森見登美彦~夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女
 会社の先輩に紹介されて読んだ本です。2007年本屋大賞にノミネートされました。
 結構面白かったです。頭を空っぽにして、笑い飛ばしながら読めました。  ストーリーは、黒髪の乙女を、先輩の私が追い求めるというものですが、登場人物の個性の濃さと、独特の文体が魅力です。乙女と私がほぼ交互に語る形式で、お互いの視点から楽しむことが出来ます。
 で、私は、彼女をいかにものにするのか? 名付けて「ナカメ作戦」、すなわち“なるべく彼女の目にとまるよう心がける”というものなのですが、天真爛漫な彼女はなかなかそれに気づかず、読者はやきもきするのです。「あ!先輩、奇遇ですねえ!」「ま、たまたま通りかかったもんだから」こんな会話が何度も繰り返されるのです。そしてことごとく作戦は失敗。しかし私はけなげにナカメ作戦を敢行してゆきます。
 その間、私の頭の中はどうなっているのかというと、ただひたすら妄想が渦巻くのです。そこら辺の描写が思いっきり笑えます。
 どこまでも暴走する己のロマンチック・エンジンをとどめようがなく、やがて私はあまりの恥ずかしさに鼻から血を噴いた。  恥を知れ。しかるのち死ね。  しかし私は、もはや内なる礼節の声に耳を傾けはしない。  なぜなら、堕落のきわみにある現今の大学において、ことあるごとに恥を知り、常住坐臥礼節を守ってきても、報われることは皆無だったからだ。

 シャイな私は、なかなかストレートにアタックしないところがこれまた愛すべきところです。
 それだけ人事を尽くしたなら、まずたいがいの目論見は叶うものだ。しかし、黒髪の乙女の城は難攻不落であった。  そもそも私が決定的な手を打つことから逃げている、不要な大迂回をしているという多数の異論はひとまず却下しておこう。それは後々考える。  まず何よりも分からないのは、彼女が私をどう思っているかだ。果てして私を、一人の男として、いや、せめて一人の対等な人間として彼女は認識しているのか。  それが私には分からないのであった。  それゆえに、私は決定的な一打をうてなかったのである。

「李白さん」や「パンツ総番長」などの個性派キャラも微笑ましく、ホノボノする作品ですね。  学園祭でのゲリラ演劇「偏屈王」も、騒々しく、いかにも「青春!」って感じでした。
 文学青年の書いたギャグマンガという雰囲気です。息抜きにどうぞ。
(参考) http://www.kadokawa.co.jp/sp/200611-07/ http://www.blog-headline.jp/book/archives/2007/01/post_11.html http://pumila.jugem.cc/?eid=577

Filed under: も:森見登美彦  タグ: , , , , , , ,   charlie432 21:16  Comments (0)

東野圭吾~手紙

手紙(原作)
東野圭吾さんの作品は、他には、ドラマ化された『白夜行』と、直木賞受賞作品『容疑者Xの献身』、そして『赤い指』を読んだことがあります。どれも秀作ですが、この『手紙』は、その中でも一番心に残りました。
 最初、兄弟愛を描いた作品かと思いながら読んでいましたが、テーマは「偏見と差別」といったところでしょうか。それを象徴するかのごとく、あの名曲が効果的なメタファーとして使われているのが印象的です。
 物語は、弟思いの剛志が、意図せず老婆を殺してしまう場面から始まります。実は『赤い指』を読んだとき、「『容疑者~』のパクリではないか」と思ってしまったので、正直、「またこのパターンか」とも思いましたが、さすがは東野圭吾。その後、読者に大いなる難問を投げかけるのです。
 兄への複雑な思いを抱きつつ、進学、就職、恋愛など、必死に生きる弟の直貴。しかし、成功まであともう一歩、というところで「犯罪者の弟」という動かし得ぬ事実に行く手を阻まれる。読者は、兄から届く「ほのぼの」とした手紙に、次第に怒りを覚え、直貴に感情移入してゆきます。そして彼は、一大決心を……。
 とにかくストーリーがリアルなんですよね。いつ自分が事件の被害者になるか分からないし、加害者にもなり得る。あるいは身近な人間になるかも知れない。「そんな時、君ならどうする?」と筆者から問いかけられているようです。誰もが差別を嫌い、偏見を醜いものだと思っていながら、果たして潔癖な人間など存在するのだろうか?自分ならどうするだろうか?と考えずにおれませんでした。  視線を内側に向ければ、否定しきれない偽善的な自己、そして理想と現実のギャップを見せつけらるようです。
 この作品の登場人物は、皆、一生懸命、幸せを求めて生きています。特に、直貴は人一倍強く、逞しく自分の道を切り開いて進んでいるのです。しかし兄の犯した罪が弟にも影響を及ぼしてしまうのは、理不尽とは思いつつも、これが現実なのかと認めざるを得ません。  誰もが幸福を求めて生きているのに、そうなれない人間が出てしまうのはなぜか?  人の幸・不幸は何によって決まるのか?  差別や偏見のない社会など、実現可能なのか?  そもそも幸福とは一体何なのか?
 色々考えさせられる『手紙』でした。東野圭吾も難しいテーマに果敢に取り組んでいるなあ、とその執筆意欲に頭が下がるばかりです。(作品の多さにも)
 ちなみに私はこちらの装丁の方が好きですが、兄貴の文章が見える方も捨てがたいですね。温かみのある文字が、怒りのやり場を見失わせてしまう……(涙)



