【法話】「人間の最期を死ととるのが人間の眼差し、人間の最期を往生ととるのが念仏者の眼差し」 2012.02.05 築地本願寺

2012年2月5日、本願寺築地別院にて長原真了師から聞かせて頂いたお話の記録です。

築地本願寺 2012.02.04


十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなわし 摂取して捨てざれば 阿弥陀となづけたてまつる
今日、こうやって皆さんにお会いすることができましたけれども、昨日寝られる時に、今朝、またこの時間、今日という日が果たして来るのだろうかという疑いをもって命に向き合われた方がいらっしゃるでしょうか。この世の習いとして、始めあるものはすべてに終わりがあります。そして、諸行無常と言われるようにすべてのものは移ろい変わって失われてゆくのがこの世の道理であります。その道理の中に、すべてのもの、この私もあるということは間違いのないことで、私もひとたび無常の風が吹けば、そこにどんな事情があったにせよ、この世からすべてを手放してこの命を滅してゆかねばなりません。しかし、普段の日常の中で死の自覚を持たないのも私たちであります。

十返舎一九という人がいましたが、辞世の句でこんな詠をよんでいます。
今までは 人のことと思へども 俺が死ぬとは これはたまらん
あまりに滑稽で笑いが出そうな詠ではありますが、滑稽と笑う前に、まさにそれは私のことであった、他人事、他人事と受け流してきていた命の問題が、実は私のことであった、と受け止めてゆかねばならないと思います。

私は実は数年前まで「おおぢぬし」だったんです。「大地主」ではありません。「大痔主」です。「痔」というのは「病だれ」に「寺」と書きますが、どうやらお寺さんの職業病のようです。お寺さんと話をしていると結構多いのです。なぜ「病だれ」に「寺」と書くのか、その意味は定かではありませんが、昔から本堂は寒いと言われますし、そこで長い間正座をするとお尻が鬱血しますので、どうしても切れやすい。そこにお酒をたくさん飲む。こういったことが重なり重なって、寺の病が痔になった、とまことしやかに言われています。その「大痔主」に私も大変苦しんだことがあります。最初は放っておいたのですが、何年かした結果、単なる痔では済まなくなりまして肛門直腸膿腫という腫瘍になってしまいました。これは大変だと病院に行ったのですが、慌ただしく動かれる看護師さんを見てハッと思いました。当時、下の子が生まれたばかりでしたし、私は新しいお寺を作りたいと思いまして銀行から借金をしていたものですから、もし自分に何かがあったらこれからどうやって行きてゆこう。本当に、人生で初めて自分の死に向き合ったときでした。その時は住職になって14~15年経っていましたので、たくさんの葬儀に出会ってきました。それなのに、ご縁を頂いた葬儀の命の問題がすべて他人事であった、と感じました。

「人間の最期を死ととるのが人間の眼差し、人間の最期を往生ととるのが念仏者の眼差し」そうおっしゃって下さった先達の方がいらっしゃいます。私たちは、死んでしまえばおしまい、死にたくない、という小さな殻に閉じこもり、そして生死流転にある身であります。だからこそ、そんなお前を見放すことなく救い摂るという阿弥陀様の働き、そしてそのご信心を賜ることによって、死んでおしまいではない、浄土という世界に参らせて頂く。それが念仏の大きなお徳でありました。だからこそ浄土というのは単なる死後の世界ではありません。死後、私たちが生きる世界が定まればこそ、その浄土という世界は今この時を生きる私に働きかけて下さっているのです。その働きと、恵まれて注がれている光の中に、どう自分の人生と命を受け止めて過ごしてゆくか。そのことが求められているのが私たち念仏者であると思っています。

