紅楳英顕 / 「現代における異義の研究 伝道院紀要24号 – 本願力回向」(4)

の続きです。

目次
  1 はじめに
  2 第一章 宿善論について
    2.1 一 高森親鸞会の宿善論
    2.2 二 宗祖における宿善論
    2.3 三 蓮如上人の宿善論
    2.4 四 高森親鸞会の宿善論の問題点
    2.5 五 真宗先哲の宿善論
    2.6 む す び
↓↓今回はここから↓↓
  3 第二章 二種深信についての問題
    3.1 一 高森親鸞会の問題点
    3.2 ニ 江州光常寺の主張との比較
↑↑今回はここまで↑↑
    3.3 三 後生の一大事についての問題
    3.4 む す び






第二章 二種深信についての問題

 浄土真宗の信心が二種深信であることは周知のとおりであるが、古来これに関連した異義が縷々生じている。現代も教団の内外に異義と断ぜざるを得ないような主張が種々なされているように思われる。以下、高森親鸞会の主張における二種深信に関する問題を取り挙げ、検討することにする。

一 高森親鸞会の問題点

 二種深信に関する異義として従来挙げられているものは、相互に重なる而も有するが地獄秘事(信機秘事)、機歎き安心、信機募り安心、信機正因、信機自力、二心前後起、二心並起、信後に信機の相なし等の義がある。

 高森氏は『顕正新聞』 (親鸞会発行)に
弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためであったの大歓喜は、地獄の釜底でなければ体験できない。(第22号、昭和39・4・15)
と述べ、又『こんなことが知りたい①』 (高森顕徹著)には
 地獄一定と堕ち切ったものでなければ、本当に助かった信心(体験)は獲得出来る筈がないのです。(三一頁)
とあり、以下に
 どうしたら自力が廃るのか。これは説明を聞いて判るものでもなければ、自ら捨てようと思って廃るものでもありません、先ず自ら善知識を求めて真剣に聞法しなければなりません。そして払っても払っても、後から後から現われて、奪えるだけ奪っても、なお心の底に、こびりつく自力の心に悲泣悶絶、求道聞法の絶壁に行きづまり、礦劫流転の逆謗の屍を如来の前に投げ出す体験を通らなければ廃りません。(一一○頁)
とあり、又『こんなことが知りたい②』には
 昔から死ぬ程苦しいことはない、と言われますように、信心決定する前念には本当に死ぬ苦悶を一度は体験させられます、聞法求道に精も根も尽きはてて悲泣悶死した体験を、善導大師は三定死と名づけられ「ゆくも死、かえるも死、とどまるも死、一種として死をまぬがれず」と絶体絶命、地団太ふんだ体験を述べておられます、親鸞聖人の「いづれの行もおよびがたければとても地獄は一定すみかぞかし」の悲痛のさけびも、この魂の臨終の体験を告白されたものです。大死一番如来の願力によって、この関門を突破された時にはじめて「即得往生後念即生」と身も心も南无阿弥陀仏の絶対の幸福を獲得して生まれかわるのです。(一○○頁)。
とあり、又『絶対の幸福』(親鸞会会員、谷口春子著)には
 地獄より他に行く処のなき我身であったと地獄へ堕ち切った処まで行かなくては助けられた味わいは判りません。(一九頁)
とあり、又
 阿弥陀様の光明のお育てにより、素地のままが照し出された時に、逆謗の屍がいが春枝であったと堕ち切らせて頂くのです。(七七頁)
とあり、又
 第一我が身は如何なる器であるかを知らなくては、御浄土へは生まれさせて頂けません。お話は良く判っていながら、堕ちるぞよの何たる難しき事、一大事です。堕ちるまで聞き抜いて下さいね。二八二頁)。
とあり又、
 本堂で阿弥陀仏のお姿をチラ。と見た時「アア、自分のような者は絶対に助からん」と、もうこれ以上堕ちるところがないというところまで堕ちてゆきました。その地獄の底で生きた阿弥陀仏とおあいすることができるのです。(二〇三頁)
等とある。以上の文から窺えるように、高森親鸞会の主張は、罪悪深重・地獄一定の自覚を持つべきことを強調し、そこまで堕ち切らないことには信心は得られないと主張するのである。
 この主張と同じように、罪悪深重・地獄一定の自覚を強調して異義とされたものが、地獄秘事(信機秘事)、機歎き安心、信機募り安心等である。

