DREAM THEATER / A Dramatic Tour of Events (5) 横浜アリーナ 2012.04.30

Dream Theater 横浜アリーナ 2012.04.30
Dream Theater来日公演最終日。2日前の名古屋から自宅に帰った後、一気に疲れが出てギリギリまで家で休んでいましたが、最寄りの新横浜駅には開場30分前の15:30に無事到着。前日の昼から何も食べていないのでガッツリご飯系で腹ごしらえしようかと思いましたが、時間が心配なので軽くマクドナルドへ入りました。案内に「今日は日産スタジアム、横浜アリーナでイベントがあり混雑しますので30分以内の退店をお願いします」と書いてあるほど店内には人がたくさんいて、メタルTシャツを着ている人の割合も高かったので、否応なしに気分が盛り上がります。

Dream Theater 横浜アリーナ 2012.04.30
さらに会場に着くと、他の会場とは桁違いの長蛇の列で、さすが横浜アリーナは規模が違うと思いました。他都市にいた人も何人か見かけました。

「リハーサルに時間がかかっている」ということで開場が30分ほど押し、もしかしたら今までやってこなかった曲のリハをやっているのか?との期待も高まります。実際には、単にアリーナでの音作りが他のホールに比べ困難だったからなのでしょうが。

Friends who love Dream Theater
待ち時間、この中に知っている人が何人かいるはず、と探してみましたが意外と見つからないものです。電話をすると一人はつながらず、一人は列の中で身動き出来ずということでしたので、しばらく周辺をぶらぶらしていました。すると、名古屋のMeet And Greetで知り合ったオーストラリアのMr.Matthewを発見。しばらくMatthewと一緒にいると、彼の友人コウジさんがやってきました。コウジさんは今回が47回目のDream Theaterということで、色々楽しい話を聞かせてもらうことが出来ました。海外で撮った演奏中の写真や、雨のニューヨークの路上でのメンバーとのツーショットなど、うらやましい写真も沢山見せてもらいました。世界的にはこれが典型的なDream Theaterファンなのでしょう。自分もいつか、NYへライヴに行きたいものです。Matthewは初めての海外旅行が今回の日本で、渋谷以外のDTはすべて観たとのこと。これが終わるとオーストラリアに帰らねばならないので寂しいと言っていましたが、自分も今回がDT日本ツアーの最後かと思うと同じ気持ちです。

入場すると、広い館内でかつてメトちゃんと名乗っていたメタル整体師の姿を発見。軽く挨拶して、自分の席へ。アリーナ席Dブロックは、センター席を見下ろす感じのマイアング側。角度があるものの、距離的には前から1/4くらいでそこそこ良い所でした。

気になる音響の方は、前座のアンディ・マッキーの時少し不安を感じました。ギターの音そのものは問題ないのですが、力強くボディを叩くパーカッシブな音の反響が、まるでディレイをかけたように時間差をもってはね返って来るのです。このアリーナの広さでは仕方の無いこととは思いますが、バンドのサウンドがどうなるか気になりつつ聴いていました。とはいえ、癒し系ギターサウンドはやはり気持ち良いです。前回とはまた微妙にセットリストが変わっており、「Drifting」が2曲目になり、1曲目はHundred Moonと聞こえましたが多分「Hunter’s Moon」だと思います。毎回最後に弾いていたDon Rossのカヴァー「Tight Trite Night」は今回も軽快なノリで、また最後「A Change of Seasons」で締めていて良かったです。

そして、いよいよDream Theater開始。オープニングのアニメーションのBGM「Dream Is Collapsing」、そして「Bridges in the Sky」イントロのシャーマンの声は音響的に特に問題無し、出だしのギターも鮮明に聴こえました。ただ少し、重低音が音量的に大きいように感じましたが、「モワ~ン」と割れるようなことは無かったです。逆にヴォーカルがやや小さめに思いましたが、歌自体は今まで通り絶好調のジェイムズでした。キーボード、ドラムに注目すると、これもベース音に負けているように感じましたが、次第に気にならなくなりました。途中からうまく調整されたのかもしれません。「A Fortune in Lies」「The Test that Stumped Them All 」はかなり速いテンポになるので音が潰れはしまいかと心配でしたが、ここも他の会場並みによく聴けたと思います。あれだけの広い会場で、Dream Theaterのような音楽でこの音を出せるとは、PAも相当苦労しただろうと頭が下がります。

