★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2012年04月19日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
梯 實圓 / 親鸞聖人の教え・問答集 (12)[「五逆罪」について]
梯 實圓 / 親鸞聖人の教え・問答集 (11)[「乃至十念」の称名]の続きです。
(つづく)
十六、「五逆罪」について
Q第十八願の最後に、「ただ五逆と正法を誹謗せんとをば除く(唯除五逆、誹謗正法)」と誓われていますが、それはどういう意味ですか。
A五逆罪を犯し、仏のみ教えを誹り、人びとの心の拠り所を失わせるような行為をしている者は、救いから除外するという意味です。
Q五逆罪とは、どういう罪のことですか。
A五種類の反逆罪ということで、「父を殺す」「母を殺す」「阿羅漢を殺す」「仏身より血を出だす」「和合僧を破る」という五種の犯罪をいいます。これを逆罪というのは、反逆罪だからです。すなわち自分を愛し、幸せを願ってくれた人の愛情を善意を裏切り、恩を仇で返す行いであるからです。
Q五逆罪について詳しく説明してください。
Aまず父親や母親は、私を生み、深い愛情をこめて育ててくれた、この世で一番深い恩を受けている方です。その父や母を、自分にとって都合が悪いからというので殺してしまうのですから、この世の中では一番重い罪であるというのです。『観無量寿経』や『涅槃業』に、マガダ国の皇太子であった阿闍世が、提婆達多に唆されて父の頻婆娑羅王を殺害して王位を奪い、それを止めようとした母の韋提希夫人までも殺そうとした事件が説かれています。「阿羅漢を殺す」という阿羅漢(最高の聖者)とは、愛欲や憎悪といった醜い煩悩をすべて断ち切って、仏弟子としては最高の境地まで達し、人びとを導いていかれる聖者のことです。
釈尊の弟子の中でも、舎利弗尊者と並んで神通力第一と崇められていた目連尊者は、晩年、王舎城内を托鉢されていたとき、仏教に反感をもつ異教徒のために殴り殺されています。暴漢は町の人の通告で官憲に逮捕されましたが、目連尊者は瀕死の重傷を受けながらも官憲に対して、「その人を決して死刑にしないでください、よく話せば必ず心を改めて正道に目覚めてくれるはずだから」と、言い残してなくなります。尊者のその言葉を聞いて、やがて暴漢も心を改めて仏教に帰依し、罪の償いをしながら多くの人びとを導いていったといわれています。目連尊者のような尊い阿羅漢を、自分の主義主張に合わないというだけで殺してしまうような人もいたのです。
「仏身より血を出だす」というのは、提婆達多の故事によっています。釈尊の従弟であり仏弟子にまでなった提婆達多ですが、釈尊が多くの人に尊敬されているのを妬んで、殺そうとして、崖の下を歩いておられる釈尊をめがけて大きな岩を落としたことがありました。幸い岩は途中で岩と岩の間に挟まれて落下しなかったので、釈尊は助かりましたが、落ちてきた岩の破片で足に傷を受けられたといわれます。
「和合僧を破る」という和合僧とは、僧伽(サンガ)の訳語です。仏陀の誡めを守って生きる修行者たちの「和やかな集い」という意味で、自我を主張して争うということがない集団ですから和合衆とも訳しています。それは釈尊の教えを正しく伝えていくと同時に、仏弟子を育て導き、迷える人びとの心の依り所となる「仏教集団」のことです。提婆達多は、その和やかな集いを攪乱し、さまざまな策略をめぐらして、集団を分裂させたといわれています。もっとも提婆達多に従って分派行動をとった人たちも、最終的には舎利弗の説得によってほとんどが帰参して、たくらみは失敗したといわれています。
この五逆罪の中、父を殺し、母を殺すことを、恩田に背くといい、あとの三種を福田に背くと呼んでいます。よく耕された田畑は、素晴らしい収穫を与えてくれるように、父や母は自分を生み育ててくれた、この世での最高の恩人だから恩田というのです。仏陀・釈尊はいうまでもなく、阿羅漢と呼ばれる聖者や、仏弟子たちの集い(和合僧)は、私たちに真実の安らぎを与えようと教育してくださる方々ですから、福田(まことの幸せをもたらしてくださる方々)と呼んでいます。このような五逆罪を犯す者は、自分はそれで幸せになれると思って行ったのでしょうが、罪を犯したときから、現世から来世にかけて、一瞬の間断(絶え間)もなく重い責め苦を受け続ける無間地獄に堕ちますから、「五無間業」(無間地獄に堕ちる五種の悪行)ともいわれています。(「【二】阿弥陀仏の本願」より)
(つづく)