ニ 江州光常寺の主張との比較

 この種の異義で、地獄秘事(信機秘事)の代表的なものとされているが、寛政年間における東本願寺末寺の江州光常寺の主張である[14]。この内容は『続真宗大系』(真宗典籍刊行会編)第十八巻及び『仏教大辞彙』(龍太絹)によると
(一)二種深心は信機と信法の二種なれば同時に非ずして前後なり。即ち信機は前にして信法は後なり、されば機を先づ信ぜざるべからず。御文にも我が身はわろきいたづら者なりと思ひつめてとあるによって、吾が機を地獄一定と落ち切らざるべからず。かく落ち切れば助くる法は弥陀の手元に存するを以て瞰むるに及ばず、然るに若し誤って法を瞰めんとすれば、これ本願に手をかくるものにして自力なり。瞰めざるは是れ実に深く法を信じたるなりと、地獄一定と知るのみを以て信心となせり。
(二)南無院阿陀仏は機法の二なり。若し其れ阿弥陀仏のみを信ずる時は遂に南無の二字は信ぜざるなり。然るに若し南無の機を深く信ずる時は自ら法に本づくなりと二字と四字と分割して機のみを信ずる義を助成せんとしたものである。
(三)目御文は一往の御教化、月を指すの指なれば深く拘泥すべからずと。
(四)決定心は行者に求むべからず。然るに今時、「決定せし」「頼みし」「信ぜし」と思うなどは悉く是れ自力にして本願に手を掛けたるものなり。
(五)絵像・木像は虚仮にして実の仏体は名号なりとして仏体を軽しめたり。
等と主張したことが述べられている[15]。この中(三)の蓮如上人を軽視する傾向は高森親鸞会にはみられないことであり、(五)の本尊論で名号を重視する点は高森親鸞会と類似する[16]点で興味深いのではあるが、ここでは二種深信の問題について論ずることが目的であるので(三)(五)の点にはこれ以上ふれないことにする。
 (一)(二)(四)より窺えるように江州光常寺の主張は、二種深信の二種は信機が前で信法が後の二心前後起であり、吾が機が地獄一定と落ち切ることが肝要であり、法をながめては自力になるのであり、地獄一定を知るのみをもて信心とするのであり、機法の二つではあるが要は機を信ずることである。そして決定心は行者に求をべきものではないのであり「決定せし、頼みし、信ぜし」ということは、自力であるというのである。
 以上のことから窺えるように、高森親鸞会の主張と光常寺の主張は、双方共に「罪悪深重、地獄一定の自覚を強調する点や信機が前で信法が後であるという二心前後起的傾向は同じであるが、光常寺の主張にみられる「法をながめるのを自力として、地獄一定と知るのみをもって信心とする」信機正因の主張や、「行者の決定心を自力として否定する」不決定心の主張は高森親鸞と相異なるようである。
この点のことは、上に挙げたように『こんなことが知りたい②』には
いづれの行もおよびがたければとても地獄は一定すみかぞかしの悲痛のさけびもこの魂の臨終の体験を告白されたものです。大死一番如来の願力によって、この関門を突破された時にはじめて「即得往生、後念即生」と身も心も南元阿弥陀仏の絶対の幸福を獲得して生まれかわるのです
とあり、『絶対の幸福』には
もうこれ以上堕ちるところがないというところまで堕ちてゆきました。その地獄の底で生きた阿弥陀仏とおあいすることができたのです。
とあるところから、高森親鸞会の主張が光常寺の主張のように、地獄一定を知るのみをもて信心とする信機正因を主張するのではなく、地獄一定の自覚を強調するのではあるが、それによって法の救い即ち本願の救いあえることを主張するのであり、信機のみをいうのではないことが明らかであろう、又「決定心」についてであるが、これについては『顕正』(高森顕徴著)に
 現今の浄土真宗の道俗の中には、此の世で凡夫の我々が救われた、助けられた、大満足出来た、大安心に晴れた、ツユチリ程も疑いない日本晴の境地になった、獲信した、往生一定になった、信心決定した、ということになれるものではないし、又言うべきものではない。信を獲ておるか、いないか吾々凡夫に判るものではない、というような全くアキレタことを思い込み、他人にまで教えて共に迷わせている人が多いので、仏果は浄土に至らねば得られないが、信仰が徹底したかしないか自分にハッキリせんでどうするか、助かったか、助からんか我が身に判らんような信仰があるか、と強調せずにおれないのだ。(七二頁)
とあるように高森親鸞会では「決定心」の存すべきことが強調されるのである。このことには「一念覚知[17]」の問題も関わり複雑であるが、ここでは「不決定心」を主張する光常寺と明白に相違していることを述べることにとどめておくことにする。
 尚、信機秘事(地獄秘事)の代表とされている光常寺の主張の他に信機自力説で有名な頓成の説との対比も必要なことと思われるが、『能登頓成御教誠』(続真宗大系十八所収)によると、頓成は二種深信の名目を否定し、信心とは弥陀法をたのむ他力の一心のみでありとし、信機は自力であり、漸教回心の機が蒙むることであり、一乗円満の機には煩悩具足と信知する必要はない[18]と主張するものであるから、高森親鸞会の主張とは相当に異なると思われるのでここでは詳論しない。
 以上のように高森親鸞会の主張は光常寺の主張とは明確に異なる点もあるが、罪悪深重・地獄一定の自覚を強調する点や二心前後起的傾向は共通であり、二種深信の上で多分に検討を要するものといわねばならないであろう。




