【法話】慈悲ある側が変わるのです。慈悲は片道です。望まれて、請求されて、行動を起こすのではありません 2011.11.03 柏市西方寺

前回の続きです。

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親鸞聖人は、如来大悲の恩徳は、往相廻向、還相廻向という功徳だとおっしゃいます。往相とは、さとりに往き着くこと、還相とは、おさとりからたちかえって慈悲行動に従事すること。この二つのものが念仏成仏という法の内容だと親鸞聖人が説かれたのが、あの三首のご和讃の初めの二首です。

親鸞聖人は、世間一般に庶民が歌を歌う節にのせて歌える歌を「弥陀成仏の~」以下、353首ご制作に成られました。その中に特に際立っておりますのが「如来大悲の恩徳は~」です。浄土真宗のご化導の風土がある一帯の人たちは誰でも口ずさんだことがあるのが「如来大悲の恩徳は~」です。

恩徳讃


http://www.youtube.com/watch?v=SKdnHt1Ybzo
(↑今回のご縁とは関係ありませんが、見つけて気に入ったので貼付けてみました)

にもかかわらず、如来大悲の恩といい、徳といい、功徳といい恵みと認じているはずの如来大悲は、この「如来大悲の恩徳は~」のご和讃だけではみえないのです。それを、蓮如上人さまが「親鸞聖人のご和讃353首ご作成になった中に、恩徳を歌われた歌が前二首ある」と選び出されたのです。蓮如上人はよくお読みになったお方ですね。

『正像末和讃』に
  • 無始流転の苦をすてて 無上涅槃を期すること
    如来二種の廻向の 恩徳まことに謝しがたし
  • 南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて
    往相回向の利益には 還相回向に回入せり
  • 如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
    師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし
とあります。

お聖教をお持ちでない方は、「その程度のものはうちの仏壇にあるのだが」と思って聞いておられたら良いです。御法の心というのは的をあてがうようにして伺って聞く方がうまみがあります。別にそれを知らないからといって、どうということはありません。あなた方はその程度で終わる命ですから(笑)。それ以上向上なさる必要はありません(笑)。ただ、お説教で使われたお言葉がどこにあるのか承知しておられれば、ままごとでも面白みがあるようなものです。ままごとみたいなものです、お説教は。阿弥陀様は、教育して皆さんを仕立ててから救うというのは断念されました。阿弥陀様の智慧の眼差しの中に見てとられた私どもは、仕立ててから救うという法は絶望だとご覧になられました。それが法蔵覩見ということです。「覩見諸仏浄土因」とありますでしょ。つくづくとご覧になったということです。垣間みられたというのではないのです。つくづくと凝視してご覧になってみられたら、教育の手法はもうこの命どもには間に合わないと見てとられたのです。冗談みたいですが、それが法蔵覩見なのです。どの方法があるかと五劫思惟された結論として声、「重誓名声聞十方」です。名声とは「めいせい」(評判)ではありません。「みょうしょう」。名乗りの声です。阿弥陀様は声に成られたのです。

地球上最北限の猿を見に行ったことがあります。なぜ猿の話をするのかというと、慈悲の話をするためです。北国の猿は、9月から10月の初めにかけて受胎します。そして3月から4月上旬にかけて出産します。そうでないと、ぼつぼつ雪が始まるからです。春生まれた小猿が、歯が生え揃ってお母さん等と一緒に上って、冬場をしのぐ木の枝をかじれるようになるまで成長していないと、食べ物の少ない北国、お母さん猿の乳の出るほどに食物が無いから、お母さんの乳に吸い付いたまま飢えて死んでしまうのです。3年~5年ではない、数百年ではない、地球上文化圏に唯一暮らすニホンザル、その猿の何千年の歴史の中で、3月から4月初めの出産だけで終わるような子しか産まないお母さんになった。出産期が限定されるのです。猿の妊娠期間は半年です。出産してから半年後に、木の枝がかじれるまで歯が成長するには4月初めの出産が限度なのです。だからニホンザルのお母さんたちの受胎の生理が変わってくるのです。9月と10月しか受胎しません。

何の話をしているのかというと、あなた方に変われと阿弥陀様の要求はないのです。あなた方が請求する事項でもない。請求書を提出して阿弥陀様の救いが開始するという話ではありません。慈悲は常に片道なのです。

洋品店、子供用売り場の特設会場というのがデパート等に設けられます。そこに殺到する若いお母さんたちの頭には、我が子の身丈があります。お母さんが買ってきたスカートに合うような子供でなければ、というのではありません。子供の身丈を見計らいながら、スカートを、あるいはブラウスをかざしているのは、頭の中に彷彿と3歳なり5歳なりの我が子の身体が沸いているのです。それが慈悲行動です。

阿弥陀様のお慈悲をよく、母性の慈悲になぞらえて言いますが、人間どもの境涯で型どってみればそういうことです。阿弥陀様は慈悲です。ニホンザルの話で言いましたが、慈悲ある側が変わるのです。

慈悲は片道です。望まれて、請求されて、行動を起こすのではありません。案じられてならない生命存在のために発動します。弥陀大悲を仰ぐ、そういう心持ちの今日のご縁でした。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、、、




頂いたお斎とお供物↓
恩徳讃

恩徳讃





ロンドンの思い出(26) – 迷子編(4)

前回の続きです。

短かったようで長かった、けれども短かったロンドン滞在も、最終日を迎えました。この日も朝は清々しい天気に恵まれ、気持ち良く起きることができました。

と、同時に、前の日の夜に何か忘れていると思ったモヤモヤしたものも晴れました。バッテリーの切れたiPhoneを充電し、電源が入る前に眠ってしまったのですが、起床のアラームをセットし忘れていたのです。


はい、日本へ出発する当日に、寝坊をしてしまいました。

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Filed under: ★紀行  タグ: , , , , , , , , , , ,   charlie432 00:00  Comments (0)

ロンドンの思い出(19) – 出会い編(7) – 謎が解けた!

前回の続きです。

鍵の調子が悪いので、ホテルの従業員ザックが来てくれることになったのですが、すでに出発予定の数十分前です。

このまま昼になったら遅れてしまう、と不安な気持ちになりますが、待つより仕方ありません。

でも、せめてザックが来る前に使える鍵が手に入ったら安心できると思い、他の宿泊者に相談しようと6号室をノックしました。

「誰?」

美人のお姉さんが出て来たので少し緊張します。
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Filed under: ★紀行  タグ: , , , , , ,   charlie432 00:00  Comments (1)
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