【法話】仏様とはなにか。そして、どうして仏様を尊敬するのか。どうして仏様を拠り所にしなければならないのか 2011.12.24 築地本願寺

2011年12月24日、天岸浄圓先生から聞かせていただいたお話の記録です。

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無量寿如来に帰命し、不可思議光に南無したてまつる
「真実のより処」と題して話をさせていただきます。

お話の最初に、親鸞聖人がお書きになられたお書物の一節をまず読ませていただきまして、「今日はこういうお言葉を通して真実の拠り所を皆様にお聞きいただきたい」と、ご讃題を読んだ訳です。元の漢文に戻しますと、
帰命無量寿如来 南無不可思議光
と、私たち浄土真宗とご縁が結ばれている者には『正信偈』の最初の言葉ですので、ほとんどの方がご存知かと思います。『正信偈』は親鸞聖人が作られた漢詩です。正しい念仏の心を親鸞聖人がわずかな漢詩にまとめられて、自らの書物の中に書き納められました。

親鸞聖人がお亡くなりになりまして、およそ200年ほど時が過ぎて本願寺に蓮如上人というお方が出られました。従来本願寺では、僧侶は僧侶の勤めがありましたが、聞信徒の方にはこれといってお勤めをさせてもらう決まりが無かったようでありました。そこで蓮如上人が、僧侶も一般の方々も一緒にお勤めが出来てこそ親鸞聖人のお気持ちに叶うであろうと、『正信偈』を元の書物から抜き出して、浄土真宗の縁ある方々の共通のお勤めとして定められて以来、およそ500年以上、このお言葉が浄土真宗のお勤めの基本となりました。真宗の門徒の方々には大変馴染みの深いお言葉だと思います。

大阪高槻に、行信教校という、130年ほどの歴史のある、浄土真宗の特に西本願寺の僧侶を養成する学校があります。皆さん龍谷大学という学校名はご存知かと思います。龍谷大学は西本願寺のお坊さんたちが勉強する場所です。その龍谷大学は、明治の時は大教校と呼ばれていました。その後、学制の変化に従いまして、今は龍谷大学という名前で定まっています。
ちなみの話で恐縮ですが、「龍谷」という学校名は本願寺の山号から来ています。谷へんに龍という字があるそうです。その字を「おおたに」と読ませるそうです。その「おおたに」という字をへんとつくりに分けて「龍谷」としたそうです。
江戸時代の末から明治の初めにかけて、全国のお坊さんたちが京都で学べるという訳ではございませんでした。従いまして、各地の学者たちが私費を投じまして近隣の若い僧侶を育成しようという動きが出て参りました。そのときに成立したのが教行という学校制度でございました。多くの強行は短期大学になられたり高等学校になられたり、それぞれの専門的な学校に変容したのですが、行信教行だけは残ったのです。そして今でも畳の上に正座して勉強しています。

私は、その行信教行と申します学校で、浄土真宗の教えを若い方達に講義をしています。やはり『正信偈』は門徒といわれる方々が親しみ深く唱えておられる言葉ですから、若い方々にもよくよくその意味合いを講義しなければなりません。そういう時に、先ほど読みました「帰命無量寿如来 南無不可思議光」の二句を昔の先生方から「帰敬の頌(じゅ)」という言葉で教えるのですよ、と伝えられています。「帰敬式」という儀式がございます。一般に「おかみそり」と言われるものですが正式な名称は「帰敬式」と申します。その言葉の出処はこの「帰敬頌」に遡ることができます。

「帰」とは「帰る」ではなく「帰依する」ということです。この「帰依」という言葉が「拠り所」を意味しています。まだ漠然としていますので意味を確定しますと、拠り所とは、私たちが生活を営む上の判断の拠り所、という意味を持ちます。私たちは日常でも非常でも、様々な判断を迫られながら生きています。判断をするとき、何を判断の拠り所として是非を定めるか、それが問題になってきます。その判断の拠り所を確定することを「帰依する」という言葉で仏教では表してきました。
「敬」とは「尊い」「敬う」ということを意味しています。「尊敬」といいますね。
その「帰依」「尊敬(そんきょう)」から一字ずつ取りまして「帰敬」ということを表しているのです。

もう少し広く説明致しますと、この人生を歩む中で何を尊敬し、何を判断の拠り所となされるか、それを自らと仏様とにはっきりと告白する儀式のことを「帰敬式」と呼ぶ訳です。