(脚注)

  1. (↑)『続真宗大系』第十八。『仏教大辞彙』第三。『異安心解説』(勧学寮編)。『異安心史』 (中島覚売著)。『真宗異義異安心の研究』(大原性実著)等参照。
  2. (↑)『続真宗大系』第十八の二七以下。『仏教大辞彙』第三の二一一五。
  3. (↑)山田行雄氏「現代における異義の研究」(二)(伝道院紀要19)
  4. (↑)拙稿「一念覚知説の研究」(伝道院紀要19)
  5. (↑)『続真宗大系』第十八の三三一以下。




つづく



紅楳英顕 / 「現代における異義の研究 伝道院紀要24号 – 本願力回向」(1)

『派外からの異説について』の時と同様に、紅楳英顕先生から許可を得て、全文を紹介します。

なお、「現代における異義の研究 伝道院紀要24号 – 本願力回向」にもあるように、これは昭和54年12月20日発行の論文です。


目次
  1 はじめに
  2 第一章 宿善論について
    2.1 一 高森親鸞会の宿善論
↑↑今回はここまで↑↑
↓↓次回につづく↓↓

    2.2 二 宗祖における宿善論
    2.3 三 蓮如上人の宿善論
    2.4 四 高森親鸞会の宿善論の問題点
    2.5 五 真宗先哲の宿善論
    2.6 む す び
  3 第二章 二種深信についての問題
    3.1 一 高森親鸞会の問題点
    3.2 ニ 江州光常寺の主張との比較
    3.3 三 後生の一大事についての問題
    3.4 む す び



現代における異義の研究

-高森親鸞会の主張とその問題点-

紅楳英顕



はじめに

 高森親鸞会における教義上の問題については、既に種々の点が指摘され、一念覚知・善知識だのみ・本尊論等については研究論文も発表されている[1]、本稿では宿善論と二種深信に関する問題とを取り挙げ論じたいと思う。

第一章 宿善論について

 宿善の語義については、大原性実氏によれば「抑々宿善とは宿世の善根という意味で、宿世に於て修習する善根、又は宿世に於ける値仏聞法の善根を指すもので宿福とも宿因とも宿縁とも名づける。故にその物体は一往は万行諸善及自力念仏であるが、再往を云えば、我々が今日弥陀法に遇い之を信受奉行することを得し因縁となりしことは悉く宿善と称すべく、獲信の一大事は正しくこの宿善の開発せる為である[2]」とあり、又『新・仏教辞典』(中村元監修)には「前世・過去世につくった善根功徳をいう。
また、人の一代に限って、今まで作った善根を指すこともある。真宗では宿善開発といい、今まで修めて来た善根がある時期にひらめきあらわれることによって、信心が得られると説く」等とあるように、真宗における宿善とは獲信のための因縁となる善根を意味するのである。
本願寺派の宗学史上においても、この宿善論については種々の説が論じられたところであるが、高森親鸞会においても独特の宿善論が展開されている。