今日は、阿弥陀様の肝心要の智慧と慈悲をテーマにお取り次ぎをさせて頂きたいと思います。

住職を務めておりますので、色々なご縁を頂いて、そのご縁の中で思いを共にし、苦悩を共にし、共に泣き、笑い、その中で多くの学びをさせて頂いております。

智慧というのは、ありのままに物事を見つめてゆく、という仏の視点、眼差しのことです。その仏の眼差しの中に開かれて行った世界、そこに気付かれてゆかれた方のお話をします。私が出会った葬儀の中で学ばせて頂いた実際の話です。数年前の暮れに、一本の電話がお寺にありました。「子供が亡くなりましたので、門徒ではありませんが葬儀を勤めて頂くことは出来ないでしょうか」というご相談でした。そういうことは東京等ではもっと顕著なのかもしれませんが、長野とはいっても県庁所在地の長野市ですから、門徒さんの流入といいますか、檀家制度にとどまらずお寺と宗派と住職を選ぶという動向が長野でもあります。ですからお取り次ぎをする葬儀も、半分は、色々なご縁の中で選んで頂いてのこと、ということが多くなってきました。そういったご縁でありますので、できるだけそういった声に応えたいということでお家に伺いました。そこには3歳の男の子のご遺体がご安置されてあります。小さなお子さんのご葬儀のご縁でした。勤めさせて頂いてご葬儀の打ち合わせに入るのですが、その打ち合わせの冒頭、ご両親からこんなご相談がありました。「実はこの子は亡くなるまで家に帰って来ることが出来なかったのです。ようやく亡くなってこういった形で帰って来ることが出来たのですが、そういった事情で、この子のために用意したベッドも部屋も一度も使われることがありませんでした。もし出来れば、この子をこの部屋のこのベッドに寝かせてやりたいのですが、都合がつきますでしょうか」。親御さんの気持ちはよく分かります。都合がついたものですから、じゃあそうしましょうということで、寒い時期であったから出来たのですが、2晩仮通夜をして、3日目に本通夜、4日目にご葬儀を勤めました。その間、若いご両親と色々な話をすることが出来ました。そうやって迎えたご葬儀の当日。通常、東京等では葬式が勤まってから出棺というのが当たり前だと思います。しかし長野の葬式の仕方は少し変わっておりまして全国的には「長野方式」と言われることもあるようですが、出棺をして、そして斎場に行ってお骨をご安置してからご葬儀をするのが長野流です。ですから葬儀が終わりますと、すぐお斎(会食の席)が始まります。そこで喪主さんやお家の方々から色々なお言葉を頂きます。その時は、ご両親それぞれからお言葉を是非みなさんに伝えたいということで、お父さん、お母さんという順番でお話しになりました。今日はそのお母さんのお話を皆さんに聞いて頂きたいと思います。

皆さんの前に立たれてお母さんはいきなりこう言われました。「この子は3年という時間を生きました」。正直に言えば非常に違和感を感じました。そこにいらっしゃった方々もきっと同じような思いだったと思います。なぜか。通常人前に立てば、色々な事情や思いはあるでしょうけれども、まずある程度のご挨拶、定型のものがあって、その後言葉が始まりますが、その時にはお母さん、即座に「この子は3年という人生を生きました」とおっしゃったのです。続いて「この子が亡くなって、皆さんから色々な言葉をかけて頂きました。『幼かったのにね』『早かったね』『残念ですね』『もっと一緒にいたかったでしょ』。色々な言葉をかけて頂きましたが、その言葉をかけられればかけられるほど、『そうじゃない、違う』と皆さんの心を素直に受け止めることの出来ない私がいたのです。申し訳ありませんでした。許して下さい」そう言ってお母さんはしばらく泣かれました。涙がおさまってから、こんな思い出話をして下さいました。「この子が私のお腹の中に宿った時、私の人生の中で一番の大きな幸せでした。ところがお腹の中で大きくなるにつれて、障害があることが分かりました。最後は危険を承知で出産をしました。普通は子供が授かると、先生や看護師さんから『男の子ですよ』『女の子ですよ』と言われるのでしょうが、私たちは違いました。先生に呼ばれて『いいですか、非常に厳しいことを申し上げますが、障害の度合いが非常に重いのであまり長くは生きられないでしょうから、覚悟をして下さい』と言われました」。命を授かったという大きな喜びが、その言葉で一瞬にして奈落の底に叩き付けられた、そんな苦しみを抱かれたはずです。それからしばらくして、2人で我が子のところに行ってみたそうです。そこには何本かの管につながれて、保育器という容器に入ってはいるけれども、懸命に心臓を動かして息をしている我が子の姿がある。それはまさに「お父さん、お母さん、僕は生きたいんだ、僕は生きるんだよ」という思いの中で懸命に息をし、心臓を動かしている我が子の姿に間違いない。そう思った時にご両親はハッとされたそうです。「厳しい事実ではあるけれども、その事実に、たとえわずかであっても、向き合うことの出来ない私たちがいた。子供がこんなに一生懸命生きようとしている。しかしその心に寄り添うことが出来なかった。親として何としても申し訳ないことだった。これからどれだけの時間が残されているか分からないけれども、親子3人の時間を大事にしながら、お互い命に向き合いながら、これからの時間を過ごしてゆこう」そう誓ったのだそうです。それから「闘病」というよりは、お互いの命に向き合って生きる家族の時間・人生が始まりました。お母さんは毎日介護をされながら、お父さんは仕事が終わると毎日病院に向かって、そして家族で色々な話をしたそうです。きっと、その日あったことの嬉しかったことや悲しかったことや辛かったことや愚痴などを交えながら、言葉にしてそれを分かち合ったのだと思います。そして言葉にならない時にはあえて言葉にせずに、皆で手を握りあって、握りあう手の中から伝わってくる温もりや力を通じて、みんなここにいるね、みんな一緒だね、と日暮らしを送ったと思います。「そうやって、それぞれの、巡り会った家族の縁というものの中に、命を通して過ごしていった3年という時間が流れてゆきました」。こんなことをお母さんが一通り話して下さって、こうおっしゃるのです。

