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高森顕徹
『歎異抄』勉強会@知人宅 2009.10.25
- 2009-10-26 (月)
- た:高森顕徹
『歎異抄』の勉強会に行ってきました。
使用したテキストは、
高森顕徹 /『歎異抄をひらく』→
備忘録の中から、一部をまとめてみました。
全文を読む
どうぞ twitter に引用しちゃってください(^^)ノ
高森顕徹 / 歎異抄をひらく(朗読DVD)
- 2008-12-25 (木)
- た:高森顕徹


「朗読DVDブック 歎異抄をひらく:高森顕徹(1万年堂出版)」というサイトを見ていたら、
以前取り上げた『歎異抄をひらく』(高森顕徹)の朗読DVDが出るそうです。
しかも1月1日発売というのは、何とも"「開けまして」おめでとう"なタイミングの『歎異抄をひらく』です。
朗読者の鈴木弘子さんは「赤毛のアン」や「クレヨンしんちゃん」、「名探偵コナン」、「ルパン三世」といった人気アニメや「ゴッドファーザー」、「タイタニック」、「ベン・ハー」などの洋画吹き替えなど、幅広い活動をしており、確かにどこかで聞き覚えがあるような、、、
NHK児童劇団第1期生。子役時代からNHKを中心に活躍するが、大学在学中外国映画の吹き替えに起用されたのを機に、卒業後声優活動を本格化させる。
アニメのほかにも、海外ドラマの吹き替えを務めるなど、幅広い活動をしている。特にテレビで放映された吹き替えの数は多く、ジャクリーン・ビセットの吹き替えの大半をつとめている。池田昌子、小原乃梨子と並んで美女の吹き替えの数が多く、70年代以降のパニック映画ではその声が必ず聞こえてくるほど出演が多い。
本人自身も美女の評判が高く、60年代には実写ドラマのヒロイン役の出演実績があり、バラエティー番組等の司会も少なくない。
(Wikipediaより)
なるほど美女の声です!(^o^)
『光に向かって花いっぱいの散歩道』はじめ、他の高森顕徹さんの著書でも朗読をしてます。著者のファンなのかも知れませんね。
この『歎異抄をひらく』の朗読は、すでにラジオ放送がなされているとのこと。ラジオを聞き逃した人や、朝の時間帯は忙しくて聞けない人には有り難い、今回の発売と言えるでしょう。
それにしても、この本、丸ごと1冊全部朗読されているのでしょうか? とすれば、相当の時間になるのでは、、、(゚д゚;;
と思って調べてみたら、
第1部 『歎異抄』の意訳(約75分)
第2部 『歎異抄』の解説(約160分)
第3部 『歎異抄』の原文(約60分)
ということですから、本当に全部朗読されているみたいですw(゚o゚)w
合計、約300分!……ご、5時間です(^^;
収録、ご苦労様でした<(_ _)>
以下、歎異抄の魅力についてまとめられているブログより↓
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白石一文 / 僕のなかの壊れていない部分(1)
- 2008-09-20 (土)
- し:白石一文
まだ読み始めたばかりで、50ページも読んでいないのですが、これは良い!と思える予感のする本です。そもそもタイトルからして良いと思います。
主人公は出版社に勤務する29歳の「僕」、少しひねくれた人格として描かれているようにも思えますが、思考や発言には同調できる部分が多く、また深い示唆に富んでいると思います。
普通なら、全部読み終えてから感想を書くところですが、後から振り返って書こうとしても忘れてしまいそうなので、この際、メモを取りながら読み進めて行こうと思いました。
以下、枝里子という女性との旅の最中、彦根城での会話です。「生」と「死」について考えさせられます。
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矛盾発見!『なぜ生きる』
- 2008-07-21 (月)
- い:伊藤健太郎
あ、表題の意味ですが、
『なぜ生きる』
ということです。本そのものは「人生の目的があるから、生きている間に達成しなさい」ということで論旨一貫していると思います。
さて、人間の存在ほど矛盾したものはない、とある哲学者は言います。その最たるものが「絶対死にたくないのに、絶対死なねばならない」というものでしょう。
また、いつかは死ぬと頭では分かっていても、腹底ではいつまでも生きておれると思っているのが私達です。その証拠に、明日とも知らぬ無常の命なのに、その先のことを考えてはいないでしょうか。「明日も生きておれる」というのが大前提になっています。その心は明日になっても、1年後になっても、10年経っても変わらないでしょう。その、「まさか明日は死なない」という心は死ぬまで変わらないと思います。
