紅楳英顕 / 「現代における異義の研究 伝道院紀要24号 – 本願力回向」(1)

『派外からの異説について』の時と同様に、紅楳英顕先生から許可を得て、全文を紹介します。

なお、「現代における異義の研究 伝道院紀要24号 – 本願力回向」にもあるように、これは昭和54年12月20日発行の論文です。


目次
  1 はじめに
  2 第一章 宿善論について
    2.1 一 高森親鸞会の宿善論
↑↑今回はここまで↑↑
↓↓次回につづく↓↓

    2.2 二 宗祖における宿善論
    2.3 三 蓮如上人の宿善論
    2.4 四 高森親鸞会の宿善論の問題点
    2.5 五 真宗先哲の宿善論
    2.6 む す び
  3 第二章 二種深信についての問題
    3.1 一 高森親鸞会の問題点
    3.2 ニ 江州光常寺の主張との比較
    3.3 三 後生の一大事についての問題
    3.4 む す び



現代における異義の研究

-高森親鸞会の主張とその問題点-

紅楳英顕



はじめに

 高森親鸞会における教義上の問題については、既に種々の点が指摘され、一念覚知・善知識だのみ・本尊論等については研究論文も発表されている[1]、本稿では宿善論と二種深信に関する問題とを取り挙げ論じたいと思う。

第一章 宿善論について

 宿善の語義については、大原性実氏によれば「抑々宿善とは宿世の善根という意味で、宿世に於て修習する善根、又は宿世に於ける値仏聞法の善根を指すもので宿福とも宿因とも宿縁とも名づける。故にその物体は一往は万行諸善及自力念仏であるが、再往を云えば、我々が今日弥陀法に遇い之を信受奉行することを得し因縁となりしことは悉く宿善と称すべく、獲信の一大事は正しくこの宿善の開発せる為である[2]」とあり、又『新・仏教辞典』(中村元監修)には「前世・過去世につくった善根功徳をいう。
また、人の一代に限って、今まで作った善根を指すこともある。真宗では宿善開発といい、今まで修めて来た善根がある時期にひらめきあらわれることによって、信心が得られると説く」等とあるように、真宗における宿善とは獲信のための因縁となる善根を意味するのである。
本願寺派の宗学史上においても、この宿善論については種々の説が論じられたところであるが、高森親鸞会においても独特の宿善論が展開されている。

