紅楳英顕 / 派外からの異説について(1)

紅楳英顕 / 派外からの異説について
紅楳英顕先生から許可を得ましたので、3回に分けて全文紹介します。

(関連)


派外からの異説について

紅楳英顕著




 もと本願寺派の僧侶であった高森顕徹氏は、現在富山県の高岡市に本部を設ける宗教法人「浄土真宗親鸞会」(以下、高森親鸞会という)の会長として、かねてより破邪顕正の名のもとに本願寺に対する誹謗をかさね、あるいは宣伝ビラを広く配付し、あるいは本願寺派寺院におしかけて議論をしかけ、あるいは法座の妨害をするなどの活動をつづけていることは御承知の方も多いと思う。
 しかし、私どもから見れば、同会の主張には親鸞聖人の正しい宗義に違背すると思われるところが少なくない。そこで、本派の方々が同会の宣伝に惑わされることのないように、その主張の問題点の一部を昭和五十四年十二月発行の『伝道院紀要』24号に「現代における異議の研究」-高森親鸞会の主張とその問題点-と題して発表したわけである。
 ところが、右の論文について、同会から「親鸞会を中傷した」ということで、質問状が十数回も送られ、宣伝ビラが配付され、伝灯奉告法要中には多数の会員が白洲に入りこんで、手に手にマイクを持って絶叫し、大切な法要を妨害するありさまであった。
 高森親鸞会は真実開顕のためと述べてはいるが、実は初めから高森氏の主張が真実で、他の本願寺などの説くところはうそ偽りであるという前提に固執した上での論議をするのである。このことは、同会の本願寺非難の文を見れば容易におわかりいただけると思う。
 けれども、私は、要求に応じて答えるべきことは答えたのであるが、自分達の気に入らない答えは答えと認めない、という態度で繰り返し答えを要求する始末であった。そこで、私は文証をあげて論文で同会の主張を批判したのであるから、それに異議があればお聖教の適確な文証を示して論文として発表するのが筋であろう、と最後に返信したのである。
 その後、昨年(昭和五十六年四月)、高森親鸞会は『本願寺の体質を問う』という本を出版し、大々的に宣伝し、また地方にも持ち歩いて頒布した。その書は、私も一読したが、失礼ながら、適格な文証を示しての反論ではなく、私の主張を歪曲したり、悪口雑言を並べたりしているものである。また同会から、私に本を出版したとも、反論しろとも、何の連絡もなかったので、あえて反論する必要もなかろうと思い、そのまま放置していたのである。
 ところが、本年八月十三日に「答えを求める」ということで、またまた多数の会員が総御堂に入り、揃いの鉢巻をしめて座りこみ、閉門時が過ぎても退去しないという行動に出てきたのである。しかも、これで終わることなく、更に次の挙に出るといっている。
 こういうわけで、高森親鸞会が私個人に対して罵詈誹謗をあびせるだけならば、相手にしないということも考えられるが、このように騒ぎ立てる以上は、ここにおける宗義上の問題は何か、真相はどうか、ということを各位に知っていただくため、その論点の概要を示す次第であります。