 以下、宗祖並びに蓮如上人、それから真宗先哲の諸見解を窺いながら、高森親鸞会の宿善論ついての問題点を検討したいと思う。

一 高森親鸞会の宿善論

 先の『伝道院紀要』19号で既に述べたように[3]、高森氏は本願寺を無安心の集団であると非難攻撃する。従って、おのずと獲信の問題が重視され、独自の宿善論が主張されている。即ち『白道もゆ』(高森顕徴著)には、
 宿善というのは過去世の仏縁のことであるが、過去に仏縁浅きものは現在において真剣に宿善を求められねばならない。でなければ宿善開発の時節到来ということはあり得ない。されば宿善は待つに非ず、求むるものである。(二一二頁)。
とあるように、苦労して宿善を求めねばならないことをすすめ、又『顕正新聞』(親鸞会発行)には
 大体真剣に聞法求信することを悪いなんかという者は、他力と無力を混同している信仰の幼稚園児なのです。真宗にこんな坊主や同行が多いのです。求めることは自力だから駄目だといって自分はボーとしているのが他力だと思っているのです。確かに真剣に求めるのは自力です。生まれた時から他力に摂取されているものは一人もいないのですから、みんな自力で求めていくのです。(第93号、昭和42・9・15)
とあり、又『法戦』(高森顕徹著)には
 自力一杯、命がけで求めたものでなければ自力無効と切りおとされて、久遠の親と対面するという体験はできません。(五九頁)
等とあるように、宿善は自分の力によるものであるという宿善自力説を主張している。そして如何なることが宿善となるかについては『顕正新聞』には
 まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ(イ、聴聞、ロ、破邪顕正)(第93号、昭和45・2・15)
とあり、又『この人間』(親鸞会会員、渋谷励一著)には
 一日の聴聞がなんと一五分か一六分、これでは有難くして宿善があり、万劫にもあい難き善知識にあわせて頂き乍ら信心決定はおろか、宿善を厚くすることすら出来ないではないか、善知識は宿善が薄くては助からない、宿善を厚くせよ、その一番の方法は聴聞だぞ、しかも木刀でなくて真剣だぞと仰言る。その気慨で聴聞し、聴聞出来ない時は破邪顕正に向うことである。釈尊は「破邪顕正せざるものは仏弟子に非ず、仏のあだなり」と仰せられている。破邪顕正は宿善を厚くする第二の秘訣であると教示下さる。御教えに従うより道はないのである。(四四頁)
とあるように、聴聞(聞法)と破邪顕正[4]とが挙げられている。
 聴聞(聞法)について『白道もゆ』には
 親鸞聖人は「大千世界にみてらん火をもすぎゆきて聞け」と教えられ、蓮如上人また「火の中を分けても法は聞くべきに、雨風雪はものゝ数かは」とお勧めになっている。我々の先哲は早く宿善を求め信を獲んと思わば①骨を折って聞け、②衣食を忘れて聞け、③間断なく聞け、④聞けぬ時は思い出せ、と四つのことを指摘されている。いずれも苦労して聴聞にはげめということである。楽な聞法は宿善にもならないし、この法は聞かれない。過去世に仏縁うすき者は、この世で苦労して宿善を求めねばならぬ。(二一三頁)
とあり、『顕正新聞』には
 苦しみの根を除くには抜苦与楽の力用をもつ南無阿弥陀仏の名号を獲得するより他にはない。名号は捨身の聞法によって与えられるが、それまで勇敢に立ち向ってゆき初志貫徹するまで、たゆまず、あくまでしりぞかぬことが絶対の幸福をうる唯一の道だと教えられている。(第7号、昭和三七・一二・一五)
又、