先ほど「帰敬頌」と申しました。『正信偈』では「帰命無量寿如来 南無不可思議光」という言葉が用いられています。

「帰命」の「帰」は「帰依」でございます。そして「命」の方ですが、上に「生」を付けると「生命」となりますが、「令」の字を付けると「命令」になります。そうすると、「帰命」とは、「命に帰る」という意味ではなく、「命令に帰依する」という意味になります。仏様の命令、仏様の教えを拠り所にするというのが、帰命という言葉の意味でございます。

「南無」とは「南無阿弥陀仏」の「南無」です。元はインドの発音でございます。現在でも、インドの方々は人とお会いしますと合掌して「ナマステ」という挨拶をします。現在も生きて使われている言葉です。それが日本に伝わって「南無」という字で音だけ移したのです。意味は読みません。ローマ字とかひらがなと同じように使います。では、意味はというと「心から敬い拝む」ということです。だから「ナマステ」と手を合わせているのですね、インドの方達は。意味は「心から敬い尊敬し、頭を下げ礼拝する」ということでございます。

この二つを合わせると「帰依」と「尊敬」になります。その対象を「無量寿如来」「不可思議光如来」と親鸞聖人は述べておられるのです。『正信偈』では「不可思議光」で終わっていますが七字に合わせるためです。限りなき命の仏様、不可思議な、人間の常識を超絶した仏様を拠り所とし、私は人生をかけてこの方を尊敬しつつ生きて参ります、と仰っているのが「帰命無量寿如来 南無不可思議光」という、親鸞聖人の信仰の全体を告白された言葉なのです。信仰といいますか、宗教、もっと広い言葉で申しますと、ご自身の尊敬すべきもの、拠り所とすべきものを確定するということなのです。これが実は、信仰、宗教、信心といわれる事柄の内容でございます。

厳しいことを申させていただいてお気を悪くされるかもしれませんが、数珠を持っておればそのお人が仏様を本当に尊敬している人であるかは確かではありません。誰でも持ちますからね。本当に仏様を拝んでいるか、というと、そうでない場合も多いです。「拝んでいる」といっても、仏様を拠り所として生活をしているか、となりますと、極めて危ないのが現実でございます。

親鸞聖人に「あなたは何を敬い、何を尊敬されて90年の生涯を生き抜かれるのですか」もしくは「生き抜かれたのですか」とお尋ねをしたとき、「私は、無量寿と名乗り、不可思議光と名乗られた仏様を人生の拠り所とし、最も尊敬すべきお方としてこの生涯を生き抜きました」と仰せになっておられるのがあの『正信偈』の始まりの言葉なのです。

その言葉に心を合わせて、その言葉によって生きて行こうと勤める者を「浄土真宗の門徒」「親鸞聖人の門徒」と称するのでございます。そういうお言葉を皆様方は、日々お勤めの中で読ませていただいておられる訳でございます。その言葉の心を正しく受け止めておく必要があろうかと思います。

「無量寿如来」「不可思議光如来」。元のインドの言葉に戻しますと「南無阿弥陀仏」という言葉になりましょう。しかし、「無量寿如来」「不可思議光如来」「阿弥陀仏」と言われましても実感が難しいですね。私たちは「仏様」という言葉はよく使っております。しかし、仏様という言葉を馴染み深く使っているということと、仏様ということを感じ取れるということとは意味が違います。小さな子供から「仏様ってどんな方?」と尋ねられたら、それに対して答えられますか? 案外言えないですよね。これは皆さんの責任ではございません。話をする側の責任です。

では、仏様とはなにか。そして、どうして仏様を尊敬するのか。どうして仏様を拠り所にしなければならないのか。そういうことを少しお話申し上げておきたいと思います。

親鸞聖人が大切にされたお経の中に『観無量寿経』というお経がございます。「観」「無量寿」経ですから、無量寿如来のお謂れが説かれている、ということはご理解いただけると思います。その無量寿如来のお心とは。それがお経に説明されています。そこには
仏心とは大慈悲これなり
と書かれてあります。心とは、心臓のことではなく、感受性ということです。仏は物事をどのように感じ取られるのか、ということです。

皆さんも、感受性に従って好きとか嫌いとか、良いとか悪いとかを作っているんでしょ? 今日、年末の大切な時間に皆さんお参りになられました。これだけ大勢の方がお参りでございますと、私が提示するお話が、自分の感受性に合う方と合わない方がおられますね。「こういう話が聞きたかったな」と思われる方の心は私のことを「良い講師だ」と感受していらっしゃいます。ここに良い講師が立っているように錯覚していらっしゃいます。ところが私の話が気に食わない方は「嫌な講師が来た」と私を見ていらっしゃいます。それもその方の感受性が描き出した心の投影です。だから良い講師の天岸浄圓がいるわけでもなく、嫌な講師の天岸浄圓がいるわけでもないのです。では、私は一体何者なんですか? 皆さんの心が描き出している天岸浄圓は私の実態ではないのです。こういう様に、人の評価からものの味わいまで、すべて自分の感受性、感性を中心として物事を判断しているのです。仏教とはこういうことを教える宗教なのです。我々が、ここに居ていると思っているのは実は、心が描いているのであって実態ではない、と教えるのです。難しい言葉で「諸法無我」「諸行無常」と言います。もし私が、皆さんが好きな人となったら、どれだけ私が変わっても皆さんは私のことを好きな人と思い続けることが出来ますか? 今まで嫌いだと思っていても、皆さんの好きなものを持って行って良いことを言ったらいっぺんに評価が変わるでしょ? だから隣の方が聞いていらっしゃるお話と、今自分が聞いているお話は違うのです。