「世の中には、長生きをすることや、健康であることが素晴らしいという価値観、それが幸せであるという考え方がまかり通っていますが、それは本当でしょうか。それが幸せの絶対条件なのでしょうか。もしそれが本当だとしたら、そこから漏れてしまう人たちや人生、、、まさに私たちがそうでした。障害を持って生まれ、3年という短いわずかな時間の中で生きた命、、、もしそれが本当だとしたら、私たちやこの子の人生、私たち家族の時間が不幸だったと言われなければならないのでしょうか。長生きが素晴らしい、健康であることが素晴らしいという言葉で人はどれだけ、そう思えない人の心を簡単に傷つけいるのでしょうか」。そう言われて私もハッとしました。「その一般的な物差し、命の価値観というものに測られて、私はこの家族の命とかけがえのない時間を推し量って欲しくないと思っていたのです。だから『短かったね』『幼かったね』『早かったね』という言葉を素直に受け止めることが出来ませんでした」。そして、私が一生懸命話をしたことをそのお母さんなりに咀嚼をして下さいまして、こうおっしゃいました。「浄土真宗の阿弥陀様という仏様は、人の命は長さではないとおっしゃって下さる仏様だと聞きました。生まれて、生きて、その人に出会って、その人のことが好きになって、たくさんの思い出を作った時に、ずーっと一緒にいたい、ずーっとこの幸せを手にしていたい、と思うのは人として当たり前のこと。しかしそう思ってみてはいても、それを許さない厳しい現実や事実が私たちにはあります。実際には、死という絶対にすべての人に避けられない現実の中で、すべてを失い、すべてを手放して別れてゆかなければなりません。幸せのために長生きをしたい、健康でありたい、と思うのは人として当たり前のことです。でも、願いが当たり前だとしても、その願いが叶うか叶わないかは全く別のことであって、叶うことよりもむしろ叶わないことの方が多い人生の中に私たちは生きています。だから仏様は、私たちがどうしようも出来ないこと、叶えられないこと、力の及ばぬことに価値を見いだしてはならないとおっしゃって下さるのです。大事なことは命の深さと、輝きに目覚めることだとおっしゃって下さる仏様が阿弥陀様だと聞きます。生まれたということを素直に喜ぶ。出会えたという喜びをお互いが分かち合ってそれを抱きしめてゆく。そうやって、今を、この人生を、この命を生きられたならば、それが比べられることのない何よりの輝き、そして深い深い尊い命に出会えたということになります。そう聞かせて頂いて本当に救われました」と、お母さんはおっしゃって下さいました。そして最後にこう話をまとめて下さるのです。「この子が亡くなるまで、私は、人間というものは生きているということが当たり前だと思っていました。しかし我が子を亡くして初めて、この悲しみの中にあって初めて、人の命は永遠ではないということ、そして同時に、生きていることは当たり前ではないことを知りました。そのことを住職に話すと『そうですね。だから有り難い、有ることが難い私たちの命ですね。有ることが難しい命、しかし願われ生かされ支えられてここにある私の命であるからこその"有り難うございました"という感謝の言葉ではないですか』と聞かせて頂きました。私たちを支えて下さった皆さんに、何一つ恩返しできることを持ち合わせていませんが、この息子から、この別れから教えられた"有り難う"という思いを皆さんに伝えたいと思います。有り難うございました」。

