★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2012年03月17日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
東日本大震災一周忌法要 築地本願寺 2012.03.11
東日本大震災から1年後の3月11日、東京築地本願寺で行われた東日本大震災一周忌法要へお参りしてきました。
14時46分の開始直前に着いた頃、会場の仮本堂は外まで人があふれるほどの人数で、入り口の階段付近からは聞き取りにくい所もありましたが、以下のような内容でした。
大慈大悲の阿弥陀如来の御前に申し上げます。
本日、本願寺築地別院に於いて、恭しく本殿を荘厳し、皆様と共に東日本大震災犠牲者の一周忌にあたり、懇ろに聖教を読誦して追悼の法要を厳修致します。
謹んで思いますに、阿弥陀如来は、無常の世に生きる私たちを済い遂げるため大悲の本願を成就されました。宗祖親鸞聖人は本願念仏のみ教えを苦難の人生を生きる私たちの前に明らかにして下さいました。
顧みますと、昨年3月11日午後2時46分、東日本大震災により未曾有の災害が発生し、15000有余人の尊い命が失われ、津波によって家を失い、さらには原子力発電所の被災により郷を離れての生活を余儀なくされた人々の姿は、痛恨の極みとしか表現できません。被災者の方々は、日本全国はもとより世界各地からの支援の活動が展開されていますが、一年が経過した今も計り知れない悲しみや苦しみと不安を抱えつつ、困難な生活を送られています。ここに命を失われた方々へ追悼の意を表すとともに、すべての被災された方々の悲しみに寄り添い、共に分かち合いたいとの願いをもって、これからも支援に努めて参ります。阿弥陀如来のみ光に照らされ、念仏申しつつ共に寄り添える御同朋・御同行として、残された者の責務を共に果たして参りたいと思います。
(阿弥陀経作法)
(法話)本願寺派布教使・小野線信師(愛知県教蓮寺)
死者1万5854人、行方不明の方3155人、避難されておられます方は34万3000人と聞くところであります。現地の方はこの悲しみ・不安の中で一周忌を迎えられる姿を報道等で知らせていただいております。ご門徒の方々は、、、私も門徒でありますが、、、してあげたくてもしてあげられないもどかしさ、何かさせてもらわなければならないと思いながらどうすることも出来ない思い、そのことを親鸞様は『歎異抄』の第四条の中でお示しを下さっています。
親鸞様も戦乱の中、餓死される姿を年間に2万、3万人と目の当たりにされて、この苦しみをどう乗り越えて行こうかと悩まれました。また釈尊も2500年前に父・浄飯王、母・摩耶夫人のご縁の中で王子としてお生れになったのですが、苦悩に満ちた青春、そして人間の生老病死の辛さ、悲しさを、どう乗り越えて行くことが出来るのだろうかと、問いを抱えて立ち上がって下さいました。
そのことを頂きますと、私の命の行方また深さは、亡くなられた方のご縁を頂いてそのことに出遭わせて頂かなかったら、他人ごとになってゆくのだろうと思います。この震災の中で「こんなに災害が起きるということは、神や仏もあったものか」という声も聞いたことがあります。しかし、亡くなった方に供養してあげると往生してもらえるという心は、他人ごとであろうかと思います。
この厳しいご縁の中で親鸞様は、思いやり・慈悲に2通りありますよ、と言われています。一つは、自力を元にした思いやり。もう一つは、それを超えて行く、どうしてやることもできない限界の中から如来様の働きが届いて下さるのですよ、というもの。私が今、迷いの真っ只中にいて、せっかく命を賜りながら苦しみの中に生きていることを、共に涙し共に苦しんで下さる思いがありますよ、とお示し下さることです。
少し前に、京都に行った時に新聞を読んでいましたら、大津の方の投書がありました。題からして「これは普通とは違う」と読ませて頂いたのですが、「悲しい気持ちを全部もらってあげるよ」という題でした。大津市の32歳の若いお母さんの投書です。
「犠牲」という字を辞書で引きましたら、「物事の達成のために身命を投げ打って顧みないこと」と出ていました。私の命の深さ・尊さ、ましてや命終わったら必ず仏にせしめるのだという誓いの成就された如来様。そのことを忘れたら、ずっと迷い・苦しみの世界を歩んで行かなければならないのだ、と、今このお母さんが4歳の息子さんから、如来様の慈悲の心との出遭いをして下さいました。
他人の痛みを丸ごと受け入れようとする言葉、「お母さんの悲しい気持ち、全部もらってあげるよ」という心持ち、亡くなった方々も生きている私も必ず浄土に往生せしめると願って止まない働きを、「南無阿弥陀仏」と申し上げるのだと聞かせて頂きます。
出来ることからお手伝いをさせて頂き、それと同時に私の命を手がかりに、あなたの命の深さに出遭って下さいよ、という願いと受け止めさせて頂いて、本日のご縁と致したいと思います。
ようこそのお参りでございました。
14時46分の開始直前に着いた頃、会場の仮本堂は外まで人があふれるほどの人数で、入り口の階段付近からは聞き取りにくい所もありましたが、以下のような内容でした。
大慈大悲の阿弥陀如来の御前に申し上げます。
本日、本願寺築地別院に於いて、恭しく本殿を荘厳し、皆様と共に東日本大震災犠牲者の一周忌にあたり、懇ろに聖教を読誦して追悼の法要を厳修致します。
謹んで思いますに、阿弥陀如来は、無常の世に生きる私たちを済い遂げるため大悲の本願を成就されました。宗祖親鸞聖人は本願念仏のみ教えを苦難の人生を生きる私たちの前に明らかにして下さいました。