演奏面の圧巻は「The Spirit Carries On」のイントロのジョン・ペトルーシのソロ。「上手い」「巧い」ではなく「旨い」と思わせる入魂のプレイは音色も絶品で、最後、ジョーダンのところまで行って握手で締めるところは横浜で初めて見ました。また、アンコールの「Pull Me Under」は今回4回目になりますが、どれもCDとは違う、深みと厚みのある音なのでとても20年前の曲とは思えない、新鮮なものに感じました。

アリーナD席は、ステージと同時にセンター席も良く見えるところなので客の様子がよくわかるのですが、後ろの方まで良い反応だったと思います。自分の後ろの人は、曲が終わる度に「やべー」「すげー」を連呼していました。ステージと客席を同時に横から見るような位置からは、照明の見え方もまた一味違って楽しむことが出来ました。

あと、終了後、ステージ解体現場を少し見ることが出来たのですが、3つのスクリーンが6角形の平面を立体風に見せているのではなく、きちんと立体だったのだと最終日にして初めて分かりました。

セットリストは、結局、日本にくる前のジャカルタ、そして大阪、福岡、名古屋と全く同じでサプライズはありませんでしたが、演奏そのものは驚異的で、何度観ても飽きないどころか、より一層繰り返し観たくなりました。海外では国境・大陸を超えて何度も観に行く人が少なくないようですが、深く頷けるところです。

今回も非常に短く感じられた2時間余のライヴ。終了後に先述したメトちゃんと再会しました。開口一番「ドリーム・シアター、地上最強!」と拳を突き出してきましたが、実はメトちゃん、マイキー・ショックで新譜はまだ聴いていなかったようです。でも「新しい曲はすごく良いね。CDで復習しよう」とご満悦で、近くの居酒屋で飲みつつDT讃嘆に花を咲かせました。駅までの飲み屋の多くは「DREAM THEATERのライヴDVD流しています!」と打ち上げ会場を提供していました。首がどんなに痛かろうと、ライヴ後のこの疲労感は何とも気持ちの良いものです。こんなにも人を心地よくさせるのに、チケット代9000円とは高くないどころか、安いと思いました。

この後、Dream Theaterは、休むこと無くアジア、そして北米を回りますが、観る方が追いつくのに精一杯な程のスケジュールをこなしつつ、よりレベルの高いステージを披露してゆくものと思われます。北米ではDVD用の撮影が予定されているとのことで、その発売が楽しみです。

先週の月曜日から、少し早めに始まった私のゴールデン・ウィークは、かつて無いほどに濃密で素晴らしいものでした。
大阪では、9ヶ月ぶりに観た生DTに感動、
渋谷では、狭いライヴハウスでの距離感に感動、
福岡では、音響の素晴らしさに感動、
名古屋では、Meet And Greetでのメンバーとのふれあいに感動、
横浜では、迫力の大アリーナに感動しました。

マイク・ポートノイが抜けても求心力を失うことなく、むしろますます好調になったように感じられるDream Theater。改めてメンバー、スタッフに感謝したいです。次回また日本に来た時も、すべて観て、Meet And Greetにも参加できたら良いと思います。

ドモ、アラガト、DT!(ラブリエ風に)







DREAM THEATER / Meet And Greet – A Dramatic Tour of Events (4) 愛知県芸術劇場 2012.04.28

Dream Theater / 愛知県芸術劇場 2012.04.28
Dream Theater 来日公演4番目は愛知県芸術劇場。前日発の夜行バスで安く行こうかと思いましたが、仕事の都合で当日朝出発し、名古屋駅に着いたのは昼の12時頃でした。今回はMeet And Greetに参加するので集合が15:30。その間3時間半ありましたが、意外と慌ただしく時が過ぎてしまいました。

