紅楳英顕 / 派外からの異説について(2)

一つ前の投稿の続きです。

タイトルの「派外」とは、浄土真宗ではない団体、「異説」とは、浄土真宗の教えとは義を異にする説、ということだと思います。

一、宿善論の問題



 『本願寺の体質を問う』の第二部(134頁以下)は「親鸞会かく反論する」となっており、宿善論の問題と後生の一大事の問題について、私の所論に対する反論非難がなされている。
 ここには、私の論文が部分的に引用されているが、第一部には私からの返信が全文のせられているのだから、むしろ初めに『伝道院紀要』に私が発表した論文も全文のせてもらった方が、よく解ってよかったのではなかろうか。論文を部分的に引いて反論されたのでは、私の主張の内容が読者に解りにくく、誤解を生ずる点もあろうと思われるからである。

 まず、宿善論の問題からふれていこう。私は「私の意見に対する反論であるなら、独断によらず、宗祖聖人や蓮如上人の上にみられる文証をはっきり示して反論されるように」といっていたのであるが、私が再三もとめたところの、「破邪顕正や財施を獲信のための宿善として修せよ」とある文証は、未だに何等示されていない。私が問題にしたのは、このことなのであり、高森親鸞会が自説の根拠となる文証を明示されない限り、私への反論になっていると認めることはできないのである。
 そもそも宿善ということについては、私の論文にも述べているように、宗祖聖人は、
遇、行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。(『教行信証』総序)
遇、信心を獲ば遠く宿縁を慶べ。(『浄土文類聚鈔』)
と仰せられてある。宗祖聖人が宿善とは宿因等といわず、宿縁といわれているのは、『教行信証』も『文類聚鈔』も同じであるが、これは、その直前にある「弘誓の強縁」(他力)の「縁」の語をうけているものと考えられる。だから、「遠く宿縁を慶べ」とは、ひとえに他力のお育てによるところであったと慶ばれているのである。蓮如上人も、
遇獲信心遠慶宿縁と聖人のあそばし置れたるは、たまたまといふは過去にあふと云心なり。又、とおく宿縁をよろこぶといふは、今始めてうる信心にあらず、過去遠々の昔より以来の御哀にて今うる信心なり。(『拾遺御一代記聞書』)
と述べられている。信心を得たところで過去を振り返り、すべて他力のお育てによるところであったと慶ばれたのが、宗祖聖人であり、蓮如上人である。
 この点高森親鸞会は、
宿善というのは過去世の仏縁のことであるが、過去に仏縁浅きものは現在において真剣に宿善を求めねばならない。でなければ宿善開発の時節到来ということはあり得ない。されば宿善は待つに非ず、求めるものである。(『白道もゆ』212頁)
まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ。イ、聴聞、ロ、破邪顕正。(『顕正新聞』第93号)
真実を知らない人に真実をおしえ、求めねばならぬわけを説いているうちに、いや他人に説くことによって自分の聞法心も深まって来るのです。即ち宿善が厚くなるのです。法施は最上の布施行だからです。(『こんなことが知りたい』②87頁)
真実の仏法のために浄財はすべて尊い宿善となります。この会費改正にあたって進んで宿善を求めさせて頂きましょう。(『顕正新聞』第175号)
等と主張している。「過去に仏縁浅きものは現代において真剣に宿善を求めねばならない」とか「まず信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ」等といって、これから信心を得るために自力で宿善を積むことを勧めているわけである。このような主張は、宗祖聖人や蓮如上人が信心を得たところから振り返って宿善を語られたのと、基本的に相違しているといわねばならないであろう。
 私が論文に引用したように、大原性実師も「我々が今日弥陀法に遇い之を信受奉行することを得し因縁となりしことを悉く宿善と称すべく……」と述べておられ、また『新・仏教辞典』(中村元監修)も「前世・過去世につくった善根功徳をいう、また、人の一代に限って、今まで作った善根を指すこともある」と出している。これらは、現在から過去を振り返っているのであって、これから獲信のために修することを宿善といっているのではない。
 ところが、高森親鸞会は、大原師や『新・仏教辞典』の所説を、これから獲信のために修する善のことであるかのように解釈して、「破邪顕正や財施が諸善万行にはいるか、はいらないか」と質問してきている。私は、それらが諸善万行にはいるかどうかは問題にしていないのであり、これから獲信のための宿善として「破邪顕正や財施をせよ」というようなことは、宗祖聖人や蓮如上人の上にはないと論じているのである。だから、私の意見に反論するのなら、宗祖聖人や蓮如上人の上で、その文証を出してほしいと求めたわけである。
 その上、同会は、私に対する四項目の質問に対して「何百日以上も経過するのに未だ返答がない」と盛んに宣伝しているが、私が返答を出してあることは、すでに述べた通りである。同会の質問に対して、逆に私の方から「破邪顕正や財施を修することが獲信のための宿善となる」という文証があれば示してもらいたいと求めたのが、一昨年(昭和五十五年)の六月二十一日(57頁)であるから、もう八百日以上が経過していることになるが、これについては何の返答もないままである。

