ロンドンの思い出(8) – ようやく到着

日記を書くのもようやくです。昨年7月のこと。

前回は含ませぶりな終わり方をしましたが、特にワクワクするようなオチはありません。

空港からやっとのことで最寄駅まで来たものの、ホテルまでの行き方が分からず、その場にいたモデル風お姉さんに道を尋ねたら、普通に丁寧に教えてくれました。

でも、ものすごいマシンガントークで、しかも若干ロンドンなまりだったので、聞き取れたのは半分くらい。

「どこまで行きたいの? Mitcham? ちょっと待って。(iPhone で検索)ふ~む、バスに乗らなきゃダメね。歩いて行くには遠いわよ。ほら、あそこにバス停があるからそこから乗ればいいわ」

こう言われたと思いますが、バス停といってもいくつかあってよく分からないし、ホテルの人に連絡もしなければなりません。

「(Excuse me, I’m from Japan and this is my first trip to London. I’m not so sure how to …)あ、あのー、日本から初めて来てよく分からないので、、、」

こう言うと初めて「あら!そうだったの。分かったわ」と、納得したらしく、ゆっくり丁寧に話してくれるようになりました。

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ロンドンの思い出(3) – 出会い編(1) / 出発~フィンランド

ロンドン行きの一週間前、羽田空港から大阪国際空港(伊丹空港)へいった際に、出発20分前に着くというギリギリの行動をしていたら予定の便に乗れなかったという悲劇を経験したので、成田へは2時間前に行きました。

空港会社はフィンランド航空。このくらい↓並んでいましたが、最初の手続きは10分くらいで終了しました。




その後、日本円をイギリスポンドに両替。あ、イギリスの通貨単位はボンドだったか、とこの時知りました(^_^;)




海外の紙幣は日本のものと比べると安っぽいですが、全て新札でもらうとやはり気持ち良かったです。




当時の為替はこの通り。




さて、時間に余裕があったのでのんびりとトイレ・タイム。妙にこの落書きが笑いのツボにはまってしまいました。






荷物は経由地のヘルシンキ空港ではなく目的地のヒースロー空港で受け取るとのこと。

いよいよ搭乗手続きです。「電気製品は出してください」「刃物はありませんか?」「薬は?」「金属のベルトは脱いで下さい」と細かくチェックされましたが、やましいものは持っていないので難なく通過。


と思いきや、ゲートを通過してしばらく後に「ピピピビビー!」。カバンの中のペットボトルのお茶がひっかかりました(´Д`)もちろん、白い粉は混ぜていませんよ、ええ。

そして再びボディチェック。何やかんやしているうちに程よい時間となり、意外と暇を持て余すことはありませんでした。


成田空港ではさらにモノレールに乗って搭乗ゲートまで移動。いやー、広い広い。




さあ、いよいよ乗り込み。テンション上がります。




機内では多言語対応の案内板。もちろん日本語もありますが、英語脳に洗脳開始です。




それにしてもメニューが沢山あって楽しいです。




フライト時間は約10時間。ワクワクします。







と、前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。席が隣だったAnders Skoldさんが非常にナイスガイだったので会話がはずみました。





それもそのはず。


メタル・トークに花が咲いたのです。「ロンドンにライヴを観に行きます」と言ったら、「おお!私は先日 IRON MAIDEN を観に行きましたよ!」と返ってくるではありませんか。

それだけではなく「MEGADETHも観た。他には、METALLICA、ANTHRAX、SLAYER、、、」

「工エエェェΣ(・ω・ノ)ノェェエエ工!
それって、もしかして、、、」


(ハモり)「BIG 4!!」



聞けば、年に何回も海外旅行をし、ライヴもよく行っているらしいです。今回は、NTTに勤めている奥さんと初めての日本旅行。奥さんより一週間早くスウェーデンに帰国するところだ、とのこと。日本の他、東南アジアやアフリカも行ったことがあり、仕事でヨーロッパ各国は頻繁行っているそうで、羨ましい限りです。箸の使い方が上手く、機内食のカレーを箸で食べていました。

