★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2012年04月21日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
高森顕徹 / 歎異抄をひらく
著者とされている高森顕徹氏の出版物には、他にも『親鸞聖人の花びら』という書名のものがあります。
「歎異抄」「親鸞聖人」と聞くと、浄土真宗のご法義が書かれているように思いがちですが、これらは氏が会長を勤める「浄土真宗親鸞会」の教義徹底に使われている本、と言えると思います(といっても最近では「教義はどうでも良い」と、弁当事業や会館建設に力を入れているようですが)。
どういうことかというと、「浄土真宗親鸞会」の教義は、一見、親鸞聖人のお言葉によって成立しており、その論理体系をまとめた『聖典』も存在していますが、よく調べてみると、それは「捏造」「改竄」「断章取義」や誤解に満ちているというのです。
その結果、浄土真宗・他力本願の御法と異なるどころか、正反対のものとなっているならば注意が必要です。そういえば『高森顕徹 / 光に向かって100の花束』で、「向きが逆ではないか」と書きました。
断章取義については、会員との問答(聖教の読み方について): 飛雲を読むと、
実際、親鸞聖人が勧められなかったことを勧め、勧められたことを軽んじていると受け止められるところがあり、藁人形論法(詭弁)によって他力念仏を説く人を批判し、自力修善を強調する姿勢が感じられるのが高森氏の特徴と言えるかもしれません。
最近ではそのカラクリを見破らせない為に、会で認められている以外の仏教書を読むことを禁じているとか、いないとか。
他にも、聖人が特定の人に言われたことをすべての人のことを言われたお言葉のように紹介したり、強引な解釈をしているところもあると聞きます。
具体的な、親鸞聖人と高森氏の違いについては、親鸞会の信心偽装・教義偽装の手口: 飛雲に
これらはすべて、梯實圓氏の言葉を借りれば「自分だけではなく人びとの心の拠り所を破壊し、惑わせる」謗法と言えるかもしれません。
どうしてそう言えるのか、詳しいことは
・飛雲
・安心問答(浄土真宗の信心について)
・真偽検証
・元会員から見た浄土真宗親鸞会
・親鸞会邪義を破る
などを参照すると理解できるのではないかと思います。
もし、本書を手にする人があれば、最低限この事実くらいは知っておいた方が良いだろうと思い、参考サイトを紹介させてもらいました。
最後に、蓮如上人風に書くと、「宿善の機においては左右なく之を許すべからざるものなり」ということになるのでしょうか。「正反対」ということにおいては、ことごとく徹底しているように思えてなりません。
「歎異抄」「親鸞聖人」と聞くと、浄土真宗のご法義が書かれているように思いがちですが、これらは氏が会長を勤める「浄土真宗親鸞会」の教義徹底に使われている本、と言えると思います(といっても最近では「教義はどうでも良い」と、弁当事業や会館建設に力を入れているようですが)。
どういうことかというと、「浄土真宗親鸞会」の教義は、一見、親鸞聖人のお言葉によって成立しており、その論理体系をまとめた『聖典』も存在していますが、よく調べてみると、それは「捏造」「改竄」「断章取義」や誤解に満ちているというのです。
その結果、浄土真宗・他力本願の御法と異なるどころか、正反対のものとなっているならば注意が必要です。そういえば『高森顕徹 / 光に向かって100の花束』で、「向きが逆ではないか」と書きました。
断章取義については、会員との問答(聖教の読み方について): 飛雲を読むと、
親鸞会は、断章取義が徹底しています。聖教の一部分だけを取り出して、前後を無視するものです。あるそうです。
判りやすくいえば、
左へ行きなさい
と書かれてあれば、左へ行けということだと思えるのですが、前後をよく読んでみると、
「左へ行きなさい」という人がいるが、それでは遠回りだから右へ行きなさい
とあり、結局は右に行くことを勧められていることになります。
これが親鸞会には一杯あるのです。故意に断章取義をしている場合と、知らずに勘違いしている場合があります。伊藤康善師や大沼法竜師の著書に、たまたま引用してあった根拠を意味も判らずにパクリ損ない、両師の誤字がそのまま高森会長の著書に書いてあることも
実際、親鸞聖人が勧められなかったことを勧め、勧められたことを軽んじていると受け止められるところがあり、藁人形論法(詭弁)によって他力念仏を説く人を批判し、自力修善を強調する姿勢が感じられるのが高森氏の特徴と言えるかもしれません。
最近ではそのカラクリを見破らせない為に、会で認められている以外の仏教書を読むことを禁じているとか、いないとか。
他にも、聖人が特定の人に言われたことをすべての人のことを言われたお言葉のように紹介したり、強引な解釈をしているところもあると聞きます。
具体的な、親鸞聖人と高森氏の違いについては、親鸞会の信心偽装・教義偽装の手口: 飛雲に
1.獲信していない人の死後はどうなるかとまとめられており、その後、
親鸞聖人 六道輪廻(19願・20願の同行は化土往生)
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高森会長 必堕無間
2.五逆罪・謗法罪について
親鸞聖人 造っている人と造っていない人がいる
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高森会長 造っていない人はいない、全ての人は生まれながらに造っている
3.善人と悪人について
親鸞聖人 善人と悪人とがいる
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高森会長 善人はいない、すべての人は悪人である
4.獲信のために善は必要か
親鸞聖人 念仏1つ、獲信に善は不要
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高森会長 善をしなければ絶対に獲信できない
5.白道とは
親鸞聖人 自力の心にあらず
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高森会長 自力
6.定散二善について
親鸞聖人 定散二善を捨てよ
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高森会長 定散二善をせよ
7.19願について
親鸞聖人 19願を捨てよ
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高森会長 19願を実践せよ
8.宿善について
親鸞聖人 過去世の善根の厚薄と、往生・獲信とは関係ない
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高森会長 過去世の善根の薄い者が、そのままで往生・獲信することはありえない
9.機の深信についての項目が追加されています。
親鸞聖人 自力では出離できない
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高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる
10.善知識に無条件服従しなければならないか
親鸞聖人 法に従うのであって、人に従うのではない
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高森会長 善知識に無条件服従せよ
これらはすべて、梯實圓氏の言葉を借りれば「自分だけではなく人びとの心の拠り所を破壊し、惑わせる」謗法と言えるかもしれません。
どうしてそう言えるのか、詳しいことは
・飛雲
・安心問答(浄土真宗の信心について)
・真偽検証
・元会員から見た浄土真宗親鸞会
・親鸞会邪義を破る
などを参照すると理解できるのではないかと思います。
もし、本書を手にする人があれば、最低限この事実くらいは知っておいた方が良いだろうと思い、参考サイトを紹介させてもらいました。
最後に、蓮如上人風に書くと、「宿善の機においては左右なく之を許すべからざるものなり」ということになるのでしょうか。「正反対」ということにおいては、ことごとく徹底しているように思えてなりません。