というのも、ジョン・ペトルーシの『Suspended Animation』を購入するためにレコード店をハシゴしたからです。なぜかというと、このアルバムは電子データとして音源は持っていたものの、CDでは持っていなかったと前の日の夜に気づいたからです。んで、なぜそのCDが必要なのかというと、つまりMeet And Greetだからです。

Meet And Greet 参加者
(参加者の面々)

Poster
(ポスター)

Meet And Greet pass
(パス)
Meet And Greetとは、ライヴが始まる前の、メンバーとの記念撮影、サイン会、そして限定番号入りツアーポスターをもらえるというもの。そのサイン用アイテムとして、ペトルーシのソロ・アルバムを持って行こうと考えていたのです。結局はタワーレコード2店、HMV1店を回って無かったので、あきらめましたが。

参加費は$200。約16,000円ですが、決して高いとは思わず躊躇せずに申し込みました。愛知を選んだのは、日程的な都合です。今回は19人が集まっており、その中の少なくとも2名は大阪から全部参加でおそらく横浜も参加すると思われます。すごい人もいるものだと感服しました。

参加者同士「緊張しますね~。何と声かけましょうか。サインはどこにもらいます?」などと、初対面ながら和気藹々と話をしていたら、スタッフの説明があり、いよいよメンバーが現れました。皆すごくリラックスした表情で、マイク・マンジーには片手に紙コップを持っています。

撮影会は、1人2ショット。このうち1枚がVipnationのパスワードつきホームページに期間限定でアップされます(早速見ましたが、感激です!)。ギターを持って来た人はペトルーシと一緒に持って。ドラムを持ってきた人はマンジーニの隣に行って(そのときジョーダンがファンの頭を叩くポーズをしていて笑えました)。私は、1枚目、にやける表情をなんとか抑えて普通にメロイックサインを。2枚目はどういうポーズにしようかと考えていたら、右隣のペトルーシが私の前で拳を握ってくれたので、それに合わせて手をグーにしました。すると、左隣のジョーダンも手を出してくれ、そのさりげない気遣いに、すでに200ドルのファンサービスを受け取った気分でした。

続いてサイン会。テーブルにはジョン・マイアング、マイク・マンジーニ、ジョーダン・ルーデス、ジョン・ペトルーシ、ジェイムズ・ラブリエという順に並びました。事前にスタッフより「これだけの人数がいますので、あまり長時間話をしないようにお願いします」とあったので、そのプレッシャーもあって緊張は高まるばかり。

あらかじめ紙に自分の名前を書いて、1人目のマイアングに「Hello. My name is Kenji」と言うと、「Hi Kenji」と穏やかに答えすらすらとサインを書いてくれました。こちらの緊張とは対照的に、ステージ上とまったく変わらない冷静な対応です。それでいて、淡々というわけではなく誠実な印象を受けました。でも、たくさん話しかけるのが申し訳なく思えるような不思議で物静かなオーラ。
この時、確かプレイ前であることを配慮してか握手ではなくグータッチにするよう事前の説明があったと思う(興奮のため余り覚えていない)のですが、つい誤って手を出してしまいました(実は他の人にも)。しかし、慌てて手を引っ込めようとしましたが、マイアングの方から握手に応じてくれ、しかもその握力が非常に強く、これまた200ドルのサービスを受け取った気分でした。でも、ありがとうと同時に開演直前に余計な体力を使わせてごめんなさい、マイアン。

次はマイク・マンジーニ。紙に書いた自分の文字が震えていて読みにくかったのか、「My name is Kenji」と言ったら「To Kensi」とサインをもらいました。実はマンジーニがまだDT加入前の頃、別バンドで来日した時に彼とは新宿ワイルドサイドで話をしたことがあります。二人で肩を組んで写っている写真を見せたら「Wow!! wow wow!」と喜んでくれました。「Do you remember me?」と言うと「Yes」と。仮に社交辞令だとしても、あのオーディション映像から伝わってくる人柄そのまんまの反応で、ここで600ドル目のサービスを頂きました。