この言葉を聞きながら、涙を止めることが出来ませんでした。そしてそこにいらっしゃった多くの方々が、やはり涙をされていました。私は多くの葬儀に立ち会いますので、いわゆる先生と言われる職種の方々や地元の名士と言われる方々や、色々な方々とお話をしたり、挨拶を聞かせて頂くことがありますが、正直言ってあまり心に響いたことはありませんでした。それを引き合いに出す訳ではありませんが、これほど素晴らしい言葉を聞いたことはありませんでした。そして、私自身の大きな学びのご縁とさせて頂きました。

この話は、別れ行く命と出会った中に、仏の目線・仏の視点からありのままに命・物事を見つめていった智慧に、悲しみに打ちひしがれるのではなくその縁をどう受け止めてゆくかという中に、自分の心をみ教えを依りどころにして、目線を上げてゆかれた一人のお母さんの話ですが、実はこれには後日談があります。私がご葬儀の中で話をさせて頂いた中で、これだけのことを感じられるそのお母さんの感性は凄い、どういう人なのだろう、とすごく興味があったのですが、その後、月参りがありましたので色々話をさせて頂くご縁がありました。そこで分かったのは、このお母さんは元々富山県のご出身で、小さい頃からお寺の日曜学校に通っていたのだそうです。小さい頃からお寺で、家で、おじいちゃん・おばあちゃん・お母さん・お父さん、家族みんな揃って、必ずご飯を食べる前には「帰命無量寿如来」と『正信偈』をお勤めしてからご飯を頂くという生活が日常だったようです。つまり、一つ一つ、一息一息の中に、自分の心に蓄積されていった宗教的情操と言いますか感性があったればこそ、きっとそれが言葉になって出たのがこの話であったと受け止めて、なるほどと思った次第であります。

そのときにこんな言葉を聞きました。「恩送り」。これは富山のある地方の方言だそうです。普通「恩返し」といったら頂いた恩をその方に返すことです。恩返しは、頂いて返すという相互関係の中でしか行ったり来たりしません。しかし恩送りというのは、自分が辛い時や悲しい時に誰かが手を差し伸べてくれた、その心によって私の心が温められた、その喜びや思いを今度はその人に返すのではなくて、悲しみを知ったればこそ、今までは気付けなかった身近な時代や社会の悲しみにその恩を送ってゆく、そのことが尊いことなのだ、という教えのこもった言葉だそうです。私たち真宗門徒にはとても温かい言葉だと味わい学んだご縁でした。まさに亡くなった父親から聞かせてもらった通りでした。住職や僧侶というのは育てられるものなのだ、と。

それでは次に、慈悲について話をしたいと思います。

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(次回につづく)


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お経の出るお線香 – 南無阿弥陀佛

お経の出るお線香、「南無阿弥陀佛」というものを頂きました。

お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛3


早速火をつけ(ながら写真を撮るのは難しい)、、、
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛


しばらく待つと(供物の果物が買ったままの状態ですみません^_^;。奥の人形は故人のものです)、、、
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛


何やら見えてきました。
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛


おおぉ!
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛


仏様です。立撮即行の阿弥陀如来。
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛


つづいて、


な、
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛


む、あ、
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛


み、だ、
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛


ぶつ。
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛


煙は出ず、ほのかにお香が漂う上品なお線香。この中にご絵像、ご名号として阿弥陀如来が現れられました。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


途中で灰が崩れはしまいかとドキドキしましたが、分厚いのでしっかりしています。
お経の出るお線香 - 南無阿弥陀佛



そのお姿をみて
心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。
(教行信証)
のお言葉を思い出しました。


