高森顕徹 / 歎異抄をひらく

【2012.05.14 追記】 新たに投稿しました)。 徒然 – 高森顕徹 / 歎異抄をひらく 【2010.09.02 追記】 これを書いていたときは知りませんでしたが、最近、以下の投稿を読んで深く考えさせられました。当記事をお読みになる前に下記リンクを是非とも参照してください。 ・異端か、正統か|『歎異抄をひらく』発刊から1年10カ月|浄土真宗親鸞会『歎異抄をひらく』畏敬から失笑へ: さよなら親鸞会 (注)「親鸞会」とは、この著者が会長をつとめる団体です。
 真紅のタイトルと桜の写真、そして「なぜ、善人よりも悪人なのか?」の帯に惹かれて手に取った『歎異抄』の解説本。発売前のPVを見て、関心があったこともあり、即購入しました。
 「はじめに」によると、『方丈記』『徒然草』と並んで日本の三大古文と言われるのが『歎異抄』だそうです(『歎異鈔』とも)。西田幾多郎三木清倉田百三司馬遼太郎といった日本の文豪のみならず、フランスのロマン・ロラン絶賛していたという『歎異抄』はまさに、日本人の教養として、一度は読んでおきたい本と言えるでしょう。
 鎌倉時代の親鸞聖人のお言葉が書かれているということで有名な『歎異抄』ですが、世間に知られるようになったのは、実は最近のことです。
 今日、『歎異抄』ほど、読者の多い古典は異数ではなかろうか。その解説書は数知れず、今も新たなものが加え続けられている。  ところが、この書が世に知られるようになってから100年もたってはいないのだ。  それは500年前、浄土真宗の中興、蓮如上人が、親鸞聖人を誤解させるおそれがあると、「仏縁の浅い人には披見させてはならぬ」と封印されたからであろう。
 教えを正しく理解しなければ、自他共に傷つけるカミソリのような本が『歎異抄』なのです。
 蓮如上人の訓戒どおり『歎異抄』は、もろ刃の剣である。冒頭にあげた「善人なおもって(往生を遂ぐ、いわんや悪人をや:引用者付記)」の言葉など、皮相の見では悪を勧めているようにも映る。  事実、「阿弥陀さまは、悪人大好き仏だから、悪をするほどよいのだ」と吹聴する者が現れ、「親鸞の教えは、悪人製造の教え」と非難された。
 親鸞聖人が亡くなられた後に、聖人の仰せと異なることを言いふらす者の出現を嘆き、その誤りを正そうとして書かれた本が『歎異抄』ですが、その『歎異抄』もまた、誤解・曲解されているようです。
 その一例が”念仏を称えたら救われると教えたのが親鸞”というもので、私も高校時代、日本史の時間にそう習いました。しかしそれではどこか釈然としないものがあります。実際、口で「南無阿弥陀仏」と称えても何が変わったという実感もなく、「一体何のまじないか?」と思うよりありませんでした。そんな程度の教えではなかろう、という思いを持つ人は多いのではないでしょうか。
 この本では、親鸞聖人のお言葉を通して、「念仏とは」「善人、悪人とは」「自力、他力とは」「葬式・法事の本来の意義」など、誤解されやすいところに焦点を絞って、詳しく説明されています(下記、目次の二部参照)。
 とかく『歎異抄』を論じたものは、著者の体験や信条に力点が置かれ、自由奔放に解釈されている、と嘆く識者も少なくはない。  本書は、聖人自作の『教行信証』などをもとに、『歎異抄』の真意の解明に鋭意努めたつもりである。  親鸞聖人のお言葉を提示して、非才ながら一石を投じたい。
 この著者もまた、『歎異抄』が異なってゆく様を看過できず、歎きながらこの本を世に送り出したのかもしれません。
 教義が深いだけに、未消化のところも多いと思いますので、繰り返し読んでゆきたいと思います。
歎異抄をひらく(高森顕徹:著)

