★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2008年03月07日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
高森顕徹 / 歎異抄をひらく
【2012.05.14 追記】
新たに投稿しました)。
徒然 – 高森顕徹 / 歎異抄をひらく
【2010.09.02 追記】
これを書いていたときは知りませんでしたが、最近、以下の投稿を読んで深く考えさせられました。当記事をお読みになる前に下記リンクを是非とも参照してください。
・異端か、正統か|『歎異抄をひらく』発刊から1年10カ月|浄土真宗親鸞会
・『歎異抄をひらく』畏敬から失笑へ: さよなら親鸞会
(注)「親鸞会」とは、この著者が会長をつとめる団体です。
真紅のタイトルと桜の写真、そして「なぜ、善人よりも悪人なのか?」の帯に惹かれて手に取った『歎異抄』の解説本。発売前のPVを見て、関心があったこともあり、即購入しました。
「はじめに」によると、『方丈記』『徒然草』と並んで日本の三大古文と言われるのが『歎異抄』だそうです(『歎異鈔』とも)。西田幾多郎や三木清、倉田百三、司馬遼太郎といった日本の文豪のみならず、フランスのロマン・ロランも絶賛していたという『歎異抄』はまさに、日本人の教養として、一度は読んでおきたい本と言えるでしょう。
鎌倉時代の親鸞聖人のお言葉が書かれているということで有名な『歎異抄』ですが、世間に知られるようになったのは、実は最近のことです。
今日、『歎異抄』ほど、読者の多い古典は異数ではなかろうか。その解説書は数知れず、今も新たなものが加え続けられている。
ところが、この書が世に知られるようになってから100年もたってはいないのだ。
それは500年前、浄土真宗の中興、蓮如上人が、親鸞聖人を誤解させるおそれがあると、「仏縁の浅い人には披見させてはならぬ」と封印されたからであろう。
教えを正しく理解しなければ、自他共に傷つけるカミソリのような本が『歎異抄』なのです。 蓮如上人の訓戒どおり『歎異抄』は、もろ刃の剣である。冒頭にあげた「善人なおもって(往生を遂ぐ、いわんや悪人をや:引用者付記)」の言葉など、皮相の見では悪を勧めているようにも映る。
事実、「阿弥陀さまは、悪人大好き仏だから、悪をするほどよいのだ」と吹聴する者が現れ、「親鸞の教えは、悪人製造の教え」と非難された。
親鸞聖人が亡くなられた後に、聖人の仰せと異なることを言いふらす者の出現を嘆き、その誤りを正そうとして書かれた本が『歎異抄』ですが、その『歎異抄』もまた、誤解・曲解されているようです。
その一例が”念仏を称えたら救われると教えたのが親鸞”というもので、私も高校時代、日本史の時間にそう習いました。しかしそれではどこか釈然としないものがあります。実際、口で「南無阿弥陀仏」と称えても何が変わったという実感もなく、「一体何のまじないか?」と思うよりありませんでした。そんな程度の教えではなかろう、という思いを持つ人は多いのではないでしょうか。
この本では、親鸞聖人のお言葉を通して、「念仏とは」「善人、悪人とは」「自力、他力とは」「葬式・法事の本来の意義」など、誤解されやすいところに焦点を絞って、詳しく説明されています(下記、目次の二部参照)。
とかく『歎異抄』を論じたものは、著者の体験や信条に力点が置かれ、自由奔放に解釈されている、と嘆く識者も少なくはない。
本書は、聖人自作の『教行信証』などをもとに、『歎異抄』の真意の解明に鋭意努めたつもりである。
親鸞聖人のお言葉を提示して、非才ながら一石を投じたい。
この著者もまた、『歎異抄』が異なってゆく様を看過できず、歎きながらこの本を世に送り出したのかもしれません。
教義が深いだけに、未消化のところも多いと思いますので、繰り返し読んでゆきたいと思います。
歎異抄をひらく(高森顕徹:著)
Links: 高森顕徹公式サイト 「高森顕徹」全巻読破チャレンジ中! 辛口!真宗時評 たたかう音楽時評 (38)ドラマ「白夜行」と歎異抄 白夜行(山田孝之・綾瀬はるか:主演、東野圭吾:原作)
目次
第一部 序 第一章 仏法の肝要、を言われた親鸞聖人のお言葉 第二章 親鸞聖人の鮮明不動の信念 第三章 有名な悪人正機を言われたもの 第四章 二つの慈悲を説かれたもの 第五章 すべての人は父母兄弟──真の親孝行を示されたもの── 第六章 親鸞に弟子一人もなし──すべて弥陀のお弟子──と言われたもの 第七章 弥陀に救われた人、について言われたもの 第八章 他力の念仏、について言われたもの 第九章 念仏すれど喜べない──唯円房の不審に答えられたもの── 第十章 他力不思議の念仏、を言われたもの 別序 第十一章 要約 第十二章 要約 第十三章 要約 第十四章 要約 第十五章 要約 第十六章 要約 第十七章 要約 第十八章 要約 後序