 以下、宗祖並びに蓮如上人、それから真宗先哲の諸見解を窺いながら、高森親鸞会の宿善論ついての問題点を検討したいと思う。

一 高森親鸞会の宿善論

 先の『伝道院紀要』19号で既に述べたように[3]、高森氏は本願寺を無安心の集団であると非難攻撃する。従って、おのずと獲信の問題が重視され、独自の宿善論が主張されている。即ち『白道もゆ』(高森顕徴著)には、
 宿善というのは過去世の仏縁のことであるが、過去に仏縁浅きものは現在において真剣に宿善を求められねばならない。でなければ宿善開発の時節到来ということはあり得ない。されば宿善は待つに非ず、求むるものである。(二一二頁)。
とあるように、苦労して宿善を求めねばならないことをすすめ、又『顕正新聞』(親鸞会発行)には
 大体真剣に聞法求信することを悪いなんかという者は、他力と無力を混同している信仰の幼稚園児なのです。真宗にこんな坊主や同行が多いのです。求めることは自力だから駄目だといって自分はボーとしているのが他力だと思っているのです。確かに真剣に求めるのは自力です。生まれた時から他力に摂取されているものは一人もいないのですから、みんな自力で求めていくのです。(第93号、昭和42・9・15)
とあり、又『法戦』(高森顕徹著)には
 自力一杯、命がけで求めたものでなければ自力無効と切りおとされて、久遠の親と対面するという体験はできません。(五九頁)
等とあるように、宿善は自分の力によるものであるという宿善自力説を主張している。そして如何なることが宿善となるかについては『顕正新聞』には
 まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ(イ、聴聞、ロ、破邪顕正)(第93号、昭和45・2・15)
とあり、又『この人間』(親鸞会会員、渋谷励一著)には
 一日の聴聞がなんと一五分か一六分、これでは有難くして宿善があり、万劫にもあい難き善知識にあわせて頂き乍ら信心決定はおろか、宿善を厚くすることすら出来ないではないか、善知識は宿善が薄くては助からない、宿善を厚くせよ、その一番の方法は聴聞だぞ、しかも木刀でなくて真剣だぞと仰言る。その気慨で聴聞し、聴聞出来ない時は破邪顕正に向うことである。釈尊は「破邪顕正せざるものは仏弟子に非ず、仏のあだなり」と仰せられている。破邪顕正は宿善を厚くする第二の秘訣であると教示下さる。御教えに従うより道はないのである。(四四頁)
とあるように、聴聞(聞法)と破邪顕正[4]とが挙げられている。
 聴聞(聞法)について『白道もゆ』には
 親鸞聖人は「大千世界にみてらん火をもすぎゆきて聞け」と教えられ、蓮如上人また「火の中を分けても法は聞くべきに、雨風雪はものゝ数かは」とお勧めになっている。我々の先哲は早く宿善を求め信を獲んと思わば①骨を折って聞け、②衣食を忘れて聞け、③間断なく聞け、④聞けぬ時は思い出せ、と四つのことを指摘されている。いずれも苦労して聴聞にはげめということである。楽な聞法は宿善にもならないし、この法は聞かれない。過去世に仏縁うすき者は、この世で苦労して宿善を求めねばならぬ。(二一三頁)
とあり、『顕正新聞』には
 苦しみの根を除くには抜苦与楽の力用をもつ南無阿弥陀仏の名号を獲得するより他にはない。名号は捨身の聞法によって与えられるが、それまで勇敢に立ち向ってゆき初志貫徹するまで、たゆまず、あくまでしりぞかぬことが絶対の幸福をうる唯一の道だと教えられている。(第7号、昭和三七・一二・一五)
又、
 松下氏が世界の松下として成功するまでには何度も血の小便をする程の苦労があったということであるが、注目すべきことである。仏法を求めている人の中にも「私は五年間聞いたのに」「私は十年求めたのに」と未だ信心獲得できない事をぼやき、果ては「説くものが悪いのではなかろうか」、「これだけ聞いても助からんのに何か大願業力だ」と、とんでもないところに責任をなすりつけ、罪を重ねている者がいるが、言語道断の所業である。せめるぺきは己れの不熱心さではないか。その五年十年の間に、どれ程真剣に聞いたか、どれ位真剣に聞いたか、どれ位懸命に宿善を求めたか、松下氏の言を借りるなら果してたった一度でもよいから血の小便をこく程きづまって夜も寝られん事があったか、仏法は未来永劫の大問題を教えているのだ、苦労が足りないぞ、楽して信心決定しようという心こそ反省せねばならんのだ、頑張ろう。(顕正新聞118号、昭和47・3・20)
とあり、又『人間こそ』(親鸞会会員、渋谷励一著)には
 信心獲得するにはどうしたらよいのか。仏法は聴聞に極まる。「聞其名号、信心歓喜」(「無量寿経巻下」真・p六三)
「たとひ大干世界にみてらん火をもすぎゆきて仏の御名を聞く人は、永く不退にかなうなり」(「浄土和讃」真p二二三)
「設今世界に満てらん火をも此の中を過ぎて法を聞くことを得ば」(行巻、真p二七四)
「設ひ大千世界に満てらん火をも亦直に過ぎて仏の名を聞くべし」(行巻、真p二七四)。
何度も火の中をかきわけてとあるが容易なことではない。「仏法には明日と申すことあるまじく候。仏法のことは急げ急げ」また「仏法には世間の隙を閥きて聞くべし、世間の隙をあけて法を聞くべきように思うこと浅ましきことなり。仏法には明日ということあるまじき由の仰せに候」(「蓮如上人御一代記聞書」真p八九〇)。