 また「本願寺の稚気」(138頁)といって、われわれが同会の正式名称である浄土真宗親鸞会といわず、高森親鸞会と呼称していることについて、高森氏は「陰険な悪意を感ずる人も少なくなかろうと思うが、ただ保身の為、親鸞会憎しの怨念に燃え、あえて真実に立ち向かおうとするのであるから、彼らだって空しい闘志をかきたてねばならないことは容易に想像される」等と述べている。はじめから自らは真実、他は不真実と決めこんだ上の想像としかいいようがないが、これは、派内に東京親鸞会・金沢親鸞会など親鸞会と名のつく会があるので、そうした派内の親鸞会と区別するために、高森氏を会長とする宗教法人「浄土真宗親鸞会」のことを、われわれは便宜上、「高森親鸞会」というのであって、決して陰険な悪意からいうのではない。この点、誤解のないようにされたいと思う。

 それから、本願寺は「真剣な聞法をすすめることを間違い」(140頁)というといって、あたかも私が聞法(聴聞)を否定しているように書いている。宗祖聖人は、
たとひ大千世界に みてらん火をもすぎゆきて 仏の御名をきく人は ながく不退にかなふなり(『浄土和讃』)
といわれ、蓮如上人は、
仏法は世間の隙を闕きてきくべし、世間の隙をあけて法をきくべきように思うこと、浅ましきことなり。(『御一代記聞書』)
いかに不信なりとも聴聞を心に入れ申さば、御慈悲にて候間、信を獲べきなり、只仏法は聴聞に極まることなりと云々。(『御一代記聞書』)
等と教示されている。このことは、論文にも述べたことであって、聞法(聴聞)を勧めることが間違いである等とは、私はどこにもいっていない。私の述べているところを故意にネジ曲げて非難していることは明らかである。
 そもそも、真宗の「聞」とは、第十八願成就文の「聞其名号信心歓喜」の如実の「聞」でなければならない。これは、第二十願の「聞我名号係念我国」の「聞」とも峻別される他力の「聞」なのである。高森親鸞会の主張のように、破邪顕正や財施等の自力の行と同列に扱うこと自体が、そもそも問題なのである。この意味から、存覚上人は、
聞よりおこる信心、思よりおこる信心といふは、ききてうたがはず、たもちてうしなはざるをいふ。思といふは信なり、きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひちりばかりもよりつかざるなり。(『浄土見聞集』)
と述べられているのである。
 次に『本願寺の体質を問う』(144頁)には、
所詮は、案ずるな、煩ろうな、計ろうな、心配するな、そのままじゃ、無条件じゃ、念仏さえ称えておれば死んだら極楽が本願寺の主張だと、従来より指摘し続けて来た親鸞会の批判が正しかったことを証明したにすぎない。
とある。これは、先年以来、本願寺の門前等で配付している同会のビラに、本願寺の主張として「死なねば助からぬ」とか「念仏さえ称えればよい」「念仏はみな同じものだ」というように書きたてて、平生業成もわからず、信心ぬきの念仏を説いているのが本願寺の主張であるかのように指摘し宣伝しているのであるが、その指摘が正しかったことを証明した、といっているようである。高森氏は、高岡仏教学院や竜谷大学で学ばれたそうであるが、平生業成や念仏の自力・他力について学ばれなかったのであろうか。
 高森親鸞会のビラに対して本願寺から出されたものの中、「いつ助かるか」について、
今、ここで救われます。「なもあみだぶつ」のいわれを聞いて、疑いの心がなくなるとともに、まことの信心にめぐまれて如来の光明の中に摂取されます。やがて、この人生が終われば、浄土に往生して仏のさとりを開せていただくのです。
とあり、「どうしたら助かるのか」について、
まことの信心ひとつであります。いちずに念仏を称えさえしたら助かるというのではありません。真実の教え(本願が名号に成就されたいわれ)を聞くことが大切であります。
と明示し、さらに「念仏について」には、
まことの信心から必ず念仏が流れて出て下さいます。これを他力の念仏といい、「なもあみだぶつ」を口に称えて如来の御恩を感謝します。疑いの心をもったまま唱える自力の念仏では真実の浄土に往生することはできないのです。