次はジョーダン・ルーデス。マンジーニに写真を見せるために出したiPhoneをしまったり、サインをもらうアルバムを変えたりするのにもたついて焦りました。「Thank you for the beautifull tune when there was an big earthquake in Japan.(大地震の時に美しい曲を日本にありがとうございます)」と言うと「Yeah, that was awful.(ほんと、ひどかったよね)」と神妙に答えてくれました。ここで800ドル目の、、、(以降、略)。

ジョン・ペトルーシ。これまで、黒のペンで書いてもらっていましたが、少し見にくかったのであらかじめ用意していた白ペンで書いてもらうことにしました。ところが、終わったあと乾かないうちに他のものと重ねてしまったので、一部汚れてしまいました。何に書いてもらったかというと、ジョーダンとのソロアルバムです。「I’ve been listening to Dream Theater for more than 20 years since Charlie Dominici was singing,(Dream Theaterは、チャーリー・ドミニシが歌っていた頃から20年以上聴いています)」と言うと、「Oh, really? That’s nice」と答えてくれました。本当は、マイキーにもこれを言いたかったんですけどね~、、、。あ、マイアングに言い忘れました、頭が真っ白になって。

最後はジェイムズ・ラブリエ。マイク・マンジーニが参加したMullmuzzlerのアルバムにマンジーニと連名でサインもらおうとしたらジャケットの左の男を指差して「Who is this?」と言われました。「え?この人って、誰かがモデルだったの?しまった予習不足だった」と慌てていたらもう一度「Who is this?」。今度はマンジーニのサインを指差しているように見えたので「あ、すでに書いてあるサインは誰の?と聞いているのだな」と思い「Mike Mangini」と答えたら「What?」。あれれ?あ、マンジーニの「To Kensi」のこと?と思って「My name is Kenji」と言ったら「Kenji?」とサインを書いてくれました。ところが書き終わってもまた「Who is this?」。どういうことだろう?とうろたえていたら「MULLMUZZLER,,, oh, I see」と。もしかしたら指差していたのは「MULLMUZZER」の文字で、「なにこれ?あ、俺が歌っているやつか」とボケていて、ツッコミを待っていたのかもしれません。しまった。噛み合わなかったです。じゃあ今度また機会があったらWinter Roseを持って行こうと思いました(実は今回念のために持って行っていました)。
挽回するために「I’m very glad to meet you」と言うと「Me too」と拳を出してきたのでグータッチで終了。

はあ~、この時、汗びっしょりでした。

●ジョン・マイアングのサイン
Autograph of John Myung

●ジョン・ペトルーシ、ジョーダン・ルーデスのサイン
Autograph of John Petrucci and Jordan Rudess

●ジェイムズ・ラブリエ、マイク・マンジーニのサイン
Autograph of James LaBrie and Mike Mangini


書いてもらったサインを大切にカバンにしまい、他の参加者と「いや~、全然喋れなかったですね~」と話していたら、サインを書き終えたマイアングが忍者のように音もなく去って行きました。我々が拍手で見送る隙を与えず出て行く様は、プレイ終了後舞台袖に引っ込んで行くマイアングそのものでした。どれだけ人前に出るのが嫌なのか、あるいは寸暇を惜しんで練習したいのか。
あ、関係ないですが、髪の毛がツヤツヤで綺麗でした。

それ以外のメンバーは、こちらに手を降ってにこやかに出て行きました。マンジーニは帰りも紙コップ片手に。


わずかに20分あまりの出来事でしたが、プレイ直前の大切な時間を割いてくれて、ありがとうございました!