では、仏の心とは、仏の感性とは何か。仏様とは、仏の心、仏の感性で行動される方です。その時に、仏の心、仏の感性とは大慈悲である、と言われています。「慈」とは、人々の幸せを自らの幸せと感受しそのように行動する心です。人の幸せを自らの幸せと受け止める。そのような行動を起こすことを「慈」と言います。インドの言葉で「マイトリー(maitrī)」と言うのだそうです。それが中国語に「慈」と翻訳されました。そして、人の悲しみ、人の不幸を自らのこととして受け止め、その人の苦しみを抜き、悲しみを取り除き、痛みを共にする心と、それに従う行いのことを「悲」と翻訳されたのだそうです。だから人の不幸を見ることが自らの不幸であるような心と行動です。インドの言葉で「カルナー(karunā)」と言うそうです。人の幸せを自らの幸せとし、人の不幸を自らの不幸と感受する心とそれによる行動、これをあらゆる人々に分け隔てなく実現できることを大慈悲と呼んだのだそうです。これが仏様という方の本当のあり方だそうです。

一度、自分を振り返ってみてはどうでしょう。あまりピンときませんか?

浄土真宗ではこういうしきたりはしないところが多いのですが、2月になりますと節分という行事がありますね。あの行事の時、なぜか知りませんが豆まきというのをしますね。あのとき「福は内、鬼は外」と言いますね。そして関西ではすぐ「戸を閉めなさい」。せっかく外に出した鬼が入ってこない様に。

これの逆なんですね。

「福は内」とは「幸せは私の所へ」、「鬼は外」は「不幸は外へ」。これで良いように思いますけれど、「外」とは隣近所。隣が不幸になっても自分自分は知らん。そう言って豆をまいているのです。この感性を不幸というのです。この心を持っている人、この心を起こしている状態を何とも思わない人には、悲しいけれども幸せはめぐってきません。なぜか? 私は幸せになる者、隣は幸せであろうが不幸せであろうが私は関係ない人。しかし実際はそう簡単には行かないでしょ? 「私は幸せになるべき人」といっても、そう簡単になりますか? 隣は不幸せになっても構わん、といっても隣が調子よく行ったらどうなりますか? 私がなるべき幸せを、どうしてあの人が手にするのか、とそこには腹立ちと妬みと敗北感、劣等感が出てくるでしょ? そして自分が良くなって隣に悲しいことが起きたら、私の所でなくて良かったという優越感が出るんですね。その優越感と劣等感が、幸せというものを自らの中に作り上げることの出来ない原因となっているのです。

この「福は内、鬼は外」を逆転すると、仏様はどう仰っているかというと「人が幸せになって下さることを幸せといい、人が不幸せになることを自らの悲しみと受け止めて行く」。そしてそれを実現して行こうとする。それを仏様というのです。

しかし、皆さん仏法をお聞きになられる方だから「あー、良いなー。結構だなー」「尊いなー」と思って下さるかもしれませんが、ごく普通の方にこの話をしたら「今の時代に何ということを言うのか」と言われます。「勝つか負けるかのこの時代に人の幸せとか自分の不幸せとか、そんなこと思ってられん」というのが常識です。人間の作った常識の世界ではそういうことで世の中を生きようとするのです。