さて、”お経の出るお線香”ということですが、「南無阿弥陀仏」はお経のどこに出てくるかといえば、例えば『観無量寿経』には「称南無阿弥陀仏」とあります。

『観無量寿経』については、

仏説 観無量寿経

 『無量寿仏観経』ともいい、略して『観経』とも称される。この経は釈尊在世当時、王舎城におこった事件を契機として説かれたもので、はじめに次のような事情が示される。悪友の提婆達多にそそのかされた阿闍世という王子が、父頻婆娑羅王を幽閉し、その王のために食物を運んだ王妃の韋提希夫人をも宮殿の奥に閉じこめた。夫人は遠く耆闍崛山におられる釈尊を心に念じ、仏弟子を遣わして説法してくださるよう求め、これに応じて釈尊みずから王宮の夫人の前に姿を現された。そこで夫人は、この濁悪の世を厭い、苦悩なき世界を求め、特に阿弥陀仏の極楽浄土を選んで、そこに往生するための観法を説かれるように請うた。

 こうして、まず精神を統一して浄土と阿弥陀仏や菩薩たちを観想する13の観法が説かれる。この観法の中心は第九の真身観(阿弥陀仏の相好を観ずること)である。

 さらに、釈尊はみずから精神を統一しないままで修する善について、上品上生から下品下生までの九品に分けて説かれる。まず、上品には大乗の善が説かれ、中品には小乗の善や世間の善が説かれる。そして下品にはこれらの善を修することができない悪人のために念仏の教えが説かれるのである。

 ところが、このようなさまざまな観法や善を説き終ったあとで、最後に阿難に対して無量寿仏の名号を心にとどめよと説かれている。そこで親鸞聖人は、釈尊の本意がこれまで説かれてきた観法や諸善にはなく、他力念仏の一行を勧めることにあると見られた。
ということですが、他にも観無量寿経を読みましょうというサイトに詳しく書かれています。それは少々難しいですが、その中から深川倫雄和上の『観経拝読についての要点』を引用させて頂きます。ゆるゆるお読み下さい。

『観経拝読についての要点』 勧学 深川倫雄

一、経典

私どものご法義は『浄土三部経』のご法義です。この『三部経』をどう解釈するかというと、親鸞聖人のご指南に従うものです。聖人を宗祖と仰いで、そのご教化に従ってまいります。この聖人の『三部経』解釈は『ご本典』や『ご和讃』に示されてあります。
浄土三部経はお釈迦さまがお説きになったものです。お釈迦さまは仏さまです。『三部経』は仏さまのお言葉です。お釈迦さまは澤山のお経をお説き下さいましたが、この『三部経』がお釈迦さまの本懐です。お釈迦さまが『三部経』の中にお説き下さった内容は。阿弥陀さまという仏さまのことです。即ち、『三部経』のご法義は阿弥陀さまのご法義です。この度はその中の一つ、『観無量寿経』略して『観経』のお説教を解説いたしましたので、ゆるゆるこの本をお読み下さい。
経典解釈というものは素人が取りかかってはならないものです。経典は達人の指導によって理解すべきものです。私どもは親鸞聖人という達人のご指導に従います。この本の中の趣旨は、一つ一つに指示はなくても、全部、親鸞聖人の解釈の通りです。執筆者の意向は入っていません。