 松下氏が世界の松下として成功するまでには何度も血の小便をする程の苦労があったということであるが、注目すべきことである。仏法を求めている人の中にも「私は五年間聞いたのに」「私は十年求めたのに」と未だ信心獲得できない事をぼやき、果ては「説くものが悪いのではなかろうか」、「これだけ聞いても助からんのに何か大願業力だ」と、とんでもないところに責任をなすりつけ、罪を重ねている者がいるが、言語道断の所業である。せめるぺきは己れの不熱心さではないか。その五年十年の間に、どれ程真剣に聞いたか、どれ位真剣に聞いたか、どれ位懸命に宿善を求めたか、松下氏の言を借りるなら果してたった一度でもよいから血の小便をこく程きづまって夜も寝られん事があったか、仏法は未来永劫の大問題を教えているのだ、苦労が足りないぞ、楽して信心決定しようという心こそ反省せねばならんのだ、頑張ろう。(顕正新聞118号、昭和47・3・20)
とあり、又『人間こそ』(親鸞会会員、渋谷励一著)には
 信心獲得するにはどうしたらよいのか。仏法は聴聞に極まる。「聞其名号、信心歓喜」(「無量寿経巻下」真・p六三)
「たとひ大干世界にみてらん火をもすぎゆきて仏の御名を聞く人は、永く不退にかなうなり」(「浄土和讃」真p二二三)
「設今世界に満てらん火をも此の中を過ぎて法を聞くことを得ば」(行巻、真p二七四)
「設ひ大千世界に満てらん火をも亦直に過ぎて仏の名を聞くべし」(行巻、真p二七四)。
何度も火の中をかきわけてとあるが容易なことではない。「仏法には明日と申すことあるまじく候。仏法のことは急げ急げ」また「仏法には世間の隙を閥きて聞くべし、世間の隙をあけて法を聞くべきように思うこと浅ましきことなり。仏法には明日ということあるまじき由の仰せに候」(「蓮如上人御一代記聞書」真p八九〇)。
蓮如上人はこのようにして聴聞するのだぞ、命を賭けて聞け、聞いて信ずる一念に決定するのだぞ、信心決定するまで聞き抜けと何回もくり返し仰せになっているのである。(四二頁)。
とあるように、宗祖や蓮如上人の聴聞(聞法)をすすめた文も引用して、真剣な聴聞(聞法)にはげまねば信は得られぬと述べ、頑張って聴聞(聞法)にはげまねばならないことを強調している。
それからこれも広い意味で聴聞(聞法)にあてはめることが出来るであろうが、『顕正新聞』に71才の夫人の言葉として
 もう50年もの間、試験など受けたこともない為、最初はやれるかどうか不安であったが、やってみるとなかなか面白い。自分の宿善も厚くなるし、会長先生の御法座を聞いても大変役に立つ。(第109号、昭和46・6・15)
とあるように学習に励むことによっても宿善が厚くなると述べている。
 又、破邪顕正(正しい教えをひろめること)については『こんなことを知りたい』①(高森顕徹著)に
 真実を知らない人に真実をおしえ、求めねばならぬわけを説いているうちに、いや他人に説くことによって、自分の聞法心も深まって来るのです。即ち宿善が厚くなるのです。法施は最上の布施行だからです。(八七頁)
とあり『顕正新聞』には
 外には邪教がはびこり、内はふはい堕落の極に達している現実をみんな心配している。しかし、いたずらになげき、いたずらに怒ってみても何んにもならないのだ。それよりも、今すぐに正法宣布の行動を起すことだ。直に破邪顕正の利剣をもって立つことだ。一人でも多くの人に『邪教の正態[5]』を配布して読んで貰うことが貴方のできる破邪である。顕正しようとする者は、親戚や友人知人を尋ねて親鸞会に入って貰うことだ、一人でも多くの人に真実の幸福を頂いて貰うことである。これにまさる宿善はないし、これ以上の報謝はない。(第3号、昭和37・8・15)
とあり、又