果たしてそれで良いのですか?ということです。なれ、とは言えません。自分もなれていないですから。しかし、お聞きくださった方々の中に、慈悲ということのあり様を聞き受けられて、そのあり方と自分の今のあり方、感じ方を比べてみた時に「仏様っていいな、尊いんだな、それに比べて私は恥ずかしいんだな、浅ましいんだな、だから本当の意味での豊かさ、幸せを感受できないんだな」と思われると思います。大仰なことは言えませんけれども、人が喜んでいらっしゃる時に一緒になって喜ぶ心を起こしてご覧なさい。気持ち良いですよね、思い上がりでなしに。共に喜ぶというのは良いですよー。あれはある程度努めねばイカンですな。「喜べるか!」ではなく「喜ばせてもらおう」と思ってご覧なさい。そうすると、喜べなかった時「恥ずかしいな」と思うのです。そういう心を私に起こさせて下さるのが仏様で、そのとき私が気づいた自分自身のことを仏教の用語では「凡夫」と言うのです。お説教でも講演でも「凡夫」という言葉はよく使われますが、凡夫というのは生まれた時から凡夫ではないのです。生まれた時は、自分を中心にものを考える、極めて傲慢な生き方をしている私たちです。そして自分が考えていることが一番正しいと思い込んでいる私たちです。だから、先ほども言ったようにごく一般には「こんな厳しい時代に人の幸せなんか考えていられるかい。人の不幸せなんていちいち受け止めることが出来るかい」ですが、これは今の時代だけではなく、いつの今も私たちはそうなのです。今に始まったことではなく、ずーっとそうなのです。そしてそれが正しい生き方だと錯覚しているのです。それで、それが錯覚ですよ、実はそれが虚しいんですよ、浅ましいんですよ、すぐにそれ(仏様の感受性)になりなさいとは言わないけれど、それを恥ずかしいことだと気づかせてもらいなさい、ということなのです。その、気づかせてもらった姿が、仏様に向かって手を合わせる姿だし、仏様を敬う姿だし、仏様を敬えば、私が敬われるような者ではなかったという自覚が凡夫という意識を起こさせるのです。こうした時に、その人の許に正しい拠り所、本当の意味で命恵まれた者として持つべき拠り所というものが初めて自覚される訳です。

そういうことが、今親鸞聖人が「無量寿如来に限りなき命を大悲して下さる。分け隔て無しに、人間の傲慢を超えて、あらゆる人たちを同じように受け止めて下さる。これは私たちにとってはまさに不可思議な世界。自分たちの意識の世界の中から絶対に感じ取れない、心開けない、人間の知性や理性やもしくは傲慢を完全に超えた彼方から響いてくる真実の世界。そういうものを拠り所として、仰ぎながら、努力しながら生きて行こう。そして、やがてその仏様を実現していただく(親鸞聖人の言葉で言えば「浄土に生まれる」)」と言われている事柄の意味です。ですから、その仏様にならせていただくことを人生の目標として生きて行く、そういう生き方を私たちに開いて下さったのが「帰命無量寿如来 南無不可思議光」「南無阿弥陀仏」と仰せになった生き方です。そこに、本当の意味の宗教、正しい拠り所を私に示して下さったと言えます。広い意味で宗教と申して良いと思います。もしくは信仰と申しても良いと思います。それを親鸞聖人は「お念仏を申す人生」と教えて下さったのです。

そんなことをお話申し上げたいと思いましてお時間を頂戴いたしました。

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この後、質疑応答がありましたが、長くなりますので次回に続きます。


(法話)生きることと、死ぬ彼方にも光を与えてくれるような言葉が「往生」です。 @八王子 大恩寺 2011.07.10

7/10、八王子の大恩寺へ聴聞に行ってきました。ご講師は天岸浄圓先生です。

以下、その時の内容。

大恩寺


 故法然上人は「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と候ひしこと確に承り候ひし上に、物も覚えぬあさましき人々の参りたるを御覧じては「往生必定すべし」とて笑ませたまひしを見まゐらせ候ひき、文沙汰してさがさしき人の参りたるをば「往生はいかがあらんずらん」と確かに承りき、今にいたるまで思ひあはせられ候ふなり。
初盆を迎え、亡くなられた方を偲ぶご縁に恵まれましてお話させていただきます。

「ご縁」というのは英語に翻訳しにくい言葉だそうです。「原因」という言葉は説明できても、「ご縁」は訳せないと聞きます。皆さんも「ご縁」を現代語訳できますか?「この度は不思議なご縁で」と言いますでしょ?「ご縁」という言葉は色々なところで使われますが、「一言二言では説明できないけど、色々なこと、条件が重なり合い、今の状態に至りました」ということでしょう。何か一つだけを原因として確定するのではなく、今日の日があるのは言葉で尽くすことの出来ない色々なつながりがあった、説明しきれませんがそのお陰でこういう出会いが出来た、という幅の広い、心が豊かでないと感じ取れない言葉です。