その他、来るやら来ないやら分からない未来には万全の対策を立てていても、やがて必ずやってくる事には無頓着なのも矛盾した人間の姿です。
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絶対彼氏(速水もこみち、水嶋ヒロ、相武紗季:主演、渡瀬悠宇:原作)
- 2008-06-28 (土)
- ★映画・テレビ など
絶対的な愛を捧げぬくイケメン恋人型ロボット天城ナイト(速水もこみち)と「失恋女王」井沢梨衣子(相武紗季)の心温まるストーリー、最後、非常に感動的でした。
最初のうちは、
「俺はリイコを愛してるよ」
「どうせ、そう言えってプログラムされているんでしょ!」
「そうだよ。でも俺はリイコを愛しているんだよ」
「もう!ヽ(`δ´)ノ」
といった感じで、融通のきかない、だけどすごくいい人ナイトの演技が面白くて、楽しく見ていました。ナイトは梨衣子の「理想の彼氏」と設定されているのですが、相手がロボットと分かっているので当然梨衣子は彼氏と認めることはできません。
ところが、ナイトの言動に次第に異変が。恋のライバル創志さん(水嶋ヒロ)に対し、嫉妬プログラムに従っているかのように見えたナイトですが、実は本当に嫉妬の心を抱いていたのです。
ロボット開発者、並切さん(佐々木蔵之介)も驚くほどナイトは自我に目覚め、プログラム制御下ではない、自発的な「感情」を持つようになります。
「俺は、リイコの笑顔を見ていると、すごく幸せなんです」
ナイトの献身的な優しさと、創志さんへの思いの間で梨衣子は戸惑いますが、所詮ナイトはロボットです。頑なに「ナイトは彼氏なんかじゃない」と主張します。
さて、ナイト、梨衣子、創志の関係はどうなるのか? 最終回で、涙の結末が待ち構えています。
第1回~第10回動画は、、、
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明橋大二 / 『なぜ生きる』『10代からの子育てハッピーアドバイス』
- 2008-06-19 (木)
- あ:明橋大二
6月17日、宮崎勤(元)死刑囚に死刑が執行されました(関連記事)。埼玉県と東京都で幼女連続誘拐殺人事件が起きたのは1988年から89年にかけてのこと。
そして先日8日、秋葉原通り魔事件。
この20年の間には、
・地下鉄サリン事件(1995)
・神戸連続児童殺傷事件(1997)
・池袋通り魔殺人事件(1999)
・下関通り魔殺人事件(1999)
・附属池田小事件(2001)
・秋田小1男児殺害事件(2006)
など、、、様々な通り魔やバラバラ殺人、その他異常な犯罪が起き、その度毎に、多くの人が心を痛めました。
これらは、個人的な怨恨や人間関係のもつれからくる悲劇とは違い、見知らぬ他人や力のない幼児が被害者となっており、加害者に対し「どうして?」と怒りや疑問が投げかけられます。しかも、犯人には罪の意識や反省が見られないことが多く、不気味な印象を与えます。
このような、人命軽視の傾向はどこから来るのか? 精神科医でベストセラーシリーズの著者、また、小学校におけるスクールカウンセラーや児童虐待の対応相談、各地講演などで活躍中の明橋大二さんの書籍2冊から、関連すると思われる記述を集めてみました。
たとえば少年法を改正しても、罪の意識のない少年にどれだけの効果を期待しうるか、と懸念されるように、これら諸問題の根底にある「生命の尊厳」、「人生の目的」が鮮明にされないかぎり、どんな対策も水面に描いた絵に終わるであろう。
「人生に目的はあるのか、ないのか」
「生きる意味は何なのか」
人類は今も、この深い闇の中にある。
小学生を殺害し頭部を切断した14歳の少年は、世間を震撼させました。しかしこの少年の「ボクの存在は透明だ」という言葉に、共感を覚える若者は少なくありません。
「誰からも必要とされていない私。ガラクタだもの。生まれてこなければよかった」
「なんで生きなきゃいけないのかな。サッサと生きて、サッサと死にたい」
私の存在は無意味、そんなむなしさを深めている子供たちは、「忘れ物をしたから」「運動会があるから」「先生に叱られたから」と、信じられない理由で命を捨てています。
自分の命の大切さを知らねば、他人の命も尊重できないでしょう。「死んでもいいじゃん」の無知が、「殺してもいいじゃん」の暴論に、すり替わってゆくのではないでしょうか。
「どうして人を殺したらいけないんですか?」
高校生がボソッと漏らしたテレビ番組で、シーンと静まり返った出演者たち。パタッと番組が終了し、さまざまな議論をよびました。
「人命は地球より重いからだ」といくら言っても、無駄でしょう。