はじめに


 高森親鸞会発行の『本願寺の体質を問う』は、「なぜ真実開顕に背を向けるのか、本願寺の体質を問う」と「親鸞会はかく反論する」の二部からなっている。この中、第一部「本願寺の体質を問う」は、高森親鸞会から私や本願寺当局宛に出された質問状と、私から同会に出した返信を、月日の順に掲載したもので、第二部「親鸞会はかく反論する」には、宿善論の問題と後生の一大事の問題について、私の論文の主張に対する反論非難がなされている。
 問題を混乱させないために、最初に申しあげておくが、この書『本願寺の体質を問う』のはじめに、
本派本願寺発行の『伝道院紀要』二十四号は、「現代に於ける異義の研究-高森親鸞会の主張と、その問題点」と題して、「親鸞聖人の教えに反する、全くの謬見であり異義である」と、親鸞会批難の論文を掲載した。本願寺の主張を代弁して、紅楳英顕氏が書いたものである。(はじめに)
とある。ここに「本願寺の主張を代弁して……」とあるが、私は、本願寺の主張を代弁したのではない。かねてから本願寺に対して何かと非難中傷している高森親鸞会の主張について、その問題点を私個人の研究論文として発表したのである。それは、派内の方がたに参考にしていただくためであって、同会に対する攻撃を目的としたものではない。その旨は、同会に知らせてある。にもかかわらず、「相変わらず本願寺の主張を代弁して」等と言い張っているわけである。
 また、次下には、
本願寺の批判論文には幾多の不審や疑問があった。そこで親鸞会はその不審を散ぜんが為に四つの質問を提出し、誠心誠意返答を求め続けて来た。が今だに回答が得られない。(はじめに)
と述べている。高森親鸞会は、私が一度も回答をしていないようにいい、同会の発行する『顕正新聞』にも、そのように書いて盛んに宣伝しているのである。しかし、それが事実でなかったことは、この『本願寺の体質を問う』に掲載されて私からの返信を見ていただけば、おわかりいただけると思う。
 往返の手紙の内容は、同書に全文が載せられているので、見ていただく通りであるが、読者の中には、私の返信について、もっと親切に書いた方がよいのではないかと思われる方があるかも知れない。しかし、その必要はなかったと私は思っている。なぜなら、高森親鸞会側には、私の主張に耳を傾け、自らにも反省すべき点がないかどうかを考える姿勢がみられず、自らの主張は絶対に正しいという前提のもとに議論をしかけてきていると考えられるからである。
 なるほど、同書には「このような体質で、本願寺に明るい未来があるだろうか」とあり、また、同書の宣伝ビラには「本願寺の明るい未来を願って提言」と書いている。だが、高森氏に本願寺のためを思う気持があるとは私には思えない。これは先に発行された『どちらがウソか』において、本願寺に対する一方的独善的な非難中傷をしていることからも、よく解ることである。また、その頃、本願寺前で配付され、今も配付をしている宣伝ビラに、
今まで親鸞聖人の教えをネジ曲げて大衆をだまし、仏法を喰い物にして来た人達は、本当の親鸞聖人の教えが大衆に知れ亘ることを極度に怖れます。それは丁度牛肉だと喰わされていた大衆がネズミの肉であったことを知ればどんなにか憤激し離反することは必至だからです。
等と書いていることでも、自明である。さらには『こんなことが知りたい』②の「なぜ自ら本願寺をとび出したか」の項に、
現今の本願寺は沈没寸前の老朽船です。それどころか親鸞聖人や蓮如上人のみ教えをネジ曲げ、真実の仏法を破壊している本願寺の老船は速やかに爆沈すべきです。これこそ「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし、師主知識の恩徳も、骨を砕きても謝すべし」の恩徳讃の心に燃える信心の行者の心意気でなければならないと確信しております。
ともある。このように、高森氏は、本願寺を破壊することを目的としているとしか受けとれない表現を使っているのである。
 その上、高森親鸞会は、公約として私への書簡(『本願寺の体質を問う』26頁掲載、以下頁数だけの表記は同書における掲載箇所)やビラ等にも、
浄土真宗親鸞会はこのことに関しては、相手が集団であれ、個人であれ、公開であれ、非公開であれ、討論であれ、文書討論であれ、相手の希望せられる方法で時と場所を問わず、申し出さえあれば親鸞聖人の本当のみ教えを開顕する為に喜んで応ずることを公約しているのですから、遠慮なされず申し出て下さい。
ともいってある。同会からの質問に対しては、すでに私から返答しているので
あるから、まだ異議があるなら、同会も、独断によるのではなく、文証をはっきり示して、論文形式で反論すべきであろう。どちらの主張が正しいかは読者が判断することであろうと考える。


   
続く


蓮如の手紙(今の世も末法濁乱とはいひながら~)

今の世も末法濁乱とはいひながら、ここに阿弥陀如来の他力本願は今の時節はいよいよ不可思議にさかりなり: 飛雲」を読んで。

『御文章』4帖目第3通は何度も読ませていただいてきましたが、11年間続いた応仁の乱が背景にあって書かれたものと知ると、現在の日本の状況と重ね合わせて味わい深く拝読させられます。

仏教は、ネガティブな教えではありません。ポジティブな教えです。悪業の抑止のために、悪報について説かれることはありますが、不安がらせるような説き方をされることはありません。なぜなら、不安を取り除くのが仏教なのですから当たり前です。
という解説も有り難いです。

 それ、当時世上の体たらく、いつのころにか落居すべきともおぼえはんべらざる風情なり。しかるあひだ、諸国往来の通路にいたるまでも、たやすからざる時分なれば、仏法・世法につけても千万迷惑のをりふしなり。これによりて、あるいは霊仏・霊社参詣の諸人もなし。これにつけても、人間は老少不定ときくときは、いそぎいかなる功徳善根をも修し、いかなる菩提涅槃をもねがふべきことなり。

