66億

『世界の人口』によると、世界人口は現在66億人だそうで、
世界の人口は、1分に140人、1日で20万人、1年で8千万人、増えています。 世界中で、1年に6千万人が亡くなり、1億4千万人が産まれます。
ということですが、
66億(つまり6600000000)人って、今ひとつどのくらいの数なのか実感がわきません。


ところで、
  41m×41m×41m     =4100cm×4100cm×4100cm     =68921000000cm3     ≒66億cm3
なので、1cm×1cm×1cm の角砂糖を66億個積んだら、タテ・ヨコ・高さが41mの大きさになるのですが、それは東京ドームの約1/20にあたります。  人間は、ちょっと離れたところから見れば豆粒ほどの大きさになってしまうので、66億人といっても、案外少ないものかもしれない、と思いました。
 一方、地上に生息する生物の種類はどの位かと考えると、少なくともぶ厚い辞典1冊分にはなるでしょうし、海中だけでも1000万種以上と言われています。その中でも、たとえば一度に何百万個の卵を産む魚や、大量の小動物の群れを考えると、人間の存在は確率的に極めて稀少と言えるかもしれません。イナゴやバッタの大量発生、蟻や蜂の集団を見ると、一体どのくらいの数になるのか、と思わずにおれません(そういえば、グンタイアリが集団で巨大なシマウマを食い殺す映像を見たことがありますが、あれはまるでホラー映画のようで壮絶でした)。
 一人の人間が生まれたのは、1億個余りの精子の中の、たった1つが卵子にたどり着いた結果だ、と良く聞きますが、似たような話が経典にあるのを見つけました。「100年に一度しか海中から顔を出さない盲目の亀が、海面に浮かんでいる木の穴に、頭をひょいと入れることがあるだろうか」と釈迦が表現しているので「盲亀浮木の譬喩」と言われているそうです。そして、そのくらい、有ることが難しいことだから、人間に生まれてきたのは「有難い」のだ、と教えられています。
 まあ、そんな訳で、人として生まれてきた以上は、「生まれてきて良かった」という感謝の念を忘れずに充実した人生を送りたいものです。というか、ゴキブリや毛虫に生まれなくて良かった、と思う今日この頃です。なぜなら先日、台所で、ゴ…… (;゚Д゚)

【おまけ(動画)】   アリの世界-規律に守られた社会   不思議なアリたちの物語   海の中の不思議な生き物   南極海のヒョウアザラシ   などなど
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とどろき ~ 平成19年8月