 破邪顕正は高森先生の偉業だと感心ばかりして見ていてはならない。幾干の会員は今すぐ一人に二人ずつ破邪し顕正していかねばならない。そこには立ちどころに幾万の正法を知る人が出来る。吾ら愚者の破邪はそこから始まり、それが最大の御報謝、宿善であると信ずる。(顕正新聞第8号、昭和38・1・15)
とあり、又
 真実を知り、真実を求め、真実を獲得した我ら親鸞会々員は今こそ我利我利亡者の考えをふりすてて破邪顕正のために露命を如来聖人に捧げようではないか、破邪顕正こそ、無上の宿善であり、最上の報謝である。(顕正新聞第22号、昭和39・3・15)
等と述べられている。このように邪教を破して、正しい教えをひろめる破邪顕正をすぐれた宿善とするのであるが、少し趣きを異にするものとして『顕正新聞』に
近時迷惑防止条令の施行を契機として社会悪の一掃は今や社会の声にまでなっている。「ひったくり」を捕えたり、「割りこみ」を注意したりして、アベコベになぐられることがある。ところがハタのものはさわらぬ神にたたりなしで知らぬ顔を半兵衛ときめこむ非協力ぶりが問題になっている。(中略)釈尊は臨終に破邪顕正は仏弟子最高の任務だと遺言なされた。邪悪を見て見ぬふりをするものは仏の怨なりとまで仰言っている。この世も未来も大衆を苦しめる邪教を破ることは我等親鸞会員の最高の任務ではある。けれども邪教を破ることだけが我々の務めではない。ささやかな身辺の社会悪の追放にも努力しなければならない。破邪顕正こそ無上の宿善であり、この勇気と実践のないものが、どうして無上の信の勝利者になれるであろうか。(第13号、昭和38・6・15)
とあるように、邪教を破して正しい教えをひろめることのみならず、「ひったくり」や「割りこみ」等の身辺の社会悪の追放に努力することも破邪顕正の一端であり、宿善となるものとしている。
 このように宿善として、第一聴聞(聞法)、第二破邪顕正(正しい教えをひろめること)と示されているが、この他に『顕正新聞』に
 会費はあがったとか、又お金を集めるとか思ってはならぬ心がムクムク出て来ます。浄財をすれば凡て自分の宿善になるのだと知りながら悲しい心がでてきます。(第108号、昭和46・5・15)
とあり、又
 そこで本会では諸物価高騰の折柄、活動の円滑化を計るために会費の改正を決定しました。実施は52年1月からです。真実の仏法のため提供される浄財はすべて尊い宿善となります。この会費改正にあたって進んで宿善を求めさせて頂きましょう。(顕正新聞第175号、昭和51・12・20)
とあり、又
 後生の一大事の助かるか助からないかは、宿善まかせであると蓮如上人は仰言っておられる。宿善は善が宿るものとも読めるのだから少しでも善根功徳を積むように心がけることが大切である(中略)時あたかも岐阜会館建設に着工している。今、会員一人一人が長者[6]のような情熱をもって財施をさせていただき、我々の財施にブレーキをかける祇多太子[7]が現れるまでに財施してこそ真の仏法者といえよう。名利のためにひげをなでるよりもやすく投げ出す千金があれば岐阜会館はたちまちのうちに建ってしまうのである。名利のためしか金を使い切れない者に次々に阿弥陀仏は宿善の勝縁を与えて下さっている。(第184号、昭和52・9・ 20)
等とあるように、高森親鸞会への会費納入や献金等の財施も宿善となるものとしている。
 このように高森親鸞会では、我々の信決定のための宿善をはっきり自力によるものとし、そのためのものとして、聴聞(聞法)、破邪顕正(正しい教えをひろめる)、献金等(財施)の三つをすすめているのである。



