母さんたちの受胎の生理が変わってくるのです。9月と10月しか受胎しません。

何の話をしているのかというと、あなた方に変われと阿弥陀様の要求はないのです。あなた方が請求する事項でもない。請求書を提出して阿弥陀様の救いが開始するという話ではありません。慈悲は常に片道なのです。

洋品店、子供用売り場の特設会場というのがデパート等に設けられます。そこに殺到する若いお母さんたちの頭には、我が子の身丈があります。お母さんが買ってきたスカートに合うような子供でなければ、というのではありません。子供の身丈を見計らいながら、スカートを、あるいはブラウスをかざしているのは、頭の中に彷彿と3歳なり5歳なりの我が子の身体が沸いているのです。それが慈悲行動です。

阿弥陀様のお慈悲をよく、母性の慈悲になぞらえて言いますが、人間どもの境涯で型どってみればそういうことです。阿弥陀様は慈悲です。ニホンザルの話で言いましたが、慈悲ある側が変わるのです。

慈悲は片道です。望まれて、請求されて、行動を起こすのではありません。案じられてならない生命存在のために発動します。弥陀大悲を仰ぐ、そういう心持ちの今日のご縁でした。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、




頂いたお斎とお供物↓
恩徳讃

恩徳讃





【法話】極楽とは場所の移動先の話ではないのです 2011.11.03 柏市西方寺

2011年11月3日、千葉県柏市の西方寺へ報恩講に行きました。

2011.11.03 西方寺

以下、その時の記録です。講師は山口県の藤岡道夫先生です。

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平成14年6月14日、前のご門主がご成仏なされ、そのご葬儀が7月18日に行われ、その日の『正信偈』葬儀のご和讃がこの三首でした。

  • 如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
    師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし
  • 無始流転の苦をすてて 無上涅槃を期すること
    如来二種の廻向の 恩徳まことに謝しがたし
  • 南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて
    往相回向の利益には 還相回向に回入せり


これは蓮如様以来の宗門の伝統です。

皆さん、『恩徳讃』をお歌いになられるでしょ? 歌わん人は、、、

お説教というのは、今までしばしば聞いてきた人、レギュラーも、レギュラーでないゲストメンバーも、知ったふりして聞いたら都合が良いんです(笑)。疑問符を付けながら聞かれるよりは、分かったふりして聞いてもらった方が話がしやすいです(笑)。どうぞ一つ、お付き合い下さい(笑)。

浄土真宗のご門主のご葬儀、ないしは、ご門主に近いご縁の方については、このご和讃三首という伝統がございます。500年を超える歴史があります。

この3つを伝えられたというのはどういうことかというと、如来の恩徳を明らかにされたということです。

如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし
『恩徳讃』


それでは、恩徳というのは何がご恩徳なのか? 何が功徳なのか? 功徳とは利益、恵みこのことです。「如来大悲の恩徳」とどれだけ皆が声をそろえて斉唱しましょうとも、功徳は何ぞというのがおさえられていないのが『恩徳讃』です。

でしょ? そういう時は、首を振るんです(笑)。分からん人も首振っとりゃええんです(笑)。

如来大悲の恩徳を何万遍繰り返し歌いましょうと、ご恩なるものが見えないのが『恩徳讃』です。ところが、御開山様は、そんなぬかりごとをなさるお方ではないので、きちんと353首のご和讃の中に、『恩徳讃』を別途に二首お作りになっておられます。

それが、今の
無始流転の苦をすてて 無上涅槃を期すること
如来二種の廻向の 恩徳まことに謝しがたし

南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて
往相回向の利益には 還相回向に回入せり

です。

この二首が、如来大悲の恩徳を具体的に親鸞聖人がおさえてかざされた事柄です。

眠くなりました方はどうぞ、ご遠慮はいりません。ただ、隣をお誘いになりません程度によろしくお願いします(笑)。お説教は、教育ではないのです。阿弥陀様のお慈悲は、あなた方を教育して、能力、才能、性格、性質、人間性、どういうものを仕立てていって、ある程度向上したら救うという方法はとられません。命に着目されたのです。問題は命なんです。その命を根こそぎ成仏の命にするというのが阿弥陀様のお誓い。そのことを今日は少し申し上げて帰ろうと思います。