Links: 高森顕徹公式サイト 「高森顕徹」全巻読破チャレンジ中! 辛口!真宗時評 たたかう音楽時評 (38)ドラマ「白夜行」と歎異抄 白夜行(山田孝之・綾瀬はるか:主演、東野圭吾:原作)
目次
第一部 序 第一章 仏法の肝要、を言われた親鸞聖人のお言葉 第二章 親鸞聖人の鮮明不動の信念 第三章 有名な悪人正機を言われたもの 第四章 二つの慈悲を説かれたもの 第五章 すべての人は父母兄弟──真の親孝行を示されたもの── 第六章 親鸞に弟子一人もなし──すべて弥陀のお弟子──と言われたもの 第七章 弥陀に救われた人、について言われたもの 第八章 他力の念仏、について言われたもの 第九章 念仏すれど喜べない──唯円房の不審に答えられたもの── 第十章 他力不思議の念仏、を言われたもの 別序 第十一章 要約 第十二章 要約 第十三章 要約 第十四章 要約 第十五章 要約 第十六章 要約 第十七章 要約 第十八章 要約 後序
第二部 1 『歎異抄』は、いかに誤解されやすいか、その現状――ある大学教授の場合 2 「弥陀の救いは死後である」の誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 3 「念仏さえ称えていたら助かる」の誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 4 「善も要らない、悪も怖くない」あなた、こんなことが信じられますか? 『歎異抄』の言葉 5 「弥陀の救いは他力だから、真剣な聞法や求道は要らない」という誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 6 「ただほど高いものはない」といわれる。では『歎異抄』の”ただ”とは? 7 「念仏称えたら地獄か極楽か、まったく知らん」とおっしゃった聖人――「知らん」は「知らん」でも、知りすぎた、知らん 8 「弥陀の本願まことだから」と、言い切られた親鸞聖人――「弥陀の本願、まことにおわしまさば」の真意 9 なぜ善人よりも悪人なのか? 「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」の誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 10 「仏」知らずが「ほとけ」間違いを犯す元凶 11 葬式・年忌法要は死者のためにならないって? それホント? 12 「四海みな兄弟」と呼びかけられた親鸞聖人のお言葉 13 弥陀に救われたらどうなるの? 万人の問いに親鸞聖人の回答 14 念仏称えたら、何かいいことあるの? 何か呪文のように思うけど――絶対他力の念仏 15 親鸞さまは本当のことを言われる人ね。私と同じ心だもの――『歎異抄』の落とし穴 16 「南無阿弥陀仏」ってどんなこと? 「他力の念仏」の真の意味を明らかにされた、親鸞聖人のお言葉 17 自力の実態を暴き、他力の信心を明らかにされた、親鸞聖人のお言葉 18 人類の常識を破り、生きる目的を断言された、親鸞聖人のお言葉


第三部 『歎異抄』の原文

とどろき / 平成20年1月

応仁の乱で政治も混乱を極める中、室町幕府の将軍だった足利義政は東山山荘の造成を進めていた、、、
足利義政: 「ええい! 工事は一向に進まぬではないか」
家臣: 「申し訳ございません。戦が続き、幕府の財政も大変苦しい状況が続いております。建築資材を集めるのも至難の技でございますれば……民も年貢に苦しみ、人手を集めるのもままならず……」
足利義政: 「ええい、そなたたちの説教は聞き飽きたわ! ならば、もっと税や労役を増やせばよいではないか」
家臣: 「しかし、それでは……」
・ ・ ・ ・
足利義政はその後、山荘の完成を待たずしてこの世を去る。
何事も 夢まぼろしと 思い知る
      身には憂いも 喜びもなし
彼の時世である。





山科。山科本願寺の建立は文明10年(1478)に始まった。土地を財施したのは、蓮如上人のご法話によく参詣していた海老名五郎左衛門である。「山科に、巨大な聞法道場が建立される」――この知らせは瞬く間に伝わり、全国の親鸞学徒の尊い浄財、労力奉仕が山科に集まった。
門徒A: 「蓮如上人の赴かれる先々では、いつも比叡山の僧兵に襲撃されていたが……これでようやく、上人さまから安心して聞かせていただくことができる。わしら、何よりの喜びじゃ」
門徒B: 「んだんだ」
門徒C: 「こうしてはおれん。早速わしらも、建立のお手伝いに行こうじゃないか」
門徒A: 「おお、それがいい」
門徒C: 「おい、わしも」
・ ・ ・ ・
文明12年8月、山科本願寺の本堂が完成した。11月21日から8日間、報恩講が盛大に営まれた。真実の仏法を求め、全国から門信徒が群参、かつてない規模の報恩講となった。
蓮如上人: 「全国のご門徒衆の尊い志により、この聞法道場が建立され、無事に報恩講を勤めることができました。すべてはこれ、弥陀如来のおかげです。  世の人々はこの威容に驚き、山科本願寺は大変繁盛しているじゃないかと、うわさしているでしょう。  しかし、忘れてはなりません。  浄土真宗の繁盛は、参詣者が多く集まり、威勢のいいことではありません。一人でも他力の信を獲ることが、浄土真宗の繁盛なのです。  この世は無常の世界。すべては夢幻と消える中、ただ阿弥陀仏の本願のみが真実だとお釈迦様は説かれています。  皆さん、一日も片時も急いで、弥陀の本願を聞き開き、真実の信心を獲得してください」
一宗の繁昌と申すは人の多く集り威の大いなる事にてはなく候、 一人なりとも人の信を取るが一宗の繁昌に候
(御一代記聞書)
聞法道場建立の目的を、蓮如上人は重ねて教えてられている