ところでスウェーデン人の奥さん、日本のNTTに勤めてスウェーデンに住んでいるのかな?という会話のすれ違いのようなものを感じました。ただ、スウェーデン語がネイティヴな彼の英語は違和感なく聞きやすく、むしろ訛りの激しいイギリス人より話やすかったです。

「sounds」に関する仕事をしているみたいですがPAのような職業ではなく、音響建築的なこと、、、つまり「音楽」ではなく「音」関係のようです。といっても、エレキ・ヴァイオリンを担いで飛行機に乗り込むほどで、音楽関係の話題で盛り上がりました。

スウェーデン人ということで、Yngwie Malmsteenのことを話題にすると、意外と「イングヴェイはよく知らないんだ」という反応。ARCH ENEMY も然り。(関連して CHILDREN OF BODOM や AMORPHIS も)。一方、IN FLAMESの名前を出したらかなり熱く「Yes! IN FLAMES! I love their music!」と語ってきました。別のところで知り合ったサンフランシスコやカナダ出身の人もIN FLAMESが大好きと言っていたことから、IN FLAMES人気は IRON MAIDEN と並んで世界標準なのかもしれないと思いました。

自分は DREAM THEATER が好きで、今回の旅もそれが目的だと言ったら「テクニカル!」と言ってエアギターをしていました。

そんな彼ですが、特にヘヴィ・メタルが好きという訳ではなく、フォークやトラッドをよく聴き、また演奏しているそうです。海外ではそんな感じでハード・ロック、ヘヴィ・メタルが他タイプの音楽に交じって普通に受け入れられる風土があるのでしょう。確かに、欧米人に好きな音楽のタイプを聞くと「Everything」と答える人が多いような気がします。

ということで、長時間の空の旅は音楽関係をネタとして、幸先良く始まったのでした。





初めて通過するロシア上空は高緯度のため、窓の外には常に、沈まぬ太陽が美しい眺めに彩を添えていました。

その時の写真はこちら。
ロンドンの思い出(1) – 空からの眺め




約半日の飛行機内では、ひたすら会話をし続けていた訳ではなく、日頃の睡眠不足を補ったり、映画も見ていました。

その時見たのは『Limitless』。

LIMITLESS – OFFICIAL TRAILER


http://www.youtube.com/watch?v=2-EUTCkfXEI


脳を100%活性化させる薬をめぐってのアクション映画。これがなかなか面白かった!んですが、長くなってきたので詳細は省略。代わりに見終わった直後に書いた不完全備忘録をコピペします。あ、日本語で書いてますね。字幕付きのを見てましたから(^_^;)
——————————————
脳を活性化
相場を読む方程式
売買は成功に次ぐ成功

ところが
我に返ると過去28時間の記憶が抜け落ちていることに気づく。

薬を飲まずに書類を読もうと試すが、まったく理解できない。

取引中、ふとテレビニュースが目に入る。昨日会った女性が殺害されたという報道。ひょっとして俺が彼女を殺したのか?

別れた妻から電話。NZTを使った人のリストがあったので連絡してきたという。そのうち3人は亡くなり残りは入院中。

取引中突然倒れる人はNZTを使っていたのだろうと悟る。

副作用

狙われる
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主役のブラッドリー・クーパーがなかなかのイイ男で、テンポの良いスリリングなストーリー展開で薬物使用の恐ろしさを楽しむことができました。


そうしている間に飛行機はヘルシンキ空港に到着。一旦外に出て、バスで移動してロンドンのヒースロー空港行きの飛行機に乗り換えました。

以下、ヘルシンキ空港での写真。




つづく。

火宅無常の世界とお母さんの「さん」

東北関東大震災の起きた11日夜、都内で帰宅難民がたくさん出た日は、会社に泊まり作業をしていました。テレビはなかったのですが、ネットがつながるのでUSTREAMでNHKとTBSを見ながら。頻繁に発せられる「地震が来ます!」の警告と、乗り物酔いのような余震の揺れは、まるで映画で見た戦時中の空襲警報を思い起こさせました。