二、阿弥陀さまの願心

『三部経』の第一である『無量寿経』略して『大経』には阿弥陀さまの衆生済度が説かれてあります。阿弥陀さまの四十八願の中第十八願が中心です。願というのは、如来さまが、こういう仏になりたい、こういうお浄土にしたいという願いです。第十八願は名号ナマンダブになって一切衆生に宿り称えられて、衆生を仏にしたいというものであって、四十八願の願心の根本ですから、第十八願を本願と申します。如来さまは私どものことを隅から隅まで洞察、研究なさいました。それを五劫思惟と申します。私どもの智慧も心も行いも、すべて愚鈍にして不実、虚妄である、衆生は功徳を積むこと不可能である。一切衆生は貪欲、瞋恚、愚痴という煩悩に引きずられ、罪業に縛られて、流転輪廻限りないものである。この者たちが虚妄の世界を流転してゆく繋縛から解放され、智慧の悟りの者になることは、如来さまのお力による外はないと考えました。如来さまの仏徳の全部は同時にナマンダブという、称えられる声の仏さまになって、衆生に自分のこととして信受させ、称えさせて、この名号ナマンダブの功徳の力によって、衆生を極楽浄土に往生させ、覚りの仏にしようと願われました。これが第十八の本願です。名号ナマンダブを信受、称名するということは、この本願の仰せをそのまま受け入れることです。即ち、自分の智慧も思いも行いも、力のないものとし、用いないことにして、私に来て下さった名号ナマンダブただ一つを、受け入れ称えて生きるのであります。
如来さまは、この名号でのお救いによって、一切衆生一人残らず仏にすることに自ら絶対の信をお持ちです。
ところで、この仰せの通りの名号、ご苦労の願心のこめられたナマンダブを仰せの通りに信受しない人がいるであろう。即ち仏さまの前に自分の智慧を無価値のものとして投げ捨てることが出来ない人、自分の思いを価値ありとして大切にする人、自分の行いを功ありと思う人たちです。その人たちの中、自己のすべてを無価値とし得ないで、名号に自分を託することの出来ない人々は、自分の善根、自分の功徳、自分の智慧を誇って、第十八願の宗教である名香の法を受けつけないでしょう。如来さまはそのような、仏心に添わない人々のことを予想されました。しかしこの人々を見放しません。いま、仏力=他力にまかせよといっても、その大慈大悲の仏心に背く者たちを暫く許して、そのような者のために第十九願をお立てになりました。即ち自分の智慧と思いを意味ありとして何らかの善根を励み、その功徳によって浄土に往こうとする者、それは実は如来さまには不本意の人々ですが、不本意の人々の為に不本意の宗教を用意されたのが第十九願です。従って第十九願の願心には、如来さまのご本心の宗教である第十八願のご法義に、自力を捨てて、早く立ち帰ってほしいというお心があります。純粋他力の念仏は素晴らしい宗教です。自分の智慧の力を捨てきれない人々が、善をなし、念仏を称えて、その功を誇ろうとするのは、自力善根の人です。宗教として不純であり、不淳ですので、如来さまは不本意な道であるとされます。そこで、第十九願には、第十八願の他力の法から外れた人々に用意下さった、不本意なお心と、第十八願に帰入せよというご本意と、二つの願心があることになります。

三、お釈迦さまの教意

お釈迦さまは仏さまですから、以上の阿弥陀如来の願心をよくご承知です。お釈迦さまは阿弥陀さまのご本意、、第十八願のご法義、名号ナマンダブの法を『大経』にまさしくお説きになりました。即ち『大経』は第十八願ー名号法を開設された経です。第十九願の宗教も説かねばならないお釈迦さまは、王舎城の王宮で興った逆害の事件をチャンスとして、『観経』を説かれました。即ち『観経』は第十九願開設の経です。第十九願は阿弥陀さまが不本意の人々のために立てられた不本意の願です。従って第十九願の正面は不本意の法であり、背後に隠れてご本意の願心があります。ご承知のお釈迦さまは、『観経』の教意に二つを説かねばなりません。即ち『観経』の正面の教説は自力諸善をして往生しようというご法義、背後には他力信心のお念仏を彰してあります。『観経』の教意にニ面があることを見抜いて下さったのは善導大師と親鸞聖人です。これらのお話を整頓して表にしますと、次のようになります。
(略)
そういう意味でこの『観経』は解釈して示すことの困難なお経です。この本では、第十八願の他力念仏をお勧めの面、即ち阿弥陀さまのご本意の側に立って書き進めて参りましたから、そのつもりでお読み下さい。

四、『観経』の大概

『観経』の全体をあらましで示しますと次のようです。

序文(序分)
王宮の逆害と教説の起縁

本文(正宗分)
禅定の心でする善(定善)
散雑の心でする善(散善)
念仏

結び(流通分)
他力念仏の勧め

お経は千五百年の昔、中国仏教このかた、序分・正宗分・流通分の三つに区分して解釈することになっています。流通分とは、一経の教説を結論し、後世に伝え弘めることを命じられる所ですから付属流通と申します。会座の長老及び阿難尊者にそのお経をお渡しになって、流通を命じられるわけです。お経の結論を説示し、後世への流通を説かれる所ですから、流通分は大層大切です。殊に『観経』では、長時間にわたって説かれた定善、散善という教説は差し置いて付属せず、
「阿難よ、お前は如来さまの名号を大切に頂いて生きなさい」
と結ばれます。『観経』はこの流通分を大切にし、これから反顕して読むものです。流通分の教意でもって、序分から理解してゆくものです。