蓮如上人はこのようにして聴聞するのだぞ、命を賭けて聞け、聞いて信ずる一念に決定するのだぞ、信心決定するまで聞き抜けと何回もくり返し仰せになっているのである。(四二頁)。
とあるように、宗祖や蓮如上人の聴聞(聞法)をすすめた文も引用して、真剣な聴聞(聞法)にはげまねば信は得られぬと述べ、頑張って聴聞(聞法)にはげまねばならないことを強調している。
それからこれも広い意味で聴聞(聞法)にあてはめることが出来るであろうが、『顕正新聞』に71才の夫人の言葉として
 もう50年もの間、試験など受けたこともない為、最初はやれるかどうか不安であったが、やってみるとなかなか面白い。自分の宿善も厚くなるし、会長先生の御法座を聞いても大変役に立つ。(第109号、昭和46・6・15)
とあるように学習に励むことによっても宿善が厚くなると述べている。
 又、破邪顕正(正しい教えをひろめること)については『こんなことを知りたい』①(高森顕徹著)に
 真実を知らない人に真実をおしえ、求めねばならぬわけを説いているうちに、いや他人に説くことによって、自分の聞法心も深まって来るのです。即ち宿善が厚くなるのです。法施は最上の布施行だからです。(八七頁)
とあり『顕正新聞』には
 外には邪教がはびこり、内はふはい堕落の極に達している現実をみんな心配している。しかし、いたずらになげき、いたずらに怒ってみても何んにもならないのだ。それよりも、今すぐに正法宣布の行動を起すことだ。直に破邪顕正の利剣をもって立つことだ。一人でも多くの人に『邪教の正態[5]』を配布して読んで貰うことが貴方のできる破邪である。顕正しようとする者は、親戚や友人知人を尋ねて親鸞会に入って貰うことだ、一人でも多くの人に真実の幸福を頂いて貰うことである。これにまさる宿善はないし、これ以上の報謝はない。(第3号、昭和37・8・15)
とあり、又
 破邪顕正は高森先生の偉業だと感心ばかりして見ていてはならない。幾干の会員は今すぐ一人に二人ずつ破邪し顕正していかねばならない。そこには立ちどころに幾万の正法を知る人が出来る。吾ら愚者の破邪はそこから始まり、それが最大の御報謝、宿善であると信ずる。(顕正新聞第8号、昭和38・1・15)
とあり、又
 真実を知り、真実を求め、真実を獲得した我ら親鸞会々員は今こそ我利我利亡者の考えをふりすてて破邪顕正のために露命を如来聖人に捧げようではないか、破邪顕正こそ、無上の宿善であり、最上の報謝である。(顕正新聞第22号、昭和39・3・15)
等と述べられている。このように邪教を破して、正しい教えをひろめる破邪顕正をすぐれた宿善とするのであるが、少し趣きを異にするものとして『顕正新聞』に
近時迷惑防止条令の施行を契機として社会悪の一掃は今や社会の声にまでなっている。「ひったくり」を捕えたり、「割りこみ」を注意したりして、アベコベになぐられることがある。ところがハタのものはさわらぬ神にたたりなしで知らぬ顔を半兵衛ときめこむ非協力ぶりが問題になっている。(中略)釈尊は臨終に破邪顕正は仏弟子最高の任務だと遺言なされた。邪悪を見て見ぬふりをするものは仏の怨なりとまで仰言っている。この世も未来も大衆を苦しめる邪教を破ることは我等親鸞会員の最高の任務ではある。けれども邪教を破ることだけが我々の務めではない。ささやかな身辺の社会悪の追放にも努力しなければならない。破邪顕正こそ無上の宿善であり、この勇気と実践のないものが、どうして無上の信の勝利者になれるであろうか。(第13号、昭和38・6・15)
とあるように、邪教を破して正しい教えをひろめることのみならず、「ひったくり」や「割りこみ」等の身辺の社会悪の追放に努力することも破邪顕正の一端であり、宿善となるものとしている。
 このように宿善として、第一聴聞(聞法)、第二破邪顕正(正しい教えをひろめること)と示されているが、この他に『顕正新聞』に
 会費はあがったとか、又お金を集めるとか思ってはならぬ心がムクムク出て来ます。浄財をすれば凡て自分の宿善になるのだと知りながら悲しい心がでてきます。(第108号、昭和46・5・15)
とあり、又
 そこで本会では諸物価高騰の折柄、活動の円滑化を計るために会費の改正を決定しました。実施は52年1月からです。真実の仏法のため提供される浄財はすべて尊い宿善となります。この会費改正にあたって進んで宿善を求めさせて頂きましょう。(顕正新聞第175号、昭和51・12・20)
とあり、又
 後生の一大事の助かるか助からないかは、宿善まかせであると蓮如上人は仰言っておられる。宿善は善が宿るものとも読めるのだから少しでも善根功徳を積むように心がけることが大切である(中略)時あたかも岐阜会館建設に着工している。今、会員一人一人が長者[6]のような情熱をもって財施をさせていただき、我々の財施にブレーキをかける祇多太子[7]が現れるまでに財施してこそ真の仏法者といえよう。名利のためにひげをなでるよりもやすく投げ出す千金があれば岐阜会館はたちまちのうちに建ってしまうのである。名利のためしか金を使い切れない者に次々に阿弥陀仏は宿善の勝縁を与えて下さっている。(第184号、昭和52・9・ 20)
等とあるように、高森親鸞会への会費納入や献金等の財施も宿善となるものとしている。
 このように高森親鸞会では、我々の信決定のための宿善をはっきり自力によるものとし、そのためのものとして、聴聞(聞法)、破邪顕正(正しい教えをひろめる)、献金等(財施)の三つをすすめているのである。



