【法話】極楽とは場所の移動先の話ではないのです 2011.11.03 柏市西方寺

2011年11月3日、千葉県柏市の西方寺へ報恩講に行きました。

2011.11.03 西方寺

以下、その時の記録です。講師は山口県の藤岡道夫先生です。

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平成14年6月14日、前のご門主がご成仏なされ、そのご葬儀が7月18日に行われ、その日の『正信偈』葬儀のご和讃がこの三首でした。

  • 如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
    師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし
  • 無始流転の苦をすてて 無上涅槃を期すること
    如来二種の廻向の 恩徳まことに謝しがたし
  • 南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて
    往相回向の利益には 還相回向に回入せり


これは蓮如様以来の宗門の伝統です。

皆さん、『恩徳讃』をお歌いになられるでしょ? 歌わん人は、、、

お説教というのは、今までしばしば聞いてきた人、レギュラーも、レギュラーでないゲストメンバーも、知ったふりして聞いたら都合が良いんです(笑)。疑問符を付けながら聞かれるよりは、分かったふりして聞いてもらった方が話がしやすいです(笑)。どうぞ一つ、お付き合い下さい(笑)。

浄土真宗のご門主のご葬儀、ないしは、ご門主に近いご縁の方については、このご和讃三首という伝統がございます。500年を超える歴史があります。

この3つを伝えられたというのはどういうことかというと、如来の恩徳を明らかにされたということです。

如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし
『恩徳讃』


それでは、恩徳というのは何がご恩徳なのか? 何が功徳なのか? 功徳とは利益、恵みこのことです。「如来大悲の恩徳」とどれだけ皆が声をそろえて斉唱しましょうとも、功徳は何ぞというのがおさえられていないのが『恩徳讃』です。

でしょ? そういう時は、首を振るんです(笑)。分からん人も首振っとりゃええんです(笑)。

如来大悲の恩徳を何万遍繰り返し歌いましょうと、ご恩なるものが見えないのが『恩徳讃』です。ところが、御開山様は、そんなぬかりごとをなさるお方ではないので、きちんと353首のご和讃の中に、『恩徳讃』を別途に二首お作りになっておられます。

それが、今の
無始流転の苦をすてて 無上涅槃を期すること
如来二種の廻向の 恩徳まことに謝しがたし

南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて
往相回向の利益には 還相回向に回入せり

です。

この二首が、如来大悲の恩徳を具体的に親鸞聖人がおさえてかざされた事柄です。

眠くなりました方はどうぞ、ご遠慮はいりません。ただ、隣をお誘いになりません程度によろしくお願いします(笑)。お説教は、教育ではないのです。阿弥陀様のお慈悲は、あなた方を教育して、能力、才能、性格、性質、人間性、どういうものを仕立てていって、ある程度向上したら救うという方法はとられません。命に着目されたのです。問題は命なんです。その命を根こそぎ成仏の命にするというのが阿弥陀様のお誓い。そのことを今日は少し申し上げて帰ろうと思います。

私は今、一言だけ「成仏」と申しました。ところが蓮如様にかかると全部「往生」と浄土真宗の義を述べる癖があります。これはちょっと問題です。

親鸞聖人がご自身で書かれた『教行信証』の、ご自身が述べられた文章部分ではほとんど「涅槃」と言われています。さとりのことです。成仏のことです。一回だけ「滅度」と、私たちが通常読みますお経さまに出てくるおさとりのお言葉を使われている所がありますが、親鸞様は「涅槃」という言葉を親しまれ、十数回本典に使われています。例えば
大小の聖人・重軽の悪人、みな同じく斉しく選択の大宝海に帰して念仏成仏すべし。
『教行信証』(行巻)
と「往生すべし」とは仰っていられません。親鸞聖人は「成仏」です。
しかれば、大悲の願船に乗じて光明の広海に浮かびぬれば(乃至)すみやかに無量光明土に到りて大般涅槃を証す、普賢の徳に遵ふなり
『教行信証』(行巻)
ここに「大般涅槃」と仰っています。「普賢の徳に遵ふ」とは、迷いのいのち救済活動に入って行くということです。極楽に往っただけでは救済活動どころではなく、場所を変えただけの話です。