仏教というのは面白い宗教で、人間の持っている受け止め方のカラクリをハッキリさせるということがあります。話をしているのは私一人、しかも一つの話しか出来ません。しかし、これをお聞きくださる皆さんは、70人いたら70通りに聞かれるのです。皆同じ事を聞いているのですが、意識を通して聞いているのですから、「長いな~」と感じられる方もおられれば感じられない方もおられます。しかし、自分の感じ方しか分かりませんから、他人も「長いな~」と感じているのだろうな~と感じているのです。10人おれば10通りの聞き方をし、そして自分の聞き方が正しいと錯覚に陥るということを私たちはやっているのです。私の聞いている話と隣の人が聞いている話は同じ話なのですが、感想なると全く違うようになるのです。時として、私の言ったことのないことまで「確かにそう聞いた」と言われる方もあります(笑)。

今お話のことを言いましたが、見ているものも書いているものも、味わっているものも、さわっているものも、受け止めているもの全体が、そういうかたちの中で私たちはで見たり聞いたり、香りを嗅ぎ、味わい、接し、意識をして生活しているのです。

だから、いっぺんに物事が変わることがあります。例えば「この人は好きだ」という人がいるとします。なぜかというとこの人は私に優しいから。私にとって良い人だから。ところが、何かの機会でその人が私の胸にグサッとくることを言って私が聞いてしまった。その方が本当に良い方であるとすれば、私がその言葉を聞いたとしてもこの方は良い方のはずです。ところが、聞いた途端に嫌いになってしまいますね。では、それまで好きだった人はどこに行ってしまったのでしょう。そしてまた「ごめんね、言いすぎました。許してね」と言われたら、また好きになる。

このように、私が感じたものが、感じたままに、そこにいるように私たちは錯覚するのです。

仏教は、物の受け止め方を極めて大切にする教えです。

私にとって都合の良い人は良い人、私にとって都合の悪いは悪い人。その人が良い人か悪い人かを判断するのは私です。そして、意識の中では私は正しく判断する者、出来る者、となっています。

そのことを、お経の言葉でお話したいと思います。

最初に讃題を言いましたが、それは親鸞聖人の書かれたお手紙の中の一節です。
 故法然上人は「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と候ひしこと確に承り候ひし上に、物も覚えぬあさましき人々の参りたるを御覧じては「往生必定すべし」とて笑ませたまひしを見まゐらせ候ひき、文沙汰してさがさしき人の参りたるをば「往生はいかがあらんずらん」と確かに承りき、今にいたるまで思ひあはせられ候ふなり。
難しいですね。これは、言葉遣いが難しいというのもありますが、仏教というのは本来常識に合わないようなことを言われているので、その意味でも分かりにくくなっています。

先ほどお勤めされたときに、「法名・釈○○、俗名・○○」と聞かれたと思います。「釈」とは、お釈迦様の教えを聞く、お釈迦様の一族になりました、ということです。いうなれば苗字のようなものです。お釈迦様一族。血のつながりではなく教えのつながりで。だから法名は本来、亡くなられた方だけに付けるのではなく、生きておられる方にもお付けします。
「おかみそり」。毎日、京都の本願寺ではおかみそりという仏事が行われているのですが、「南無帰依仏 南無帰依法 南無帰依僧」といってカミソリをあてられます。「私は仏さまを拠りどころとしてこの人生を生きます。私は仏の教えを拠りどころとして物事の判断をしてゆこうと努めます。私は信者の一人として教えに泥を塗らないように責任感を持ってこの一生を生きてゆきます」というお約束の言葉が「南無帰依仏 南無帰依法 南無帰依僧」です。
ここには「私を拠りどころにします」という言葉がありません。今まで自分を拠りどころにしていた生活と決別します、という意味でカミソリが当たるのです。お坊さんになる真似事としてしているのではありません。もちろん、「私はそういう生き方をしている者です」ということをハッキリさせるためにお坊さんは頭を剃るのですが。そして特別な袈裟を着ます。
袈裟には筋が入っています。それは、小さな使わなくなった生地をパッチワークして縫われているからです。だから一銭も使われません。本来袈裟はお金のかからないものです。きらびやかなイメージをもたれているかもしれませんが、袈裟は本来そういうものです。雑巾の大きいバージョンだと思われたら良いです。
この袈裟を着ることによって、「私は仏と、教えと、信者としての責任を持って生きてゆきます」ということを人々に、姿の上でアピールしているのです。それが、お坊さんの頭を剃った姿なのです。私たちは頭を剃る必要はありませんが、このことを心に思い定めるために、カミソリが当たるのです。

そして私を中心にした考え方、、、先ほど話しました判断力、それが自分中心であるということをしっかり理解するのです。自分中心とした判断力を止めなさい、といっているのではありません。止めたら大変なことです。理解している、ということです。それぞれがそれぞれの経験で、自分を中心に、自分の経験を基にして判断してゆくのは極めて誤りが多くあることを自覚するということです。そして、正しい物事の判断の拠りどころは仏さまとその教えである、と努力する人を仏教徒といいまして、お釈迦様の一族ですから「釈」という法名が付けられるのです。