(脚注)

  1. (↑) 山田行雄氏「現代における異義の研究」(一)(伝道院紀要14)、「現代における異義の研究」(二)(伝道院紀要19)三木照国氏「高森親鸞会の分析」(伝道院紀要14) 拙稿「一念覚知説の研究」(伝道院紀要19)
  2. (↑)『真宗異義異安心の研究』三〇七頁。
  3. (↑)拙稿「一念覚知説の研究」(伝道院紀要19)
  4. (↑) 邪しまな教えを破り正しい教えを顕して、人に正しい教えを伝えひろめること。高森親鸞会では初めのうちは、創価学会・天理教等の浄土真宗以外の宗教を邪教としていたが、後になると本願寺既成真宗教団の説く教えも邪教としている。
  5. (↑) 高森顕徹著『インチキと暴力的邪教創価学会の正態』
  6. (↑)祇園精舎建立のために努力した祇樹給孤独長者。須達長者。スダッタ。
  7. (↑)祇樹給孤独長者の情熱にうたれ、祇園精舎の土地を提供した人。ジェータ。

 
 
つづく



紅楳英顕 / 派外からの異説について(3)

前の投稿の続きです。

二、後生の一大事の問題



 次に、後生の一大事の問題についてであるが、これについて、高森親鸞会は
後生の一大事とは何か。人間は必ず一度は死なねばならない。では人間は死んだらどうなるか。釈尊は必堕無間と、四十五年間叫びつづけられた。「一切の人は死んだら必ず無間地獄におち八万劫年の間大苦悩をうけねばならない」これを後生の一大事という。(『顕正新聞』第205号)
仏法を聞く目的は後生の一大事の解決に極まる……一大事というは取り返しのつかないことを言うが、それは無間地獄に堕在するということである。曽無一善・一生造悪が我々の実相であるから、因果の道理に順じて、必ず無間地獄へ堕ちる、これを経典には必堕無間と説かれている。(『白道もゆ』137頁)
親鸞聖人や蓮如上人が不惜身命の覚悟で教示された生死の一大事とは、どんなことかといいますと、これは後生の一大事ともいわれていますように、総ての人間はやがて死んでゆきますが、一息切れると同時に無間地獄へ堕ちて、八万劫年苦しみ続けねばならぬという大事件をいうのです。(『こんなことが知りたい』①6頁)
等と主張している。後生の一大事を「必ず無間地獄に堕ちる」という意に取り切り、しかも、これによって恐怖心をあおり「悲泣悶絶」の苦しみを経ねばならぬという、いわゆる機責めの傾向がうかがえるのである。これに対して、私は疑義を呈し、論文で「後生の一大事ということは、往生浄土(極楽)の一大事、あるいは往生浄土(極楽)出来るかどうかの一大事、という程度の意味」であるとの見解を示したわけである。
 『本願寺の体質を問う』では、こうした私の見解に対する反論非難が行われているのであるが、これについても、前の宿善論と同様、宗祖聖人や蓮如上人の上ではっきりした文証を挙げての反論ではないから、私は反論とは認められないと考えている。
 「後生」とは、文字通りの意味は「今生」に対する「後生」であろうから、必ずしも往生の意味だけではない。しかし、論文や、高森親鸞会に対する返信(八月三日)で述べたように『大経』に、
後生無量寿仏国
とあって、後生の一大事の「後生」という語は、この「後に無量寿仏国に生れる」が出拠と考えられる。蓮如上人も、
されば、死出の山路のすえ三塗の大河を唯一人こそ行きなんずれ、これによりて、ただ深く願うべきは後生なり、またたのむべきは弥陀如来なり。(『御文章』1の11)
しかれば阿弥陀如来を何とようにたのみ、後生をばねがふべきぞというに……(『御文章』5の10)
等と教示されているように「後生」を往生浄土の意味で語られているのである。
 また「一大事」についてであるが、「一大事」とか「大事」とかは、本来「転迷開悟」「出離生死」についていわれるものである。したがって『法華経』出世本懐の文には、
一大事因縁(『大正大蔵経』第9・7a)
とあり『称讃浄土経』には、
利益安楽の大事因縁
とある。また、法然上人は、
往生程の大事をはげみて念仏申さん身をば、いかにもいかにもはぐくみたすくべし。(『和語灯録』)
といわれ、宗祖聖人は、
往生極楽の大事(『拾遺真蹟御消息』)
と仰せられており、さらに覚如上人も、
往生ほどの一大事をば如来にまかせたてまつり……(『口伝抄』)
往生ほどの一大事凡夫のはからうべきことにはあらず……(『執持抄』)
等と述べられている。いずれも「一大事(大事)」を往生にかけて語られている。
 さらに蓮如上人も、
もろともに今度の一大事の往生をよくよくとぐべきものなり。(『御文章』1の11)
この他力の信心ということをくはしくしらずば、今度の一大事の往生極楽はまことにもてかなふべからず。(『御文章』2の10)
いそぎてもいそぎてもねがうべきものは後生善所の一大事にすぎたるはなし。(『帖外御文章』50)
等と示されている。往生にかけて「一大事」を語っておられるのである。
 高森親鸞会は、後に至って、後生の一大事に二つがあるといいだし、信後の後生の一大事は「往生浄土(極楽)の一大事」のことであるが、信前の後生の一大事は「必ず無間地獄に堕ちる」ということであると、あくまでも自説に固執するのである。
 だが後生の一大事に二義ありとは、恐らく高森親鸞会だけでいうことであろう。同会のいうように、後生の一大事を往生の一大事と釈すことが、信後の人だけについてのことならば、先に挙げた「往生の一大事」を述べた文、特に『御文章』は、当然、信前の人に信を勧め、往生を勧めたものと思われるが、これらは信後の人に対して出されたとでもいうつもりなのであろうか。
 同会は、信前の後生の一大事の文証として『本願寺の体質を問う』(178頁)に、宗祖聖人の
若しまた、此のたび疑網に多覆蔽せられなば、かえりてまた曠劫を逕歴せん。(『教行信証』総序)
の文や、蓮如上人の
この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり。(『御文章』2の2)
命のうちに不審もよく晴れられ候はでは定めて後悔のみにて候はんずるぞ、御心得あるべく候。(『御文章』1の6)
等の文を挙げている。
 私は、無論これらの文の意味を否定するのではない。だから、後生の一大事を「往生浄土の一大事」という意味だけに限定せず「往生浄土できるかどうかの一大事」まで含めて定義としたのである。本願を信受すれば往生浄土できるし、信受しなければ地獄に堕ちることは自明である。
 しかしながら「必ず無間地獄に堕ちる」ことが後生の一大事であるとする、以前の高森親鸞会の主張は、片寄った見解といわねばならない。同会の引用した文には「大事」とも「一大事」ともいう語はないのであるから、それらの文は、後生の一大事ということが「必ず無間地獄に堕ちる」ということであるという文証にはならないし、また、後生の一大事に二義ありという文証にもならない。
 それから、宿善論の問題の場合と同様であるが、今の問題についても『本願寺の体質を問う』(184頁)には、
本願寺は、この身このままこの様なりで死にさえすれば極楽往生、弥陀同体、何時とはなしに法の尊さを知らされて念仏称えていれば、みんな信後の者と思っているのが、そもそもの誤りなのである。「まことにもって坊主分の人に限りて、信心のすがた一向無沙汰なりと聞こえたり。以てのほかの歎かしき次第なり」(『御文章』四帖七通)。このように圧倒的に多い信前の後生の一大事を夢にも知らない本願寺の現状を見れば、特に坊主に信心決定している者がいないことを深く歎かれたことがよく首肯される。
といって、本願寺が、平生業成・信心正因や、念仏の自力・他力の分別もなく、地獄一定も知らない無信心・無安心の集団であるかのように非難するのである。しかし、前にも述べたように、これは、問題のすりかえにほかならない。
 以上のように、高森親鸞会の所論は、適確な文証もなく、真実開顕どころか、独善的一方的議論の繰り返しに過ぎないのであって、残念ながら私の呈した疑問に対する反論にはなっていないのである。

派外からの異説について
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                 発 行 日   昭和57年12月20日
                 再版発行  昭和60年2月15日
                 著   者   紅 楳 英 顕
                 発   行   浄土真宗本願寺派出版部