しかるに今の世も末法濁乱とはいひながら、ここに阿弥陀如来の他力本願は今の時節はいよいよ不可思議にさかりなり。さればこの広大の悲願にすがりて、在家止住の輩においては、一念の信心をとりて法性常楽の浄刹に往生せずは、まことにもつて宝の山にいりて手をむなしくしてかへらんに似たるものか。よくよくこころをしづめてこれを案ずべし。

しかれば諸仏の本願をくはしくたづぬるに、五障の女人、五逆の悪人をばすくひたまふことかなはずときこえたり。これにつけても阿弥陀如来こそひとり無上殊勝の願をおこして、悪逆の凡夫、五障の女質をば、われたすくべきといふ大願をばおこしたまひけり。ありがたしといふもなほおろかなり。これによりて、むかし釈尊、霊鷲山にましまして、一乗法華の妙典を説かれしとき、提婆・阿闍世の逆害をおこし、釈迦、韋提をして安養をねがはしめたまひしによりて、かたじけなくも霊山法華の会座を没して王宮に降臨して、韋提希夫人のために浄土の教をひろめましまししによりて、弥陀の本願このときにあたりてさかんなり。

このゆゑに法華と念仏と同時の教といへることは、このいはれなり。これすなはち末代の五逆・女人に安養の往生をねがはしめんがための方便に、釈迦、韋提・調達・闍世の五逆をつくりて、かかる機なれども、不思議の本願に帰すれば、かならず安養の往生をとぐるものなりとしらせたまへりとしるべし。


現代語訳(浅井成海監修『蓮如の手紙』)
 そもそも、今の世の戦乱のありさまは、いつ落ち着くとも思われない様子です。そのため、国々を行き来する道にいたるまでも容易に通行のかなわない時世ですから、仏法においても、世俗の事柄においても、何をどのようにしてよいか困惑します。このゆえに、あるいは霊験あらたかな寺院・神社へ参詣する人びともおりません。
 これについけても、人はみな、誰がいつ死ぬやら定めのないものであると聞いているからには、急いで、どんな善行をもおさめ、また、さとりや涅槃をも願うべきなのです。
 しかしながら、今の世は末世の乱れた世であるとはいうものの、阿弥陀如来の本願は、この時世において、不思議にもますます盛んです。
 ですから、在家の生活を送る人びとは、如来のこの広大なる慈悲の誓願におまかせし、疑いなく阿弥陀さまの仰せに従う信心をいただいて、完全なさとりの世界、すなわち極楽に往生しなければなりません。そうでなければ、まさに、宝の山に入っておいて、空手で帰ってくるようなものではありませんか。くれぐれもよく心を静めてこれを考えてください。
 そこで、もろもろの仏の本願を詳しく探って明らかにしてみれば、五障の女性、五逆の悪人については、どの仏もこれをお救いにはなれないと思われます。
 ところが、阿弥陀如来こそはただおひとり、「罪悪のはなはだしい者、五障の女性を、わたしがたすけよう」と、このうえなくすぐれた尊い誓願を起こしてくださいました。ありがたいといっても、なおいい足りません。
 さて、昔、お釈迦さまが霊鷲山にいらっしゃって、一乗の教えと讃えられる『法華経』をお説きになっていたときに、提婆が阿闍世をそそのかして、親殺しの罪を犯させるという事件が起こりました。
 そこでお釈迦さまは、もったいなくも、霊鷲山での『法華経』の説法の座を立たれて、王宮へおいでになり、韋提希夫人が極楽を願うようにされました。こうして、お釈迦さまが韋提希夫人のために浄土の教えをひろめられたので、阿弥陀さまの本願が今の時代に盛んとなったわけです。そして、このために、『法華経』と『観無量寿経』のお念仏とは同じときに説かれた教えであるといわれています。
 これはとりもなおさず、末世の五逆の悪人と女性に、極楽への往生を願わせるための手だてとして、釈迦、韋提・提婆・阿闍世が力を合わせて、五逆の罪を犯すというドラマを作りあげたものと考えられます。そして、このような罪の深い者であっても、人知では思いはかることのできぬ阿弥陀如来の本願に帰依すれば、かならず極楽への往生をとげることができるのだ、とお知らせくださったのである――とお受け入れください。







源空聖人800回忌逮夜法要 於:築地本願寺 2011.03.06

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源空聖人800回忌逮夜法要に行ってきました。日程を間違えて午後の勤行だけのご縁となってしまいましたが、終了後、お世話になっているお同行と信心の沙汰、仏法然讃嘆に花が咲き、有意義なひと時でした。

以下、教えてもらったことを思い出してまとめてみました。

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