長くなりましたので、ライヴ内容は以下、手短に行きます。

席は2階席5列目。2階席といっても1階席の延長のようなもので、傾斜のあるフロアの前から3/4くらいの感覚でした。愛知県芸術劇場は5階席まであってまるでオペラハウスのよう。MCでジェイムズも言っていましたが非常に綺麗で上品なホールです。音響も、福岡市民会館に負けず劣らじ。今回は後ろの方だったので、福岡の時に比べ音に立体的な厚みを感じました。「向こうから届いてくる」と言えば良いでしょうか。残響の程度も心地良く、そこに2階席後方までびっしり詰まった客の歓声が加わると凄まじい迫力になります。まさにコール&レスポンスのぶつかり合い。耳で聴くのではなく身体で感じるライヴでした。

今回も聴きどころはジェイムズのヴォーカル、そして「The Spirit Carries On」前のペトルーシ・ソロ、、、というか全部。キーボードを傾けたり膝まづいて弾くジョーダンのパフォーマンスは次回も見れるかも?

スクリーンが6角形の平面に見えたり立体のキューブに見えたり、また照明が豪華だったり、などの副次的楽しみもあります。

毎回「横浜アリーナで会おう」とジェイムズは言っていますが、アリーナでサプライズを切実に期待したいほど、セットリストは変わらずでした。今のところ渋谷だけが微妙に違うにとどまっています。

ハプニング的な事として、「横浜アリーナで会おう!(クルリ)」とジェイムズが振り返ると、マンジーニと激突。マンジーニが吹き飛ばされてしまいました。しかし、それがまるで小学生がはしゃいでいるかの如く、楽しそうに見えました。

ドラムセットの前に置いてある、ジャケットのピエロの赤い帽子は、(気づいた限りで)それまでずっと置いてあるだけでしたが、今回ようやくジェイムズが被りました。その姿はまるで可愛い外人さんのようで、、、あ、元々外人でした。

ジョーダンのショルダー・キーボードは依然使われていません。マイアングにチャップマン・スティックを期待するのと同じくらい、使用可能性は低いだろうと思うようになりました。


最後に、前座のAndy Mckeeですが、今回セットリストを変えてきました。多分2曲目は初めて聴く曲です。曲名は、隣の人のおしゃべりと重なって聞き取れませんでした。それと、ハープギターでも「Into the Ocean」という、これも恐らく初めて聴く曲を弾いていたと思います。南国のビーチでのんびりくつろいでいるような、心地良い曲で気に入りました。

それ以外は、「ワタシハ、アンディ・マッキーデス」というのが「私は襟巻きです」と聞こえたことや、最後を「A Change of Seasons」で締めたことなど、今まで通りです。
  1. Drifting
  2. (sorry I don’t know)
  3. Into the Ocean
  4. THE FRIEND I NEVER MET
  5. TIGHT TRITE NIGHT


早いもので、いよいよ次回が最後の横浜アリーナとなってしまいました。少し寂しい気もしますが、めちゃくちゃ楽しみです!

長文、失礼しました。

中西智海 / 親鸞教学入門(9)

(8)の続きです。

「他力」の源流と人間への眼

 他力ということばは仏教、特に浄土教において大切なことばとして広く用いられ、教えの重要なしくみをあらわしています。
 ところで、浄土教で「他力」という語句をはっきり使われたのは曇鸞大師がはじめてであります。曇鸞大師は、師の菩提流支が梵語パラタントラ(paratantra)を翻訳して「他力」とされたのにはじまるとされています。このパラタントラは後世、中国の唐代の実叉難陀の訳(新訳といっています)では「縁起」または「依他」と翻訳されていることばなのであります。「縁起」「依他」ということばからは直ちに依存主義とか怠け主義を連想しないのに「他力」というといかにも依存主義とか怠け主義に連結されるのも皮肉なことといわねばなりません。ともあれ、原語は同じであり、この翻訳の相違はものの関係しあうあり方を理的に(静的に)表現すれば「縁起」「依他」ということになろうし、人格的(動的)に把握すれば「他力」ということになるというようにうけとめてよいでしょう。
 そうしますと、他力とは縁起の実践形態であって我執(自己中心性)が限りなく破斥されてゆくはたらきを意味するものとなります。してみれば、「本願」の原意と合致いたします。本願とは衆生(sattva 生きとし生けるもの)は我執(自己中心性)が破斥せられねばならないように前から縁起の理の必然性の上におかれていることを意味し、そのような約束のうちにあることをいうのでありました。つまるところ、「他力」というのも、「本願」というのも縁起の実践形態ということにほかなりません。
 そういたしますと、「他力」という語句は曇鸞大師がはじまりではありますが、『無量寿経』の「其仏本願力」ということも、龍樹菩薩の「本願力を帰命す」ということも、天親菩薩の「仏の本願力を観ずるに遇ふて空しく過ぐる者なし、能く速かに功徳大宝海を満足せしむ」といわれるのもすべて「他力」のことがらをいいあてられていたこと、そして「他力とは如来の本願力なり」(『教行信証』)といわれるのもその意味からもうなずくことができるように思われます。(後略)