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紅楳英顕 / 派外からの異説について







紅楳英顕 / 派外からの異説について(2)

一つ前の投稿の続きです。

タイトルの「派外」とは、浄土真宗ではない団体、「異説」とは、浄土真宗の教えとは義を異にする説、ということだと思います。

一、宿善論の問題



 『本願寺の体質を問う』の第二部(134頁以下)は「親鸞会かく反論する」となっており、宿善論の問題と後生の一大事の問題について、私の所論に対する反論非難がなされている。
 ここには、私の論文が部分的に引用されているが、第一部には私からの返信が全文のせられているのだから、むしろ初めに『伝道院紀要』に私が発表した論文も全文のせてもらった方が、よく解ってよかったのではなかろうか。論文を部分的に引いて反論されたのでは、私の主張の内容が読者に解りにくく、誤解を生ずる点もあろうと思われるからである。

 まず、宿善論の問題からふれていこう。私は「私の意見に対する反論であるなら、独断によらず、宗祖聖人や蓮如上人の上にみられる文証をはっきり示して反論されるように」といっていたのであるが、私が再三もとめたところの、「破邪顕正や財施を獲信のための宿善として修せよ」とある文証は、未だに何等示されていない。私が問題にしたのは、このことなのであり、高森親鸞会が自説の根拠となる文証を明示されない限り、私への反論になっていると認めることはできないのである。
 そもそも宿善ということについては、私の論文にも述べているように、宗祖聖人は、
遇、行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。(『教行信証』総序)
遇、信心を獲ば遠く宿縁を慶べ。(『浄土文類聚鈔』)
と仰せられてある。宗祖聖人が宿善とは宿因等といわず、宿縁といわれているのは、『教行信証』も『文類聚鈔』も同じであるが、これは、その直前にある「弘誓の強縁」(他力)の「縁」の語をうけているものと考えられる。だから、「遠く宿縁を慶べ」とは、ひとえに他力のお育てによるところであったと慶ばれているのである。蓮如上人も、
遇獲信心遠慶宿縁と聖人のあそばし置れたるは、たまたまといふは過去にあふと云心なり。又、とおく宿縁をよろこぶといふは、今始めてうる信心にあらず、過去遠々の昔より以来の御哀にて今うる信心なり。(『拾遺御一代記聞書』)
と述べられている。信心を得たところで過去を振り返り、すべて他力のお育てによるところであったと慶ばれたのが、宗祖聖人であり、蓮如上人である。
 この点高森親鸞会は、
宿善というのは過去世の仏縁のことであるが、過去に仏縁浅きものは現在において真剣に宿善を求めねばならない。でなければ宿善開発の時節到来ということはあり得ない。されば宿善は待つに非ず、求めるものである。(『白道もゆ』212頁)
まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ。イ、聴聞、ロ、破邪顕正。(『顕正新聞』第93号)
真実を知らない人に真実をおしえ、求めねばならぬわけを説いているうちに、いや他人に説くことによって自分の聞法心も深まって来るのです。即ち宿善が厚くなるのです。法施は最上の布施行だからです。(『こんなことが知りたい』②87頁)
真実の仏法のために浄財はすべて尊い宿善となります。この会費改正にあたって進んで宿善を求めさせて頂きましょう。(『顕正新聞』第175号)
等と主張している。「過去に仏縁浅きものは現代において真剣に宿善を求めねばならない」とか「まず信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ」等といって、これから信心を得るために自力で宿善を積むことを勧めているわけである。このような主張は、宗祖聖人や蓮如上人が信心を得たところから振り返って宿善を語られたのと、基本的に相違しているといわねばならないであろう。
 私が論文に引用したように、大原性実師も「我々が今日弥陀法に遇い之を信受奉行することを得し因縁となりしことを悉く宿善と称すべく……」と述べておられ、また『新・仏教辞典』(中村元監修)も「前世・過去世につくった善根功徳をいう、また、人の一代に限って、今まで作った善根を指すこともある」と出している。これらは、現在から過去を振り返っているのであって、これから獲信のために修することを宿善といっているのではない。
 ところが、高森親鸞会は、大原師や『新・仏教辞典』の所説を、これから獲信のために修する善のことであるかのように解釈して、「破邪顕正や財施が諸善万行にはいるか、はいらないか」と質問してきている。私は、それらが諸善万行にはいるかどうかは問題にしていないのであり、これから獲信のための宿善として「破邪顕正や財施をせよ」というようなことは、宗祖聖人や蓮如上人の上にはないと論じているのである。だから、私の意見に反論するのなら、宗祖聖人や蓮如上人の上で、その文証を出してほしいと求めたわけである。
 その上、同会は、私に対する四項目の質問に対して「何百日以上も経過するのに未だ返答がない」と盛んに宣伝しているが、私が返答を出してあることは、すでに述べた通りである。同会の質問に対して、逆に私の方から「破邪顕正や財施を修することが獲信のための宿善となる」という文証があれば示してもらいたいと求めたのが、一昨年(昭和五十五年)の六月二十一日(57頁)であるから、もう八百日以上が経過していることになるが、これについては何の返答もないままである。