 8月といえばお盆、お盆といえば墓参り、墓参りの習慣は仏教から出ていると思いきや、意外や意外、「親鸞は父母の孝養のためとて念仏、一返にても申したること未だ候わず」という言葉が紹介されていました。1から分かる浄土真宗というコーナーです。葬式は確かに、仏教から出ているものですが、その「こころ」が一般に思われているものとは違うようです。今月は「葬式・法事・墓参りの心がけ」というテーマで説明されていますので、以下、要点を書き出してみると、、、
①追善供養を否定された親鸞聖人  世間では、「盛大な葬式をしないと死んだ人が浮かばれない」「墓も立派にせよ」「お経さまだけが死人のごちそうだ」などといわれます。また、そう教えるのが仏教だと思われています。  ところが、親鸞聖人は、 「親鸞は父母の孝養のためとて念仏、一返にても申したること未だ候わず」(歎異抄)“この親鸞は、亡き父や母の追善供養に一回の念仏も、一巻のお経も読んだことがないのだよ”と、びっくりすることをおっしゃっています。しかし、これがお釈迦様の教えでもあるのです。
②葬式や読経で死者は浮かばれない  ある時、お釈迦様に、「長いお経を読んでもらったら、地獄に堕ちている者でも極楽へ往けると言う人がいるのですが、本当でしょうか」とお弟子が尋ねました。  その時、釈尊は黙って小石を一つ拾われると大きな池に投げ込まれ、「この池の周りを、石よ浮かび上がれ、石よ浮かび上がれと言いながら回ったら、あの石が浮かんでくると思うか」と反問されました。「そんなことで石が浮かぶはずはありません」と答えると、「そうだろう。石は石自身の重さで沈んでいったのだ。人は己の過去に造った業によって次の世界に沈むのだ」とおっしゃっています。
③肉体の葬式より魂の葬式が大事  では、死んで極楽浄土へ往けるかどうかは何によって決まるのでしょうか。  それは「この世で弥陀の本願に救われているかどうかで決まるのだよ」と、親鸞聖人は教えられています。弥陀の本願とは、ジゴクから地獄の綱渡りを続ける私たちを、必ず絶対の幸福に助けると誓われた阿弥陀如来のお約束です。その弥陀の誓いどおり、迷いの魂の打ち止めをせられた人は「いつ死んでも浄土往生間違いなし」と大安心の身に、ただいま生かされます。この「魂の葬式」ができたならば、肉体の葬式や墓などは問題にならなくなると聖人はおっしゃるのです。
④葬式・法事・墓参りの意義  ならば葬式や法事、墓参りは無意味なのかといえば、それは全く私たちの心掛けいかんにかかっています。  多くの人が集まるこの機会に、亡くなった人をご縁として無常を見つめ、真剣に後生の一大事を心にかけて、一心に阿弥陀如来の本願を聞けば、みんなが本当の幸せに救い摂られるのですから、これほど尊いことはありません。それが亡くなった人の最も喜ぶことでもあります。また墓参りも先祖供養の習慣としてでなく、忙しい毎日の中で、世俗を離れ人生を深く見つめる得がたいご縁とさせていただくならば、有意義なものとなるでしょう。
 ということで、葬式・法事を否定されたというよりは、その心がけを戒めるために、あえてびっくりするような言い方をされた、と受け止めるべきなのでしょう。  ポイントは、葬式といっても「肉体の葬式」と「魂の葬式」の2つがあるということでしょうか。「魂の葬式」とは聞きなれない言葉ですね。“迷いの魂の打ち止め”という表現もされていますが、魂は流転輪廻するのでしょうか?  この「とどろき」ではしきりと“平生に人生の目的が達成できる”ことが強調されていますが、人生の目的達成したときが魂の葬式なのでしょうね。すると、その葬式は生きているときに済ませられるということで、それこそびっくりする教えだと思います。

とどろき ~ 平成19年4月号

とどろき平成19年4月号
 明日から5月ということで、慌てて4月号の感想です。 (^^;ゞ
 日本人が大好きな桜の写真に丸ゴシックで「しあわせの法則」という水色の文字、その下に「愛する人は愛される」のサブタイトル、、、。『鏡の法則』?と思いましたが、案の定、“人生の問題を解決する魔法の知恵”が書かれていました。こういう類の文章は、真理というのは時代や場所を超越しているのでしょう、内容的に重なる感じがしますが、こちらの方が理路整然と根拠がかかれており、読みごたえがありました。
 そもそも、この冊子が“親鸞聖人の教えがわかる月刊誌”というものなので、お釈迦様の教えに基づいて書かれており、説得力がありました。しかも、難しい「説教」ではないところが読みやすいです。
 職場で愛されないA子家庭で愛されないB男が、なぜ上手くいかないのか、釈尊の説かれた因果の道理が分かりやすく書かれています。最後の「まとめ」を引用すると、
まとめ
  • 運命は自らの行為が生み出すもの。
  • まいた種は必ず生える。
  • 遅い早いはあるけれど、善い行いをすれば、必ず善果(善い運命)がその人にやってくる。
  • だから自分が変われば、必ず人生が変わる。
ということで、実は結構あたりまえというか、誰でもうすうす感じている事だったりします。
 しかし、「他人のせいで自分が苦しむこともあるのでは?」とか「正直者はバカを見るっていうし、一生懸命努力しても、報われないこともあるんじゃない?」などと思うときもあります。そんな疑問にも答えられており、釈迦の教えの奥深さを垣間見た気がしました。
 上記の巻頭だけでなく、法然上人の幼少期のエピソードや、マンガ「蓮如上人物語」、また「お釈迦様物語」などの読み物も面白かったです。特に、“街の辻に立って100人殺し その指で首飾りをつくれ──釈尊と殺人鬼①”という内容の「お釈迦様物語」は文体が格調高く、続きの②が早く読みたくなりました。
 巻末の付録、「えんぴつで親しむ法語」は、『奥の細道』をやった人には受けそうですね。

    2012年5月
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