「どうして地球より重いの?」と突っ込まれたら、終わりだからです。
どんな人でも、答えに窮するのではないでしょうか。哲学者も、お手上げです。なぜ命が尊いか、説明できた哲学者を知らないと、P・フット(カリフォルニア大学教授)は、論文「道徳的相対主義」に書いています。哲学書を何百冊読んでもわからないのです。
平成7年の地下鉄サリン事件は、5000人以上の被害者を出しています。オウム信者の中には「自分の存在意義に、正面から答えてくれたのは教祖麻原だけだった」と漏らした青年もいました。人生の目的に渇き切った心は、泥水でもすすらずにいられなかったのでしょう。
卒業生が未曽有の無差別殺人をはかったことに、最高学府に籍をおく教授がどう責任を感じているのか、講義に筆者は耳をそばだてていました。ところがどの教官も、いつもと変わらぬ授業をつづけていたのです。一人だけ、「どうしてあんな教祖についていったのかな。見るからに汚らしいのに」と最高に低レベルなコメントをしましたが、これが知識人の実態か、とガッカリさせられました。こんな現状に、科学がどれだけ進歩しても、占いはなくならず、迷信邪教がはびこる理由の一端を見る重いがします。
本当に尊い命と知らされるのは、いつのことなのでしょうか。
日本をはじめ先進国で自殺者が増加し、異常な犯罪や悲惨な事故が多発している。新潟での9年間の少女監禁などは、犯罪史上、例を見ない凶悪事件だ。28歳男の殴打やスタンガンによる暴力にも、悲鳴さえゆるされなかった9歳の少女は、自分の腕や毛布にかみついて耐えたという。
平成12年は、少年の暴走も加速した。主婦を殺害した少年は、「人を殺す経験がしたかった」とうそぶいた。それを聞いて、「先を越された」とくやしがった17歳の少年は、バスを乗っ取り1人を惨殺、5人に重軽傷を負わせ、長時間乗客を恐怖にたたき込みながら、「何か悪いことでもやったというのか」と供述したという。15歳の男子生徒が、友人一家の皆殺しを計画し、サバイバルナイフで3人を刺殺、残り3人にも重傷を負わせた、と聞くにいたっては言葉をのむよりほかはない。
「人生には意味があるのか」
「苦しくとも生きる価値があるのか」
人類は、混迷の度を深めている。
そんな中、“なんと生きるとは素晴らしいことなのか……”親鸞聖人は、高らかに叫びあげられる。こんな生命の尊厳さを知れは、臓器移植してまでなぜ生きるのか、なぜ自殺してはならぬのか、なぜ人命は地球より重いのか、人間存在の疑団が氷解し、諸問題の解決に、たくましく前進できるのではなかろうか。
(中略)
真の人生の目的を知ったとき、一切の悩みも苦しみも意味を持ち、それに向かって生きるとき、すべての努力は報われるということだ。
もちろん、悪いことを悪いと知らせることは大切ですが、それは、子どももたいていは知っています。知っていて、それでもやる子に、どう言えばいいのでしょうか。
実は、非行に走る子の心の底には、2つの心が必ずある、と思っています。それは、怒りと、自己評価の低さです。
怒りは、周囲の人から攻撃を受けた、被害体験が元になっています。
親からの虐待や、暴力、体罰、否定、放任。
兄や姉からの暴力。
学校の先生からの否定や体罰。
友達のいじめ。
そういうことをされると、人間は当然、腹が立ちます。それが怒りです。
しかし、子どもは怒りだけでは、まだ非行に走りません。怒りをバネにして、がんばる、ということもあります。あるいは非行に走っても、それほどエスカレートせずに、いずれ戻ってきます。
怒りに、自己評価の低さが加わったとき、子どもは、非行にどんどん深入りします。
要するに、「自分がそういうことをされるのは、自分に価値がないからなんだ」「自分はいらない人間なんだ」「人間のクズ」「どうせ自分なんか……」、そう思ったとき、人間は、捨て鉢になり、世の中のルールに反逆を試みます。
自分をおとしめることで、自分に対して暴力を働いた人に、復讐を試みます。
現実には、こんなことをしても復讐にはならないし、たとえなったとしても、そんなことのために、自分の人生がどうなってもいい、というのは、決して賛成できません。
しかし、本人の気持ちはこうなのです。
ですから、逆に言えば、この2つの気持ち、「怒り」と「自己評価の低さ」を解消すれば、子どもは立ち直るきっかけを得る、といえます。
怒りに対しては、いちばん有効なのは、本人に被害を与えた人自身の直接の謝罪です。
自己評価の低さに対しては、家族が、あなたは大切な人だよ、必要な人なんだよ、ということを、いかに言動で伝えていくか、ということです。
一生懸命、ごちそうを作って食べさせる、という方法は、「あなたは、どんなことをやろうとも、やっぱり、大切な家族だよ。この家には、必要な人間なんだよ」ということを伝える、大きなメッセージになります。