顧みますと、昨年3月11日午後2時46分、東日本大震災により未曾有の災害が発生し、15000有余人の尊い命が失われ、津波によって家を失い、さらには原子力発電所の被災により郷を離れての生活を余儀なくされた人々の姿は、痛恨の極みとしか表現できません。被災者の方々は、日本全国はもとより世界各地からの支援の活動が展開されていますが、一年が経過した今も計り知れない悲しみや苦しみと不安を抱えつつ、困難な生活を送られています。ここに命を失われた方々へ追悼の意を表すとともに、すべての被災された方々の悲しみに寄り添い、共に分かち合いたいとの願いをもって、これからも支援に努めて参ります。阿弥陀如来のみ光に照らされ、念仏申しつつ共に寄り添える御同朋・御同行として、残された者の責務を共に果たして参りたいと思います。
(阿弥陀経作法)
(法話)本願寺派布教使・小野線信師(愛知県教蓮寺)
慈悲に聖道・浄土の変わり目あり。聖道の慈悲というは、ものを哀れみ、悲しみ、育むなり。然れども、思うが如く助け遂ぐること、極めて有り難し。
浄土の慈悲というは、念仏して、急ぎ仏になりて、大慈大悲心を以て、思うが如く衆生を利益するをいうべきなり。
今生に、いかに、いとおし不便と思うとも、存知の如く助け難ければ、この慈悲始終なし。
然れば、念仏申すのみぞ、末徹りたる大慈悲心にて候べきと云々(歎異抄)
死者1万5854人、行方不明の方3155人、避難されておられます方は34万3000人と聞くところであります。現地の方はこの悲しみ・不安の中で一周忌を迎えられる姿を報道等で知らせていただいております。ご門徒の方々は、、、私も門徒でありますが、、、してあげたくてもしてあげられないもどかしさ、何かさせてもらわなければならないと思いながらどうすることも出来ない思い、そのことを親鸞様は『歎異抄』の第四条の中でお示しを下さっています。
親鸞様も戦乱の中、餓死される姿を年間に2万、3万人と目の当たりにされて、この苦しみをどう乗り越えて行こうかと悩まれました。また釈尊も2500年前に父・浄飯王、母・摩耶夫人のご縁の中で王子としてお生れになったのですが、苦悩に満ちた青春、そして人間の生老病死の辛さ、悲しさを、どう乗り越えて行くことが出来るのだろうかと、問いを抱えて立ち上がって下さいました。
そのことを頂きますと、私の命の行方また深さは、亡くなられた方のご縁を頂いてそのことに出遭わせて頂かなかったら、他人ごとになってゆくのだろうと思います。この震災の中で「こんなに災害が起きるということは、神や仏もあったものか」という声も聞いたことがあります。しかし、亡くなった方に供養してあげると往生してもらえるという心は、他人ごとであろうかと思います。
この厳しいご縁の中で親鸞様は、思いやり・慈悲に2通りありますよ、と言われています。一つは、自力を元にした思いやり。もう一つは、それを超えて行く、どうしてやることもできない限界の中から如来様の働きが届いて下さるのですよ、というもの。私が今、迷いの真っ只中にいて、せっかく命を賜りながら苦しみの中に生きていることを、共に涙し共に苦しんで下さる思いがありますよ、とお示し下さることです。
少し前に、京都に行った時に新聞を読んでいましたら、大津の方の投書がありました。題からして「これは普通とは違う」と読ませて頂いたのですが、「悲しい気持ちを全部もらってあげるよ」という題でした。大津市の32歳の若いお母さんの投書です。
些細なことではあるが納得できないことに、ふいに涙が出てしまった。そんな私を見た4歳の長男が「お母さんの悲しい気持ちを全部もらってあげるよ」と言った。”慰める”でも”励ます”でもない、ただ寄り添って、弱い私の心を小さな両手で受け止めようとするかのような言葉であった。嬉し涙はいつしか消えて感謝の涙に変わり、幾筋も頬を伝わっては落ち、そして思ったのだ。30年以上生きてきて私は、こんな風に他人の痛みを丸ごと受け入れようとしたことがあっただろうか、と。特に、自分の子供の幼さ故の小さな過ちに対して、まず、叱ることで正しさだけを押し付けてはいなかっただろうか。傷ついている子供の気持ちよりも自分の気持ちを優先させてはいなかっただろうか。「お母さんはあなたが悲しいとき、あなたの悲しい気持ちをもらっていないよ、ごめんね」と謝る私に「そんなことはないよ」と言ってニッコリ笑う息子。ただただ私を信じきっているその顔に、許されていたのは、甘えていたのは、実は私だったのだ、と初めて気がついた。この日のことを忘れないでおこう。
「犠牲」という字を辞書で引きましたら、「物事の達成のために身命を投げ打って顧みないこと」と出ていました。私の命の深さ・尊さ、ましてや命終わったら必ず仏にせしめるのだという誓いの成就された如来様。そのことを忘れたら、ずっと迷い・苦しみの世界を歩んで行かなければならないのだ、と、今このお母さんが4歳の息子さんから、如来様の慈悲の心との出遭いをして下さいました。
他人の痛みを丸ごと受け入れようとする言葉、「お母さんの悲しい気持ち、全部もらってあげるよ」という心持ち、亡くなった方々も生きている私も必ず浄土に往生せしめると願って止まない働きを、「南無阿弥陀仏」と申し上げるのだと聞かせて頂きます。
出来ることからお手伝いをさせて頂き、それと同時に私の命を手がかりに、あなたの命の深さに出遭って下さいよ、という願いと受け止めさせて頂いて、本日のご縁と致したいと思います。
ようこそのお参りでございました。