俗名とは、単に生きていたときの名前というのではありません。戸籍上の名前ということです。生きているときの名前が俗名で、死んだ後の名前が法名、というのでではありません。死んだ後でも、個・○○さん、と言うじゃないですか。俗名は法律上の名前なのです。法名は生きても死んでも法名、俗名は生きても死んでも俗名です。




そしてもう一つ。「○月○日に往生されました」というご案内がありましたね。皆さん、往生という意味、分かっておられますか?関西ではよく使います。「立ち往生」とか「えらい往生したんや。かなわんかったで」と。大木こだま・ひびきという漫才芸人は「こんなん連れて漫才してます。往生しまっせ」と言って漫才していました。

今は死んだときや困ったときに「往生した」と使われますが、往生とは「生まれて往く」です。

そう受け止められますか?なんで?
亡くなられたんでしょ?なのになんで「生まれて往く」と言われるのですか?
亡くなられた方を「生まれて往く」と思えますか?


思えないのです。
生まれてきたら、おしまいは死ぬのです。だから「亡くなった」と聞いたら、「えええ!亡くなったんですか!?」とびっくりはしますが「あぁ、そうだったんですか。生まれてきたんですから、いずれはそうですよね」と受け入れますね。
もし「生まれさせていただきました」と訃報の連絡したらどうなりますか?「えええ!?生まれた?」とびっくりされます。

この「往生」という言葉は重要な意味を持っているのです。ただし、私たちの日常の意識では理解できない、納得できないことだと思います。

だから親鸞さまはこう言われるのです。「私は若い頃、先生である法然上人からこんなことを聞いたことがあります。浄土ということを『はぁ~そういう風に聞くべきなんだな』と理解しようとするなら、謎を解こうとするなら、愚者になりて往生するということを聞きました。それと、難しい言葉は何も理解できないけれども素直に念仏する人を見て法然さまは、『あの方達、間違いなく仏様のところへ生まれて往きますよ』とニコッと微笑んでいらっしゃいました。また逆に、色々なことを知っていて、勉強も出来て、難しいことを言う人がやってきたら、陰の方で『あれ、大丈夫かね』と心配そうに見てらっしゃいました。50年経った今もまた、昨日のことのように思い出されます。」先ほど読んだ文章はこういうことです。

「愚者になりなさい」というと、失礼なことを言ったように思われるかもしれませんが、法然上人が言われたことです。大事なことです。愚者とは、通知表の点が悪いことではありません。漢字を知らない、英語を知らないことではありません。

愚者の反対は賢者。

賢者と愚者の違いは、判断力が正しいか正しくないか、です。「愚者になりて」とは、自分の判断力が正しいと錯覚してはダメですよ、ということです。初めに、「皆さんの判断力は皆さんの経験によってご自分だけが考えている判断力ですよ」と言いました。私の判断力で何でも分かろうとする思いは、ある意味では傲慢というのです。思い上がりというのです。

なぜ仏さまに手を合わせるのですか。単純に考えて、私よりも仏さまの方が立派だからです。そうじゃないですか?「仏さまとは何か」という話は別の機会に譲るとして、少なくとも常識として、世間一般的な考え方としても、仏さまの法が私よりも思いがけなく尊く立派で素晴らしい方であるから、手を合わせるんでしょ?

私たちが「亡くなられた」ということを、仏さまは「生まれて往く」と仰いました。起こっていることは同じです。要するに、呼吸が止まって心臓活動が止まって、脳の活動が停止してしまった。それを私たちは「死んだ」、仏さまは「生まれて往く」と言っている。私たちは「生まれたら死ぬ」と思っています。
これは人間がつけた名前(言葉)なのです。人間の常識からすれば「生まれたら死ぬ」といったら驚きはするけど驚かない。しかし仏さまの常識からしたら「生まれた者は生まれて往く」のです。

何処へ?
浄土へです。仏となって。

そう言うと常識に合いませんから、大阪弁で言うと「生まれたらが生まれて往く?そんなアホなことがあってたまるかい?」というのがだいたいの受け止め方です。それは何故かというと、「生まれ者は死ぬ」というのが私の正しい判断ですから。だから私は賢い方になっているのです。

そして「生まれたら生まれて往く」という私の判断力に合わないことを言う仏さまは愚かな者。「誰や?そんなアホなこというてるのは?」

この判断のひっくり返り。仏さまに手を合わせている者が、仏さまに「馬鹿なことを」とは言えません。そうなると、私の考えていることが正しくないことであって、仏さまが言われることが実は正しいことである、と聞くことができるような心の転換を親鸞という人は私たちに語りかけているのです。