それが伝われば、子どもも自然と、「こんな自分でも、見放さないで大切にしてくれる家族を、裏切ってはいけない」と思うようになります。
子どもを非行や犯罪から最後に守るのは、ルールやしつけではなく、親から大切にしてもらったことから、自然と出てくる、「この親を裏切れない」という心です。
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高森顕徹 / 歎異抄をひらく(「善も要らない、悪も怖くない」あなた、こんなことが信じられますか? 『歎異抄』の言葉)
- 2008-06-04 (水)
- た:高森顕徹
善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや
日本の古典の中でも美文として知られる『歎異抄』。最も有名なこの一節を読んで、「そうか、悪人で良いのか」と安心してしまうのは私だけでしょうか? いや実際、「浄土真宗は、悪人製造の宗教だ」という人もあるようです。
『歎異抄』には他にも
しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきがゆえに、悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえに
と、あたかも「他の善はしなくてもよい。どんな悪もおそれることはないのだ」と読めるところがあります。
『歎異抄』とは「世界の光」と言われる親鸞聖人のお言葉を弟子が書き記したもの。常識的に考えて、善を勧めこそすれ、悪を勧められたとは考えにくく、腑に落ちない人も多いと思います。
それについて本書では
「善も要らない、悪も怖くない」
あなた、こんなことが信じられますか?
『歎異抄』の言葉
という章で詳述されています。
まず、親鸞聖人のお言葉で、「放逸無慚(やりたい放題に悪をしながら、少しも恥じないこと)なるまじき」と、誤解を正されています。
「これで自分は、極楽へ往けるようになったのだから」と公言し、勝手気ままに、してはならないことをしたり、思うてはならぬことを思ったり、言ってはならぬことを言ったりするなど、決してあってはならないことだ。
酔いもさめぬ先になお酒を勧め、毒も消えやらぬにいよいよ毒を勧めんがごとし。「薬あり、毒を好め」と候らんことは、あるべくも候わずとこそ覚え候
どうせ煩悩の塊だからと開き直って、思うにまかせて、やってはならぬ振る舞いをし、言ってはならぬことを言い、思ってはならぬことを思っても、これは仕方のないこと、慎む必要はないのだ、と話し合っているようだが、はなはだ情けない限りである。
泥酔者に、なお酒を勧め、毒で苦しんでいる者に「薬がある、どんどん毒を飲め」と言う愚者が、どこにあろうか
では、「他の善も要にあらず」「悪をもおそるべからず」とはどういうことか、、、
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CHANGE(木村拓哉、深津絵里:主演)第1回
- 2008-05-24 (土)
- ★映画・テレビ など
『ごくせん』に次いでの人気か? キムタク主演の『CHANGE』、第1回を見ました。
木村拓哉さん扮するのは、政治に無関心なロマンティスト、子供からもからかわれる様な、質朴な小学校教師、朝倉啓太です。
ところが、衆議院議員の父、誠の死より、補欠選挙に啓太が立候補することとなります。本来、政治は嫌いな啓太ですが、子供に「アウトになると分かっていても全力疾走しろ」と教えている手前、一生懸命選挙活動に取り組んで行きます。
そして投票日直前、対立候補の陰謀により、父親の過去の不正をでっち上げられるのですが、その翌朝の、あさくら啓太候補の街頭演説がこれです。
僕は、、、僕は、この疑惑を否定することはできません。父が金を受け取ったのは、本当だろうと思います。
(どよめき、野次)
18年前、父の疑惑が報道された時のことを、僕はハッキリと覚えています。新聞に書かれている父の名前を見て、僕は尋ねました。「これは本当か?」と。でも、父は何も答えてくれませんでした。ただ一言、「政治には金がかかるんだ」と、僕の目を見ずに、、、。
あの時から僕は政治が嫌いになったんです。だからここを、福岡を飛び出して、長野で小学校の教師を、、、。
父には、応援してくれる人が沢山いました。そんな人達は、父の不正を許してくれるかもしれません。「キレイ事で政治なんか出来ない」「良いことをする為に、仕方なく不正に手を染めることだってあるじゃないか」と。「だから自分は朝倉誠を責めない」
でも僕は、世の中に、必要な悪があるなんて、子供達に教えたくはありません!