 また「本願寺の稚気」(138頁)といって、われわれが同会の正式名称である浄土真宗親鸞会といわず、高森親鸞会と呼称していることについて、高森氏は「陰険な悪意を感ずる人も少なくなかろうと思うが、ただ保身の為、親鸞会憎しの怨念に燃え、あえて真実に立ち向かおうとするのであるから、彼らだって空しい闘志をかきたてねばならないことは容易に想像される」等と述べている。はじめから自らは真実、他は不真実と決めこんだ上の想像としかいいようがないが、これは、派内に東京親鸞会・金沢親鸞会など親鸞会と名のつく会があるので、そうした派内の親鸞会と区別するために、高森氏を会長とする宗教法人「浄土真宗親鸞会」のことを、われわれは便宜上、「高森親鸞会」というのであって、決して陰険な悪意からいうのではない。この点、誤解のないようにされたいと思う。

 それから、本願寺は「真剣な聞法をすすめることを間違い」(140頁)というといって、あたかも私が聞法(聴聞)を否定しているように書いている。宗祖聖人は、
たとひ大千世界に みてらん火をもすぎゆきて 仏の御名をきく人は ながく不退にかなふなり(『浄土和讃』)
といわれ、蓮如上人は、
仏法は世間の隙を闕きてきくべし、世間の隙をあけて法をきくべきように思うこと、浅ましきことなり。(『御一代記聞書』)
いかに不信なりとも聴聞を心に入れ申さば、御慈悲にて候間、信を獲べきなり、只仏法は聴聞に極まることなりと云々。(『御一代記聞書』)
等と教示されている。このことは、論文にも述べたことであって、聞法(聴聞)を勧めることが間違いである等とは、私はどこにもいっていない。私の述べているところを故意にネジ曲げて非難していることは明らかである。
 そもそも、真宗の「聞」とは、第十八願成就文の「聞其名号信心歓喜」の如実の「聞」でなければならない。これは、第二十願の「聞我名号係念我国」の「聞」とも峻別される他力の「聞」なのである。高森親鸞会の主張のように、破邪顕正や財施等の自力の行と同列に扱うこと自体が、そもそも問題なのである。この意味から、存覚上人は、
聞よりおこる信心、思よりおこる信心といふは、ききてうたがはず、たもちてうしなはざるをいふ。思といふは信なり、きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひちりばかりもよりつかざるなり。(『浄土見聞集』)
と述べられているのである。
 次に『本願寺の体質を問う』(144頁)には、
所詮は、案ずるな、煩ろうな、計ろうな、心配するな、そのままじゃ、無条件じゃ、念仏さえ称えておれば死んだら極楽が本願寺の主張だと、従来より指摘し続けて来た親鸞会の批判が正しかったことを証明したにすぎない。
とある。これは、先年以来、本願寺の門前等で配付している同会のビラに、本願寺の主張として「死なねば助からぬ」とか「念仏さえ称えればよい」「念仏はみな同じものだ」というように書きたてて、平生業成もわからず、信心ぬきの念仏を説いているのが本願寺の主張であるかのように指摘し宣伝しているのであるが、その指摘が正しかったことを証明した、といっているようである。高森氏は、高岡仏教学院や竜谷大学で学ばれたそうであるが、平生業成や念仏の自力・他力について学ばれなかったのであろうか。
 高森親鸞会のビラに対して本願寺から出されたものの中、「いつ助かるか」について、
今、ここで救われます。「なもあみだぶつ」のいわれを聞いて、疑いの心がなくなるとともに、まことの信心にめぐまれて如来の光明の中に摂取されます。やがて、この人生が終われば、浄土に往生して仏のさとりを開せていただくのです。
とあり、「どうしたら助かるのか」について、
まことの信心ひとつであります。いちずに念仏を称えさえしたら助かるというのではありません。真実の教え(本願が名号に成就されたいわれ)を聞くことが大切であります。
と明示し、さらに「念仏について」には、
まことの信心から必ず念仏が流れて出て下さいます。これを他力の念仏といい、「なもあみだぶつ」を口に称えて如来の御恩を感謝します。疑いの心をもったまま唱える自力の念仏では真実の浄土に往生することはできないのです。
と、本願寺の正しい見解が述べられている。「死なねば助からぬ」とか「念仏さえ称えておればよい」とか「念仏はみな同じものだ」などと、本願寺の誰が説き、どこに書いているのだろうか。書物や話の一部分だけとらえて、悪意に解釈するならば、あるいはそのようにとれるところがあるかも知れないが、それは、あまりにも片寄った見方であって、故意に曲解して本願寺を非難しているとしかいいようがない。
 それから『同書』(148頁)には、宿善は他力によるのであるならば、なぜ聴聞にはげまねばならないのか、教えを勧めねばならないのかという問題が繰り返されている。
 これも、つまりは、宗祖聖人が「遇、行信を獲ば遠く宿縁を慶べ」と仰せられ、蓮如上人が「とをく宿縁をよろこぶといふは、今始めてうる信心にあらず、過去遠々の昔より以来の御哀にて今うる信心なり」と示され、存覚上人が「きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ、ともに自力のはからひのちりばかりもよりつかざるなり」と他力をよろこばれたお心が、理解できないところから生じたものと思わざるを得ない。
 また『同書』(150頁)では、宿善があくまでも他力によるというならば、すべての人の宿善が平等でなければならないといい、そして、