と、本願寺の正しい見解が述べられている。「死なねば助からぬ」とか「念仏さえ称えておればよい」とか「念仏はみな同じものだ」などと、本願寺の誰が説き、どこに書いているのだろうか。書物や話の一部分だけとらえて、悪意に解釈するならば、あるいはそのようにとれるところがあるかも知れないが、それは、あまりにも片寄った見方であって、故意に曲解して本願寺を非難しているとしかいいようがない。
 それから『同書』(148頁)には、宿善は他力によるのであるならば、なぜ聴聞にはげまねばならないのか、教えを勧めねばならないのかという問題が繰り返されている。
 これも、つまりは、宗祖聖人が「遇、行信を獲ば遠く宿縁を慶べ」と仰せられ、蓮如上人が「とをく宿縁をよろこぶといふは、今始めてうる信心にあらず、過去遠々の昔より以来の御哀にて今うる信心なり」と示され、存覚上人が「きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひのちりばかりもよりつかざるなり」と他力をよろこばれたお心が、理解できないところから生じたものと思わざるを得ない。
 また『同書』(150頁)では、宿善があくまでも他力によるというならば、すべての人の宿善が平等でなければならないといい、そして、
本願寺は宿善の相違を認めないのであろうか、若しそうなら紅楳氏のような熱心なものもあれば、仏とも法とも思っていない人もいるという厳然たる事実をどう説明するのか。
と述べている。
 私は宿善の厚薄(相違)を認めないなどといっているのではない。しかし、私がご法義を喜ぶ身にならせていただいたのは、自力の善を積んだからであるとは毛頭考えず、ひとえに仏のお導き、お育てによるものと味わっているのであ
る。この宿善の問題については、さらに『同書』(151頁以下)に『阿弥陀経』の
已発願、今発願、当発願。
若已生、若今生、若当生。
等の文をはじめ、覚如上人の
十方衆生のなかに浄土経を信受する機あり、信受せざる機あり。いかんとならば『大経』の中に説くが如し、過去の宿善厚き者は今生にこの教えに値うてまさに信楽す、宿福なき者はこの教えに遇うといえども念持せざればまた遇わざるが如し。(『口伝鈔』)
の文や、蓮如上人の
陽気・陰気とてあり、されば陽気をうくる花は早く開くなり、陰気とて日陰の花は遅く咲くなり。かように宿善も遅速あり、されば已今当の往生あり弥陀の光明に遇いて早く開くる人もあり、遅く開くる人もあり。(『御一代記聞書』)
の文等を引いて、往生に遅速があるのは宿善が平等でないからであり、宿善が平等でないことは他力ではないからであるという旨を述べている。
 この点については、すでに私の論文でもふれておいたが、本派の宗学上においても、宿善自力説・宿善他力説・当相自力体他力説等と、学的見解の別れるところである。私は、宿善は他力と味わっているが、宿善自力というも、当相自力体他力というも、それは獲信の立場から振り返って宿善の物体を論ずることであって、高森氏のように、これから獲信のために自力の宿善を修せよというような宿善論は、先哲の説にもなく、もちろん宗祖聖人をはじめ覚如上人、蓮如上人の上にも示されていないのである。
 高森親鸞会が引用している覚如上人の『口伝鈔』には、その文の次下に、
しかれば往生の信心のさだまることは、われらが智分にあらず、光明の縁にもよをしそだてられて名号信知の報土の因を得としるべしとなり。これを他力といふなり。
とあるように、覚如上人も、他力のお育てにより信を得ると仰せられてある。蓮如上人が他力を慶ばれたことについては、今さら論ずるまでもないことである。したがって、覚如上人・蓮如上人の所説に往生の遅速の問題があるからといって、宿善が他力のお育てによるとよろこぶことを否定する理由にはならないのである。
 さらに、破邪顕正や財施が諸善万行にはいるかどうかの問題が『同書』(153頁)に出ている。このことは、すでに述べたように、これが諸善万行にはいるかどうかを私は問題にしたのではなく、破邪顕正や財施を獲信のための宿善として修せよと主張する義に、疑義を呈したのである。もっとも、正しい意味の破邪顕正や財施が諸善万行の中にはいることは、いうまでもない。しかし、自らの主張だけを正しいものとし、他派の法座や法要の妨害をするようなことを破邪顕正と考え、そのような集団に献金することを財施というのであれば、それが果たして諸善といえるかどうかは疑問である。