五、悪人正機とお示し

序分に述べられてある王舎城の逆害は悲しい出来事です。頻婆娑羅王の王子阿闍世太子が、お釈迦さまの従兄弟である提婆達多にそそのかされて、王権を手に入れるクーデターを起こしました。父王を幽閉し、母后・韋提希夫人をも軟禁しました。耆婆、月光、雨行という大臣達もこの騒ぎに巻き込まれます。血生臭い中に蠢く凡夫達の浅ましい姿です。韋提希夫人が軟禁された王宮の一室にお釈迦さまがお降りになって、夫人に対してお説法をなされたのが『経』の大部分です。
『大経』はナマンダブのご法義の原則の全体を阿難尊者や弥勒菩薩に対して説かれたものです。『観経』では浅ましい人間模様を織りなす人々にお念仏が説かれました。韋提希夫人その他みな凡夫であって、歴史上初めて念仏を称えて喜ぶ凡夫が現れたことを示すお経です。『観経』は凡夫の為に説かれたお経です。たとい定善の高度な禅定の行が説かれてあっても、あれも凡夫の中の積学の人達のすることであって、菩薩のために説かれてあるのではありません。積学の凡夫にして、自力で定善を行って往生しようとする人は、如来さま不本意の道をゆく姿です。積学の人で他力信心の人は、ご恩を思いながら定善段を行って念仏生活の楽しみとするでしょう。即ち他力の人から言えば定善、散善はご報謝のたのしみです。
お釈迦さまが韋提希夫人に対して、「汝は凡夫にして心想劣悪である」と仰せの場面があります。『観経』は凡夫の為の経であることが知れます。親鸞聖人は右の経語を重視して、「悪人が往生の機であることを彰わす」と仰せです。『大経』では名号法が悪人を正機とすると思われる文はありません。上輩を可とし、下輩を不可とし、悪人を不可とし、善人を可とする文勢です。『観経』を拝読して夫人のような浅ましい凡夫、下品五逆の者が念仏して救われるということが知られます。それで『大経』は真実法の法を説き、『観経』は真実法の機を顕わすと申します。親鸞聖人は『観経』によって第十八の本願は悪人を正機とするご法義を誓われてあると理解されました。
更に、『観経』に登場する人達はすべて浅ましく罪深い凡夫であるが、このお方々は凡夫の姿を示現した聖者方の仮の姿であると見られました。即ち権仮方便をもって罪業の凡夫の姿をあらわし、悪人凡夫がナマンダブで救われるのであると教えて下さったものと教えて下さいました。『ご和讃』に、
大聖おのおのもろともに
凡愚底下のつみひとを
逆悪もらさぬ誓願に
方便引入せしめけり
と詠ぜられましたのがそれです。『ご本典』の序にもこの意味を仰せです。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、



【法話】慈悲ある側が変わるのです。慈悲は片道です。望まれて、請求されて、行動を起こすのではありません 2011.11.03 柏市西方寺

前回の続きです。

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親鸞聖人は、如来大悲の恩徳は、往相廻向、還相廻向という功徳だとおっしゃいます。往相とは、さとりに往き着くこと、還相とは、おさとりからたちかえって慈悲行動に従事すること。この二つのものが念仏成仏という法の内容だと親鸞聖人が説かれたのが、あの三首のご和讃の初めの二首です。

親鸞聖人は、世間一般に庶民が歌を歌う節にのせて歌える歌を「弥陀成仏の~」以下、353首ご制作に成られました。その中に特に際立っておりますのが「如来大悲の恩徳は~」です。浄土真宗のご化導の風土がある一帯の人たちは誰でも口ずさんだことがあるのが「如来大悲の恩徳は~」です。

恩徳讃


http://www.youtube.com/watch?v=SKdnHt1Ybzo
(↑今回のご縁とは関係ありませんが、見つけて気に入ったので貼付けてみました)