法然さま流儀で、浄土宗風に「往生」「往生」と言いますと、涅槃、さとりに触れられていないのです。娑婆の迷いの世界から極楽という環境設備の整った所に移るというだけの意味しかない、如き感があります。

比叡山も高野山も「極楽往生」と言うのです。言うのですが、親鸞聖人とは根本的に違います。何なのかというと場所移動の話なのです。

私は山口県岩国市の者です。岩国の次のインターが私ので入りするインターです。そのインターを出ようとすると、そのインターに入って行くバスと出会いました。何気なく見たら、バスの中に大きな男が一人二人ではない。若者です。何事かと思ってふっと横を見ましたら「広島東洋カープ」と」書いてあります。すぐ近くに、広島東洋カープの2軍の練習場があるのです。宮島近くに宿舎がありまして、そこから私の町はずれの練習場に行って帰るところでした。皆背が高かった。そりゃそうだろうな、と思いました。1軍選手ではない。しかし2軍の練習場に行くと、能力を向上させるに足るだけの設備がそこには投じてあります。だから日々2軍選手は練習しています。あなた方を連れて行ってもものにはなりません(笑)。2軍選手と抜擢されたメンバーだから間に合うのです。

今、何の話をしているかというと、極楽往生の話です。設備の整っている所に行けば、仏様のさとりに到達できるだけの仏道修行ができようから、「極楽に往く」という往生思想が日本国中に満ちたのです。問題はそこです。娑婆ではさとりに到達できない。しかし『阿弥陀経』に「無有衆苦」とありますように極楽は苦がない世界だから。日本の国に往生思想が蔓延した。親鸞聖人のお師匠様の法然上人まで「念仏往生」「念仏往生」と、本願も「往生の願」として受け入れられまして、生涯、念仏往生の願と言い続けられました。

ところが、往きさえすれば良いという話ではないのです。極楽に往けば仏道修行が本格に出来るぞ、という意味で「往生」と言う人等と紛らわしいです。それらと根本的に違います。親鸞聖人は一貫して、一代、『教行信証』の中に通されたのは「成仏」「涅槃」。涅槃、滅度イコール成仏です。ここは大事なことだから話をしておきます。

ご開山様のお言葉の中に「往生」と無いことはないです。しかしそれは、七祖とりわけ道綽・善導・源信・源空さまのお書物をご引用なされたものです。親鸞聖人はふっ切れております。親鸞聖人は成仏法を生きられた。私どもはそのことをしっかりと受けて、そのことを喜ぶ。「往生治定」ではない。『聖人一流章』にあるから困ったなと思いながら日頃読んでいますが、それは蓮如さま、一般向けの文章です。浄土真宗の御法の筋目として言えば、浄土真宗は念仏成仏法です。

本典信巻には
大信心はすなわちこれ(乃至)世間難信の捷径は、証大涅槃の真因
捷径とは早道のことです。
涅槃の真因は唯信心を以てす
成仏の種になる真実のものがらは、ただ信心だということです。
真の仏弟子というは、釈迦・諸仏の弟子なり(乃至)必ず大涅槃を超証すべきが故に、真の仏弟子という
私どもは、紛れもない仏弟子。「私ども」とは坊さんのことではないですよ。ここに居合わせておられることごとくの生命体が真の仏弟子だとご開山様は仰るのです。
念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆえに、臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。
一念とは信念のことではなく時間のことです。極限にまで縮めた時間の話です。間隔を挟まない時剋です。命終わって瞬時にして成仏し遂げる、これが念仏成仏ということです。

はい、もう分からんでも首振っておいて下さい(笑)。

「往生」が間違っている訳ではないです。間違っている訳ではないですが、ご開山様から言わせると、何所に往くかというと、涅槃。阿弥陀様のおさとりと同質のおさとりに往き着くのです。往き着いて還ったところが極楽です。駅前のロータリーのようなものです。タクシーがいて、お客が来ないか待っている。そして客があれば八方へ散って行きます。私は大涅槃の阿弥陀様と同質量のさとりの如来、仏となりきったら智慧と慈悲の生命体になります。慈悲というのは、案じられてならない、命のために行動せざるを得ない性質のものです。そうするとどうなるかというと、極楽で駅前ロータリー風に待機して、そして自由自在に十方世界ことごとくの生命体に出て行って、迷いの命にタッチして行く慈悲行動を起こすのです。それが、おさとりから極楽ということ。極楽とは場所の移動先の話ではないのです。ときどき布教師が「極楽から娑婆に還ってくるのを"還相回向"」と言いますが、還ってくるのは涅槃から還ってくることです。これが親鸞聖人の浄土真宗です。