 以上、私の批判に対して、高森親鸞会は種々に反論しているのであるが、宗祖聖人や蓮如上人の上で「未信の者は破邪顕正や財施を獲信のために宿善として修せよ」とある文証を挙げなければ、どれほどもっともらしいことをいったとしても、結局、それは私見に過ぎないのであって、正しい反論にはならないのである。また、実際、そのような文証があるはずはない。
 次に、他者に教えを説くことについては、論文にも書いたことであるが、宗祖聖人は、
仏慧功徳をほめしめて 十方の有縁に聞かしめん
信心すでに得んひとは つねに仏恩報ずべし。(『浄土和讃』)
自ら信じ、人を教えて信ぜしむること、難きが中に転たまた難し、大悲弘く普く化する、真に仏恩を報ずるになる。(『往生礼賛』=『教行信証』信巻に引用)
と教示されているように、他者に教えを説くことを勧めておられる。それは、獲信のための宿善として修せよと勧められているのではなく、信後の報恩行として勧めていられるのである。蓮如上人も、
信もなくして人に「信をとられよ」と申すは我れは物をもたずして人に物をとらすべきという心なり、人承引あるべからず。(『御一代記聞書』93)
等と仰せられるように、信を得てから他者に教えることの大切さを示されてはいるが、獲信のための宿善として他者に教えを説くことを勧めてはいられないのである。
 一方、財施については、宗祖聖人は、他者から志を受けたことに対して、
銭弐拾貫文慥に給候、穴賢、穴賢。(『末灯鈔』)
銭二百文御こころざしのものたまわりてそふらふ。(『御消息集』)
等と、謝念の意を表わしてはいられるが、それを獲信のための宿善として積めなどという仰せは、まったくないのである。『歎異抄』第18には、
仏法のかたに、施入物の多少にしたがひて大小仏になるべしといふことこの条、不可説なり不可説なり。比興のことなり。(中略)いかにたからものを仏前にもなげ、師匠にほどこすとも、信心かけなばその詮なし。一紙半銭も仏法のかたにいれずとも、他力にこころをなげて、信心ふかくば、それこそ願の本意にてさふらはめ。
とある。施入物の大小を云々することは誤りであり、たからものを仏前になげたり、師匠にものを施したりすることによって救いが決まるのではないことが述べられているのである。このように、献金等の財施を宿善として修せよという見解は、まったくないということができよう。蓮如上人も、
ちかごろはこの方の念仏者坊主達、仏法の次第もてのほか相違す。そのゆへは、門徒のかたよりものをとるをよき弟子といい、これを信心のひとといへり。これおおきなるあやまりなり。また弟子は坊主にものをだにおほくまいらせば、わがちからかなはずとも、坊主のちからにてたすかるべきようにおもえり。これもあやまりなり。かくのごとく坊主と門徒のあいだにをひて、さらに当流の信心のこころえの分はひとつもなし、まことにあさましや。(『御文章』1の11)
信心のとおりをば手がけもせずして、ただすすめといふて銭貨を、つなぐをもて一宗の本意とおもひ、これをして往生浄土のためとばかりおもへり、これおほきにあやまりなり。(『帖外御文章』37)
一すぢに弥陀をたのみまひらせて、もろもろの雑行、物のいまわしき心などをふりすてて、一心にふたごころなくたのみまひらせ候てこそほとけになり候はんずれ。さように人に物をまひらせ候て、そのちからにてなどうけ給候、なにともなき事にて候。よくよく御心え候べく候。(『帖外御文章』127)
等と示されるように、財施によって救いが定まるというような、いわゆる施物だのみを誡められている。財施を獲信のための宿善としてなすべき旨を勧めるなどということは、まったくあるはずはないのである。