(脚注)

  1. (↑) 山田行雄氏「現代における異義の研究」(一)(伝道院紀要14)、「現代における異義の研究」(二)(伝道院紀要19)三木照国氏「高森親鸞会の分析」(伝道院紀要14) 拙稿「一念覚知説の研究」(伝道院紀要19)
  2. (↑)『真宗異義異安心の研究』三〇七頁。
  3. (↑)拙稿「一念覚知説の研究」(伝道院紀要19)
  4. (↑) 邪しまな教えを破り正しい教えを顕して、人に正しい教えを伝えひろめること。高森親鸞会では初めのうちは、創価学会・天理教等の浄土真宗以外の宗教を邪教としていたが、後になると本願寺既成真宗教団の説く教えも邪教としている。
  5. (↑) 高森顕徹著『インチキと暴力的邪教創価学会の正態』
  6. (↑)祇園精舎建立のために努力した祇樹給孤独長者。須達長者。スダッタ。
  7. (↑)祇樹給孤独長者の情熱にうたれ、祇園精舎の土地を提供した人。ジェータ。

 
 
つづく



紅楳英顕 / 派外からの異説について(1)

紅楳英顕 / 派外からの異説について
紅楳英顕先生から許可を得ましたので、3回に分けて全文紹介します。

(関連)


派外からの異説について

紅楳英顕著




 もと本願寺派の僧侶であった高森顕徹氏は、現在富山県の高岡市に本部を設ける宗教法人「浄土真宗親鸞会」(以下、高森親鸞会という)の会長として、かねてより破邪顕正の名のもとに本願寺に対する誹謗をかさね、あるいは宣伝ビラを広く配付し、あるいは本願寺派寺院におしかけて議論をしかけ、あるいは法座の妨害をするなどの活動をつづけていることは御承知の方も多いと思う。
 しかし、私どもから見れば、同会の主張には親鸞聖人の正しい宗義に違背すると思われるところが少なくない。そこで、本派の方々が同会の宣伝に惑わされることのないように、その主張の問題点の一部を昭和五十四年十二月発行の『伝道院紀要』24号に「現代における異議の研究」-高森親鸞会の主張とその問題点-と題して発表したわけである。
 ところが、右の論文について、同会から「親鸞会を中傷した」ということで、質問状が十数回も送られ、宣伝ビラが配付され、伝灯奉告法要中には多数の会員が白洲に入りこんで、手に手にマイクを持って絶叫し、大切な法要を妨害するありさまであった。
 高森親鸞会は真実開顕のためと述べてはいるが、実は初めから高森氏の主張が真実で、他の本願寺などの説くところはうそ偽りであるという前提に固執した上での論議をするのである。このことは、同会の本願寺非難の文を見れば容易におわかりいただけると思う。
 けれども、私は、要求に応じて答えるべきことは答えたのであるが、自分達の気に入らない答えは答えと認めない、という態度で繰り返し答えを要求する始末であった。そこで、私は文証をあげて論文で同会の主張を批判したのであるから、それに異議があればお聖教の適確な文証を示して論文として発表するのが筋であろう、と最後に返信したのである。
 その後、昨年(昭和五十六年四月)、高森親鸞会は『本願寺の体質を問う』という本を出版し、大々的に宣伝し、また地方にも持ち歩いて頒布した。その書は、私も一読したが、失礼ながら、適格な文証を示しての反論ではなく、私の主張を歪曲したり、悪口雑言を並べたりしているものである。また同会から、私に本を出版したとも、反論しろとも、何の連絡もなかったので、あえて反論する必要もなかろうと思い、そのまま放置していたのである。
 ところが、本年八月十三日に「答えを求める」ということで、またまた多数の会員が総御堂に入り、揃いの鉢巻をしめて座りこみ、閉門時が過ぎても退去しないという行動に出てきたのである。しかも、これで終わることなく、更に次の挙に出るといっている。
 こういうわけで、高森親鸞会が私個人に対して罵詈誹謗をあびせるだけならば、相手にしないということも考えられるが、このように騒ぎ立てる以上は、ここにおける宗義上の問題は何か、真相はどうか、ということを各位に知っていただくため、その論点の概要を示す次第であります。