そこで。

親鸞聖人はたくさんのお書物をお書きになられました。その中に『入出二門偈』というのがあります。天親さま、曇鸞さま、道綽さま、善導さま、この4人のお方の手柄ごとを『入出二門偈』という偈にしておられます。『正信偈』より少し長いもの、80過ぎてのお書物です。その最後に、善導大師さまのお手柄を述べられて
煩悩を具足せる凡夫人、仏の願力によって摂取を獲る、この人は凡数の摂に非ず、是れ人中の分陀利華なり
と親鸞聖人は仰っています。
「煩悩を具足せる凡夫人」私どもは煩悩で構成されている生命体だ、という意味です。煩悩とは貪欲(欲望)、瞋恚(怒り)、愚痴(愚かさ)です。愚かさとは、何所から来たかという命の由来を知らない愚かさ、死んでこの命が何所へ往くか知らない愚かさです。これを「末代無知」と言います。『大無量寿経』というお経の中の言葉です。家計簿の中身をどれだけ知っておろうとて、なんぼ亭主の操作法を心得ていようとて、我が命の由来と命の行方を知らないということを仏法で「智慧が無い」というのです。智慧が無いというのは、やりくりという話ではありません。私の生命存在が見えていないということを、愚かであり無知であるというのが仏教です。
「仏の願力によって摂取を獲る」とは、阿弥陀様の智慧と慈悲の願いをもってあなたの命は成仏治定という生命体になりました、ということです。
その状態を「凡数の摂に非ず」。凡夫というメンバーに収まるものではない、念仏行者、信心の行者、本願の行者、成仏治定の命、その者はすでに凡夫のメンバーから離脱しておりますぞ、と親鸞聖人は述べられたのです。善導さまの言い方とは違います。善導さまは「極楽に往った者は凡夫ではない」と仰っていますが、親鸞聖人は「現在ただいま念仏成仏の命になった私は、もはや凡夫と呼ばれるメンバーから離脱した生命体ですぞ」というお言葉がこれです。これを喜ぶのです。よかったな、というのはそれをいうのです。


ちょっと長くなりましたので、ここで休憩します。


2011.11.03


こちらに続きます。

【法話】慈悲ある側が変わるのです。慈悲は片道です。望まれて、請求されて、行動を起こすのではありません 2011.11.03 柏市西方寺


JUDAS PRIEST / Live at Budokan 2012.02.17

待ちに待った、JUDAS PRIEST最後のツアーにおける武道館の日。そんな大切な日に、よりによって家にiPhoneを置き忘れてしまったので入り口で写真を撮れませんでしたが、終わってみれば、残念な失敗を忘れさせる最高のライヴでした!

17:00頃から職場でそわそわし始め、18:15に仕事を終わらせて四谷駅から向かうは飯田橋駅へ。iPhoneがないので時刻が分からず、駅から武道館までの徒歩は不安で一杯でしたが、九段下駅の出口あたりから群衆と合流できたのでとりあえず安心し、席に着いたのは開始10分前の18:50頃でした。

先行抽選で当たったチケットは、席が南西(ステージ下手側)2階席の真ん中くらいでした。隣にいたおじさんも「俺も先行で取ったんだけどね~」と苦笑い。

来る途中に雪が降り始める寒い日でしたが、中は熱気と、早歩きで来たこともあって、むしろ暑いほどでした。そこで早速、コートとスーツを脱ぎ、ネクタイを外しワイシャツも脱いで、あらかじめ中に着ていた「EPITAPH」のTシャツだけの正装に。

そうこうしている間にBGMが急に大きくなりBLACK SABBATHの「War Pigs」が始まりました。場内の照明が落ち、開幕を待ちます。この流れは昨年ロンドンで観た時と同じですが、向こうでは全員歌詞を覚えて歌っていたのに対し、さすがに日本では手拍子。室内なのでリヴァーブ効果でロンドンに劣らぬ盛り上がり! みんな興奮しているのか、オジーのヴォーカルよりも手拍子のテンポが走り気味でした。