私は今、一言だけ「成仏」と申しました。ところが蓮如様にかかると全部「往生」と浄土真宗の義を述べる癖があります。これはちょっと問題です。

親鸞聖人がご自身で書かれた『教行信証』の、ご自身が述べられた文章部分ではほとんど「涅槃」と言われています。さとりのことです。成仏のことです。一回だけ「滅度」と、私たちが通常読みますお経さまに出てくるおさとりのお言葉を使われている所がありますが、親鸞様は「涅槃」という言葉を親しまれ、十数回本典に使われています。例えば
大小の聖人・重軽の悪人、みな同じく斉しく選択の大宝海に帰して念仏成仏すべし。
『教行信証』(行巻)
と「往生すべし」とは仰っていられません。親鸞聖人は「成仏」です。
しかれば、大悲の願船に乗じて光明の広海に浮かびぬれば(乃至)すみやかに無量光明土に到りて大般涅槃を証す、普賢の徳に遵ふなり
『教行信証』(行巻)
ここに「大般涅槃」と仰っています。「普賢の徳に遵ふ」とは、迷いのいのち救済活動に入って行くということです。極楽に往っただけでは救済活動どころではなく、場所を変えただけの話です。

法然さま流儀で、浄土宗風に「往生」「往生」と言いますと、涅槃、さとりに触れられていないのです。娑婆の迷いの世界から極楽という環境設備の整った所に移るというだけの意味しかない、如き感があります。

比叡山も高野山も「極楽往生」と言うのです。言うのですが、親鸞聖人とは根本的に違います。何なのかというと場所移動の話なのです。

私は山口県岩国市の者です。岩国の次のインターが私ので入りするインターです。そのインターを出ようとすると、そのインターに入って行くバスと出会いました。何気なく見たら、バスの中に大きな男が一人二人ではない。若者です。何事かと思ってふっと横を見ましたら「広島東洋カープ」と」書いてあります。すぐ近くに、広島東洋カープの2軍の練習場があるのです。宮島近くに宿舎がありまして、そこから私の町はずれの練習場に行って帰るところでした。皆背が高かった。そりゃそうだろうな、と思いました。1軍選手ではない。しかし2軍の練習場に行くと、能力を向上させるに足るだけの設備がそこには投じてあります。だから日々2軍選手は練習しています。あなた方を連れて行ってもものにはなりません(笑)。2軍選手と抜擢されたメンバーだから間に合うのです。

今、何の話をしているかというと、極楽往生の話です。設備の整っている所に行けば、仏様のさとりに到達できるだけの仏道修行ができようから、「極楽に往く」という往生思想が日本国中に満ちたのです。問題はそこです。娑婆ではさとりに到達できない。しかし『阿弥陀経』に「無有衆苦」とありますように極楽は苦がない世界だから。日本の国に往生思想が蔓延した。親鸞聖人のお師匠様の法然上人まで「念仏往生」「念仏往生」と、本願も「往生の願」として受け入れられまして、生涯、念仏往生の願と言い続けられました。

ところが、往きさえすれば良いという話ではないのです。極楽に往けば仏道修行が本格に出来るぞ、という意味で「往生」と言う人等と紛らわしいです。それらと根本的に違います。親鸞聖人は一貫して、一代、『教行信証』の中に通されたのは「成仏」「涅槃」。涅槃、滅度イコール成仏です。ここは大事なことだから話をしておきます。

ご開山様のお言葉の中に「往生」と無いことはないです。しかしそれは、七祖とりわけ道綽・善導・源信・源空さまのお書物をご引用なされたものです。親鸞聖人はふっ切れております。親鸞聖人は成仏法を生きられた。私どもはそのことをしっかりと受けて、そのことを喜ぶ。「往生治定」ではない。『聖人一流章』にあるから困ったなと思いながら日頃読んでいますが、それは蓮如さま、一般向けの文章です。浄土真宗の御法の筋目として言えば、浄土真宗は念仏成仏法です。