人間は、悪を造らずしては生きてゆけず、キレイ事だけでは政治はおろか、普通の生活もできないのが現状でしょう。そもそも、生きるためには食べねばならず、食べる為には生き物の命を殺さねばなりません。金を儲けるには他人のお金を手に入れなければなりません。その時点で、完璧な博愛主義者、善人などあり得ません。
善と悪、正と邪については、たとえば METALLICA が『…AND JUSTICE FOR ALL』でも歌っているとおり、すべての人に、完璧な正義などない思います。あるとすれば、偽善のみ。
しかし、ここで感動するのは「子供達に教えたくありません!」の一言です。
子供はやがて、成長するにつれて社会の悪や不条理を知ることになるでしょう。しかし「どうせ汚い世の中だから」と、小さな頃から善悪に鈍感になってしまっては、本当に救いようのない世の中になってしまうと思います。
この世の穢れ、自己の罪悪が本当に知らされるのは、本気で善に取り組んだ人ではないでしょうか。真剣に善に努めた人でなければ、「偽善以外の善行は出来難い自分」と自覚することはできないと思います。
善とか悪について、「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」という言葉が有名ですが、その真意をくみ取れるか否かの、ポイントになるかもしれません。
キムタクの演説を聞いて、そのように思いました。
Links:
高森顕徹「なぜ生きる」を読む-「悪人正機」の「悪人」とは?
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The Spirit Carries On / DREAM THEATER
- 2008-04-30 (水)
- DREAM THEATER
「不一不異」という言葉が仏教にあります。肉体と魂の関係を表した言葉のようです。
新陳代謝によって私達の体の全細胞が入れ替わるのは約7年だといわれます。だから7年前の自分と今の私は物質的には別人、「不一」です。しかし、昔も今も「私」は「私」、同一人物だから「不異」。
譬えると、肉体は貯金通帳、魂は金額といったところでしょうか。
記載スペースがなくなれば通帳は新しくしますが、金額は引き継がれます。
そして、どんなに古くて汚い通帳でも高額貯金されていれば大事にするし、通帳がどんなに新しくて綺麗でも、1円しかなければ失ってもさほど問題ではありません。通帳よりも大事なのが金額だということです。
魂の宿る器が肉体ですから、体は大事にせねばなりませんが、死ぬときは焼かれて白骨と灰になり、自然に返ります。
では、肉体より大切な魂は、死ねばどうなるのでしょうか?
「有」から「無」になることはあり得ないので、輪廻転生する、と考えるのが適当かもしれません。
さて、前置きが長くなりましたが、「輪廻転生」をテーマにした名盤がこれ。
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NHK プロフェッショナル(仕事の流儀) / ワンクリックで世界を驚かせ ~ ウェブデザイナー・中村勇吾
- 2008-04-03 (木)
- ★映画・テレビ など
3月16日に書きましたように、エイプリル・フールの4月1日、NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」 / ワンクリックで世界を驚かせ ~ ウェブデザイナー・中村勇吾」の回を見ました。
最も印象に残ったのは「試行錯誤を、楽しみつくす」ということです。楽しみ「つくす」というのが“プロフェッショナル”たらん所だと思いました。
ちょうど今、梅田望夫さんの「ウェブ時代 5つの定理」を読んでいるところですが、シリコンバレーの一流技術者と通ずるものを感じました。好きなことにとことん没頭し、利害打算、金儲けなどではなく、より良いものを納得のゆくところまで追求しようと、妥協をゆるさない姿勢に、非常に好感を持ちました。
1日に100回もの試行錯誤を行い、産みの苦しみを味わう……これは心から楽しんで出来る人以外には苦痛の他のなにものでもありません。「面白さの原点を忘れない」というのがポイントだと思いました。
そして、「半年休む」というライフスタイルも、“いかにも”と思いました。「休む」といっても普段なかなかできない実験をするなど、活発な活動です。デザイナーにせよ、ミュージシャンにせよ、画家にせよ、ライターにせよ、クリエイティヴな仕事をする人は、インプットとアウトプットを際限なく繰り返し、感性へたゆまぬ刺激を与えることが、創作意欲、洗練された発想を生み出すことにつながると思います。