にもかかわらず、如来大悲の恩といい、徳といい、功徳といい恵みと認じているはずの如来大悲は、この「如来大悲の恩徳は~」のご和讃だけではみえないのです。それを、蓮如上人さまが「親鸞聖人のご和讃353首ご作成になった中に、恩徳を歌われた歌が前二首ある」と選び出されたのです。蓮如上人はよくお読みになったお方ですね。

『正像末和讃』に
  • 無始流転の苦をすてて 無上涅槃を期すること
    如来二種の廻向の 恩徳まことに謝しがたし
  • 南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて
    往相回向の利益には 還相回向に回入せり
  • 如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
    師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし
とあります。

お聖教をお持ちでない方は、「その程度のものはうちの仏壇にあるのだが」と思って聞いておられたら良いです。御法の心というのは的をあてがうようにして伺って聞く方がうまみがあります。別にそれを知らないからといって、どうということはありません。あなた方はその程度で終わる命ですから(笑)。それ以上向上なさる必要はありません(笑)。ただ、お説教で使われたお言葉がどこにあるのか承知しておられれば、ままごとでも面白みがあるようなものです。ままごとみたいなものです、お説教は。阿弥陀様は、教育して皆さんを仕立ててから救うというのは断念されました。阿弥陀様の智慧の眼差しの中に見てとられた私どもは、仕立ててから救うという法は絶望だとご覧になられました。それが法蔵覩見ということです。「覩見諸仏浄土因」とありますでしょ。つくづくとご覧になったということです。垣間みられたというのではないのです。つくづくと凝視してご覧になってみられたら、教育の手法はもうこの命どもには間に合わないと見てとられたのです。冗談みたいですが、それが法蔵覩見なのです。どの方法があるかと五劫思惟された結論として声、「重誓名声聞十方」です。名声とは「めいせい」(評判)ではありません。「みょうしょう」。名乗りの声です。阿弥陀様は声に成られたのです。

地球上最北限の猿を見に行ったことがあります。なぜ猿の話をするのかというと、慈悲の話をするためです。北国の猿は、9月から10月の初めにかけて受胎します。そして3月から4月上旬にかけて出産します。そうでないと、ぼつぼつ雪が始まるからです。春生まれた小猿が、歯が生え揃ってお母さん等と一緒に上って、冬場をしのぐ木の枝をかじれるようになるまで成長していないと、食べ物の少ない北国、お母さん猿の乳の出るほどに食物が無いから、お母さんの乳に吸い付いたまま飢えて死んでしまうのです。3年~5年ではない、数百年ではない、地球上文化圏に唯一暮らすニホンザル、その猿の何千年の歴史の中で、3月から4月初めの出産だけで終わるような子しか産まないお母さんになった。出産期が限定されるのです。猿の妊娠期間は半年です。出産してから半年後に、木の枝がかじれるまで歯が成長するには4月初めの出産が限度なのです。だからニホンザルのお母さんたちの受胎の生理が変わってくるのです。9月と10月しか受胎しません。

何の話をしているのかというと、あなた方に変われと阿弥陀様の要求はないのです。あなた方が請求する事項でもない。請求書を提出して阿弥陀様の救いが開始するという話ではありません。慈悲は常に片道なのです。

洋品店、子供用売り場の特設会場というのがデパート等に設けられます。そこに殺到する若いお母さんたちの頭には、我が子の身丈があります。お母さんが買ってきたスカートに合うような子供でなければ、というのではありません。子供の身丈を見計らいながら、スカートを、あるいはブラウスをかざしているのは、頭の中に彷彿と3歳なり5歳なりの我が子の身体が沸いているのです。それが慈悲行動です。

阿弥陀様のお慈悲をよく、母性の慈悲になぞらえて言いますが、人間どもの境涯で型どってみればそういうことです。阿弥陀様は慈悲です。ニホンザルの話で言いましたが、慈悲ある側が変わるのです。

慈悲は片道です。望まれて、請求されて、行動を起こすのではありません。案じられてならない生命存在のために発動します。弥陀大悲を仰ぐ、そういう心持ちの今日のご縁でした。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、




頂いたお斎とお供物↓
恩徳讃

恩徳讃





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