第二部 1 『歎異抄』は、いかに誤解されやすいか、その現状――ある大学教授の場合 2 「弥陀の救いは死後である」の誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 3 「念仏さえ称えていたら助かる」の誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 4 「善も要らない、悪も怖くない」あなた、こんなことが信じられますか? 『歎異抄』の言葉 5 「弥陀の救いは他力だから、真剣な聞法や求道は要らない」という誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 6 「ただほど高いものはない」といわれる。では『歎異抄』の”ただ”とは? 7 「念仏称えたら地獄か極楽か、まったく知らん」とおっしゃった聖人――「知らん」は「知らん」でも、知りすぎた、知らん 8 「弥陀の本願まことだから」と、言い切られた親鸞聖人――「弥陀の本願、まことにおわしまさば」の真意 9 なぜ善人よりも悪人なのか? 「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」の誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 10 「仏」知らずが「ほとけ」間違いを犯す元凶 11 葬式・年忌法要は死者のためにならないって? それホント? 12 「四海みな兄弟」と呼びかけられた親鸞聖人のお言葉 13 弥陀に救われたらどうなるの? 万人の問いに親鸞聖人の回答 14 念仏称えたら、何かいいことあるの? 何か呪文のように思うけど――絶対他力の念仏 15 親鸞さまは本当のことを言われる人ね。私と同じ心だもの――『歎異抄』の落とし穴 16 「南無阿弥陀仏」ってどんなこと? 「他力の念仏」の真の意味を明らかにされた、親鸞聖人のお言葉 17 自力の実態を暴き、他力の信心を明らかにされた、親鸞聖人のお言葉 18 人類の常識を破り、生きる目的を断言された、親鸞聖人のお言葉
第三部 『歎異抄』の原文
第一部 序 第一章 仏法の肝要、を言われた親鸞聖人のお言葉 第二章 親鸞聖人の鮮明不動の信念 第三章 有名な悪人正機を言われたもの 第四章 二つの慈悲を説かれたもの 第五章 すべての人は父母兄弟──真の親孝行を示されたもの── 第六章 親鸞に弟子一人もなし──すべて弥陀のお弟子──と言われたもの 第七章 弥陀に救われた人、について言われたもの 第八章 他力の念仏、について言われたもの 第九章 念仏すれど喜べない──唯円房の不審に答えられたもの── 第十章 他力不思議の念仏、を言われたもの 別序 第十一章 要約 第十二章 要約 第十三章 要約 第十四章 要約 第十五章 要約 第十六章 要約 第十七章 要約 第十八章 要約 後序
第二部 1 『歎異抄』は、いかに誤解されやすいか、その現状――ある大学教授の場合 2 「弥陀の救いは死後である」の誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 3 「念仏さえ称えていたら助かる」の誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 4 「善も要らない、悪も怖くない」あなた、こんなことが信じられますか? 『歎異抄』の言葉 5 「弥陀の救いは他力だから、真剣な聞法や求道は要らない」という誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 6 「ただほど高いものはない」といわれる。では『歎異抄』の”ただ”とは? 7 「念仏称えたら地獄か極楽か、まったく知らん」とおっしゃった聖人――「知らん」は「知らん」でも、知りすぎた、知らん 8 「弥陀の本願まことだから」と、言い切られた親鸞聖人――「弥陀の本願、まことにおわしまさば」の真意 9 なぜ善人よりも悪人なのか? 「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」の誤解を正された、親鸞聖人のお言葉 10 「仏」知らずが「ほとけ」間違いを犯す元凶 11 葬式・年忌法要は死者のためにならないって? それホント? 12 「四海みな兄弟」と呼びかけられた親鸞聖人のお言葉 13 弥陀に救われたらどうなるの? 万人の問いに親鸞聖人の回答 14 念仏称えたら、何かいいことあるの? 何か呪文のように思うけど――絶対他力の念仏 15 親鸞さまは本当のことを言われる人ね。私と同じ心だもの――『歎異抄』の落とし穴 16 「南無阿弥陀仏」ってどんなこと? 「他力の念仏」の真の意味を明らかにされた、親鸞聖人のお言葉 17 自力の実態を暴き、他力の信心を明らかにされた、親鸞聖人のお言葉 18 人類の常識を破り、生きる目的を断言された、親鸞聖人のお言葉
第三部 『歎異抄』の原文