本願寺は宿善の相違を認めないのであろうか、若しそうなら紅楳氏のような熱心なものもあれば、仏とも法とも思っていない人もいるという厳然たる事実をどう説明するのか。
と述べている。
 私は宿善の厚薄(相違)を認めないなどといっているのではない。しかし、私がご法義を喜ぶ身にならせていただいたのは、自力の善を積んだからであるとは毛頭考えず、ひとえに仏のお導き、お育てによるものと味わっているのであ
る。この宿善の問題については、さらに『同書』(151頁以下)に『阿弥陀経』の
已発願、今発願、当発願。
若已生、若今生、若当生。
等の文をはじめ、覚如上人の
十方衆生のなかに浄土経を信受する機あり、信受せざる機あり。いかんとならば『大経』の中に説くが如し、過去の宿善厚き者は今生にこの教えに値うてまさに信楽す、宿福なき者はこの教えに遇うといえども念持せざればまた遇わざるが如し。(『口伝鈔』)
の文や、蓮如上人の
陽気・陰気とてあり、されば陽気をうくる花は早く開くなり、陰気とて日陰の花は遅く咲くなり。かように宿善も遅速あり、されば已今当の往生あり弥陀の光明に遇いて早く開くる人もあり、遅く開くる人もあり。(『御一代記聞書』)
の文等を引いて、往生に遅速があるのは宿善が平等でないからであり、宿善が平等でないことは他力ではないからであるという旨を述べている。
 この点については、すでに私の論文でもふれておいたが、本派の宗学上においても、宿善自力説・宿善他力説・当相自力体他力説等と、学的見解の別れるところである。私は、宿善は他力と味わっているが、宿善自力というも、当相自力体他力というも、それは獲信の立場から振り返って宿善の物体を論ずることであって、高森氏のように、これから獲信のために自力の宿善を修せよというような宿善論は、先哲の説にもなく、もちろん宗祖聖人をはじめ覚如上人、蓮如上人の上にも示されていないのである。
 高森親鸞会が引用している覚如上人の『口伝鈔』には、その文の次下に、
しかれば往生の信心のさだまることは、われらが智分にあらず、光明の縁にもよをしそだてられて名号信知の報土の因を得としるべしとなり。これを他力といふなり。
とあるように、覚如上人も、他力のお育てにより信を得ると仰せられてある。蓮如上人が他力を慶ばれたことについては、今さら論ずるまでもないことである。したがって、覚如上人・蓮如上人の所説に往生の遅速の問題があるからといって、宿善が他力のお育てによるとよろこぶことを否定する理由にはならないのである。
 さらに、破邪顕正や財施が諸善万行にはいるかどうかの問題が『同書』(153頁)に出ている。このことは、すでに述べたように、これが諸善万行にはいるかどうかを私は問題にしたのではなく、破邪顕正や財施を獲信のための宿善として修せよと主張する義に、疑義を呈したのである。もっとも、正しい意味の破邪顕正や財施が諸善万行の中にはいることは、いうまでもない。しかし、自らの主張だけを正しいものとし、他派の法座や法要の妨害をするようなことを破邪顕正と考え、そのような集団に献金することを財施というのであれば、それが果たして諸善といえるかどうかは疑問である。
 以上、私の批判に対して、高森親鸞会は種々に反論しているのであるが、宗祖聖人や蓮如上人の上で「未信の者は破邪顕正や財施を獲信のために宿善として修せよ」とある文証を挙げなければ、どれほどもっともらしいことをいったとしても、結局、それは私見に過ぎないのであって、正しい反論にはならないのである。また、実際、そのような文証があるはずはない。
 次に、他者に教えを説くことについては、論文にも書いたことであるが、宗祖聖人は、
仏慧功徳をほめしめて 十方の有縁に聞かしめん
信心すでに得んひとは つねに仏恩報ずべし。(『浄土和讃』)
自ら信じ、人を教えて信ぜしむること、難きが中に転たまた難し、大悲弘く普く化する、真に仏恩を報ずるになる。(『往生礼賛』=『教行信証』信巻に引用)
と教示されているように、他者に教えを説くことを勧めておられる。それは、獲信のための宿善として修せよと勧められているのではなく、信後の報恩行として勧めていられるのである。蓮如上人も、
信もなくして人に「信をとられよ」と申すは我れは物をもたずして人に物をとらすべきという心なり、人承引あるべからず。(『御一代記聞書』93)
等と仰せられるように、信を得てから他者に教えることの大切さを示されてはいるが、獲信のための宿善として他者に教えを説くことを勧めてはいられないのである。
 一方、財施については、宗祖聖人は、他者から志を受けたことに対して、
銭弐拾貫文慥に給候、穴賢、穴賢。(『末灯鈔』)
銭二百文御こころざしのものたまわりてそふらふ。(『御消息集』)
等と、謝念の意を表わしてはいられるが、それを獲信のための宿善として積めなどという仰せは、まったくないのである。『歎異抄』第18には、
仏法のかたに、施入物の多少にしたがひて大小仏になるべしといふことこの条、不可説なり不可説なり。比興のことなり。(中略)いかにたからものを仏前にもなげ、師匠にほどこすとも、信心かけなばその詮なし。一紙半銭も仏法のかたにいれずとも、他力にこころをなげて、信心ふかくば、それこそ願の本意にてさふらはめ。
とある。施入物の大小を云々することは誤りであり、たからものを仏前になげたり、師匠にものを施したりすることによって救いが決まるのではないことが述べられているのである。このように、献金等の財施を宿善として修せよという見解は、まったくないということができよう。蓮如上人も、