本典信巻には
大信心はすなわちこれ(乃至)世間難信の捷径は、証大涅槃の真因
捷径とは早道のことです。
涅槃の真因は唯信心を以てす
成仏の種になる真実のものがらは、ただ信心だということです。
真の仏弟子というは、釈迦・諸仏の弟子なり(乃至)必ず大涅槃を超証すべきが故に、真の仏弟子という
私どもは、紛れもない仏弟子。「私ども」とは坊さんのことではないですよ。ここに居合わせておられることごとくの生命体が真の仏弟子だとご開山様は仰るのです。
念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆえに、臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。
一念とは信念のことではなく時間のことです。極限にまで縮めた時間の話です。間隔を挟まない時剋です。命終わって瞬時にして成仏し遂げる、これが念仏成仏ということです。

はい、もう分からんでも首振っておいて下さい(笑)。

「往生」が間違っている訳ではないです。間違っている訳ではないですが、ご開山様から言わせると、何所に往くかというと、涅槃。阿弥陀様のおさとりと同質のおさとりに往き着くのです。往き着いて還ったところが極楽です。駅前のロータリーのようなものです。タクシーがいて、お客が来ないか待っている。そして客があれば八方へ散って行きます。私は大涅槃の阿弥陀様と同質量のさとりの如来、仏となりきったら智慧と慈悲の生命体になります。慈悲というのは、案じられてならない、命のために行動せざるを得ない性質のものです。そうするとどうなるかというと、極楽で駅前ロータリー風に待機して、そして自由自在に十方世界ことごとくの生命体に出て行って、迷いの命にタッチして行く慈悲行動を起こすのです。それが、おさとりから極楽ということ。極楽とは場所の移動先の話ではないのです。ときどき布教師が「極楽から娑婆に還ってくるのを"還相回向"」と言いますが、還ってくるのは涅槃から還ってくることです。これが親鸞聖人の浄土真宗です。

そこで。

親鸞聖人はたくさんのお書物をお書きになられました。その中に『入出二門偈』というのがあります。天親さま、曇鸞さま、道綽さま、善導さま、この4人のお方の手柄ごとを『入出二門偈』という偈にしておられます。『正信偈』より少し長いもの、80過ぎてのお書物です。その最後に、善導大師さまのお手柄を述べられて
煩悩を具足せる凡夫人、仏の願力によって摂取を獲る、この人は凡数の摂に非ず、是れ人中の分陀利華なり
と親鸞聖人は仰っています。
「煩悩を具足せる凡夫人」私どもは煩悩で構成されている生命体だ、という意味です。煩悩とは貪欲(欲望)、瞋恚(怒り)、愚痴(愚かさ)です。愚かさとは、何所から来たかという命の由来を知らない愚かさ、死んでこの命が何所へ往くか知らない愚かさです。これを「末代無知」と言います。『大無量寿経』というお経の中の言葉です。家計簿の中身をどれだけ知っておろうとて、なんぼ亭主の操作法を心得ていようとて、我が命の由来と命の行方を知らないということを仏法で「智慧が無い」というのです。智慧が無いというのは、やりくりという話ではありません。私の生命存在が見えていないということを、愚かであり無知であるというのが仏教です。
「仏の願力によって摂取を獲る」とは、阿弥陀様の智慧と慈悲の願いをもってあなたの命は成仏治定という生命体になりました、ということです。
その状態を「凡数の摂に非ず」。凡夫というメンバーに収まるものではない、念仏行者、信心の行者、本願の行者、成仏治定の命、その者はすでに凡夫のメンバーから離脱しておりますぞ、と親鸞聖人は述べられたのです。善導さまの言い方とは違います。善導さまは「極楽に往った者は凡夫ではない」と仰っていますが、親鸞聖人は「現在ただいま念仏成仏の命になった私は、もはや凡夫と呼ばれるメンバーから離脱した生命体ですぞ」というお言葉がこれです。これを喜ぶのです。よかったな、というのはそれをいうのです。


ちょっと長くなりましたので、ここで休憩します。


2011.11.03


こちらに続きます。

【法話】慈悲ある側が変わるのです。慈悲は片道です。望まれて、請求されて、行動を起こすのではありません 2011.11.03 柏市西方寺


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