皆さんがお別れになったと称している方は、仏さまからは、生まれて往かれた方なのです。だからお寺では「往生なさった」と言うのです。

そして「生まれて往く」ということは新たな誕生。仕事があるんですよ。その覚悟で生きていきなはれ。『正信偈』には、まさに往生すべき方が往生されたらどうなるか、書かれてあります。
遊煩悩林現神通 入生死園示応化
これがお仕事です。林のように多くの人々が、それぞれに煩いを持ち、それぞれに悩みを抱えて生きています。その林のような悩みや煩いや痛みの中に遊び入る。これから皆さん、遊ぶんですよ。遊びの特権は子供。子供はおもちゃを沢山出して遊びます。ところが大人になると遊べなくなります。大人になると「片付けて欲しいものだけ出して遊びなさい」と訳分からんこと言いますね。それは遊びではありません。遊びはい~っぱい並んでいる中で遊べるのです。そして朝から晩まで遊んでも疲れません。子供は「疲れた」と言いません。「疲れた」と言ったらもう子供じゃないです。遊びは疲れません。効率をいわないから。これだけのことをしたらこれだけもらえるな、と考え出したら仕事になります。そして疲れるのです。
疲れを知らない子供のように、人々の悲しみや悩みや煩いや痛みの中に入って、煩いを取り除き、悩みを共にし、悲しみを共にし、その人々を本当の幸せに導いてゆくように、不思議な力を持って、その方々と共に生き、その人を支え、その人を守ってゆくように、あらゆる人の上に生きて往くことを往生と呼ぶのだそうです。

これが、私たちが「死んだ」と言っていることの実態です。「死んだ」なんて言うから先が無いのです。「死」という言葉はそういうことです。そこから先はもう無い、と。だから最近のお年寄りは遊ぶことばかり考えているのです。「今のうちに行っとかなきゃ」「今のうちにやっとかなきゃ」。先がないと思っているからです。大丈夫。これから先、いやと言うほど遊べますから。なぜならお金に換算しないから。言い換えれば礼を言われない。遊んで礼は言われないでしょ。

自分の意識であらゆる人々の幸せを実現できるように、命一杯、無限に生き続けて往くことを「仏さまとなって往生する」というのです。そうなったら、死ぬことはつまらんことではなくなってきます。悲しいことであり、辛いことではあります。別れが。しかし、死に別れることが単につまらんことでもなければ、単に悲しいことでもなくなります。やがて私を導き、あらゆる人々を支えてくださる。そういう方を仏さまというのです。皆さんはまだ違いますよ、自分の幸せしか考えていませんから。その、自分の幸せしか考えられないことが恥ずかしいこととなって、あらゆる人の幸せを実現してゆくことを自らの幸せとするような転換期。それが往生という言葉なのです。

今日お帰りになられ、お位牌をお仏壇にお納めになられるかと思いますが、改めて「往生なさいましたね」と仰ってください。「私だけでなしに、あらゆる人々の痛み、悲しみを支えるようなお方におなりになられましたね」と申し上げて差し上げてください。そうすると「おー、よう分かってくれたな」と声が心に返ってくるかもしれませんよ。

単に悲しみだけでなく、単に辛いだけではない。生きることと、死ぬ彼方にも光を与えてくれるような言葉が「往生」です。それは、私の考え方だけにこだわらず、仏さまの言葉に素直に耳を傾けて、仏さまの言葉を真実と受け入れると、そういう心の地平が初めて開かれるのですよ、と親鸞聖人は私たちに言い残していらっしゃるのです。





西原祐治 / 脱常識のすすめ (2)