「仏に成る」「救い」という次元でいわれる他力

 ところで、「他力」とはもともとどのような次元で使われることばなのでしょうか。
 「他力」とは「自力」に対することばであることはたしかであります。「自己の智慧・能力・功徳など、自己にそなわった力を自力といい、こうした自力をたのみとして修行に励み、さとりをえようとする教えが自力の教え」であり「自分以外の仏・菩薩などの力を他力という、仏・菩薩の力をたよりとする教えは他力の教えである」(『新・仏教辞典』)というようなものであります。ともあれ、自力とか他力ということばは原則的には「仏に成る」か「成れないか」という一点で使うことばであったということを確認しておかねばなりません。真宗的にいえば「救い」の一点で使うことばであります。弥陀同体の証を得させていただくかどうかの次元の問題であるということであります。もとより、そこの次元を通過した念仏者のよろこびとしては「たしなむ心も他力なり」とか、「萬事に付て、よき事を思ひ付るは御恩なり、悪ことだに思ひ捨てたるは御恩なり。捨るも取るも、何れもいずれも御恩なり」という世界がひらけてくるのであります。しかし、原則的には「自力」とか「他力」とかいうことばは「仏に成る」か「成らぬか」「救われるか」「救われないか」という一点において使われるきびしいことばであることをはっきりうけとめなければなりません。
 更に親鸞聖人が「自力」「他力」といわれたのには教義的歴史があるのであります。「定散自力」といわれ、「定散の自心」ということばがありますようにわれわれが悟りをひらく因果について、定散二善をはたらかすことを自力といい、定散二善を脱却して仏の本願にまかせることを他力といわれているのであります。ですから「定に非ず、散に非ず」ということによって他力の信心という内容をいいあてられているのであります。「定散二善」といういい方は善導大師が自力諸善をこの二つに分類されたもので、定善とはみずから心を静めて智慧をみがき、仏の世界を観察し、仏を捉えようとすることであり、散善とは仏の世界を観察して仏を把えるというところまでは行けないが、せめてりっぱな心になって仏に近づこうとすることであります。
 しかし、「三願転入」のところでたしかめましたように自我ののこる心によっては仏に成ることはできないという次元で仏力をいただき、仏のいのちにふれて救われてゆくという「他力」の世界があったのであります。
 このように親鸞聖人において、「仏に成る」ことの因果について、定散を主体とするか仏力を主体とするかという次元で自力とか他力ということばが使われていることを注視しなければならないとおもいます。