外で写真を撮れなかった悔しまぎれに、昔撮った何とかを貼付けます↓

http://www.youtube.com/watch?v=Gb_561tR6Lk

2階席、距離があるとはいえ、会場全体が見渡せる所からの眺めは壮観でした。音も聴きやすく、オーディエンスの盛り上がりが良く分かって、なかなか素敵な席だったと思います。自分一人で楽しむというよりは、多くの人と共に喜びを分かち合える感覚に感動しました。サビの部分で皆が同じように拳を上げている客席を見るのもまた楽しみの一つ。これはまさに「美しい」という表現がぴったりの光景です。それはまた、フロア全体が生物の一つの細胞のようにも見えました。まあ、実際に生き物の集合ではありますけど。

ステージでは曲が終わる度にドラムのスコットを残してメンバーが手を振って舞台袖に戻るので、いかにもフェアウェル・ライヴという実感がします。KKがいないのは残念ですが、サポートのリッチー・フォークナーが盛り上げ役となって実に良い仕事をしていました。

イアンのベースはいつもながら渋くてかっこいいです。今回も客席から「イア~ン!」コールを聞きました。グレンはギターソロの時に飛び跳ねたり、遠目からは女子高生がカメラに向かってピースをしているように見えるポーズをしたり、はたまた、終了後は下に降りて最前列のお客さんと握手をしたり。前のおっちゃんがしきりと「いいなぁ!うらやましい!俺も前に行きてぇぇ!」を連呼していました。

そして目が離せないのがロブ。よく「声が出なくなった」と言う人がいますが、それは確かに若い頃のような超絶ハイトーンが出なくなっただけのことで、普通に高音域を圧倒的な歌唱力で歌っていました。1オクターヴ下げがあったり、さすがに「Painkiller」では辛そうではありましたが、痛々しいことはなく、スポーツ観戦のように応援したい心境でした。というより、堂々とした貫禄ある動きはまさしくメタル・ゴッドの化身です!

開口一番のMCが「Hello!! Heavy Metal maniacs in Japan!! Welcome to the Judas Priest’s style of Heavy Metal!!(だったかな?)」日本のメタル馬鹿たちよ!我らこそがヘヴィ・メタルの歴史を築き上げたJUDAS PRIESTだ!という自負が感じられ、我々は「ははぁ~(Oh yeah!)」とひれ伏す(メロイック・サイン lml)よりありません。

前回の武道館、昨年ロンドンのHigh Voltage Festivalに続いて今回が3回目。観る度に凄みを増していたと思います。だからこれで最後というのは勿体なくもあり、また、お疲れさまでした、と言いたい気持ちになります。

そんな思いで、客席からは、楽しむというよりも全身でリスペクトの気持ちを最大限に表現してきました。2階席は段差が大きいので、目の前に背の高い人がいても問題なく、また自分も後ろを気にせず両手を高々と上げることができます。そして、枯れるほどに声を出し切ってきました。歌詞を覚えていないところもなんとなく誤魔化しつつ。ギターのリフでもみんな「ウォーウォーウォーウォ、ウォーウォーウォ、ウォーウォー」と合わせるのでプリーストライヴは歌いどころが多いです。

基本的な流れはロンドンの時と全く同じでしたが、武道館では中央にスクリーンがあります。あ、ロンドンにもありましたが、向こうでは中央かなり前方に行けたので脇のスクリーンは見ていませんでした。多くの曲で、始まる前に収録アルバムのジャケットが映し出されるので、その度ごとに大きな歓声が起きました。前日に、直前の広島のセットリストを見て「ロンドンと同じだな」と分かってしまっていたのですが、それでも次の曲を認識した瞬間というのは「うおぉ、キター!」と嬉しいものです。