 高森親鸞会は「真剣な聞法をすすめるのは間違い」とか「聞法は信心獲得することとは無関係」などと、私が聞法をも否定しているように書き立てているが、上述のように、私は聞法を否定するなどとは一言も書いてはいない。破邪顕正や財施(高森親鸞会への献金、財施)等が、獲信のための宿善となるのだから、これを修せねばならぬとする主張に、疑義を呈したのである。
 以上のように、高森親鸞会は、獲信のための宿善としての善根を自力で修すべきであると、盛んに勧めているのであるが、その一方で、こんどは『同書』(158頁)に、
これではまるで親鸞会が「自力の善根で信心獲得出来る」といっているといわんばかり。ひどい中傷である。
といい、また『同書』(165頁)には、
それでは自力の善根によって宿善開発(信心決定)させることが出来るのか、と間抜けは返難するかもしれない。事実『伝道院紀要』には「高森親鸞会は宿善開発(信心決定)が自力で出来ると言っている」と丁度鬼の首でもとったように繰り返す。その後の彼我の往復書簡にもそのことが顕著にでている。本願寺の親鸞会中傷の最も大きな点の一つである。
等と、まるで「獲信のために宿善を自力で積め」などいったことがないかのようないい方をしているのである。それならば、
過去に仏縁浅きものは現在において真剣に宿善を求められねばならない。でなければ信心開発の時節到来ということはあり得ない。されば宿善は待つに非ず、求むるものである。(『白道もゆ』212頁)
生まれた時から他力に摂取されているものは一人もいないのですから、みんな自力で求めていくのです。(「顕正新聞」第93号)
等と述べていることは、ウソだったのであろうか。
 また『本願寺の体質を問う』(171頁)には、
自力の善が獲信の資助になるどころか、自力無効、捨自帰他、弥勒菩薩も三世諸仏も化土往生人も、自力が廃らない限り絶対に弥陀の本願は判らず、報土往生は出来ないことを開顕し続けて来たのが、親鸞会の歴史である。
ともいっているが、それならば、
まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ。イ聴聞、ロ、破邪顕正。(「顕正新聞」第93号)
真実の仏法のために提供される浄財はすべて尊い宿善となります。(「顕正新聞」第175号)
と書いてあるのは、間違いであったというのだろうか。にもかかわらず、
命がけの聴聞も破邪顕正も、自力の一切は間に合わなかったと廃った一杯が、本願力に間に合ったことに驚き呆れ、すべてが他力であったなあーと不思議不思議と踊り上がったときを宿善開発というのだ(『本願寺の体質を問う』175頁)
と述べている。あれだけ自力で宿善をつめといい「破邪顕正こそ無上の宿善」とか「浄財はすべて尊い宿善」といって、それが誤りであると批判されると、繰り返し質問状を発し、さんざんな罵詈雑言を浴びせ、法要妨害までしておきながら、こんどは掌を返すように、自力の宿善は間に合わないというのである。
 そして『同書』(175頁)には、つづけて、
一切凡小、一切時の中に、貪愛の心常に能く法財を焼く、急作急修して頭燃を灸ふが如くすれども、衆て、雑毒雑修の善と名け、亦虚仮諂偽の行と名づく。真実の業と名づけざるなり。此の虚仮雑毒の善を以て無量光明土に生ぜんと欲す、此れ必ず不可なり。(『教行信証』信巻)
今の真宗においては専ら、自力をすてて他力に帰するをもって宗の極致とする。(『改邪鈔』)
もろもろの雑行雑修自力の心をふりすてて、一心に阿弥陀如来、我等が今度の一大事の後生、御たすけさふらへとたのみまうしてさふらう。(『領解文』)
等の文を引き、
かかる親鸞聖人や覚如上人・蓮如上人を一貫せる自他力廃立の御教化によって救われ、その真実を開顕せん為に死力を尽している親鸞会を「自力によって宿善開発(信心獲得)出来るといっている」という本願寺の非難は悪辣極まる中傷と断ぜざるを得ないのである。
と結んでいる。ここに示されてある通り、宗祖聖人・覚如上人・蓮如上人のご教示・ご教化が、一貫して徹底した自他力廃立のものなるが故に、私は「未信の者は獲信のために自力の善を積め」という高森親鸞会の宿善説に疑義を呈したのである。それを「悪辣極まる中傷」と、まるで事実無根であるかのように高森氏はいうのである。これでは、まったく議論にならないといわねばならぬ。