他力廻向

 浄土真宗では「定散自力」とか「定散の自心」といわれるレベルのことでこの私が仏に成ることはとてもできないというめざめから、仏に成るすべてのはたらき、因法が仏の方から廻施されることによって救いは成就するのであると説かれるのであります。これを「他力廻向」というのであります。
 他力ということだけでなく他力廻向と「廻向」がつけられて熟語となっているのは、それなりの意味がなければなりません。
 他力といわれるだけでは如来のこころはうなずけても、この私とどうかかわるのか、その関係を明らかにするために如来の廻向をかたり、私が領受していることを示そうとされたというべきでありましょう。更に、廻向というと、それこそ生者が亡者に追善の供養をするという発想や、自分の善根を他人に与えるという理解があることを思うとき、名号廻向とか信心廻向というとなにか特別な「もの」でもいただくような発想に陥りやすいのですがそれはまったく的がはずれているといわねばなりません。南無阿弥陀仏の名号は如来が私の往生の因も果も、ことごとく成就されたことを告げてくださる呼び声でありますから、それを如実に聞かせていただき、信じさせていただく現実を廻向というのであります。このように廻向と説かれる意味は私と関係のない名号ではなく私のうえに脈々とはたらく名号であることを示されようとなされたのであります。このように他力廻向を説かれる内容は如来のいのちの現実化ともいうべき世界をさし示そうとされたものであります。この私の我執(自己中心性・私有性)を無限に否定する如来の清浄願心が私の主体となることによってはじめて仏に成ることがはっきりするのであります。
若は因、若は果、一事として阿弥陀如来の清浄願心の廻向成就したまへるところに非ざることあることなし(『教行信証』)
といわれるゆえんであります。また
弥陀の廻向成就して 往相還相ふたつなり
これらの廻向によりてこそ 心行ともにえしむなれ(『高僧和讃』)
とうたわれるこころであります。
 ですから、真宗では我執(自己中心性)の混入することのないみ仏の力を純他力とか、絶対他力というのであります。絶対他力といういい方にはいろいろと議論されるところもあるのですが、歴史的背景としては浄土宗鎮西派でいうこの世での念仏は自力で、その自力の念仏によって浄土に迎えられるのを他力というなどという立場を比較的他力というのに対して真宗の立場を絶対他力といったということも考えられますし、また教学的内容としては、自我(自己中心性)の無限否定ということをさし示しているといってよいでありましょう。

「他力」の徹底としての具体的教え

 この徹底した他力の内容を明らかにしたものに「三心釈」と「絶対三法の法門」といわれる教えがあります。
 「三心釈」とは衆生の往生の因として第十八願に誓われた至心・信楽・欲生の三心についての解釈であります。もともと、衆生が往生するための因としての心ですから、それは衆生の三心でなくてはならないのであります。ところが、親鸞聖人は字訓釈というところでは衆生の三心としながら次にそれを解釈して「この心はすなはちこれ、不可思議、不可称、不可説、一乗大智願海の廻向利益他の真実心なり。これを至心と名く」とされ、また「信楽といふは、すなはちこれ、如来の満足大悲円融無碍の信心海なり」とされ、更に「欲生といふは、すなはちこれ、如来諸有の群生を招喚したまふの勅命なり」と三心ともに阿弥陀如来のこころであるとされています。
 つぎに「絶対三法の法門」について考えてみましょう。
 三法の法門とは、教、行、証の法門であり、その中の行を称名とする場合を相対三法といい、行を名号とする場合を絶対三法というのであります。すなわち、教えによって(教)称名念仏して(行)、仏に成る(証)というのを相対三法といい、教えにより(教)、名号の独用によって(行)仏に成る(証)を絶対三法というのであります。そこで絶対三法の場合は衆生の信心も称名も、往生の因として説かないで仏に成ることの因はすべて名号のひとりばたらきであるというのであります。
 ですから、その場合、私の信や念仏がどこかに散乱してしまったのではなくて、名号のはたらきとしてうけとめるのであります。つまり信心も称名の念仏も南無阿弥陀仏の名号の活動にほかならなかったとうなずくことができるのであります。
 このように真宗では我執(自己中心性)から出た一切のはたらきを無限に否定する仏力のはたらきが主体となることによって救いが成就されるとするのであります。
 このような立場に立ちますから、真宗では廻向といえば如来からの廻向であって、衆生の方からの廻向はないというのであります。これを廻向・不廻向というのであります。親鸞聖人は、念仏には自力の廻向はいらないから不廻向といい、雑行(念仏以外の行)には自力の廻向が必要だから廻向というのだとされ、さらに念仏は如来からの廻向であり、衆生からは不廻向であると徹底されたのであります。
如来二種の廻向によりて、真実の信楽をうる人は、かならず正定聚のくらゐに住するがゆへに他力とまふすなり(『浄土三経往生文類』)のことばをかみしめてみたいものであります。
(『他力廻向と私』より90~98頁)




つづく



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