そして、15~16日にかけて。この日も夜、会社に残って仕事をしていたのですが、福島原発からは朝から放射線物質の放出の報道。続いて夜は静岡県東部で震度6強の地震。千代田区でも大きく揺れました。ガタガタ、ミシミシという音は、揺れの大小にかかわらず、恐怖心に鋭く突き刺さります。

地震、津波、放射能と、今まで経験したことのない規模の災害、事故が重なり、この先どうなってしまうのだろうかという不安はまだまだ続きそうです。



ただ、落ち着いて考えてみれば、この非常事態は切迫した緊急事態ではあるけれど、実はいつもと違う非常事態にすぎないのであり、死の縁無量であることは今までも、今も、これからも変わらないことに気づかされます。

一切衆生のありさま過去の業因まちまちなり。また死の縁無量なり、病におかされて死する者もあり、剣にあたり死する者もあり、水に溺れて死する者もあり、火に焼けて死する者あり、乃至、寝死する者もあり、酒狂して死するたぐひあり、これみな先世の業因なり。更にのがるべきにあらず


明日地震が来なくても、今日、病気で自分が死ぬかもしれない。放射線を浴びずとも、車にはねられて死ぬかも知れない。平和そうな街にいても、突然通り魔に襲われ、刺されるかもしれない。

そう考えると、今回の件だけが特別なことではなく、むしろ、今まで無事に生きて来れたことのほうが不思議なのかもしれません。否、生きてきた、というより、生かされてきた、という表現の方が適切な気がします。

停電や電車の運休を通し、これまで如何に電気の恩恵を受けてきたか痛切に知らされました。電力会社にも批判されるべき点はあるでしょうが、それ以上に、生命の危機と隣り合わせの電力供給に従事される作業員には頭が下がります(ヤ●ザまがいの記者にはもっと建設的な質問をしてほしい、、、ということはここでは置いといて)。
着るものにしても、一本の繊維も織ったこともなければ、編んだこともありません。出来上がったものを着ているだけです。
食べ物に至っては、これまで何千、何万、何億もの命を奪っておりながら、この手を血に染めたことは一滴もありまs、、、あ、小学校のとき魚釣りをしたことがありました。まあそれは別としても、コンビニでおにぎりが買えるのは、決して当たり前のことではありませんでした。

衣食住どれをとっても、犠牲と支えの上に成り立っているのが「生きる」ということであり、自分の知らないところでどれだけの生命が辛い思いをし、苦しんできたか分かりません。

このように、今まで受けてきたご恩を振り返ってみると、厳しい状況にありながら、ふと心安らぐ思いになります。腹の立つとき、不安なときも有難い気持ちになります。「恩」という字は原「因」を知る「心」と書きますが、これは、「なぜ自分はこんなに恵まれているのか」という問いにつながるからでしょうか。

多くの人との関わりで生かされてきた以上、自分自身を粗末にするのは申し訳のないことであり、困っている人がいたら、少しでも役に立てることができれば、と思わずにおれません。


悲しいことに、この世は諸行無常の響きあり。『歎異抄』にもある通り、火のついた家のように危うい世界を目の当たりにさせられました。

煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのことみなもてそらごとたわ言、まことある事なきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。
『歎異抄』


辛い現実ですが、儚く、弱く、罪深く、ウソ、偽りの我々が、無常の世の中で何を拠りどころとすればよいのか、改めて見つめなおす縁となれば、今回の悲劇は決して天罰ではなく、多くの人の心が一つになるきっかけになるのではないかと思っています。




最後に、「ただまこと」と言われる親鸞聖人のお心について、知人より味わい深い文章を紹介してもらいましたので引用させていただきます。

お母さんの"さん"

