【自戒】身を滅ぼす慢心

最近読んだ小話の中から、心に残ったものを下に引用してみました。

というのも、、、申し訳ないですが、知人で反面教師となる人がいまして(ー“”ー )


う ぬ ぼ れ


「自信」とは違って「自惚れ」とは醜いものですが、自覚のないところが恐ろしいと思います。「自惚れていない」という自惚れ。他人の姿をみると比較的分かりやすいのですが、自分の姿というのは分からないものです。

「有頂天から始まる地獄」とも言われるように、好調な時こそが危ないです。浮かれずに、気を引き締めねばならないと思います。そう思っていても、自惚れの罠からは抜け難いです。調子悪くても、きっと自惚れているに違いありません。

108の煩悩の中に「慢」というのがあり、我々は一生涯、自惚れから離れ切れないと教えられます。

諌めの言葉や批判、あるいは悪意ある誹謗・中傷であったとしても、受け止め方次第で、それは自己を成長させる尊いご縁となり得るのでしょう。難しいことですが、そういう度量の広さを身につけたいたいものです。それに関する文章が2番目の引用。




何故こんな気持ちになったかというと、上にも書きましたが、反面教師がいるんです。あ、ブログ友達やマイミクさんではありません。



なんて、他人事のように思ってはいけませんね。私のことです。すみません(ノ。ー)


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Jamais Jamais / B型自分の説明書

 「B型による B型のための B型の研究」というサイトをみたら、かなり共感する部分が多く、「B型」って結構面白いなぁ、と思いました。そんなとき、書店でふと手にしたこの本。この薄さで1000円はちょっと購入をためらうな、と思ってパラパラしてみると、、、
な、何だこれは! びっくりw(@o@)w
ほとんどが、激し~く同意!
ではありませんか!!
 そうです、私、B型ですが、何か?(¬_¬)
 アインシュタイン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、 長島茂雄、イチロー、織田信長、西郷隆盛、田中角栄、そしてモーツァルト、等々、、、(一部、推測もあり)皆、B型の血潮が流れていたのですぞ!
 血液型による性格判断など、時として「占い」として扱われることがありますが、遺伝子の解明が進み、科学的裏付けがハッキリして医学の範疇で語られるようになれば、人間関係の煩いも少なくなるのではないかと期待せずにおれません。そのうち『血液型ハッピーアドバイス』なんて本が出たら、きっとベストセラーになりそうです。
 本書を読み進めてゆくと(p.33)、著者の Jamais Jamais (じゃめ じゃめ)さんは、どうやらO型のようだと分かるのですが、そう信じているのはB型だけでしょうか?  でも以下の「1 本書の使い方」を読むと、「おお!分かっていただけますか!Y(>_< 、)Y さすがは大らかなO型様!(>人<)」と感動です。
本書の使い方
これは、 自分をうまく説明したいB型の、B型の実態を知りたいB型以外のための、B型説明書です。
「B型です」「あーやっぱり」とか、「B型って自己中」など、たいていB型ってだけで世間の風は冷たく吹きます。ぴゅー。 だから、初対面なのに全てを悟られたような、そんな空気が流れます。 でもね、 人一倍「自分を分かってほしい」B型だから、自分のことを誤解されるといてもたってもいられません。ムシャクシャします。 ところが、 人一倍口べたなB型だから、自分像を表す言葉がぐちゃぐちゃにこんがらがってシンプルな言葉で表現できません。言いたいことは山ほどあるのに。 世間一般に言われるB型像はきっと表の部分。じゃあ、裏は一体どーなってるの? それは全く逆かもしれない。あるいは全く別モノかもしれない。 では1つ例を。  表「B型は楽観主義。深く考えない」 いえいえ、  裏「B型は深く深く考えます」 なぜ、この矛盾が生まれるの? それは、 うまく説明できないからです。 うまく説明できないと相手に伝わらない。伝わらない相手には説明すらしたくない。 泣く泣く言葉を飲み込む。悪循環。よってここに、誤解が生じるわけなのです。 もどかしいのはもうたくさん。 「あなたはどういう人ですか?」 「私はこういう人間です」 を、うまく表現するにはまず、 自己分析から始めてみましょうか。
(後略) 自己評価の低い私でも、この本を読むと「B型すばらしい!」と思わずにおれませんでした。B型の方はもちろん、それ以外の方にも是非読んでいただきたいと思いました。
 下の抜粋は、共感したものの、ごくごく一部です。
(°°*)(。。*)゛(°°*)(。。*)゛「うんうん」「そうそう」
が、頷きを通り越してヘッドバンギングになる方、
握手( ^_^)=O=(^_^ )
ρ(ー公ー;*) ウゥム……な方、ごめんなさいm(_ _)m (続きを読む…)

司馬遼太郎 ~ 梟の城

梟の城2
 司馬遼太郎で初めて読んだ本です。もともと、歴史に疎いので苦手意識克服の為に、と手にしたのですが、非常に面白かったのに驚きました。エンターテインメント色が強い作品と言えるでしょう。多くの知人に貸して勧めましたが、大抵が口を揃えて皆「良かった!」と言っていました。直木賞をとり、映画になったのも頷けます。
 主人公は、伊賀の乱で家族を信長に皆殺しされた伊賀忍者、葛籠重蔵。そして、信長への復讐に燃えていた矢先に起きたのが本能寺の変だったのです。
 信長によって、土地、家名、肉身という人生の基礎を奪われ、しかもその信長を殺すことに賭けてようやく人生に望みをもち、一転ののち信長の死によって重蔵はそれらのすべてをうしなった。  そののち9年。天下はすでに豊臣秀吉に帰していたが、峠に居る重蔵の日常は、なすことがなかった。 (中略)  人生に目標をうしなった重蔵の日常に、いまひとつ為すべきことがあった。この血を、それができうることならば、怠惰の中に沈澱させおおせることであった。
 あたかも「生きる目的」を失ったかのような重蔵の日常は、まさにニート状態でありました。いかに忍者の修行を積んだとはいえ、目的を喪失した人間の精神状態は、なんとも言えぬ虚しさが込み上げてくるものなのだと思いました。
 しかし、そこへ、彼をして、再び忍者としての道を歩ませる大きな仕事が舞い込んでくるのです。
 「この重蔵がいのちを燃やすほどのしごとならば、忍びにたちもどってもよい。お師匠が配下の乱波にもなろう。――何じゃ。仕事は」 「秀吉を殺すことじゃよ」
 かくして、重蔵は忍者としての生き甲斐をかけて、秀吉暗殺に命をかけるのです。
 さて、その結末や、いかに?
 かつて同じ師についていた重蔵とは風間五平の生き方の違いが対照的に描かれているところが面白かったです。また、「敵か味方か?」「殺すか殺されるか」の思いが交錯する中、重蔵、五平、小萩、木さるとの間に繰り広げられる恋愛の行方も気になるところで、読み出したらグイグイ引きこまれる作品です。腕を切り落とされながら平然と会話を続けたり、暗闇で背後の人の気配を感じたり、と忍者ならではの超人ぶりが描かれているのも読んでいて小気味良かったです。  そして、意外な結末には「さすが!」と読後感は満足でした。
 ちなみに私の所有する本の装丁は、DVD版のそれに劣らず好きです。
(参考) biblioさんのブログ タカノリさんのブログ 記述師さんのブログ じんぱちさんのブログ 大阪下町オヤジさんのブログ ウィキペディア 司馬遼太郎作品のあらすじ紹介と評価

Filed under: し:司馬遼太郎  タグ: , , , , , , , , , , ,   charlie432 12:55  Comments (2)
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