★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2007年12月13日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
谷山雅計 ~ 広告コピーってこう書くんだ!読本
このブログを開設したのが今年の2月9日、先日が11ヶ月目でした。動機は「文章力向上」「創作意欲維持」「備忘録」「他ブロガーとの交流」「ウェブリテラシーの習得」「単なる日記」といったところでしょうか。いずれにしても、書くからには表現力をつけたいところですが、“毎日更新”という目標を掲げているので、毎回「ええぃ、これでいいや」と妥協してアップし、後で余裕が出来たらこっそり修正している、というのが現状です。他のブロガーさんの書評や随想、諸々の記事を読んで感心させられる事がよくありますが、自分も少しでも読みやすい文章を心掛けたいと思います。
取り上げる題材は主に、聴いた音楽、読んだ本、観た映画、その場の思いつき……自分の作文能力に応じて、書評でも感想文でもメモでも、何でも良し、と自由に書いています。しかしそれでも「ひとりよがりでない」文章を書く難しさに頭を抱えることがあります。
とにかく語彙力がない、これに極まれりといった感じです。「ネタ」自体は、好きなアーティスト、人に薦めたい曲の数だけあるので今のところ困っていませんが、いざ書こうとするとなかなか進まないものです。特に、「音楽」という実態のないものを「言葉」にするのは難しいことだと思います。確かに聴いて感動するのですが、「良かった」とか「感動した」とか、そういう陳腐な言葉しか出てこないので、そこが悩みどころです。中でも、好きなアーティストやそのアルバムの場合は、より良く書きたいので「下書き」状態が長く続くことがあります。
さて、前置きが長くなりましたが、この本を読んでまず印象に残ったのが、序章の「なんかいいよね」禁止。という節です。
優れた作家とか芸術家は、自分の心の動きが良く分かっているから、他人の心を揺さぶる創作活動が出来るのだと思います。色々な意味で「正直」を貫くことは大事なこと、そして難しいことではないでしょうか。
Links: 加速度BLOG -新書主義- 成功者になるための!!オンライン図書館 こらよかばぁ~い 作曲とMLB+ 猛読醉書
取り上げる題材は主に、聴いた音楽、読んだ本、観た映画、その場の思いつき……自分の作文能力に応じて、書評でも感想文でもメモでも、何でも良し、と自由に書いています。しかしそれでも「ひとりよがりでない」文章を書く難しさに頭を抱えることがあります。
とにかく語彙力がない、これに極まれりといった感じです。「ネタ」自体は、好きなアーティスト、人に薦めたい曲の数だけあるので今のところ困っていませんが、いざ書こうとするとなかなか進まないものです。特に、「音楽」という実態のないものを「言葉」にするのは難しいことだと思います。確かに聴いて感動するのですが、「良かった」とか「感動した」とか、そういう陳腐な言葉しか出てこないので、そこが悩みどころです。中でも、好きなアーティストやそのアルバムの場合は、より良く書きたいので「下書き」状態が長く続くことがあります。
さて、前置きが長くなりましたが、この本を読んでまず印象に残ったのが、序章の「なんかいいよね」禁止。という節です。
もしあなたが、いいコピーを書きたい、すばらしいアイデアをつくりたい心の底から思っているのなら、ひとつだけお願いしたいことがあります。
明日から、あなたの毎日の生活のなかで、「なんかいいよね」という言葉を禁句にしてほしいのです。
あなたは、いい映画を見てドキドキしたり、いい音楽を聴いてホロッとしたり、いい小説を読んでジーンとしたりしたときに、しばしばこういう言葉を発してはいないでしょうか。
「なんかいいよね」「なんかステキだよね」「なんかカッコいいよね」と。
明日から、それをきっぱりとやめにしてほしいのです。そして、かわりにこう考えてみてください。
「なぜいいのか。これこれこうだからじゃないか」「なぜカッコいいのか。こういう工夫をしたからじゃないのか」と。