はじめに


 高森親鸞会発行の『本願寺の体質を問う』は、「なぜ真実開顕に背を向けるのか、本願寺の体質を問う」と「親鸞会はかく反論する」の二部からなっている。この中、第一部「本願寺の体質を問う」は、高森親鸞会から私や本願寺当局宛に出された質問状と、私から同会に出した返信を、月日の順に掲載したもので、第二部「親鸞会はかく反論する」には、宿善論の問題と後生の一大事の問題について、私の論文の主張に対する反論非難がなされている。
 問題を混乱させないために、最初に申しあげておくが、この書『本願寺の体質を問う』のはじめに、
本派本願寺発行の『伝道院紀要』二十四号は、「現代に於ける異義の研究-高森親鸞会の主張と、その問題点」と題して、「親鸞聖人の教えに反する、全くの謬見であり異義である」と、親鸞会批難の論文を掲載した。本願寺の主張を代弁して、紅楳英顕氏が書いたものである。(はじめに)
とある。ここに「本願寺の主張を代弁して……」とあるが、私は、本願寺の主張を代弁したのではない。かねてから本願寺に対して何かと非難中傷している高森親鸞会の主張について、その問題点を私個人の研究論文として発表したのである。それは、派内の方がたに参考にしていただくためであって、同会に対する攻撃を目的としたものではない。その旨は、同会に知らせてある。にもかかわらず、「相変わらず本願寺の主張を代弁して」等と言い張っているわけである。
 また、次下には、
本願寺の批判論文には幾多の不審や疑問があった。そこで親鸞会はその不審を散ぜんが為に四つの質問を提出し、誠心誠意返答を求め続けて来た。が今だに回答が得られない。(はじめに)
と述べている。高森親鸞会は、私が一度も回答をしていないようにいい、同会の発行する『顕正新聞』にも、そのように書いて盛んに宣伝しているのである。しかし、それが事実でなかったことは、この『本願寺の体質を問う』に掲載されて私からの返信を見ていただけば、おわかりいただけると思う。
 往返の手紙の内容は、同書に全文が載せられているので、見ていただく通りであるが、読者の中には、私の返信について、もっと親切に書いた方がよいのではないかと思われる方があるかも知れない。しかし、その必要はなかったと私は思っている。なぜなら、高森親鸞会側には、私の主張に耳を傾け、自らにも反省すべき点がないかどうかを考える姿勢がみられず、自らの主張は絶対に正しいという前提のもとに議論をしかけてきていると考えられるからである。
 なるほど、同書には「このような体質で、本願寺に明るい未来があるだろうか」とあり、また、同書の宣伝ビラには「本願寺の明るい未来を願って提言」と書いている。だが、高森氏に本願寺のためを思う気持があるとは私には思えない。これは先に発行された『どちらがウソか』において、本願寺に対する一方的独善的な非難中傷をしていることからも、よく解ることである。また、その頃、本願寺前で配付され、今も配付をしている宣伝ビラに、
今まで親鸞聖人の教えをネジ曲げて大衆をだまし、仏法を喰い物にして来た人達は、本当の親鸞聖人の教えが大衆に知れ亘ることを極度に怖れます。それは丁度牛肉だと喰わされていた大衆がネズミの肉であったことを知ればどんなにか憤激し離反することは必至だからです。
等と書いていることでも、自明である。さらには『こんなことが知りたい』②の「なぜ自ら本願寺をとび出したか」の項に、
現今の本願寺は沈没寸前の老朽船です。それどころか親鸞聖人や蓮如上人のみ教えをネジ曲げ、真実の仏法を破壊している本願寺の老船は速やかに爆沈すべきです。これこそ「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし、師主知識の恩徳も、骨を砕きても謝すべし」の恩徳讃の心に燃える信心の行者の心意気でなければならないと確信しております。
ともある。このように、高森氏は、本願寺を破壊することを目的としているとしか受けとれない表現を使っているのである。
 その上、高森親鸞会は、公約として私への書簡(『本願寺の体質を問う』26頁掲載、以下頁数だけの表記は同書における掲載箇所)やビラ等にも、
浄土真宗親鸞会はこのことに関しては、相手が集団であれ、個人であれ、公開であれ、非公開であれ、討論であれ、文書討論であれ、相手の希望せられる方法で時と場所を問わず、申し出さえあれば親鸞聖人の本当のみ教えを開顕する為に喜んで応ずることを公約しているのですから、遠慮なされず申し出て下さい。
ともいってある。同会からの質問に対しては、すでに私から返答しているので
あるから、まだ異議があるなら、同会も、独断によるのではなく、文証をはっきり示して、論文形式で反論すべきであろう。どちらの主張が正しいかは読者が判断することであろうと考える。


   
続く


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