続く



火宅無常の世界とお母さんの「さん」

東北関東大震災の起きた11日夜、都内で帰宅難民がたくさん出た日は、会社に泊まり作業をしていました。テレビはなかったのですが、ネットがつながるのでUSTREAMでNHKとTBSを見ながら。頻繁に発せられる「地震が来ます!」の警告と、乗り物酔いのような余震の揺れは、まるで映画で見た戦時中の空襲警報を思い起こさせました。

そして、15~16日にかけて。この日も夜、会社に残って仕事をしていたのですが、福島原発からは朝から放射線物質の放出の報道。続いて夜は静岡県東部で震度6強の地震。千代田区でも大きく揺れました。ガタガタ、ミシミシという音は、揺れの大小にかかわらず、恐怖心に鋭く突き刺さります。

地震、津波、放射能と、今まで経験したことのない規模の災害、事故が重なり、この先どうなってしまうのだろうかという不安はまだまだ続きそうです。



ただ、落ち着いて考えてみれば、この非常事態は切迫した緊急事態ではあるけれど、実はいつもと違う非常事態にすぎないのであり、死の縁無量であることは今までも、今も、これからも変わらないことに気づかされます。

一切衆生のありさま過去の業因まちまちなり。また死の縁無量なり、病におかされて死する者もあり、剣にあたり死する者もあり、水に溺れて死する者もあり、火に焼けて死する者あり、乃至、寝死する者もあり、酒狂して死するたぐひあり、これみな先世の業因なり。更にのがるべきにあらず


明日地震が来なくても、今日、病気で自分が死ぬかもしれない。放射線を浴びずとも、車にはねられて死ぬかも知れない。平和そうな街にいても、突然通り魔に襲われ、刺されるかもしれない。

そう考えると、今回の件だけが特別なことではなく、むしろ、今まで無事に生きて来れたことのほうが不思議なのかもしれません。否、生きてきた、というより、生かされてきた、という表現の方が適切な気がします。

停電や電車の運休を通し、これまで如何に電気の恩恵を受けてきたか痛切に知らされました。電力会社にも批判されるべき点はあるでしょうが、それ以上に、生命の危機と隣り合わせの電力供給に従事される作業員には頭が下がります(ヤ●ザまがいの記者にはもっと建設的な質問をしてほしい、、、ということはここでは置いといて)。
着るものにしても、一本の繊維も織ったこともなければ、編んだこともありません。出来上がったものを着ているだけです。
食べ物に至っては、これまで何千、何万、何億もの命を奪っておりながら、この手を血に染めたことは一滴もありまs、、、あ、小学校のとき魚釣りをしたことがありました。まあそれは別としても、コンビニでおにぎりが買えるのは、決して当たり前のことではありませんでした。

衣食住どれをとっても、犠牲と支えの上に成り立っているのが「生きる」ということであり、自分の知らないところでどれだけの生命が辛い思いをし、苦しんできたか分かりません。

このように、今まで受けてきたご恩を振り返ってみると、厳しい状況にありながら、ふと心安らぐ思いになります。腹の立つとき、不安なときも有難い気持ちになります。「恩」という字は原「因」を知る「心」と書きますが、これは、「なぜ自分はこんなに恵まれているのか」という問いにつながるからでしょうか。

多くの人との関わりで生かされてきた以上、自分自身を粗末にするのは申し訳のないことであり、困っている人がいたら、少しでも役に立てることができれば、と思わずにおれません。


悲しいことに、この世は諸行無常の響きあり。『歎異抄』にもある通り、火のついた家のように危うい世界を目の当たりにさせられました。

煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのことみなもてそらごとたわ言、まことある事なきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。
『歎異抄』


辛い現実ですが、儚く、弱く、罪深く、ウソ、偽りの我々が、無常の世の中で何を拠りどころとすればよいのか、改めて見つめなおす縁となれば、今回の悲劇は決して天罰ではなく、多くの人の心が一つになるきっかけになるのではないかと思っています。




最後に、「ただまこと」と言われる親鸞聖人のお心について、知人より味わい深い文章を紹介してもらいましたので引用させていただきます。

お母さんの"さん"

本願寺新報 2010(平成22)年6月1日号掲載
北嶋 文雄(きたじま ぶんゆう)(福岡・光蓮寺衆徒)