本願寺新報 2010(平成22)年6月1日号掲載
北嶋 文雄(きたじま ぶんゆう)(福岡・光蓮寺衆徒)

☆親心のはたらく証拠

親の名告(なの)りは、実に味わい深いものです。

というのも、母親は子どもに「おかあさんよ」と名告りますが、「おかあさん」の「さん」という言葉は、本来よぶ側が用意するものです。それを名告る側が用意したら、おかしなことになります。たとえば、「私は北嶋さんです」と名告ったら、おかしいのと同じです。

けれども、母親は「おかあさん」と名告ります。一体、「おかあさん」という名告りは何なのでしょうか。

それは、母親は最初から子どもの立場に立って、名告っているのです。

「さん」という言葉は、よぶ側の子どもが用意しなければなりません。でも、それができない子どもに先立って、「おかあさん」と名告っているのです。

つまり、その名告りには、「このように、よんでおくれ。私を頼っておくれ。いつでもどこでも一緒だよ」という親心があるのです。ですから親の名告りは、そのままが親心いっぱいのよびかけなのです。

そのよびかけを聞いて、子どもは安心します。その安心しているままが、親を頼っているすがたです。その頼っているすがたが、親心のはたらいている証拠です。実に、親を頼る心まで、親が与えてくれるのでした。

☆南無の心もご用意に
このように、「おかあさん」という名告りは、最初から子どものためであったのです。


ところで、南無阿弥陀仏というみ名は、最初から私たちのための名告りであったことを、親鸞聖人は「回向(えこう)を首(しゅ)としたまひて」と示されました。

阿弥陀さまは、私たちに南無阿弥陀仏と名告られたのですが、南無は「おまかせします」という意味ですから、本来は私たちが南無の心を用意しなければなりません。

けれども、南無阿弥陀仏の南無は、阿弥陀さまがご用意くださっています。最初から私たちの立場に立って、名告られたのです。まかせる心を起こすことができない私たちのために、阿弥陀さまが先立って南無阿弥陀仏と名告られたのです。つまり、その名告りには、「このように、よんでおくれ。私にまかせておくれ。いつでもどこでも一緒だよ」というお慈悲があるのです。ですから南無阿弥陀仏は、そのままがお慈悲いっぱいのよびかけなのです。

そのよびかけを聞いて、安心します。その安心しているままが、阿弥陀さまにまかせているすがたです。そのまかせているすがたが、お慈悲のはたらいている証拠です。実に、まかせる心まで、阿弥陀さまが与えてくださるのでした。

このように、南無阿弥陀仏という名告りは、最初から私たちのためであったのです。

☆苦悩する者のために
阿弥陀さまは、私たちに南無阿弥陀仏とよびかけずにはおれませんでした。なぜなら、阿弥陀さまの眼に映った私たちが、「苦悩の有情(うじょう)」であったからです。心弱く、愚かに、涙しながらしか生きていくことのできない悲しい存在・・・それが阿弥陀さまがご覧になった私たちの姿でした。

誠に、涙しながらしか生きていけないのが、私たちです。「なぜ、自分だけがこんな目に遭わねばならないのか・・・」と、暗い気持ちになることもあります。「誰も私のことをわかってくれない・・・」と、愚痴をこぼすこともあります。「こんなはずじゃなかったのに・・・」と、悲嘆にくれることもあります。

それがどうにもならないことだとわかっていても、弱々しく涙を流しながら生きているのが、私たちの現実です。悲しみに沈む時、苦しみにあえぐ時、心の底は一人ぼっちです。誰も知ることはできません。

そういう中で、たったおひと方、この悲しみ苦しみの境界(きょうがい)をお知りになり、涙されたのが阿弥陀さまでした。そして、「悲しき者よ。どんな時も、あなたを見捨てない」と、南無阿弥陀仏とはたらきかけてくださっていました。

私たちの現実は、苦悩の現実です。しかし、今ここに阿弥陀さまがご一緒です。苦悩する涙の中で、お慈悲の深さが味わえてまいります。






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