一つ前の投稿の続きです。
 人は欲望に励まされて生きているのですからお金に対する執着は当然です。しかしこの欲望には節度が必要です。欲望に節度の調和をもたらしてくれるのが文化であり、その究極が宗教です。おおかたの宗教は「感謝」と「懺悔」を大切にします。私たちの国では「ありがとう」と「恥ずかしい」という言葉で相続してきました。ところが現代はこの「恥ずかしい」という思いや感情が希薄です。
 がん患者のHさんから「安心して病気がしたい」と何度か聞いたことがあります。「かわいそうに」「お気の毒に」といった自分を取り巻く環境が、自分を憂うつにしたといいます。
 病気を患っても自分は自分だし、今という時は、二度繰り返すことはない。そんな自分が他人と比較され、劣った人であるかのように見られることがたまらなかったのでしょう。
 物や人に点数を付けない。すべての存在は、宇宙で唯一のものであり、永遠に繰り返すことはない。そういう視点を持って、日常生活を送りたいものです。
老人、病人、障害者、挫折したひとなど、評価ではなく、その人をありのままに受け入れる価値観が希薄です。
(中略)
 その救済活動は、救済活動の対象者を「他者に代わって時代の苦悩を背負っている文殊菩薩の化身」であるという人間理解から展開されたと聞きます。救済する者ももされる者も互いを尊重い合う。共に一つの豊かな理想に向かって歩むという営みです。
 人は失ったとき初めて本当のことが見えてきます。別れは、新しいものとの出合いの時でもあるのです。
 「葬式仏教」といわれ久しい時が経ちます。この言葉は、葬式という儀式にだけ終始している僧侶への批判から生まれた言葉でしょう。
 だからといって、私は、仏教者がもっと死より生に関わるべきだとは思いません。逆に、もっと死に関わるべきだと思っています。死の宣告を受けた人への関わり。死別の悲しみへの対応。自殺や死に関する相談や学習。お葬式も、別れの儀式の会場として、老病死を見つめる場として、仏様との出遭いの場として、まだまだ工夫の余地があります。
 人はめったにない恵みに出合った時、幸せを感じます。逆に、自分がめったにないほどの逆境にある時、ごく当たり前のことに感動します。めったにないことを追い求めるか、当たり前のことに感動できる自分を求めるか。日本は、めったにない新しいことばかりを追い求め過ぎてきたようです。
(中略)
本当のものは、追い求めるものではなく、静かに合掌する中に見えてくるものなのでしょう。
老人を大切にする。それは私の心を大切にすることです。優しさや慈しみは、弱い存在によって呼び起こされます。弱い、壊れそうな、小さな存在によって、優しさやいたわりの心が生まれていきます。また人に優しい社会も、社会的な弱者によって形作られていくのです。
 老人には痴呆症の人もいます。痴呆は決して不幸なことではありません。本当の不幸は、痴呆者を受け入れることのできない社会であり、人の心なのです。
 そして大切なことは、慈しみの心は、他人ばかりでなく、ありのままの自分を受け入れていく心なのです。老人によって慈しみの心が育てられ、その慈しみによって自分が救われていく。
 お年寄りを愛すること。それは私を愛することなのです。社会的な弱者は弱者のままで、大切な役割を持っているのです。
大切なものとは、「おかげさまで」という自分以外のものに対する感謝の心であり、自分を主張しないことに美徳を感じる精神風土です。
 自己主張をしないことに美徳を感じる。この日本的な強要は、決して消極的な生き方ではありません。むしろ万物の中に自分を見いだし、自分の中に万物を感じていくダイナミックな生き方です。
 死別という人生の岐路に遭遇し、生活は一変します。しかし生き方も一変する人は案外少ないようです。
 Aさんは生き方が変わったお一人です。六歳の愛児との死別。両親の目前での交通事故。
(中略)
 生き方が変わり、人生観が一変したといいます。ある日、「あの子は、何が大切かを教えに来てくれた仏様かもしれません」と言われました。その死を無駄にしない。それが亡き人への最高の思いやりです。
 私がこの世から息が切れる。その最後の一息まで、ご一緒してくださっている仏様。その仏様を実感し味わっていける人は最高の友を得た人だとお経にあります。
 相手の痛みを自分の痛みとして感じる。そうした感性は、仲間意識や同胞感の上に成立します。
(中略)
 仏教は個人のものです。しかし個人の利益を越えた、宇宙的な広がりのある意識を問題としています。我他彼此という閉ざされた枠組みを越えて、相手の痛みを自分の痛みとして感じる。これが仏さまの境地です。仏さまを大切にするとは、宇宙的に広がる仲間意識を大切にすることでもあるからです。
仏の愛は、自分と他人との区別を持ちません。求め合う必要がないのです。常に私の闇を照らす光として、私とともに歩み続けてくださいます。
 毎月、築地本願寺を会場として「がん患者・家族語らいの集い」を開催しています。この集いは、病気を治すこと、病気に打ち勝つことを目的とした集いではありません。治ること、打ち勝つことを目的とした会ばかりなら、死に直面し、死を死を受容した人の行く場がありません。病人や死は命の姿です。その命の姿を偽ることなく見つめ、その中で安らぎ、語らい、出会っていこうとする集いです。
 仏教では迷いの根本が分別にあると説きます。「分」も「別」もわけるということです。比較対照して優劣をつける思考パターンのことです。
子どもの純粋さは経験というフィルターを通さないことから来る新鮮さなのでしょう。「いのち毎日あたらしい」。当たり前のことですが、大切なことです。




Filed under: ★仏教  タグ: , , , , , , , , , , ,   charlie432 13:03  Comments (0)
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