☆親心のはたらく証拠

親の名告(なの)りは、実に味わい深いものです。

というのも、母親は子どもに「おかあさんよ」と名告りますが、「おかあさん」の「さん」という言葉は、本来よぶ側が用意するものです。それを名告る側が用意したら、おかしなことになります。たとえば、「私は北嶋さんです」と名告ったら、おかしいのと同じです。

けれども、母親は「おかあさん」と名告ります。一体、「おかあさん」という名告りは何なのでしょうか。

それは、母親は最初から子どもの立場に立って、名告っているのです。

「さん」という言葉は、よぶ側の子どもが用意しなければなりません。でも、それができない子どもに先立って、「おかあさん」と名告っているのです。

つまり、その名告りには、「このように、よんでおくれ。私を頼っておくれ。いつでもどこでも一緒だよ」という親心があるのです。ですから親の名告りは、そのままが親心いっぱいのよびかけなのです。

そのよびかけを聞いて、子どもは安心します。その安心しているままが、親を頼っているすがたです。その頼っているすがたが、親心のはたらいている証拠です。実に、親を頼る心まで、親が与えてくれるのでした。

☆南無の心もご用意に
このように、「おかあさん」という名告りは、最初から子どものためであったのです。


ところで、南無阿弥陀仏というみ名は、最初から私たちのための名告りであったことを、親鸞聖人は「回向(えこう)を首(しゅ)としたまひて」と示されました。

阿弥陀さまは、私たちに南無阿弥陀仏と名告られたのですが、南無は「おまかせします」という意味ですから、本来は私たちが南無の心を用意しなければなりません。

けれども、南無阿弥陀仏の南無は、阿弥陀さまがご用意くださっています。最初から私たちの立場に立って、名告られたのです。まかせる心を起こすことができない私たちのために、阿弥陀さまが先立って南無阿弥陀仏と名告られたのです。つまり、その名告りには、「このように、よんでおくれ。私にまかせておくれ。いつでもどこでも一緒だよ」というお慈悲があるのです。ですから南無阿弥陀仏は、そのままがお慈悲いっぱいのよびかけなのです。

そのよびかけを聞いて、安心します。その安心しているままが、阿弥陀さまにまかせているすがたです。そのまかせているすがたが、お慈悲のはたらいている証拠です。実に、まかせる心まで、阿弥陀さまが与えてくださるのでした。

このように、南無阿弥陀仏という名告りは、最初から私たちのためであったのです。

☆苦悩する者のために
阿弥陀さまは、私たちに南無阿弥陀仏とよびかけずにはおれませんでした。なぜなら、阿弥陀さまの眼に映った私たちが、「苦悩の有情(うじょう)」であったからです。心弱く、愚かに、涙しながらしか生きていくことのできない悲しい存在・・・それが阿弥陀さまがご覧になった私たちの姿でした。

誠に、涙しながらしか生きていけないのが、私たちです。「なぜ、自分だけがこんな目に遭わねばならないのか・・・」と、暗い気持ちになることもあります。「誰も私のことをわかってくれない・・・」と、愚痴をこぼすこともあります。「こんなはずじゃなかったのに・・・」と、悲嘆にくれることもあります。

それがどうにもならないことだとわかっていても、弱々しく涙を流しながら生きているのが、私たちの現実です。悲しみに沈む時、苦しみにあえぐ時、心の底は一人ぼっちです。誰も知ることはできません。

そういう中で、たったおひと方、この悲しみ苦しみの境界(きょうがい)をお知りになり、涙されたのが阿弥陀さまでした。そして、「悲しき者よ。どんな時も、あなたを見捨てない」と、南無阿弥陀仏とはたらきかけてくださっていました。

私たちの現実は、苦悩の現実です。しかし、今ここに阿弥陀さまがご一緒です。苦悩する涙の中で、お慈悲の深さが味わえてまいります。






【仏教】初めて学ぶ浄土真宗の聖典講座 2010.12.18

以前、京都本願寺に行ってきたときの続きです。


西本願寺の安穏殿3階にて、無料で「初めて学ぶ浄土真宗の聖典講座」があったので参加してみました。

初めて学ぶ浄土真宗の聖典講座 初めて学ぶ浄土真宗の聖典講座


教学伝道研究センター聖典編纂部門常任研究員の佐々木義英先生による解説でした。

西本願寺 安穏殿3階



受講証

ちなみに、そのときの受講証を返し忘れたので、次回行ったときに返却したいと思います。



資料
以下、配られた資料にしたがってまとめた内容です。


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