★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2010年08月20日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2010年08月07日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
【本】中島みどり / 白蓮華のように ―あなたに会えてよかった― (5)
一つ前の投稿の続きです。
自分の母親と重なる事が多く、非常に感動した本です。
他界する直前の不思議な出来事を思い出さずにはおれません。
臨終の数日前、母は何とか会話はできたものの、肉体的には立って歩く事もできない程衰弱していました。「来年まで生きておれないだろうなー」と漏らしていた本人が、目前に迫っている自己の死を自覚していたかは分かりませんが、少なくとも家族は医師から「あと何週間というレベルではない。今日、明日に、何がおきても良いように覚悟しておいて下さい」と言われました。皆、努めて優しく接することができたのは、早い段階で本人へガンの告知がされていたからです。
清々しい秋風が吹く9月半ば。厳しい夏の暑さの終わりと、短くも激しく生きた一人の人生の最期を連想させる、穏やかな晴天でした。
薬が効いているのか、ふと「風が気持ち良いねー」と呼びかけられました。
「???窓は閉まっているはずだけど?」
そう思いながらも、「気持ち良いねー」と言って窓を開けようと立ち上がったその時です。
「ちょっと!」と腕を掴まれました。その握力は、まるで健康体そのもの。それだけでも驚きでしたが、その後、私は我が耳を疑うことになります。夢をみているようだ、とはまさにこの事です。
(続きを読む…)
自分の母親と重なる事が多く、非常に感動した本です。
他界する直前の不思議な出来事を思い出さずにはおれません。
臨終の数日前、母は何とか会話はできたものの、肉体的には立って歩く事もできない程衰弱していました。「来年まで生きておれないだろうなー」と漏らしていた本人が、目前に迫っている自己の死を自覚していたかは分かりませんが、少なくとも家族は医師から「あと何週間というレベルではない。今日、明日に、何がおきても良いように覚悟しておいて下さい」と言われました。皆、努めて優しく接することができたのは、早い段階で本人へガンの告知がされていたからです。
清々しい秋風が吹く9月半ば。厳しい夏の暑さの終わりと、短くも激しく生きた一人の人生の最期を連想させる、穏やかな晴天でした。
薬が効いているのか、ふと「風が気持ち良いねー」と呼びかけられました。
「???窓は閉まっているはずだけど?」
そう思いながらも、「気持ち良いねー」と言って窓を開けようと立ち上がったその時です。
「ちょっと!」と腕を掴まれました。その握力は、まるで健康体そのもの。それだけでも驚きでしたが、その後、私は我が耳を疑うことになります。夢をみているようだ、とはまさにこの事です。
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★゜・。。・゜゜・。。・゜☆ 2010年08月04日 ☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
【本】中島みどり / 白蓮華のように ―あなたに会えてよかった― (2)
一つ前の投稿の続き。第2章は、闘病中の日記です。
没後知ったのですが、自分の母も大腸癌で入院していたとき日記を書いていました。それを読んだときの記憶がよみがえり、切なくなりました。
当時は仕事の関係で富山県にいて、実家の東京へは月1回しか帰れませんでした。その帰りを待ちわびていること、検査が辛かったこと、痛みがだんだん強くなってきていることなどが日記には克明に書かれていて、それまでの不孝を懺悔せずにおれませんでした。
中学高校時代は親を疎ましく思い、大学卒業後は両親の反対を押し切り、家を飛び出るようにして北陸の某団体へ入り、家へはほとんど帰りませんでした。口だけは達者で憎たらしいことを平気で言う母を、どれだけ罵ってきたことか。
そんな母が、ステージIVの進行癌だと分かり、少しずつ衰弱してゆく姿をみて、何とか支えになれれば、と思うものの、思い知らされるのは無力感だけでした。
唯一救いになったのは、それまで聞いてきた親鸞聖人のお言葉を伝えることが出来たことだと思います。
治る見込みが少なく、いつ死がきてもおかしくない状態の中で、「かならず往生することがある」と話をしました。
その願いが届いたのか、中島みどりさんと似たような事を書いていたのに、不思議な因縁を感じずにはおれません。
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没後知ったのですが、自分の母も大腸癌で入院していたとき日記を書いていました。それを読んだときの記憶がよみがえり、切なくなりました。
当時は仕事の関係で富山県にいて、実家の東京へは月1回しか帰れませんでした。その帰りを待ちわびていること、検査が辛かったこと、痛みがだんだん強くなってきていることなどが日記には克明に書かれていて、それまでの不孝を懺悔せずにおれませんでした。
中学高校時代は親を疎ましく思い、大学卒業後は両親の反対を押し切り、家を飛び出るようにして北陸の某団体へ入り、家へはほとんど帰りませんでした。口だけは達者で憎たらしいことを平気で言う母を、どれだけ罵ってきたことか。
そんな母が、ステージIVの進行癌だと分かり、少しずつ衰弱してゆく姿をみて、何とか支えになれれば、と思うものの、思い知らされるのは無力感だけでした。
唯一救いになったのは、それまで聞いてきた親鸞聖人のお言葉を伝えることが出来たことだと思います。
若不生者のちかいゆえ 信楽まことにときいたり
一念慶喜するひとは 往生かならずさだまりぬ(親鸞聖人・浄土和讃)
治る見込みが少なく、いつ死がきてもおかしくない状態の中で、「かならず往生することがある」と話をしました。
その願いが届いたのか、中島みどりさんと似たような事を書いていたのに、不思議な因縁を感じずにはおれません。
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