ちかごろはこの方の念仏者坊主達、仏法の次第もてのほか相違す。そのゆへは、門徒のかたよりものをとるをよき弟子といい、これを信心のひとといへり。これおおきなるあやまりなり。また弟子は坊主にものをだにおほくまいらせば、わがちからかなはずとも、坊主のちからにてたすかるべきようにおもえり。これもあやまりなり。かくのごとく坊主と門徒のあいだにをひて、さらに当流の信心のこころえの分はひとつもなし、まことにあさましや。(『御文章』1の11)
信心のとおりをば手がけもせずして、ただすすめといふて銭貨を、つなぐをもて一宗の本意とおもひ、これをして往生浄土のためとばかりおもへり、これおほきにあやまりなり。(『帖外御文章』37)
一すぢに弥陀をたのみまひらせて、もろもろの雑行、物のいまわしき心などをふりすてて、一心にふたごころなくたのみまひらせ候てこそほとけになり候はんずれ。さように人に物をまひらせ候て、そのちからにてなどうけ給候、なにともなき事にて候。よくよく御心え候べく候。(『帖外御文章』127)
等と示されるように、財施によって救いが定まるというような、いわゆる施物だのみを誡められている。財施を獲信のための宿善としてなすべき旨を勧めるなどということは、まったくあるはずはないのである。
 高森親鸞会は「真剣な聞法をすすめるのは間違い」とか「聞法は信心獲得することとは無関係」などと、私が聞法をも否定しているように書き立てているが、上述のように、私は聞法を否定するなどとは一言も書いてはいない。破邪顕正や財施(高森親鸞会への献金、財施)等が、獲信のための宿善となるのだから、これを修せねばならぬとする主張に、疑義を呈したのである。
 以上のように、高森親鸞会は、獲信のための宿善としての善根を自力で修すべきであると、盛んに勧めているのであるが、その一方で、こんどは『同書』(158頁)に、
これではまるで親鸞会が「自力の善根で信心獲得出来る」といっているといわんばかり。ひどい中傷である。
といい、また『同書』(165頁)には、
それでは自力の善根によって宿善開発(信心決定)させることが出来るのか、と間抜けは返難するかもしれない。事実『伝道院紀要』には「高森親鸞会は宿善開発(信心決定)が自力で出来ると言っている」と丁度鬼の首でもとったように繰り返す。その後の彼我の往復書簡にもそのことが顕著にでている。本願寺の親鸞会中傷の最も大きな点の一つである。
等と、まるで「獲信のために宿善を自力で積め」などいったことがないかのようないい方をしているのである。それならば、
過去に仏縁浅きものは現在において真剣に宿善を求められねばならない。でなければ信心開発の時節到来ということはあり得ない。されば宿善は待つに非ず、求むるものである。(『白道もゆ』212頁)
生まれた時から他力に摂取されているものは一人もいないのですから、みんな自力で求めていくのです。(「顕正新聞」第93号)
等と述べていることは、ウソだったのであろうか。
 また『本願寺の体質を問う』(171頁)には、
自力の善が獲信の資助になるどころか、自力無効、捨自帰他、弥勒菩薩も三世諸仏も化土往生人も、自力が廃らない限り絶対に弥陀の本願は判らず、報土往生は出来ないことを開顕し続けて来たのが、親鸞会の歴史である。
ともいっているが、それならば、
まず自身の信心決定をめざせ、そのためには宿善をつめ。イ聴聞、ロ、破邪顕正。(「顕正新聞」第93号)
真実の仏法のために提供される浄財はすべて尊い宿善となります。(「顕正新聞」第175号)
と書いてあるのは、間違いであったというのだろうか。にもかかわらず、
命がけの聴聞も破邪顕正も、自力の一切は間に合わなかったと廃った一杯が、本願力に間に合ったことに驚き呆れ、すべてが他力であったなあーと不思議不思議と踊り上がったときを宿善開発というのだ(『本願寺の体質を問う』175頁)
と述べている。あれだけ自力で宿善をつめといい「破邪顕正こそ無上の宿善」とか「浄財はすべて尊い宿善」といって、それが誤りであると批判されると、繰り返し質問状を発し、さんざんな罵詈雑言を浴びせ、法要妨害までしておきながら、こんどは掌を返すように、自力の宿善は間に合わないというのである。
 そして『同書』(175頁)には、つづけて、
一切凡小、一切時の中に、貪愛の心常に能く法財を焼く、急作急修して頭燃を灸ふが如くすれども、衆て、雑毒雑修の善と名け、亦虚仮諂偽の行と名づく。真実の業と名づけざるなり。此の虚仮雑毒の善を以て無量光明土に生ぜんと欲す、此れ必ず不可なり。(『教行信証』信巻)
今の真宗においては専ら、自力をすてて他力に帰するをもって宗の極致とする。(『改邪鈔』)
もろもろの雑行雑修自力の心をふりすてて、一心に阿弥陀如来、我等が今度の一大事の後生、御たすけさふらへとたのみまうしてさふらう。(『領解文』)
等の文を引き、
かかる親鸞聖人や覚如上人・蓮如上人を一貫せる自他力廃立の御教化によって救われ、その真実を開顕せん為に死力を尽している親鸞会を「自力によって宿善開発(信心獲得)出来るといっている」という本願寺の非難は悪辣極まる中傷と断ぜざるを得ないのである。
と結んでいる。ここに示されてある通り、宗祖聖人・覚如上人・蓮如上人のご教示・ご教化が、一貫して徹底した自他力廃立のものなるが故に、私は「未信の者は獲信のために自力の善を積め」という高森親鸞会の宿善説に疑義を呈したのである。それを「悪辣極まる中傷」と、まるで事実無根であるかのように高森氏はいうのである。これでは、まったく議論にならないといわねばならぬ。



続く



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