(参考) パンドラさんのブログ よしさんのブログ 扉のむこう 沖縄日和 (続きを読む…)

Filed under: ひ:東野圭吾  タグ: , , , , , , , , , , , , , , ,   charlie432 23:06  Comments (8)

村上春樹 ~ 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』

世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(上)世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(下)
 村上春樹さんの作品は、かの有名な『ノルウェイの森』『1973年のピンボール』を読んだことがあるのですが、ハッキリってよく分かりませんでした。ノーベル賞受賞か?と騒がれたり、多くのファンがいるのは知っています。しかし、正直なところ、何が言いたいのか、何のために作品を書いているのか分からない、というのが村上春樹に対するイメージでした。とにかく、何が何を譬えているのかよく分からないのです。(ファンの方、ゴメンナサイ。私の読解力がないだけです。ただそれだけのことです)
 そのことを、ある先輩に言ったところ「そうか。じゃあ、これを読んでみたら?」と渡されたのが、この『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だったのです。(ちなみに私が借りた本はこんな装丁です)
 いかにも村上春樹らしいタイトルだなあと読んでみると、いきなり、第1章から「面白い!」ではありませんか。え?何?良い意味で裏切られました。戸惑いさえ感じました。最初のうちは何が何だかよく分からないのですが、それでも面白いのです。グイグイ引き込まれました。これには驚きました。作品の面白さと同時に、自分が村上春樹を読めている事実が信じられませんでした。
 で、下巻の途中くらいまで読み進めると、それまでの謎がだんだん明らかにされ、推理小説で犯人が分かったような快感を味わうことが出来ます。「私」と「僕」との関係、「影」とは?「一角獣」とは?など、ハァ、良く練られているなあ、と関心しました。
 圧巻は、後半4分の1以降でした。最後、限られた時間での「私」の思考と、「僕」のとった行動に、“静かなる感情の高ぶり”とでもいうか、実に美しく崇高な感覚に包まれました。特に、
 私は声をあげて泣きたかったが、泣くわけにはいかなかった。涙を流すには私はもう年をとりすぎていたし、あまりに多くのことを経験しすぎていた。世界には涙を流すことのできない哀しみというのが存在するのだ。~
辺りからはグッと来るものがありました。そして最後の最後、
 降りしきる雪の中を一羽の白い鳥が南に向けて飛んでいくのが見えた。鳥は壁を越え、雪に包まれた南の空に呑みこまれていった。そのあとには僕が踏む雪の軋みだけが残った。
は、実に感動のエンディングだと思います。
 哲学的考察を、ミステリー、ファンタジー的な物語として表現した、村上春樹。この男はただ者ではない、と思わずにおれない1冊でした。未読の方は、是非ご一読を。
(参考) kakasiさんのブログ モコポコさんのブログ たなつねさんのブログ

Filed under: む:村上春樹  タグ: , , , , , ,   charlie432 20:01  Comments (6)
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