ロンドンの時に比べ、ロブの曲説明は親切な感じがしました。平易な英語で「次の曲は『British Steel』アルバムに収録されている曲だ!この頃はNWOBHMもあってヘヴィメタルにとって素晴らしい時代だった。私の最も気に入っているアルバムだし、皆もそうだろう? Breaking The Law!!!」といった感じ。ロンドンでも同じようなことを言っていました↓。


http://www.youtube.com/watch?v=LO9c9tccPeA

1曲1曲終わる度に、演歌歌手のように深々と頭を下げるロブの姿に涙腺が緩くなった人は自分だけではないはず。

後半はお約束の儀式でさよならの式典が進みます。
「Hell Bent For Leather」ではハーレーに乗って登場、「You’ve Got Another Thing Comin’」前では日の丸を肩にかけた(風呂上がり風)ロブによる「Woooow woooow wooooo yeah!!」。

「You’ve Got Another Thing Comin’」でのリッチーの長めのソロは、40年の歴史の重みを若手ギタリストが引き継ぐ意思表示のようにも思えました。

ロブは1stアルバムの『Rocka Rolla』の説明で「イチバン」と言っていましたが、この曲の最後でも「アリガトウゴザーイ! アリガトウゴザーイ!」と日本語を言っていました。

そして終了。

、、、かと思いきや、ドラムのスコットがマイクを手に取り「日本のみんな、ありがとう!日本はいつもJUDAS PRIESTに良くしてくれた。本当にありがとう!そこでなんだが、、、もう1曲、聴いてくれるかな?」

と、「Living After Midnight」。バックには「UNITED」と書かれた新たな幕が降り、場内は最高の盛り上がりです。

(2011.07.23 ロンドンにて↓)

http://www.youtube.com/watch?v=WlzPSI1ewTA


実はこの流れ、あらかじめ分かっていたことですが、嬉しくない筈がありません。サビの合唱では「Two more times! Louder!! Louder!! ♪♪ Once more! This is your last chance!! LOUDER!!!! ♪♪」とロブが煽るので、声を限りに叫びました。

最後退出するロブの後ろ姿に投げかけられた「ジューダス・プリースト! ジューダス・プリースト!」コールが、帰り道、頭の中で鳴り響いて、舞い降りる雪が暖かくも感じ、、、る訳ないですが、ステージと客席が一体となった、本当に楽しいライヴでした。

きっちり2時間30分の、『British Steel』に始まり『British Steel』で終わったセットリストは、ロブ在籍時アルバムすべてから選出されています。
Setlist
  1. Rapid Fire
  2. Metal Gods
  3. Heading Out to the Highway
  4. Judas Rising
  5. Starbreaker
  6. Victim of Changes
  7. Never Satisfied
  8. Diamonds & Rust (Joan Baez cover)
  9. Dawn Of Creation ~ Prophecy
  10. Night Crawler
  11. Turbo Lover
  12. Beyond the Realms of Death
  13. The Sentinel
  14. Blood Red Skies
  15. The Green Manalishi (With the Two Pronged Crown)(Fleetwood Mac cover)
  16. Breaking the Law
  17. Painkiller
  18. The Hellion ~ Electric Eye
  19. Hell Bent for Leather
  20. You’ve Got Another Thing Comin’
  21. Living After Midnight


物販では、「EPITAPH」Tシャツは持っているので「持ってなかったの?」と言われそうなものを今更ながらに購入。これで、どの国のライヴに行ってもこれさえ着ていれば、言葉が分からなくても大丈夫かも?
British Steel

本当に素晴らしいライヴを有難う!JUDAS PRIEST。

そしてロブ。有難うござ~いっ!



(追記)
終了後のBGMがQUEENの「We Are The Champion」だったのも感動的でした。




英訳版『恩徳讃』を四部合唱に

マサチューセッツ工科大学のRichard St.Clairさんが、『恩徳讃』の四部合唱版を作ってくれました。
ハーバード大学卒業後、ボストンにて熱心に浄土真宗のみ教えを聞かれているRickさんは、Shaku Egenという法名を持たれ、以下のホームページも開設しておられます。

Richard St. Clair (Shaku Egen)’s Page – Friends of Amida
Jodo-Shinshu Buddhism, Dharma for the Modern Age

以前築地本願寺で撮らせてもらったこの動画↓を、講師の紅楳英顕先生に送ったところ、それがRickさんに紹介され、今回の音源が出来上がったのです。


http://www.youtube.com/watch?v=_Hw6TvkN9uw



以下、その経緯を紹介します。

(続きを読む…)

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