★    ★    ★    ★
山科本願寺の建立
←クリックすると拡大します。
 平成14年1月号から連載されている『蓮如上人物語』より「第20回 山科本願寺の建立」の一コマです。  蓮如上人といえば、「真宗中興の祖」と言われ、応仁の乱世で命を狙われながらも、異宗や他派に押されていた浄土真宗本願寺を再興された方です。  上のマンガでは、足利義政と対照的に描かれており、蓮如上人が如何に優れた統率力を持っておられた方か、知らされます。そんな蓮如上人が、「すべてはこれ、弥陀如来のおかげです」と言われ、「浄土真宗の繁盛は、参詣者が多く集まり、威勢のいいことではありません」と教えられているところに、奥深いものを感じます。

とどろき ~ 平成19年9月

 今は亡き、父方の祖母が浄土真宗の門徒で、小さい頃、よく親鸞聖人に関する書物などを見せてもらったことがあります。だから、おぼろげながらに覚えているのが『正信偈(しょうしんげ)』というものです。「偈(げ)」というのは「歌」という意味だそうで、確かに単調ながらもリズム感、メロディがあるように思います。昔は、朝晩の食事の前に、仏壇の前で『正信偈』を拝読しないとご飯を頂けなかったと何度か聞かされました。
 その冒頭が
 帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい)  南無不可思議光(なむふかしぎこう)
というもので、TVの葬儀の場面などでたまに聞こえてきます。てっきりお経だと思っていましたが、お経ではありません。お経とは、釈迦が説かれた説法を書き残されたものですが、この『正信偈』は親鸞聖人が書き残されたもので、全く違うものです。
 7文字×120行=840文字の漢字で書かれているので、はっきり言ってどんなことが書かれているか、相当の覚悟がないと読めないように思われます。その『正信偈』を毎月少しずつ解説されている「言葉の宝石 正信偈」も、今月79回を迎え、全体を俯瞰(ふかん)した説明がなされています。非常に分かりやすかったので、以下に要点を書き残しておきます。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 
帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい) 南無不可思議光(なむふかしぎこう)
「阿弥陀如来に親鸞、救われたぞ、阿弥陀如来に親鸞、助けられたぞ」と、絶対の幸福に救い盗られた自らの体験を叫ばれたもの。二回同じことを繰り返されているのは、何度書いても書き足りない喜び、どれだけ言ってもいい足りない満足を表している。

法蔵菩薩因位時(ほうぞうぼさついんにじ) 乃至 必至滅度願成就(ひっしめつどがんじょうじゅ)
 救って下された阿弥陀如来の偉大な本願力を絶賛されているところ。

如来所以興出世(にょらいしょいこうしゅっせ) 唯説弥陀本願海(ゆいせつみだほんがんかい)
 釈迦の説かれたことは、弥陀の本願以外にはなかったと断言されているところ。

 その後、「釈迦がどんなすごい弥陀の本願を説かれていても、伝える人がなかったら、親鸞、救われることはなかったに違いない」と、インド、中国、日本の高僧方の教えを紹介され、功績を讃えられる。

龍樹大士出於世(りゅうじゅだいじしゅっとせ) 天親菩薩造論説(てんじんぼさつぞうろんせつ) 本師曇鸞梁天子(ほんしどんらんりょうてんし) 道綽決聖道難証(どうしゃくけっしょうどうなんしょう) 善導独明仏正意(ぜんどうどくみょうぶっしょうい) 源信広開一代教(げんしんこうかいいちだいきょう) 本師源空明仏教(ほんしげんくうみょうぶっきょう)
 インド:龍樹菩薩、天親菩薩  中 国:曇鸞大師、道綽禅師、善導大師  日 本:源信僧都、法然(源空)上人      ↑  七高僧という
 まとめて最後に「弘経大士(ぐきょうだいじ)・宗師等(しゅうしとう)」
 その目的は「無辺の極濁悪(ごくじょくあく)を、拯済(じょうさい)する」ためであった。 「拯済」とは「救う」こと。「「弥陀の救いに導く」こと。 「無辺」とは、数限りもないということ。 「極濁悪」とは「極めて汚れた、悪に染まった極悪人」ということ。
「七高僧方が、身命を賭して弥陀の本願を布教されたのは、極悪の親鸞一人を助けるためであった。そのご苦労なかりせば親鸞、この身に救い摂られることはなかったであろう、なんと有り難いことか」という、限りなき感謝の表明。

道俗時衆共同心(どうぞくじしゅぐどうしん) 唯可信斯高僧説(ゆいかしんしこうそうせつ)
「人々よ、本当の幸福に救われるには、ただ、この高僧方の教えを信じてくれよ。弥陀の本願を聞きひらけよ。それ以外には、絶対にないのだから」と勧めておられるお言葉。

    2012年5月
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