なるほど、日常の積み重ねが大事だと思いました。食事をするとき、何がどう美味しいのか、街で目を引く看板や建物を見たとき、なぜ惹きつけられたのか、ふとしたフレーズがなぜ耳から離れないのか、常に自分の心に問う習慣を身につけたいものです。これでも、ブログをやる前よりは問題意識を高めているつもりですが、自分の気持ちに正直になることは意外と難しいことです。「常識」とか「固定観念」「慣れ」「習慣」などにだまされてしまうからです。 広告の学校で「古本屋に若者を」の課題を出すと、つぎのようなタイプのコピーを書いてくる学生もたくさんいます。
「古本屋で本を買ったら、あるページに前のもち主の涙の跡があって、自分も同じところで感動した」
「参考書を買ったら、重要な箇所に、前のもち主が赤いペンで線を引いてくれていて、ポイントがよくわかった」
これに対して、ぼくはかならず「みんなのなかで、古本屋で買った本に、涙の跡を見つけたことがある人はいますか?」とたずねてみることにしています。 すると、誰も手をあげない。あげるはずがないわけです。だって、「古本の涙の跡」なんて存在しないでしょう、この世に。 本を読んで感動のあまり、涙を流すことはありますが、でも冷静に考えれば、流した涙は頬をつたって胸元や膝のあたりに落ちるはずです。ポタポタと本を直撃することって、まずありえない(笑)。それに、万一落ちたとしても、すぐに乾きますから、涙の跡は残らない。 つまり、身もフタもない言い方ですが、書かれた内容は事実ではなく、ウソだということです。 (中略) もうひとつの「参考書を買ったら……」も、これに近い話です。 重要な箇所に赤いペンで線が引かれているのは、たしかによくある事実です。でも、それで「ポイントがよくわかった」ということは、ほとんどないのではないでしょうか。むしろ、“赤線”が目ざわりで使いにくかったり、無視したりするケースの方が多いはずです。 にもかかわらず、コピーを書くときには、なぜか「役に立った」という話にばかりなってしまう。これも、なぜだかついつい書いてしまうウソの一例だと思います。
これらのウソは自覚なしについていますので、指摘されなければ気づきにくいものです。もしかしたら日常頻繁に、この類の表現を発しているかもしれません。
べつに、コピーライターをしている訳でもないし、目指してもいませんが、自分が何を思っているのかが分からなくて、その他のことを正しく知ることはできないと思います。やはり自分にも他人にも、素直な気持ちを表現できる努力を続けてゆきたいものです。そして願わくば、発した言葉が誤解なく受け止められ、一人でも心動かされる人がいれば、そんな嬉しいことはありません。
「古本屋で本を買ったら、あるページに前のもち主の涙の跡があって、自分も同じところで感動した」
「参考書を買ったら、重要な箇所に、前のもち主が赤いペンで線を引いてくれていて、ポイントがよくわかった」
これに対して、ぼくはかならず「みんなのなかで、古本屋で買った本に、涙の跡を見つけたことがある人はいますか?」とたずねてみることにしています。 すると、誰も手をあげない。あげるはずがないわけです。だって、「古本の涙の跡」なんて存在しないでしょう、この世に。 本を読んで感動のあまり、涙を流すことはありますが、でも冷静に考えれば、流した涙は頬をつたって胸元や膝のあたりに落ちるはずです。ポタポタと本を直撃することって、まずありえない(笑)。それに、万一落ちたとしても、すぐに乾きますから、涙の跡は残らない。 つまり、身もフタもない言い方ですが、書かれた内容は事実ではなく、ウソだということです。 (中略) もうひとつの「参考書を買ったら……」も、これに近い話です。 重要な箇所に赤いペンで線が引かれているのは、たしかによくある事実です。でも、それで「ポイントがよくわかった」ということは、ほとんどないのではないでしょうか。むしろ、“赤線”が目ざわりで使いにくかったり、無視したりするケースの方が多いはずです。 にもかかわらず、コピーを書くときには、なぜか「役に立った」という話にばかりなってしまう。これも、なぜだかついつい書いてしまうウソの一例だと思います。
優れた作家とか芸術家は、自分の心の動きが良く分かっているから、他人の心を揺さぶる創作活動が出来るのだと思います。色々な意味で「正直」を貫くことは大事なこと、そして難しいことではないでしょうか。
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