有名なアーティストがライヴ会場に足しげく運んだり、CDを大量に買い漁る風景が思い出されます。
オンでもオフでも、寝ても覚めても、常に「なにか驚かせてやろう、感動させてやろう、新しいものを生み出してやろう」とワクワクして生きている人だからこそ、一流といわれる人間になれるのだと思います。
番組では、プログラムの記述ミスからアイディアが生まれたエピソードが紹介されましたが、そこで、セレンディピティという言葉を思い出しました。
セレンディピティについて調べてみると、、以下のような例があります。(Wikipediaより)
- アレクサンダー・フレミングによるリゾチームおよびペニシリンの発見
- ウィルヘルム・レントゲンによるX線の発見。(1895年)
- ハンス・クリスチャン・エルステッドによる、電流と磁気の関係の発見。(1820年)
- アルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンによる、宇宙背景放射の発見(1964年~1965年)
- ルイス・アルヴァレズ、ウォルター・アルヴァレズ、フランク・アサロによる、恐竜滅亡の小惑星衝突原因仮説。(1978年~1979年)
- アントニー・ヒューイッシュ、ジョスリン・ベルによる、パルサーの発見(1967年)
- アルフレッド・ノーベルによるダイナマイトの発明
- ポリエチレンの発見
- ポストイットメモの発明
- アルバート・ホフマンによるLSDの幻覚作用の発見
- 田中耕一による高分子質量分析法(MALDI法)の発見
- スモーリー、クロトー、カールによるフラーレン(C60)の発見
- 飯島澄男によるカーボンナノチューブの発見
- 江崎玲於奈らによるトンネルダイオード,トンネル効果の発見
- 白川英樹らによる導電性高分子の発見
ただ、これら発見は偶然による幸運ではなく、日頃からの「どうしてだろう」「こうしたらどうか」などの思案、試行錯誤がもたらすものであり、「努力」あっての「結果」に他ならないと思います。
「努力の結晶」ということで、こういう話を読んだこともあります。
たいへん、商売熱心なその主人は、旅行などに出かけると、土地のそば屋へは必ず試食に出かける。
ついでに、その店で使っている材料や、しょうゆや、ダシなどを詳しくたずねて帰ってくる。
それらと、自分の店のとを比較研究して、日夜、美味への挑戦を、おこたらなかった。
あまりの評判を聞いて、ひどく興味をもったある人が、遠路もいとわず、この店を訪ねていった。
当の主人は、カウンター内に、姿勢正しく座っている。
ウエートレスたちは、できあがったそばを、お客へ運ぶ前に、必ず主人の所へ持ってゆき、一つ一つ味見してもらっているではないか。
それにまた主人は、実に真剣そのもので「よし」とか、「これはいけない」と、静かに裁断を下している。
自分の納得できない料理は、決してお客に出してはならぬという信条に、生きている。
この態度を見てその人は、なにによらず人が名を成すことは、決して、偶然や一朝一夕のことではないことを知らされ、頭が下がったという。
ある人が、有名な音楽家タルベルグに、ピアノの演奏会の依頼にいった。
近日にせまった新曲発表を、ぜひ、成功させたかったからである。
ところが、タルベルグの返事は意外であった。
「申し訳ないが、練習する日がたりません」
「あなたほどの大家、4、5日もあれば、これくらいの歌曲は、わけないでしょう」
「いや、私は公開の席に出るには、1日50回、1ヵ月1500回以上の、練習をしなければ出演いたしません」
さすが達人の言というべきか。
大家でも、かかる信念にいきているのだ。
飲み、食い、眠り放題で、頭角を現そうとすることは、木に縁(よ)って魚を求めるに等しい、と言わねばならぬ。
ちなみに、当サイトは、ユニークユーザーの訪問数が1日60~80人程度の弱小ブログですが、番組終了後、約1時間で200人以上のアクセスがあり、驚きました。「中村勇吾 / amaztype, UNIQLO.com」というタイトルの記事への訪問です。
調べてみると、「中村勇吾」「amaztype」「ユニクロ」といったキーワードで来ているみたいです。テレビ番組の影響力と、中村勇吾さんの注目度の高さが、改めて知らされました。
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第1部 『歎異抄』の意訳(約75分)
第2部 『歎異抄』の解説(約160分)
第3部 『歎異抄』の原文(約60分)






